山口雅也著『古城駅の奥の奥』講談社文庫、2012.05(2006)

デビュウ以来数々のミステリ作品を上梓してきた山口雅也による、「講談社ミステリーランド」向けに書き下ろされたジュブナイル・ミステリ長編の文庫化である。オリジナル・タイトルは『ステーションの奥の奥』。相変わらずこの作家らしいややトリッキィな作品だが、年齢に関係なく楽しめる要素満載な内容となっている。
陽太は吸血鬼にあこがれを抱く小学校6年生。夏休みの自由研究で、東京駅の大改築を扱うべく、夜之介(やのすけ)叔父さんとともに現地調査に赴く。ステーションホテルに逗留した彼らだったが、夜間の探索で、他殺体を発見してしまう羽目に。改築を前にしたこの大ステーションで、一体何が起きているというのか?その後事態は更に混迷の度合いを深めていくのだったが、陽太達は全ての謎を解くことができるのだろうか、というお話。
10月1日の丸の内駅舎復元開業を前にこの本を読んでいたわけだが、この駅、本当に奥が深いというか、結構頻繁に利用していても知らないことだらけであることが良く理解できた次第である。そんな薀蓄もさることながら、この作家特有のブラックでダークなテイストや、ありそうでなかった少年探偵もの、といった具合に、一粒で二度も三度も美味しい作品に仕上がっていると思う。以上。(2012/09/05)

誉田哲也著『インビジブルレイン』光文社文庫、2012.07(2009)

誉田哲也による、姫川玲子もの警察小説シリーズの長編第3弾である。このシリーズ、来年にも劇場版が『ストロベリーナイト』というタイトルで封切られるようだが、その原作がこれ。元々第1作のタイトルだったわけで、ちょっと紛らわしい。普通に『インビジブルレイン』で良いのに、とか思ってしまう。
それは兎も角、物語は以下のようなあらまし。姫川班が捜査に入った暴力団構成員の惨殺事件が全ての発端。暴力団同士の抗争の線で捜査が進む中、犯人は「柳井健斗」である、というタレ込みが。その方向で捜査は進展するかに見えた矢先、警察組織の上の方からその名前に関わる事柄を追求してはならない、という指示が下る。一体この人物の過去に何が隠されているのか。姫川は単身、捜査の中心からはみ出し、敢えてそこを追求し始める。果たして、姫川は様々な障害を乗り越え、隠された真実を掴むことが出来るのか、あるいはそこに何が待ち受けているのか、というお話。
第3作にして、結構大きな転回点なのではないかな、と思わせるようなストーリィ展開に、ちょっとどころではなく驚いた。その質の高さにより圧倒的な支持を受けた第1、2作であそこまでやっておきながら、全く守りに入ることなく、これから先このシリーズが途方もない大きさに広がっていくのではないかという予感をさせるような巻になっている。以上。(2012/09/10)

乾くるみ著『カラット探偵事務所の事件簿2』PHP文芸文庫、2012.08

本欄ではおなじみの乾くるみによる日常の謎系ミステリ・シリーズの第2弾。オリジナルは『文蔵』に連載されていたもので、今回は単行本や新書にならずに最初からいきなり文庫化、ということになった。
本書にはFile6からFile12までが収録されている。6.「小麦色の誘惑」では兄の友人の誰かにハート型の火焼け跡を作られた少年の依頼を、7.「昇降機の密室」では同じビルに入っている事務所で起きた盗難事件を、8.「車は急に・・・」では近所にある駐車場で頻発する追突事件の謎を、9.「幻の深海生物」ではリンク切れのブログに書かれていたクイズの答えを、10.「山師の風景画」ではある男の死んだ弟が遺したという風景画の謎を、11.「一子相伝の味」では急死した父が残した秘伝のたれのレシピを、12.「つきまとう男」ではまたまた同じビルにあるパブのホステスの依頼によるストーカー探しを、引き受け、解決する。
凝りに凝った、というよりはどちらかと言えば軽いテイストの作風なのだが、主題の選び方にこの人らしい目の付け所の面白さ、目新しさがあるのと、なんと言っても書き下ろしとして付け加えられたFile12でみせるあっと驚く仕掛けには、思わずにやりとさせられた次第である。以上。(2012/09/15)

