藤木稟著『バチカン奇跡調査官 千年王国のしらべ』角川ホラー文庫、2011.07

藤木稟による新シリーズ「バチカン奇跡調査官」の第4巻である。今回も文庫オリジナル。前の巻『闇の黄金』からたったの5か月での刊行。総ページは400ほどと前巻と比べて100ページほど増加。おお、乗ってきたな、という感じの執筆ペース。それはさておき。
バチカンに拠点を置く奇跡調査官である平賀とロベルトのもとに、バルカン半島に位置する「ルノア共和国」での調査依頼が届く。聖人の生まれ変わりとも言われる司祭・アントニウスが、重病人の治癒を何度も成し遂げたうえ、自らも死亡から3日後によみがえった、というのだ。調査が進み、疑うべき点が見出せない中、平賀が悪魔崇拝グループに拉致され、瀕死の状態に陥ってしまう。今回は本物の奇跡なのか、そしてまた平賀の運命は、というお話。
BL好きにはたまらないのではないかと思う描写がおしげもなく展開されているこの巻だけれど、全体的に物語はスケールアップ。結構政治がらみというか、基本的に宗教に関係する国際的な謀略というのが、背景ではなく前面に出てきつつある感じ。
ここまでの展開からして、このシリーズ、単なる色々な土地での奇跡調査、に留まるお話ではなく、恐らくそちらの方に突き進んでいくのだろうと思う。今後の展開が非常に楽しみになってきた、疾風怒濤の第4巻である。以上。(2011/08/28)

浅田次郎著『ハッピー・リタイアメント』幻冬舎文庫、2011.08(2009)

浅田次郎による2009年発表の長編文庫版である。元々は『GOETHE(ゲーテ)』(幻冬舎)に連載されていたもの。解説は勝間和代が担当している。
財務省を退職したノンキャリアの樋口と、自衛隊を退職した大友が再就職先として斡旋されたのは、全国中小企業振興会。通称・JAMSと呼ばれるそこは、業務実体のないいわゆる天下り機関。のんびりゆったり過ごすのが仕事というこの職場に、これまでずっと真面目に仕事をしてきた二人はなじむことができない。教育係の立花葵は、そんな二人にJAMSが果たすべき本来の仕事を始めるように促すが…、というお話。 。
JAMSという組織だけれど、要するに第2次大戦後、中小企業などが銀行から融資を受ける際の保証、要するに借金の肩代わりを行なってきた、という設定。それらの肩代わりには踏み倒され、貸しっぱなしかつ時効になっているものも多数あり、3人はそれらを一つ一つ債務者に直接あたって回収を図る、というミッションを密かに始めることになる。
そんななので本来は返ってくるわけもないのだが、思いのほか回収できてしまい、どうしましょう、というお話になる。まあ、性善説、というか何というか。そこから先は読んでのお楽しみ。全体としては基本的にコメディなのだけれど、結構ビターな味わいもあって、その辺りが絶妙だと思った次第。さすがに手練れの作家だと思う。以上。(2011/09/20)

化野燐著『人外鏡(じんがいきょう)』講談社文庫、2011.08(2008)

「人工憑霊蠱猫(こねこ)」シリーズ第7巻、である。このシリーズ、基本的に長編しかないので敢えて長編、と断ることもないだろう。但し、今後どうなるのかは不明、ではある。
前作までの物語とは打って変わって、というような意表を突いた趣向の巻となっている。以下、概略を。
病室のようなところで目覚めた「私」は手足に枷がはめられていることに気づく。自分が「美袋小夜子(みなぎ・さよこ)」であるという記憶を取り戻しかけた矢先、医務服を着た謎の女は彼女のことを宿敵である「千文字未緒(ちもじ・みお)」であると告げた。そして、おぼろげに記憶する、美袋小夜子が有鬼派グループと繰り広げた死闘その他の出来事は、実は未緒が抱いた妄想に過ぎない、というのだ。果たして何が起こっているのか。世界はどうなってしまったのか、というお話。
ややダレ気味だったこのシリーズも、ここで急激にスケールアップ。今まで6巻を費やして書かれてきた伏線その他を更に膨らませ、今後の展開に弾みをつける、という大変インパクトの強い一巻で、化野燐(あだしの・りん)という作家の力量について認識を新たにした次第。
ところで、このシリーズで文庫化されていないのは残すところ2009年12月刊行の『迷異家(まよいが)』のみ。完結は迎えていないはずだが、ここまで展開してしまった物語に、どのような形で収拾をつけていくのか、見守りたいと思う。以上。(2011/09/28)

