京極夏彦著『ルー=ガルー2 インクブス×スクブス 上・下』講談社文庫、2011.11

京極夏彦による近未来アクション&ミステリ小説シリーズの第2弾、である。今回は何と、電子出版、単行本、新書、文庫の4形態で同時に刊行、という驚くべき企画。単行本買う人は買うだろうし、新書化や文庫化を待たせるのも何だし、という、何とも愛情に溢れたマーケティング戦略だと思う。ちなみに、私は電車で読むのに最適な文庫版を選択した。2分冊なのがやや面倒、ではあるのだが。
第1弾(『ルー=ガルー 忌避すべき狼』)から3ヶ月ほどが経過した頃合。本作の主人公・来生律子(きすぎ・りつこ)の許を訪れた作倉雛子(さくら・ひなこ)は「毒」の入った小壜を彼女に託し、姿を消す。一方、前作で描かれた事件後職を辞した元刑事の橡兜次(くぬぎ・とうじ)は30数年前に起こったという一家惨殺事件の謎を追っていた。謎の失踪事件が相次ぐ中、その背後には雛子の兄・遼(りょう)の影がちらつき始めるが。
京極堂シリーズのとある1冊を彷彿とさせるような、マッド・サイエンティスト対少女達、という基本的なデザインが非常に愉しい。多視点的な手法や登場人物達の持つ独特な価値観などもこの作家ならではのもの。20世紀の映像作品へのオマージュをちりばめつつ、第1弾同様I.G.が映像化するに相応しいような、外連味とガジェットに満ちた、非常に完成度の高い作品に仕上がっていると思う。さすがにこの作家、何を書かせても誠に巧みである。以上。(2012/03/03)

伊坂幸太郎著『モダンタイムス 上・下』講談社文庫、2011.10(2008)

『モーニング』に連載されていた伊坂幸太郎による大長編の文庫化である。単行本は2008年刊。基本的に『魔王』の続編、ということになるのだが、読み始めると初めのうちは何でそうなのか分からないだろう。さて、一体どう繋がってくるのか、なのだがそれはさておき。
物語の舞台は少々我々の生きている時代から時計の針が進んでいるのではないかと思える日本。システムエンジニアの渡辺拓海は、ある出会い系サイトの仕様変更、という一見ごくごく普通の仕事を請け負う。しかし、そのプログラムにはどこかしらおかしなところがあり、発注元にも不審な点が。そうこうするうちに、チームのメンバが次々に事件に巻き込まれる羽目に。事件に巻き込まれた者達には、とある共通したキーワードで検索をかけた、という事実が明らかになる。一体何が?渡辺は真相に迫ることができるのか、あるいはまた、自身に降りかかった様々な災厄から果たして逃れられるのか、というお話。
こういう本当に面白い本を読むと、エンターテインメントというのはこういうものなのだな、とつくづく思う。次から次に謎が現われては消え、消えては現われ、そしてまたどこかで張られた忘れかけていた伏線が思わぬ形で解消し、更に発展し、というような具合で、めくるめく、という言葉はこの作品のためにあるんじゃないかと思うような小説に仕上がっている。
そんな、エンターテインメントとしての完全無欠さもさることながら、『魔王』や『ゴールデンスランバー』といった作品に共通する、システムとの闘い、がここでも描かれていて、それは勿論本書のタイトルの通りあの喜劇王が随分前に問題化したことなのだけれど、それが、テーマとしての掘り下げ方や、物語との絡め具合などの点において、随分と発展/洗練されたように思うのだ。著者の前職がやや見え隠れする、その代表作の一つに間違いなく数えられるはずの傑作である。以上。(2012/03/13)

円城塔著『Boy's Surface』ハヤカワ文庫、2011.01(2008)