歌野晶午著『絶望ノート』幻冬舎文庫、2012.08(2009)

千葉県生まれの作家・歌野晶午による、2009年に発表された大長編の文庫版である。総ページ600以上。この人の作品の中では最も長い、のではないかと思う。
いじめに遭っている中学2年の太刀川照音(しょおん)は、その苦しみを「絶望ノート」と名づけた日記帳に書き連ねていた。いじめに耐えかねた彼はある日、校庭で人間の頭部大の石を見つけて持ち帰り、それを自分にとっての「神」とし、自らの血を捧げ、いじめグループの中心人物・是永の死を祈る。
その結果、是永はあっけなく死んだ。しかし、いじめは止まらない。照音は次々に名前を日記帳に書きつけ神に殺人を依頼する。次々に死んでいく級友達。不審に思った警察は照音と両親への取り調べを行なうが、さらに殺人は続いていく…、というお話。
まあ、歌野版『Death Note』と言ってしまえばそれまでなのだが、そこはそれ。ジョン・レノン好きの父親、という設定のため主人公がこういう名前になっているのだが、各章のタイトルもジョンの曲などからとられている。
そういう表面的な部分はともかくとして、構成の妙、というか、さすがに『葉桜…』の作者だな、と思う物語創作力はこの作品でもいかんなく発揮されている。やはり、今日最高のミステリ作家の一人であることは間違いないと、改めて認識させられた。以上。(2012/09/17)

東野圭吾著『歪笑小説』集英社文庫、2012.01

相変わらず絶好調な東野圭吾による、『小説すばる』連載からいきなり文庫化された短編集である。『怪笑小説』、『毒笑小説』、『黒笑小説』ときていたので、今回で都合4冊目。ただし、中身としては3冊目の『黒笑小説』との連続性が非常に強い、そしてまたほぼ連作短編集の体裁を持つ作品となっている。
何を書いてもネタバレになってしまうと思う作品なのだが、要するに概ね前著『黒笑小説』のいくつかの短編に登場した小説家や編集者たちが主人公。文学界や文学賞の裏話的なエピソードが、ある種のリアリティと、ある種のシニカルさ、そしてまた時にはヒューマニティ溢れる口調で語られていく、という趣向。
この稀代のエンターテインメント作家、これだけ数多くの作品を書いていながら、全くアイディアが枯渇しないところが驚異的なのだが、この本に詰め込まれたアイディアの数と言ったらそれはそれは。筒井康隆へのオマージュ的なところもある、そしてまた関西人だなー、ということを再認識させてくれる、サーヴィス精神満点の、非常に質の高いエンターテインメント作品である。以上。(2012/09/20)

二階堂黎人著『鬼蟻村マジック』文春文庫、2012.06(2008)

本格ミステリの泰斗・二階堂黎人による、水乃サトルを謎解き役とする「マジック」シリーズの4作目である。「鬼蟻村」は「おにありむら」と読む。単行本は2008年刊。
名探偵・水乃サトルは、勤務先の先輩から「婚約者のふりをしてほしい」と頼まれ、その実家がある長野県・鬼蟻村を訪れる。先輩によれば、その村では昭和13年に、不可解な状況下での軍人殺人事件が発生し、今なおその謎は解かれていないと言う。
折しも、村の旧家である上鬼頭家では三姉妹による跡目争いの真っ最中であり、突如として正統な後継者を自称する盲目の美青年が現れたことで問題は複雑化の一途をたどる。そんな中、やはり不可解な状況での殺人事件が発生。サトルは、全ての謎に解決を与えることができるのか、というお話。
シリーズからはやや逸脱して、かなり王道系な本格ミステリになっていると思うし、トリックや背景設定を含めたプロットの構築などにも光るところが多々ある魅力的な作品ではある。
ただ、あえて、横溝正史、を彷彿とさせる設定をしているのだと思うのだけれど、一応現代、を時代設定にしているこのシリーズ、この1冊を書くのは結構「しんどい」ことだったのではなかろうか。
京極夏彦や三津田信三らが、そのライフワーク的なシリーズの時代設定を敢えて昭和20年代にしているのは…、なんていうことは二階堂氏にはもちろん自明のことなのだろうけれど、色々な部分で、「ちょっと厳しいかな…」と思ったのも事実である。以上。(2012/09/23)