山田正紀著『神獣聖戦 Perfect Edition 上下』徳間文庫、2011.07(2008)

本書は、1983年から1985年にかけて『SFアドベンチャー』誌に掲載され、トクマ・ノベルスで3巻本として出ていたオリジナル『神獣聖戦』に、25年の時を経て900枚の加筆、あるいは旧稿にも徹底的な加筆・改稿を施して2008年に刊行された上下2巻からなる新版単行本の文庫化である。
元々は中編連作、という体裁だったものが、新版では長編SF大作という外観に近づいている。本書が語るのはまさしく神獣聖戦、と呼ばれるものについての物語であり、それはまた関口真理と牧村孝二の物語でもある。要約してしまうならそれは「鏡人(M)=狂人(M)」と「悪魔憑き(デモノマニア)」との間の闘争についての物語であり、そこでアダムとイヴ的な役割を果たすという上記二人の物語でもある。
勿論そのような要約をしたところで、本書で語られていることについて殆ど何も言い得ていないのも事実である。要約不能な感もあるその詳細については、実際に手にとって頂く他はない。
さて、そんな要約不能な本書ではあるのだが、これを作品としてどう評価すべきなのだろうか。書き込まれた情報量が途方もなく、話の規模も「世界」を扱っている以上極めてでかい。そういうこともあるし、あるいはまたメタな構造を持つ物語の構成上、そして成立のプロセスが上記のようなものであったことから、ある意味破綻すれすれ、そしてまた綱渡り的な作品となっているのだが、そこはそれ、である。
それこそ本書において重要な位置を占めているF.ニーチェの残した文章群のごとく、一見乱雑に断片が並べられているだけにも見えてしまいかねない本書が体現しているのは、ある意味SF的想像力の極みとも言うべきものであり、それはじっくりと時間をかけて精読をすれば間違いなく見えてくるはずのものなのである。
そのような本書を通して山田正紀が見せてくれた、バブル景気の時代に広げてしまった風呂敷を、25年の歳月を経て後にかなりアクロバティックなやり方で見事にまとめ上げ収拾をつけたその手腕は、やはりこの作家が今日のエンターテインメント文学界において最重要な位置を占める人物であることを再認識させてくれるものなのである。以上。(2011/10/03)

山本弘著『地球移動作戦 上下』ハヤカワ文庫、2011.05(2009)

と学会の会長としても知られるSF作家・山本弘による、SF巨編である。元ネタは『妖星ゴラス』であり、このことは冒頭にも、あとがきにも明記されている通り。古典的傑作を踏まえつつ、その後の科学情報の蓄積と、SF的小説技法の積み重ねをしっかりと堪能させてくれる、見事な作品に仕上がっている、と思う。
時は2083年、タキオン推進によるピアノ・ドライブという技術により太陽系外に進出した人類は、探査に赴いた謎の天体2075Aがやがて地球の近傍を通過し、甚大な被害をもたらすことを知る。迫り来る危機を前に様々対策が検討される中、天体物理学者の風祭良輔は子供たちの会話をもとにして画期的な手段を発案。「地球移動作戦」と名付けられたそれは、数々の妨害を受けながらも、一歩一歩実現への道を歩み始めるのだが、果たして、というお話。
確かにかなりベタなタイトル、そしてベタな物語、ではある。しかし、その大部分がフィクションであるとは言えそれを感じさせないほど良く作り込まれた科学的なディテイル、あるいは良輔とその娘・魅波(みは)、あるいは魅波と運命を共にする人口意識コンパニオン・マイカといったキャラクタ群の造形、そして計画推進派と反対派による暗闘とその顛末の描きッぷり等々、読みどころは満載。科学というものを、そしてまた人類というものをもう一度信じてみたくなる、そんな愛と勇気と希望に満ちた一冊である。以上。(2011/10/14)