先頃「道化師の蝶」で芥川賞作家の仲間入りを果たした、今日の日本において最も難解な部類に入る作品群を書きまくっているように思う円城塔(えんじょう・とう)による、第1短編集の文庫版である。文庫版刊行から1年経過したが、受賞を機に再版された、ということになる。確かに、ここまで晦渋だと、読者は限定されてしまうだろう。それはさておき、と。
表題作の「Boy'S Surface」については、このリンクをご覧になって頂けると、ってそれじゃ分からないか。取り敢えず簡単に言えば数学者の初恋をメタ・フィクションの形で描いたお話。2番目の「Goldberg Invariant」はちょっとグレッグ・イーガンっぽい作品で、やはり数学というか言語生成アルゴリズムがテーマ。霧島悟桐(きりしま・ごとう)を待ちながら、という感じの沢山のキャサリンが語り手。タイトルは勿論あのJ.S.バッハの曲からとられている。
3番目の「Your Heads Only」は昆虫の生態やらやはり計算論やらが大々的に取り上げられたボーイ・ミーツ・ガールもの。タイトルは007シリーズからかな?4番目の「Gernsback Intersection」もまたボーイ・ミーツ・ガールもので、ただしスケールというか時間というか空間の構成、要するに世界設定のありようが途方もないものになっている。タイトルの"Gernsback"はSFファンならおなじみのヒューゴーさんのこと。ちなみに、ウィリアム・ギブスンが"The Gernsback Continuum"というタイトルの作品を書いていることも情報として重要かも知れない。
最後に、文庫書き下ろしとなる「What is the name of this Rose?」というタイトルの著者自身による解説が付録としているが、タイトルは勿論ウンベルト・エーコのあの小説から。
そんな4篇+1解説からなる本書だが、一応、恋愛小説として読めるお話が並んでいて、本の後ろにも「数理的恋愛小説集」と銘打たれている。まあ、その通りだと思う。しかし、中身は恐ろしく難解。面白いと思う人には面白いはずなのだが、箸にも棒にもかからない可能性も、大いにある、と思う。覚悟してお読み頂きたい。以上。(2012/03/23)

高野和明著『13階段』文春文庫、2012.03(2001→2004)

昨年刊行の『ジェノサイド』(未読)で注目を集めている高野和明の、第47回江戸川乱歩賞を満場一致で受賞した、という逸話まで存在する記念すべきデビュウ作である。
2001年に講談社から刊行され、2003年には反町隆史・山崎努・田中麗奈ら豪華キャストで映画化。翌年には文庫化されていたが、今回文春文庫での再文庫化、となった。オマケとして、「十年ぶりの後書き」というミニ・エッセイが収録されている。
仮釈放で出所した三上純一に、定年間近い刑務官・南郷正二はある仕事を持ちかける。期限は3か月、報酬は1千万。その仕事とは、10年前に保護司を殺害したとされる死刑囚・樹原亮の無実を証明する、というものだった。民事での重い賠償金支払いに頭を痛める三上はこの仕事を引き受け、南郷とともに事件の起きた千葉県中湊郡に赴く。樹原が語る、「階段」をキーワードに、二人は事件の核心に近づいていくが、そこには…、というお話。
まずは、この作家がその後も得意中の得意としていくことになる、タイムリミットものの傑作、と述べておきたい。その使い方のうまいことうまいこと。間違いなくデビュウ作なのだけれど、その余りにも良く出来たストーリー展開には、そこまでに映画の世界で培ったものが存分に生かされていると思う。
そしてまた、そういう物語の形式的な、あるいは技巧的な部分のみならず、罪と罰、死刑制度、社会の病理、といった問題群に真正面から取り組み、一つの優れた文明論、ともいうべきところまで昇華させているところが、高評価を得た理由なのだろう。本当に優れた、ある意味奇跡のような作品である。以上。(2012/04/03)

高野和明著『グレイヴディッガー』角川文庫、2012.02(2002→2005)

同じく高野和明の長編第2作である。オリジナルは講談社刊、文庫が2005年に出て、今回は角川からの再文庫化、となった。講談社文庫版から改訂されているかどうかは不明。
小悪党として生きてきた八神俊彦は、そんな人生に区切りをつけるべく、骨髄バンクに登録し白血病患者を救うことを考えていた。運よく移植先が見つかった矢先、中世からの伝承に残る殺人鬼「グレイヴディッガー(=墓堀人)」を模倣した連続殺人事件が発生し、八神はその一つを目の当たりにしてしまう。
こうして、警察、謎の集団、そしてグレイヴディッガーからの逃走劇が始まる。八神は、追撃を逃れ移植先の患者を救うことができるのか、はたまた、謎の集団の目的、あるいはグレイヴディッガーの正体は一体何か、というお話。
概略をお読みいただければお分かりの通り、これも、『13階段』と同様にタイムリミットもの、ということになる。読み始めたら止まらない卓越した出来栄えのエンターテインメント作品で、大いに楽しめた次第。ストーリー展開も素晴らしいが、「グレイヴディッガー」、という伝承の「構築」には実に見事なものがある、と思う。以上。(2012/04/07)