桜庭一樹著『伏 贋作・里見八犬伝』文春文庫、2012.09(2010)

今秋に劇場用のアニメーション映画が公開される作品の文庫化。映画の方は『伏 鉄砲娘の捕物帳』というタイトルになっている模様なのだが、そのサブ・タイトルからして、物語の基本的な構造がメタ・フィクションである原作本とはかなりテイストの異なるアドヴェンチャーものになっているんじゃないかと邪推する。
その原作本の方は、大まかなプロットは『南総里見八犬伝』の発端部分から借りつつも、虚と実の境界があわいなメタ・フィクション的な構造を持つ、それでいてやはり伝奇ロマンの色の濃い作品に仕上がっている。以下、大まかにあらすじを。
「伏」と呼ばれる、人に姿は似ていても犬の血を引いているとも言われる者達による事件の多発を受け、幕府が彼等の首に高額の懸賞金をかけているというような舞台設定。山から出てきた鉄砲打ちの娘・浜路(はまじ)は、兄とともに伏を狩って一旗揚げようと江戸へとやってくる。図らずも、彼等は伏達と各地で遭遇、何体かを狩ることにも成功し、一躍その名を上げることに。
そんな折、何故か浜路に付きまとう奇妙な男から、自分は『南総里見八犬伝』の作者・曲亭馬琴の息子であり、『贋作・里見八犬伝』を著している最中である、と告げられる。伏とは何か、その存在がどんな発端を持ち、これより先いかなる運命を辿るのか、そしてまた、浜路はそれとどう関わるのか。物語は物語内物語の開示によるねじれを含み込みながら、ある終結点に向かって突き進むのだった。
桜庭一樹初の江戸もの、ということになるのだろう。京極夏彦、宮部みゆきといった同じ直木賞作家達もチャレンジしているジャンルなわけだけれど、やはりそこはこの作者。少女性というものにあくまでも拘りつつ、更には書かれたものへの偏愛振りをあからさまに打ち出した非常にオリジナリティの高い作品となっている。恐らくは誰からもその映像化を望まれるような外連味たっぷりの娯楽性と、適度に上質な文学性が見事にマッチした傑作である。以上。(2012/09/25)

清涼院流水著『コズミック・ゼロ 日本絶滅計画』文春文庫、2012.05(2009)

メフィスト賞受賞の『コズミック』がデビュウ作である清涼院流水が、敢えて原点回帰を示すようなタイトルを付けて作り上げた長編パニック小説、である。
ある年の元旦、初詣で賑わう著名な寺社から参拝客が大量に消える。警察機構や政府機関も何らかの集団に占拠される中、日々刻々と人は消え続ける。着実に進行する日本絶滅計画は、果たして完遂するのか、あるいは?そしてまたその真の目的は何か?一体この危機をくぐり抜け生き残るものはいるのか?、というようなお話である。
首謀者らしき者達が割と冒頭からあからさまに登場し、一方で市井の市民を代表するような方々にもずっとライトが当たり続けていて、どう絡むのかな、と思って読んでいったのだが、終盤なかなか面白い趣向が凝らされていて、なるほどミステリだな、そしてまた、いかにもこの人らしいな、とは思った。
ただ、話の全体像が単純明快なだけに(なんと言っても「日本絶滅計画」だし。)、登場人物の関係などにもう3ひねりくらいあったり、ホントにあっと驚くようなどんでん返しがあると良かったのに、とは思う。物足りなさは否めないのである。
もう一つ付け加えると、繰り返しになるけれど物語の構造が単純で、更には人物造形などが平板かつ多分意図的に記号めいていて、叙述も淡々としているせいか、終始かなりの眠気を感じた、というのが本当のところ。
例えばだけれど、中心に感情移入できるようなキャラクタが据えられていれば、読むものは物語にもっと入り込めたんじゃないだろうか。有川浩が書いているようなものが端的にそうなのだが、この作品、そういうものとは一線を画していて、個人的にはちょっと肌に合わない、と感じた次第である。以上。(2012/10/5)