道尾秀介著『カラスの親指』講談社文庫、2011.07(2008)

直木賞作家・道尾秀介による2008年刊行の長編で、所謂干支シリーズの一編。第62回日本推理作家協会賞を受賞したことからも分かる通り、単行本刊行時から非常に評価の高かった作品で、満を持しての文庫化。内容からして映画化されることは間違いない、と思われる作品である。
テイスト的には藤原伊織、伊坂幸太郎にやや近いコメディ・タッチのミステリ。それぞれに重い過去を抱えた中年詐欺師二人組が主人公。つきまとう者たちから逃れるべくアパートを追われ、新たな住居を得た彼等のもとに一人の少女が転がり込む。やがて同居人はもう二人増え、更にもう一匹の大所帯に。そんな生活も束の間、やはりつきまとう者たちの影がちらつく中、彼等に一泡くわせようと大計画を企てることに。果たしてその成否は?というお話。
まあ、それだけじゃないんですけどね(笑)。張り巡らされた伏線、その見事な回収、卓越した叙述能力、芸にまで到達した感のあるキャラクタ造形等々、道尾秀介の一つの到達点ではないかと思うような作品に仕上がっていると思う。冒頭の引用から各章のタイトルまで、隅々まで完璧に作り込まれた傑作である。以上。(2011/10/16)

有川浩著『図書館戦争 図書館戦争シリーズ1』角川文庫、2011.04(2006)

既に人気作家の一人となって久しい有川浩による、図書館戦争シリーズの記念すべき第1巻の文庫版である。メディアワークスからの単行本出版から文庫化に至るまでには実に5年の歳月が流れた。その間にはコミック版が刊行されたり、I.Gによるアニメーション化もなされたりした。また、4巻+別冊2巻からなる同シリーズは2008年に第39回星雲賞日本長編作品部門を受賞。そんな、極めて評価の高い作品であることを述べつつ、第1巻の概略を。
物語の舞台は図書の検閲において武力の行使も容認する「メディア良化法」が成立してから30年を経た西暦2019年(正化31年)のパラレル日本。国民のメディア良化法への遵守徹底を推進する「メディア良化委員会」と、その実行組織である「良化特務機関(メディア良化隊)」の検閲から表現の自由を守るべく、「図書館法」を根拠として組織されたのが図書館直属の武装部隊である図書隊である。
主人公・笠原郁は高校生の頃に出会った図書隊員と覚しい”王子様”にあこがれて図書隊に入隊。身体能力に極めて秀でてはいるのにかなり抜け目の多い彼女だが、その熱い思いを買われエリート部隊・図書特殊部隊に配属、となる。鬼教官にして鬼上司の堂上篤(どうじょう・あつし)のもとで図書隊員としての一歩を踏み出した彼女、その正義感に溢れるストレートな性格が災いし、図らずもメディア良化隊と一悶着を起こしてしまうのだが、というお話。
第1巻のエピソードとしてはもう少し色々あるのだが紹介はこの位にとどめる。さて、物語の背景が背景だけに説明的なところも多い第1巻ではあるのだが、笠原・堂上コンビの掛け合い等々、実に読ませどころの多い巻になっていて、これを読んで次巻に進まないということは多分ないだろう、というようなことを考えた。ちなみに、今は亡き児玉清と有川浩の特別対談と、DVDに収録の短編というオマケも付いて、サーヴィス満点なパッケージとなっていることも付記しておきたい。以上。(2011/10/20)

有川浩著『図書館内乱 図書館戦争シリーズ2』角川文庫、2011.04(2006)

