「伊勢地方のミコ寄せと民俗宗教」『東洋学研究』第46号、2009.03.15、pp.207-224
この論文では、日本の民俗宗教を論じる上で常に重要な位置を占めてきた巫俗(=シャマニズム)について、三重県伊勢市東豊浜の事例を取り上げ、その巫俗文化及びこれと関連の深い宗教習俗、即ち死霊・祖霊信仰の一種であるタケマイリやカンコ踊りなどに関する先行研究を概観し、筆者自身による現地調査に基づいてそれらの現状を示すことで、今日の巫俗文化が置かれている状況について、あるいは民俗宗教の中での巫俗文化が占める位置に関し考察を加えた。
伊勢地方は桜井徳太郎により、日本国内の東北日本と沖縄以外の地の中でも特に濃厚な形で巫俗が存続している、という点で注目すべきである、とされた地域である。桜井の調査から40年以上を経ての巫俗とその周辺の民俗宗教は、巫俗の中心にいたミコ達が廃業ないしは死去していく中で、ミコ寄せの習俗はほぼ廃絶状態となっているが、葬儀の際、あるいは集落の行事として行なわれるタケマイリ、盆行事であるカンコ踊りについては、むしろ活況を呈している、という状況にある。
こうしたことを踏まえて本論文の結論部では、同地の巫俗が比較的長らく存続し得たのは現在の同地における民俗宗教の有り様から見て取れるような死霊・祖霊信仰の濃密さ故ではないか、という仮説を示すとともに、巫俗が機能していた時期においては、巫俗・タケマイリ・カンコ踊りという三つの宗教習俗がそれぞれ女性、壮年以上の男性、若い男性、という三つの集団によって担われており、見事に同地の社会構造を体現する形で、それぞれがそれぞれのやり方で死霊・祖霊と関わっていたと言えるのではないか、と述べた。