結城充考著『エコイック・メモリ』光文社文庫、2012.08(2010)

香川県生まれの作家・結城充考(ゆうき・みつたか)による、「クロハ」シリーズ第2長編の文庫版である。総ページ数538の大著で、ずしりと重いのだが、内容も非常にヘヴィなものに仕上がっている。
動画投稿サイトに、ある日突然「回線上の死」と題された4つの動画がアップされる。それらの動画には、4人の男女がそれぞれ残酷な殺され方をする模様が映されていた。映像は本物なのか?三日間の期限付きで捜査を命じられたクロハは、独特の嗅覚により実際の殺害現場と死体を発見する。
一気に緊迫感を増す捜査陣。やがてクロハには、この件に関する情報提供を求める闇の組織と、国家権力に批判的なジャーナリストが近づいてくる。混迷を極める事態に、クロハはどのような選択をするのか、そしてまた事件の真相は明らかになるのか、というお話。
前著と同じ重苦しい雰囲気は健在で、SFへの若干の接近という基本的なスタイルもそのまま維持。しかし、中身は圧倒的にスケール・アップしていて、全く期待を裏切らない作品に仕上がっている。
著者の結城充考だけれど、今野敏や誉田哲也らの手により日々進化する警察小説というジャンルにあって、際立った存在感を持つ作家の一人になりつつある、と考えた次第である。次巻以降にも期待したいと思う。以上。(2012/10/07)

冲方丁著『OUT OF CONTROL』ハヤカワ文庫、2012.07

その作品の映像化2本、即ち『天地明察』と『マルドゥック・スクランブル 排気』が先月相次いで封切られるという、まさに作家として一時代を築きつつある感すらある冲方丁(うぶかた・とう)による、2004年から2010年までに発表された7本の短編を集めたアンソロジィである。
以下、ざっと概要を。「スタンド・アウト」は外国生活をしてきた少年を書き手とする物語。「まあこ」と「箱」はそれぞれ人形と箱というフェティッシュを題材にしたホラー。「日本改暦事情」は『天地明察』の大胆なダイジェスト。「デストピア」は主人公をして殺戮に赴くに至らせる鬱屈した現代を、そして「メトセラとプラスチックと太陽の臓器」は極端なアンチ・エイジングがもたらしたある種のユートピアをそれぞれ描いたもの。最後の「OUT OF CONTROL」はジョギング中の作家が巻き込まれるおかしな出来事を描いた作品、である。
基本的にはライトノベルというジャンルの中で、その実かなりハードなSFの書き手として登場したこの作家が、ホラー、純文学、歴史文学と着実にその作品の幅を次第に広げていっているのは周知の通りだが、この短編集、そうしたそれぞれの分野を一つ一つ拾い上げていて、冲方丁を知る上では恰好のアンソロジィに仕上がっていると思う。エンターテインメント性と文学的な深みを併せ持つこの作家の、パイオニア精神が端的に表われた作品群で、今日における誠に瞠目すべき作家の一人であるとの認識を改めて持った次第である。以上。(2012/10/10)

平野啓一郎著『ドーン』講談社文庫、2012.05(2009)