鈴木光司著『エッジ 上・下』角川ホラー文庫、2012.01(2008)

『リング』シリーズでおなじみの鈴木光司による、2008年発表の長編文庫版である。単行本と同じ上下2分冊での刊行となった。解説はサイエンスライタの竹内薫が担当している。
長野、新潟、カリフォルニアで相次ぎ起こった人間消失事件。誘拐、家出、神隠し、色々な可能性が取り沙汰される。そんな中、フリーライタの栗山冴子は、長野県高遠町で起きた一家失踪事件を追い始める。彼女の父もまた、18年前に忽然と消息を断っていた。調査が進むにつれ、冴子は世界を揺るがす事態が起きていることに気付くのだが…、というお話。
サスペンスあるいはホラー、というよりはかなりゴリゴリのハードSF作、だと思う。しかも、非常にクオリティが高い。グレッグ・イーガン(Greg Egan)からの影響は隠しようもない、とは言え、小松左京、あるいはまた山田正紀や光瀬龍といった面々によって切り開かれ、受け継がれてきた、ジャパンSFの伝統を自分が担ってやる、というような気概も感じる。壮大なスケールを持ち、はち切れんばかりの抒情性に満ち溢れた、傑作だと思う。以上。(2012/04/08)

藤田宜永著『探偵・竹花 失踪調査』ハルキ文庫、2012.02(1994→1998)

直木賞作家である藤田宜永による、20年ほど前に書かれたものの再文庫化、である。元々は『EQ』に掲載された中篇を3本集めて光文社から単行本が出て、その後1998年に文庫化されていたもの、となる。最近再開された、いわゆる「探偵・竹花」ものの、第2弾。
「苦い雨」では台湾人夫妻が小学生時代の恩師を、「凍った魚」では日系ロシア人の弁護士が失踪した漁船長の、「レイニーブルースのように」では暴力団組長が家出した娘の、それぞれ行方を突き止めてほしい、と依頼してくる。タバコとコーヒーと女とジャズを愛する探偵・竹花の失踪調査が開始される。
体裁としては典型的なハードボイルド小説なのだけれど、台湾やロシアとの浅からぬ関係を掘り下げつつ、社会の移り変わりを活写した深い作品で、読みごたえは十分。古典として、これから先も長く読まれていく作品であることは間違いないだろう。以上。(2012/04/10)

道尾秀介著『龍神の雨』新潮文庫、2012.02(2009)

昨年『月と蟹』によって直木賞作家となった道尾秀介による十二支シリーズに含まれる長編の文庫化である。第12回大藪春彦賞を受賞し、第31回吉川英治文学新人賞候補にもなっている。単行本刊は2009年だが、同作家、この辺の数年間は受賞ラッシュというか、物凄い勢いでキャリアを積み上げていたことになる。これほど才能が一気に開花した作家というのも、近年無かったのではないだろうか。
ちょっと貴志祐介の『青い炎』に似たプロットを持つ物語、である。添木田蓮(そえきだ・れん)と楓(かえで)という兄妹は継父と3人暮らし。ろくに仕事もせず酒浸りで引きこもりの継父がどうやら妹にひどいことをしたらしいことを知った蓮はその殺害計画を立てる。一方、溝田辰也と圭介兄弟は継母と3人暮らし。母の死の原因が自分にあるのではないかと思う圭介は継母との関係を上手く築けないでいた。そんな4人の運命は、台風の接近に伴い降りしきる雨の中、本人達には思いもよらぬ形で交錯するのだった、というお話。
用意周到な形で複雑に編まれたプロット。見事な語り口。徹頭徹尾暗澹として諦念に満ちあふれた文体。どれもがこの作家が最初から持ち合わせていたものには違いないのだが、デビュウから5年程を経て、いよいよ磨きがかかった、というところだろう。なお、いかにもこの人らしく、動物行動学や民俗学などの蘊蓄が隠し要素になっていて、結構重要な役割を果たしているのはいつもの通り。重苦しい話だが、運命あるいは偶然といったことに翻弄される人間というものの本質について、この作家がどう思考してきたのかを垣間見させてくれる傑作である。以上。(2012/04/13)

米澤穂信著『追想五断章』集英社文庫、2012.04(2009)

