村上春樹著『1Q84 Book1&Book2』新潮社、2009.06

ご存じ村上春樹による久々の書き下ろし長編にして、空前のベストセラー。ジョージ・オーウェルの『1984年』を彷彿とさせるタイトルを持つこの小説は、かの作品が持っていたディストピア的小説様相を孕みつつ、非常にサスペンスフルで、かつまたミステリアスで、そしてまた極めてイモーショナルなラヴ・ストーリィでもあるという、ある意味この作者の集大成的な作品となっている。
本書は、泣き虫の殺し屋にしてスポーツ・インストラクタである青豆(あおまめ)の章と、巨体の予備校数学講師にして作家志望の天吾(てんご)の章が交互に並ぶ、という構成をとる。Book1が青豆12章、天吾12章の計24章、Book2も同じ構成になっているのだが、これはJ.S.バッハの『平均律クラヴィーア曲集』を意識してのことであるようだ。同曲集がそれぞれ12音の長短調の前奏曲とフーガによって構成されているからである。村上はこの作品においてチェコ(正確にはモラヴィア)生まれの作曲家ヤナーチェク(作品内の表記は「ヤナーチェック」)による『シンフォニエッタ』や、J.S.バッハの『マタイ受難曲』を大フィーチュアしているのだが、村上作品における音楽の重要性はこの作品においても
物語についてはごく簡単に。スポーツ・インストラクタをしつつ、そこに通うとある老婦人の依頼で殺人に手を染めることになった青豆だが、やがてある事件を機に山梨県に本拠地のある宗教団体教祖の殺害を依頼されるに至る。それと並行するのかどうかは微妙なところだが、「ふかえり」なる少女が書いた小説のリライトを依頼された天吾は、そのどうやらリライト作業がらみで、やはり山梨県に本拠地を持つ宗教団体から嫌がらせまがいのことをされ始める。二人の物語は果たしてどう結びつくのか、そしてそれはどこに向かうのか、というお話である。
オウム真理教事件を題材にして幾つかのノンフィクションを書いてきた同作者だけれど、同事件に関しての取材や思考が、ようやく小説の形で結実した、ということになるのだろう。「ビッグ・ブラザー」ならぬ「リトル・ピープル」が跳梁跋扈するディストピアにおいて、リュック・ベッソンの映画『ニキータ』と『レオン』の主人公をモデルにしていることは間違いない主人公たちの「恋」は果たしていかなる結末を迎えることになるのか。恐らくはそれほど遠くないうちに書かれるはずの続編、完結編においてそれは明らかになるものと思う。満を持して待ちたい。
やや蛇足ながら、個人的にはBook1における、『平家物語』とアントン・チェーホフ『サハリン島』の使い方が非常に面白かった。村上春樹が、これだけ長い引用を行なうのは初のこと、あるいは極めて異例なことではないかと思う。若干「大江健三郎」を感じてしまった次第である。以上。(2009/09/11)