「図書館戦争」シリーズ第2巻の文庫版である。発売は上の『図書館戦争』と同時、となった。今回も恋に権謀術数にバトルに、等々と盛りだくさんな内容だが、以下かいつまんで。
笠原郁は図書館内で耳の不自由な少女・中澤毬江と知り合う。彼女は近所に住む、そしてまた郁の上司である小牧幹久に想いを寄せている。ある日、小牧は「人権侵害」という思いも寄らぬ罪状で良化隊に連行される。図書隊員の奮闘で小牧は無事奪還されるが、今度は郁がまたも想わぬ罪状により査問を受けるという事態が発生する。そんな中、彼女には同期のエリート手塚光の兄・慧から驚くべき事実が告げられることになるのだが、というお話。
まさにパワーバランスと権謀術数、そして足の引っ張り合いの世界。第2巻でかなりはっきりするのだが、このシリーズ、要するに良化委員会と図書館との対立を軸に、謀略渦巻く世界の中で翻弄され、傷つきながらも、なお果敢に自由を求めて闘う人々の姿を決して重く、ではなくどちらかと言えばコミカルに描きつつ、物語のもう一つの軸である隊員達の周辺で花開く恋愛模様をちりばめる、という構図で出来ている。そんな基本コンセプトのもと、本書は、手塚兄、毬江、そして雑誌記者の折口マキという3人の重要な人物が新登場し、後半に向けて話は一気に加速、といったような巻となっている。
適度に重く、そしてまた適度に笑わせてくれる、見事なバランスを持ったエンターテインメント作品であると思う。以下、第3、4巻へと続く。以上。(2011/10/27)

有川浩著『図書館危機 図書館戦争シリーズ3』角川文庫、2011.05(2007)

シリーズ第3弾の文庫版である。今回も波瀾万丈かつ盛りだくさんな展開なのだが、ごくごくかいつまんで。
コンテンツは5章に分かれていて、一応は5パート、とも言える内容になっている。しかし、本書の中心はあくまでも真ん中の第3章「ねじれたコトバ」と、後ろ2章の「茨城県展警備」ものの二つである、と思う。
「ねじれたコトバ」はある若手俳優のインタヴュウ記事で用いられた単語が出版倫理コードに触れるということで社会的大問題に発展、というお話。要するに「床屋」ですが何か問題でも、と。プライド持って仕事してきた床屋さん達に失礼ですよね。確かに。ホントに差別語扱いされてるらしいのだが、にわかには信じがたい話である。この章は短いながらも、このシリーズの本質を最も良く表わしているような気さえする。
続く茨城県展エピソードは完結編である第4巻への橋渡し的意味を持つ重要な一幕。図書館側における行政派と原則派、そして良化委員会という三つどもえ、あるいはそれ以上が絡み合った複雑な抗争は更に混迷を増しつつヒートアップ。そんな中、図書隊が警備を手伝うことになった茨城県展会場では、第1巻で描かれた小田原作戦以上の攻防が繰り広げられ、その終結後、言論の自由を巡る闘争には一つの大きな転機が訪れるのだった、というお話。
そういうヘヴィな展開もあるのだが、郁と堂上は少しずつ接近、そしてまた別の恋が芽生え、といったようなことも同時並行して起こる。そんな人の様々な思惑は、怒濤のように第4巻へと流れ込んでいくのである。以上。(2011/11/03)

有川浩著『図書館革命 図書館戦争シリーズ4』角川文庫、2011.06(2007)

シリーズ第4弾の文庫版である。図書隊による言論の自由への闘いを描いたこの長大なる物語もとうとう完結。感無量、なわけだけれど、まずは簡単に概略を。
敦賀原発でテロが勃発。手口がその著作に酷似している、という言いがかりを良化委員会からつけられた作家・当麻蔵人を良化隊から守るべく、図書隊はその身柄を匿うことに。しかし、良化隊の厳しい追跡は続く。
当麻の身柄の安全を確保し、ひいては言論の自由への道を切り開くべく、図書隊は秘策に打って出るのだが、そんな中で堂上は大けがを負う。郁は最前線から脱落した堂上から託された任務を全うできるのか、そしてまた二人の恋の行方は、というお話。
これまでは各章が一応独立、という連作短編的な書法になっていたものが第4巻は完全にワンエピソード。まことに良く出来たプロットに舌鼓を打ちつつ、これ以外にはないだろうという物語の着地点には拍手喝采、というような巻。エンターテインメント作品としての秀逸さと共に、社会に対して非常に重要な何かを投げかけるような内容に、非常に感銘を受けつつ読了した次第である。以上。(2011/11/13)