佐藤友哉著『1000の小説とバックベアード』新潮社、2007.03

講談社ノベルス刊の「鏡家サーガ」3部作等々で世に出た基本的にはミステリ作家としての知名度が高いはずの小説家・佐藤友哉による純文学に極めて近い作品である。かなり高く評価されたようで、第20回三島由紀夫賞を受賞している。
同賞の記念すべき第1回目の受賞作『優雅で感傷的な日本野球』の著者・高橋源一郎による一連の作品を思わせるメタな構成と文体あるいはまた「日本文学」への傾倒ぶり、日本を代表するメタ文学の巨匠・筒井康隆へのオマージュともとれるテーマ群やモティーフ群の横溢ぶり等々に圧倒されたのだが、その実、同じメフィスト賞受賞作家で2003年には三島由紀夫賞もとっている舞城王太郎と共に近い将来21世紀の日本文学を創り出したことに文学史上はなってしまうんではないかという予感さえ抱かせる作品で、誠に感銘を受けた次第。
何を書いてもネタバレなので敢えて中身については極力触れないことにするけれど、一つだけ、主人公の前職である、「片説家」、あるいはその生産物である「片説」なるものの発案が余りにも素晴らしいのでこれには言及しておきたいと思う。そうそう、「小説」とは確かに一般の人々に向けて書かれるもの。作家にとっては読者とは匿名の他者群なのである。ここで佐藤が発明した「片説」とは、あたかも医者の書く処方箋のようなもので、要するに個人の依頼のもと、あくまでも個人のためにに書かれたテクストのこと。これを発案してしまったこと自体が、文学史というか文章史的には大変なことのように思えてしまうのだがいかがなものだろうか。これに近い発想というのは余り見たことがないのだけれど…。
最後に、この小説の中では、大旨作者・読者・作品という三者を巡ってのかなり深い思考が巡らされているのだけれど、それは決して難解なものにはなっておらず、むしろ、エンタテインメント小説としても読める軽やかな文体と物語展開と相俟って、適度な知的刺激とあの陰惨極まりない小説群「鏡家サーガ」の作家が書いたものとは思えない爽快な読後感を与えてくれる。取り敢えず、今日の日本文学がどういうことになっているのかを知りたい方は是非手にとるべき作品であろう。以上。(2008/06/04)