藤木稟著『アークトゥールス』講談社、2009.06

副題として「全ての物語の完結と始まり」と書いてあることに注意しつつ、と。本書は藤木稟による、博覧強記のサイコ・ファンタジィである『イツロベ』、『テンダーワールド』の続編にして一応完結編と見なせる作品。『イツロベ』単行本刊行が1999年だから、かれこれ10年。さすがに忘れている、のが普通だと思うのだがそれは兎も角中身へと。
トーマス・ゴールドマンは民俗学者。アフリカの神話を研究する彼は、『イツロベ』の主人公・間野祥一が残した幻の少数民族・ラウツカ族についての報告書を頼りに、彼等が住むというレポジトリの森へと赴く。一方、『テンダーワールド』の主人公ジェリー・カトラーとロバート・オカザキは一つの身体に収まり、リポータの鳴海健二、伝説的ハッカー・ツォロスティアとともに、電子化された世界を支配する情報省に挑む。二つの物語はやがて交錯し、臨界反応を起こす。その果てにあるものは、何か、というお話。
神話的構想力を背景にしたサイバーパンク、と一応言って良いのだろう。この作品の基調になっているのは、今から見れば非常に1990年代的とも言える、分子生物学やら人類学、あるいはまたオカルト的な知識が上手くミックスされた世界観である。
2冊の、神話系と情報系という分け方も可能だった、一応独立した作品としても読める『イツロベ』と『テンダーワールド』をひとまとまりにし、これでもか、という形で提示した力量は誠に凄まじいものだ。各部の調整が非常に困難を極め、それで10年かかってしまった、ということなのだろうけれど、ある意味理想的な形に仕上がっていると思う。
誰もが半ば忘れかけているかも知れない『イツロベ』と『テンダーワールド』。確かにこれらの作品は非常に優れている、とは言え未完、ということで評価を下げられてきた感がある。一応の完成を果たしたこの作品群、本当の意味での評価はここから始まる、とも言えると思う。まさに、副題の示す通りなのである。以上。(2010/06/10)