ドーン=dawn、即ち夜明け。そんなタイトルの、講談社創業100周年記念書き下ろし作品にして、Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した、鬼才・平野啓一郎による大長編は、2036年という年を舞台にした近未来小説である。
火星探査機DAWNの乗組員として、人類初の有人火星探査に成功した外科医でもある佐野明日人は、苦悩していた。同じ探査機のクルーであったリリアン・レインの父が共和党の副大統領候補になる中、探査中自分が関係したとある出来事が明るみに出てしまい、大スキャンダルへと発展してしまったのだ。
そんなスキャンダルのみならず、東京大震災で失われた息子の生まれ変わりとして作られたAR(添加現実)とのどこか不自然な家族関係に倦み疲れ、あるいはまた泥沼化する戦争と恐るべき生物兵器を用いたテロが日常に影を落とす中、明日人はどのような選択をなすのか。あるいはまた、人類はどこに向かうのか?壮大な物語が幕を開ける。
「分人(ディヴィジュアル)」という概念を提唱しつつ、間もなくやってくるはずの本格的な相互監視社会における人のありよう、というものに一つのフォルムを与えた非常に野心的な作品、である。基本的には民主党代表が分人主義派、共和党側が個人主義派にしてアンチ分人主義派、という図式で、これが物語の背景になっている。
そのような、社会思想史を踏まえた部分もさることながら、「妊娠小説」に真っ向から取り組んでみせ、あるいはまたハードSFにしてスパイ小説、そして家族小説ですらあるという、何とも豊饒にして野心的な作品になっていると思う。エンターテインメント性と社会性を十二分に兼ね備えた、ある意味エポックメイキングな好編である。以上。(2012/10/15)

三津田信三著『スラッシャー 廃園の殺人』講談社文庫、2012.09(2007)

もはやミステリ界の中心的存在になりつつある三津田信三による、2007年刊行のホラー・ミステリ長編である。未読なのだけれど2004年に『シェルター 終末の殺人』(東京創元社)という作品が刊行されていて、タイトルからして、一応セット、と考えて良い作品である。
物語の舞台はホラー作家・廻数回一藍(えすいかい・いちあい)が巨費を投じて作り上げたという「魔庭」と呼ばれる廃園。ここを舞台とした映像作品の撮影のため同園を訪れた、映像制作会社プロフォンド・ロッソのスタッフと出演予定者たちは、血も凍る連続殺人事件に巻き込まれていくことになる。殺人鬼=「黒怪人」とは何者なのか、一体誰が生き残ることができるのか、というお話。
さすがに凝りに凝った、というか、一筋縄ではいかない作品で、この作家のただ物でなさを改めて見せつけられた次第。冒頭に、「ダリオ・アルジェントに本書を捧ぐ」とある通り、ホラー映画への愛に満ちた佳品である。以上。(2012/10/20)

京極夏彦著『厭(いや)な小説 文庫版』祥伝社文庫、2012.09(2009)

直木賞作家・京極夏彦による、7作品からなる連作短編集である。元々は1999年頃から断続的に『小説NON』などに掲載されたもので、単行本は2009年刊。2011年の新書化を経て、今回の文庫化となった。表紙の「厭な子供」製作は、おなじみの荒井良による。
収められているのは、「厭な子供」、「厭な老人」、「厭な扉」、「厭な先祖」、「厭な彼女」、「厭な家」、そして書き下ろしの「厭な小説」。ついでに巻末所収の「厭な解説」は北原尚彦による。
厭々尽くしの本書、徹頭徹尾人間にとって身近にして極めて「厭なもの」を、圧倒的な筆力で描き切っている。京極さんって、なんて「厭な作家」なんだ…、と(笑)。
ここへ来て現代を舞台とする作品が少しずつ増えているこの稀代の娯楽小説作家による、まことに見事な切れ味を持つ、現代怪談小説集である。以上。(2012/10/22)

円城塔著『後藤さんのこと』ハヤカワ文庫、2012.03(2010)

