Roman Polanski監督作品 The Pianist
周知のように先頃行なわれた第75回米国アカデミー賞で監督賞・主演男優賞・脚本賞を取った本作は、米国Yahoo!によれば、時は1933年、ポーランド出身のユダヤ人とロシアからの移民の間にパリで生まれ、その後ポーランドはKrakowに移住、そんなわけでその後に生じたドイツによる侵攻だのゲットーでの生活を身をもって経験した、という人物であるRoman Polanski監督が、渾身の力を込めて創り出したホロコースト映画である。
そうそう、この作品は第2次世界大戦下のWarsawを舞台に、とある実在したユダヤ系ピアニストWladyslaw Szpilman(ヴワディスワフ・シュピルマンと発音するようです。)が同地に築かれたゲットーに閉じこめられ、危うく強制収容所に送られそうになりながらも、一緒に強制労働させられているユダヤ人同胞、レジスタンス活動を行なうポーランド人、更にはドイツ人将校等々の援助を受けつつ、なんとか生き延びていくといういわばサヴァイヴァル劇を淡々と描いたものなのだけれど、実のところ、それは原作である自伝を著したピアニストの実体験であると同時に、その描写のことごとくが同監督自身の経験に多くを負うものなのである、ということになるのだろう。
まあ、話の展開が単純すぎる、長すぎる、あるいはホロコーストという<現実>の事件に対して全然新しい視点を持ち込んでいない、等々、批判も多かろうけれど、上述した同監督の経歴を知ってしまった時点で、私自身としては批判する気が失せた。
確かに、この映画のクライマックスは、Szpilman氏が廃墟と化したWarsawでドイツ兵士から身を隠しつつ逃げ回る中、最早水も食料も尽き果てたかに思えた丁度その時に現われたとあるドイツ将校が、何故かそこにおかれていた、これまた何故かあんまり調律の狂っていないピアノを使って彼が演奏するピアノ曲(作曲したのはかの有名なポーランド人です。)に感動してしまい、彼のことをユダヤ人と知りつつも思わず救助の手を差し伸べてしまう、という「本当かいな?」というプロットなのであり、「こういうのは、ホロコーストという<現実>の事件を扱った映画では反則だよ…。」と思いつつも(主観が入りまくり、あるいは入りまくる危険性がありすぎなので、ということです。)、それこそ<現実>の事件を実体験してしまった人物でさえもが、あるいはだからこそこうやって<物語化>せざるを得なかったあの事件そのものの重さを改めて思い知った次第なのである。
まあ、何はともあれ、これまた<現実>世界ではこのところ米国・英国等々の陸海空軍を中心とする部隊による、イラクという西アジアの一国家へのほとんど理不尽で意味不明で、もっと言えば国際法だの国連憲章の施行・創出意図に明らかに反する大規模な軍事的侵攻が行なわれているのだけれど、この映画では音楽がそうである、ないしはそうであって欲しいと描かれたように、この作品を含めた映画という表現手段もまたその一部なのであろう<芸術>が少なくとも一時的には、敵味方という対立構造を破綻させる<力>を持ち得る、というのははかない幻想に過ぎないのか、とため息をつくしかないのであった。以上。(2003/04/05)