約10年前のそのデビュウ以来作風が変遷しまくってきた作家による、ある意味原点回帰とも言うべきミステリ作品。2010年の様々なミステリ・ランキングで上位に入り、日本推理作家協会賞の候補にもなった傑作で、確かに良く書けている。まさに、成長という言葉が相応しいその筆の洗練ぶりに、ちょっとどころではなく感動した次第である。
古書店でアルバイトをする大学をとある理由で休学中の青年・菅生が主人公にして謎解き役。ある日とある女性から、死んだ父がかつて書き、どこかに送ったはずの5本の短編を探して欲しい、と依頼を受ける。それらは全て「リドル・ストーリー」(結末の欠落した物語)になっていて、結末部は彼女が保有している、というのだ。調査進める中、思わぬ事実が明らかになる。どうやら彼女の父親は、「アントワープの銃声」と呼ばれる謎めいた事件と関わっていたようなのだった。菅生は全ての短編を探し当てられるのか、そして、それらに秘められた真実を解き明かすことは出来るのか、というお話。
さきに原点回帰、と述べたけれど、要するにこれはデビュウ作『氷菓』を想起してのこと。古典部シリーズの第1弾でもある同作品もまた、遺されたテクストの謎が物語の中心になっていた。自作に対する本歌取りとでもいうような、敢えて似たプロットとテーマで、そこに10年間培ってきたものを注ぎ込むかのような趣向なわけだけれど、その成果たるや本当に著しいものだと思う。道尾秀介と並んで今が旬な気がする作家による、繰り返しになるが原点回帰にして、その一つの到達点を示す作品、と言えるだろう。以上。(2012/05/12)

貴志祐介著『鍵のかかった部屋』角川文庫、2012.04(2011)

このところ執筆量がとみに増加しているような気がする、とは言えやはり基本的に寡作な作家・貴志祐介による「防犯探偵・榎本」シリーズ第3弾の短編集。執筆量が増加しているように見えるのは、この唯一のシリーズものがコンスタントに刊行されているせいかも知れない。
4短編が収められているが、どれも基本的には密室を扱った本格ミステリ、である。第1篇「佇む男」では、どう考えてもおかしな遺書を遺し、どう考えてもおかしなシチュエーションで見つかった葬儀会社社長の死の謎に、第2篇「鍵のかかった部屋」では元泥棒の男が遭遇した、厳重に目張りまでされた部屋での練炭自殺に見えるその甥の死の謎に、第3篇「歪んだ箱」では欠陥住宅を売りつけた不動産屋の、当の欠陥住宅という密室における死の謎に、第4篇「密室劇場」では前作にも登場した劇団の舞台上演中の死の謎に、榎本径・青砥純子コンビが挑む。
トリックに全ての力点が置かれているのだけれど、どれも誠に素晴らしい。『狐火の家』ではやや動機の側に力が入れられていたようにも思うのだが、今回はかなり物理系というか力学系というか。貴志祐介の力業を堪能して頂きたいと思う。以上。(2012/05/26)

三津田信三著『密室(ひめむろ)の如き籠るもの』講談社文庫、2012.05(2009)

今日のミステリ界において特異かつ極めて重要な位置を占めている三津田信三による、「刀城言耶(とうじょう・げんや)」ものの1冊にして最初の中短編集である。全4編の中で異彩を放つ中編「密室の如き籠るもの」は実に265頁ほどある。なので、収録作の内訳は中編3本と長編1本くらいに考えても良いかも知れない。
第1篇「首切の如き裂くもの」では袋小路で起こった凶器無き首切殺人の謎を、第2篇「迷家(まよいが)の如き動くもの」では薬売りの娘二人が出会う<家の消失>としか言いようのない山の怪異を、第3篇「隙魔(すきま)の如き覗くもの」では<隙間>を覗くと<隙魔>に取り憑かれるという言い伝えを聞かされて育った女性が遭遇する奇妙な事件を、第4篇「密室の如き籠るもの」ではある旧家当主の3番目の妻となった狐狗狸さんが当たると評判な美しい女の密室状況での死の謎を、刀城言耶が追う。
このシリーズ、怪異な装いとは裏腹なトリックの見事さが何とも言えない味わいを出していて、ジャンル的に近い京極夏彦や道尾秀介らが書いているような傑作群と並んで本当に素晴らしいと思うのだけれど、それが短い作品だとよりストレートに発揮されいるようにも思う。着想の見事さと並んで、語り口の絶妙にさも特筆すべきものがある。ここへきて圧倒的なまでにその充実振りを示している作家の、まさしく本領発揮とも言える作品集である。以上。(2012/05/30)