春先にその作品「道化師の蝶」によって芥川賞作家となった円城塔(えんじょう・とう)による、2010年に刊行された6本の作品からなる第2短編集である。以下、実は余りにも難解であるが故に、要約しようにも中身を良く理解できていなかったりするのだが、敢えて要約を。
表題作「後藤さんのこと」は4色刷というヘンテコな体裁によって宇宙創世について語る短いながらも壮大な物語、2本目の「さかしま」はとある遺跡についての報告書の体裁を持ったやはり宇宙論的なお話、3本目の「考速」は思考の速度というものに着目した非常に詩的な寓話、4本目の「The History of the Deciline and Fall of the Galactic Enpire」はまるでTwitterのような断片のみで語られる銀河帝国興亡史、5本目の「ガベージコレクション」はノイズとエントロピーについて考察したロジカルな掌編、ラストの「墓標天球」は円城流ボーイ・ミーツ・ガールにして時間テーマSF、といった具合。
上にも書いたがやはり難解。ハーラン・エリスンや、あるいは最近だとグレッグ・イーガンでもここまでは厄介ではない。芥川賞をとったので純文学の作家だと思われてしまうかも知れないが、本書に収められているのは基本的に全て時間を何らかの形でテーマとして含んだ一応SFとして読める小説群である。正確を期すならば、SFというよりは、巽孝之による優れた解説にもあるように思弁小説、ということになるのだろうけれど、取り敢えず個人的にはこの作家、ジャンル的にはその辺りの微妙な空域に異様な存在感を持った作品群を書き綴っている、という認識を持っている。そんな作家による、パイオニア精神と思考のアクロバットに満ちた、誠に豊潤な作品集である。以上。(2012/10/25)

円城塔著『オブ・ザ・ベースボール』文春文庫、2012.04(2008)

上と同じ円城塔による、2007年発表のデビュウ作にして、文学界新人賞受賞の「オブ・ザ・ベースボール」に、同じ年発表の「つぎの著者につづく」をカップリングして2008年に刊行された単行本の文庫化である。解説は沼野充義によるのだが、確かにこの作家、スタニスワフ・レムの影響は極めて濃い、と思う。デビュウ作について言えばイタロ・カルヴィーノっぽいところ、あるいは2本目についてはホルヘ・ルイス・ボルヘスっぽいところもあるのだけれどそれはさておき。
まずは「オブ・ザ・ベースボール」。1年に1度人が空から降ってくるという町・ファウルズが舞台。ファウルズですからね。この町には9人からなるレスキュー・チームが常時いて、人が降ってきたときに備えている。ユニフォームを着、バットを持って。果たして、ヒットは打てるのか、そもそも何で人が降るのか?、というような、そんなお話。次の「つぎの著者につづく」。基本的にメタ・フィクションの体裁をとるこの作品では、その著述の、R氏の書いたものとの類似を指摘された語り手が彷徨う言葉の迷宮を描く。タイトルはR.A.ラファティの作品より。
他の書物に収録された作品群に比べれば、間違いなく読みやすい部類に入る、と思う。確かに、数学や物理学をベースにした記述や、図書館的知識の蓄積を背景にした記述が滔々と組み込まれてはいるのだが、難解、というものでもない。むしろ、文学の香り高い、そしてまた非常に高度に知的な作品、という風に読ませて頂いた。円城塔については、取り敢えずここをスタートにすることをお勧めする。以上。(2012/11/05)

エドモンド・ハミルトン著 中村融編訳『フェッセンデンの宇宙』河出文庫、2012.09(2004)

20世紀を代表するアメリカのSF作家の一人である、エドモンド・ハミルトン(Edmond Hamilton)が書いた、非常に有名な作品「フェッセンデンの宇宙」(1937年版と1950年版の邦訳を収録)など珠玉の名作を12篇集めた作品集である。日本独自編集版で、単行本は2004年刊。
この後に、『反対進化』というこれも日本独自編集の作品集が創元SF文庫から出ていて(2005年)、この時期ちょっとしたブームになっていたのだな、ということが分かる。
こんな風に、時々思い出したように話題になる作家だけれど、改めてまとまった形で読んでみると、その遺した作品群が本当に素晴らしく、今なお輝きを失っていないことが良く分かる。先駆者として、そしてまた優れた書き手として、常に顧みられるべき作家、という思いを新たにした次第である。
中身についてはお手を取っていただくとして、エンジニアリング系SFの起源とも言える「フェッセンデンの宇宙」は今読んでも凄いな、と思うし、エドガー・A・ポー風、レイ・ブラッドベリ風、あるいはスタニスワフ・レム風、なんていう作品が目白押しで、その扱っているテーマやジャンルの広さ、そしてまた周囲や後世に与えた影響の計り知れなさに、まことに恐れ入った、というところである。以上。(2012/11/11)

