Michel Hazanavicius監督作品 『The Artist』
邦題は『アーティスト』。ご存じのように、フランス映画にしてアメリカのアカデミー賞で監督賞、作品賞、主演男優賞、音楽賞、衣装賞の実に5部門を制覇した大変な傑作である。この快挙については、この作品が無声映画であることも大きく寄与しているだろうと思う。芸術分野において、言葉の壁というのはやはり大きいのである。
監督はミシェル・ハザナヴィシウス(Michel Hazanavicius)という人。名字がギリシャっぽいのが気になったのだが、要するにこの人、パリ生まれだが、祖父母がリトアニア出身とのこと。写真を見ると、何となくギリシャ人っぽい気がするのだけれど。今までにめぼしい作品がなかった人だけれど、本作により大ブレーク。今は気が遠くなるほど忙しい毎日を送っていることだろうと思う。
作品が描く物語自体は簡明極まりないものである。話の舞台は1930年前後という、無声映画からトーキー(ちなみに英語だとSound filmらしい。)への移行期に当たる時期のハリウッド。主役の、無声映画界の大スターであるジョージ・ヴァレンティン(Jean Dujardin)は、トーキー映画への移行について行けず、突如落ち目に。それとは対照的に、彼を俳優として崇めているらしい新人女優ペピー・ミラー(Bérénice Bejo)はトーキーに早くから順応し一気にスター街道を駆け上る。
荒んだ生活の末にジョージは大事にしてきた主演映画のフィルムに火を放つに至る。そんなジョージに、ペピーはどうにかして救いの手を差し伸べられないかと模索する。ジョージの行く末は、はたまたペピーの想いはジョージにとどくのか、というお話、である。
無声映画主流の時代というのは今から見ればそんなに長いものではないけれど(たかだか30年くらい)、それでもなお一旦主流になったものの持つ力というものも侮れないものであり、トーキー出始めの時期には「そんなものは映画ではない。」という考え方は、ある意味普通だったらしい。今やトーキー以外のあり方というのは考えられないのだけれど、そういう時代があったこと、というのはやはり時折思い出すべきことの一つではないかと思うのである。
さて、そんなことを念頭に置きつつ私見を述べておくと、まず第一にこの作品は、無声映画の語法を見事に咀嚼し再現しつつ、メタな形である時代を切り取って活写することにより、映画史、というものに光を当てることに成功していると思う。美術や撮影、あるいはメークアップの仕方等々意外にも、実のところ単純な恋物語、というプロット構造そのものも、再現したものの一つなのである。
そして、実は次の点こそがより重要なことなのだが、この映画、単に1930年頃の映画というものを再現して見せたのみならず、2010年代という時代を生きる我々にとっても、了解可能どころではない、心底感情移入できる見事な作りになっている、のである。
そんな、二つのことを同時にやってのけてしまったハザナヴィシウス監督を始めとするスタッフ陣、あるいは名演どころではない卓越した演技を見せている主演二人と天才犬俳優(Uggie)の成し遂げた偉業は、長く後世に伝えられることになるのではないか、とすら思うのである。以上。(2012/04/22)