乾くるみ著『スリープ』ハルキ文庫、2012.05(2010)

かなりの傑作だと思う『リピート』以来6年ぶりの書き下ろし長編として書かれた作品の文庫化である。版元は角川春樹事務所。芸風として当初から大胆な本歌取りを幾度となくやってのけてきたこの作家、ここでもまたロバート・A・ハインラインのかの超傑作『夏への扉』に直接言及しつつ、それを敷衍し幾重にもひねりを加えるような形で読者に提示する、ということをやってくれている。
以下概略を。時は2006年、テレビ番組で科学リポータとして活躍する天才美少女中学生・羽鳥亜里沙は、冷凍睡眠装置の研究をしているという、つくば市にある〈未来科学研究所〉に取材のため赴く。収録の合間に立ち入り禁止になっている地下5階に入り込んだ彼女は、そこでとんでもないものを目にしてしまう。彼女の運命は、そこから大きく動き出すのだが…。というお話。
魅力的なキャラクタ造形、約30年後の世界の圧倒的な描写、読み出したら止まらないサスペンスフルな展開、科学的設定の微細さと豊かさ、SF的意匠とミステリの絶妙な形での融合具合、そしてまたお得意の驚天動地などんでん返し等々、とエンターテインメント作品が持つべき要素を全て兼ね備えた見事な作品だと思う。以上。(2012/11/16)

誉田哲也著『ヒトリシズカ』双葉文庫、2012.04(2008)

目下絶好調と言う他はない誉田哲也による、2008年発表のかなりダークなクライム・ノヴェル。全6篇からなる連作短編集になっており、一人の少女=シズカを巡る様々な事件が、この上もなく暗澹としたタッチで綴られていく。
発端となる事件はこんな次第。小金井市内のとあるアパートで暴力団構成員が銃殺される。交番勤務だった木崎巡査部長は、数合わせのためか捜査本部に組み込まれる。捜査が進む中、鑑識から驚くべき事実がもたらされる。弾丸は、一旦心臓の手前で止まっていたものが故意にねじ込まれた可能性がある、というのだ。事件が一気に不可解なものへと化す中、一人の少女が捜査線に浮かび上がるのだが、というお話。
上はあくまでも発端に過ぎない。以下5篇、一人の少女を巡って何とも陰々滅滅とした物語が続く。まあ、こういうものを書かせたら誉田哲也の右に出る者はまずいないだろう、というような物語である。構成の妙に加え、哀感と諦念に満ちた独特の文体が強烈な印象を残す傑作である。以上。(2012/11/21)

東野圭吾著『聖女の救済』文春文庫、2012.04(2008)

相変わらず旺盛な創作活動を続け、そしてまた相変わらずその作品が映像化され続けている東野圭吾が、「ガリレオ」シリーズの長編として発表した作品。元々は『オール讀物』に連載されていたもので、執筆時期はやはりガリレオものの『容疑者xの献身』による直木賞受賞直後あたり、となる。
IT企業の社長が自宅で毒殺される、という事件が発生。離婚を申しわたされていた妻に疑いがかかるが、彼女は死亡推定時刻前後に鉄壁とも言えるアリバイがあった。捜査線には愛人も浮かぶが動機や手段その他が不明。捜査が難航を極める中、内海薫刑事はガリレオ=湯川学に捜査協力を依頼するのだが。果たして湯川はそのトリックを見破れるのか、あるいは、というお話。
こんなアイディアがまだあったのか、というようなトリックを中心に据え、その周りをかっちりとしたロジックを持つ推論と、あるものに向かう強い意志とでもいうもので固めた、いかにもこのシリーズ、という感じの作品に仕上がっている。絶頂期の作家による、紛れもない一大傑作である。以上。(2012/11/25)