山本弘著『MM9 -destruction-』創元SF文庫、2014.07(2013)

山本弘による、《MM9》シリーズの長編3作目にして、恐らくは完結編(?)の文庫版である。単行本刊行から、わずか1年での文庫化となった。巻末には著者によるあとがきが付されている。
前作で描かれた、スカイツリーを襲った宇宙怪獣の撃破から僅かに二日。一騎と亜紀子、そしてヒメの3名は茨城県内のとある神社に護送された。そこで出会った美少女巫女ひかるは、自らとヒメとの意外な関係を明かす。その頃、日本近辺では透明怪獣が次々と出現する。その背景には地球侵略を企むチルゾギーニャ遊星人の暗躍があった。果たして一騎たちは、最強の宇宙怪獣を迎え撃てるのか…、というお話。
単行本とは違う表紙で、「ガイガンじゃん…」と思ったのだがそこは意図的。このシリーズ、あとがきでも楽屋話が語られているけれど、要するに東宝や大映などが手掛けてきた怪獣映画やら何やらへのオマージュとパロディ満載の作品になっていて、かなり笑えた次第。
それはそうなのだけれど、「人間原理」のような近年のハードSF的な要素、あるいは「萌え」要素なども適度にちりばめられており(どちらもそろそろ賞味期限切れになりそうだが…)、ある意味で21世紀初頭におけるエンターテインメント小説の基本形、とも言える作品になっていると思う。以上。(2014/09/10)

アンディ・ウィアー著 小野田和子訳『火星の人』ハヤカワ文庫、2014.08(2011→2013)

アメリカの新人作家であるアンディ・ウィアー(Andy Weir)による第1長編である。原題はThe Martian。ちょっとその成立史を。2009年から書かれ始めたこの作品、最初のうちは自分のサイトに無償で1章ずつあげていたところ、まとめて読みたいという読者がぼちぼち現れてキンドル版を作成。これが公開3か月で35,000ダウンロードを記録してしまう。
これを見た出版・メディア各社が版権獲得に動きだす。そうして2013年にオーディオブック版、そして2014年にハードカヴァ版が刊行され、NYタイムズ紙のベストセラー・リストの12位になってしまう。それらと並行して、2013年には20世紀フォックス社が映画化権を取得する、という事態にもなっていた。
そんな、デビュウ作としては快挙に近い成功を収めた本書だが、内容は以下の通り。
3度目の有人火星探査が猛烈な砂嵐により中断を余儀なくされる。火星を離脱する際、主人公のマーク・ワトニーは不運にも飛んできたアンテナに直撃され、火星に取り残されてしまう。不毛の地である火星にただ一人残されたマークはサヴァイヴァルを開始。持ち前のポジティヴ志向と天才的な機知により、次々に出来する危機や困難を乗り越えていくのだったが…、というお話。
エンジニアリング系SFの粋を集めたような作品でもあり、更にはハリウッドが欲しがるような実に波乱万丈な物語でもあり、といった具合。本当に火星で生活したことがあるのではないかと思うようなディテイルと(そんな人はいないわけだが…)、マークのキャラクタ造形が実に魅力的で、読みごたえは十分。素晴らしい作品だと思う。以上。(2014/10/10)

都築道夫著『銀河盗賊ビリイ・アレグロ/暗殺心(アサッシン)』創元SF文庫、2014.07(1981→1983、1983→1986)

都築道夫による、SFシリーズ二つを合本化し、文庫化したものである。6本からなる『ビリイ・アレグロ』は『奇想天外』に1979年から1980年にかけて掲載、10本からなる『暗殺心』は『SFアドベンチャー』に1981年から1983にかけて掲載されていた。今回は、文庫版やノベルス版のあとがき・解説に加え、編者の日下三蔵による解説が付されている。
『銀河盗賊ビリイ・アレグロ』:七つの銀河に名だたる日系人の怪盗ビリイ・アレグロ・ナルセ。仲間は宇宙船の喋る船載コンピュータと、テレパシイで会話する毒蛇。そんなビリイ達が繰り広げる活躍を、全6編で描く。
『暗殺心(アサッシン)』:いずこともつかぬ架空の東洋の戦国時代、当代随一の刺客・鹿毛里(カゲリ)に、復讐のため5人の国王を暗殺して欲しいと、ある国の先王の娘・真晝(マヒル)が依頼する。身分を隠した2人の旅路を全10篇で描く。
既に同じ文庫で出た『宇宙大密室』と『未来警察殺人課[完全版]』と合わせ、計3冊でこの作者によるSF作品はかなりの部分網羅されたのではないか、と思う。改めて、今回の企画に感謝の意を表したい。
豊かな発想、魅力あるキャラクタたち、意表を突く展開等々、都築道夫の作家としての技量がいかんなく発揮された、本当に優れたエンターテインメント作品だと思う。どちらの作品も、次代に伝えられ、何度も顧みられるべき、傑作である。以上。(2014/10/11)

池澤夏樹著『氷山の南』文春文庫、2014.09(2012)

芥川賞作家・池澤夏樹による海洋冒険もの巨編の文庫版である。元々は2009年から2010年にかけて『中日新聞』などに連載され、2012年に単行本として刊行。2年を経て今回の文庫化となった。解説は沼野充義が担当している。
時は2016年1月。アイヌの血を引く18歳のジン・カイザワは、南極海の氷山曳航を計画するシンディバード号にオーストラリアから密航を企てる。何とか乗船を許されたジンは厨房で働く一方、クルーや研究者たちのために船内新聞をつくることになる。
多民族からなる乗員の中で、自らのルーツをより強く意識していくジン。そんな中、プロジェクトの意義・目的を否定し、妨害しようとする「敵」の存在があらわになるが…、というお話。
600ページ近い大著なのだが、この人の作品がいつもそうであるように、極めて読みやすいので読了にはさほどの時間は要さないと思う。
目指しているのはきっと「世界文学」、なのだろう。氷山曳航プロジェクトを中心テーマとして持つ本書において作者は、エコロジー、テクノロジー、国際協力、政治、民族、宗教などなど、今日の世界が抱える重要課題を惜しげもなく詰め込み、池澤流の整理や提言を行なっている。そのどれもが、傾聴に値するものだ。次代に読み継がれるべき、傑作だと思う。以上。(2014/10/12)

ピエール・ルメートル著 橘明美訳『その女アレックス』文春文庫、2014.09(2011)

フランスの作家であるピエール・ルメートル(Pierre Lemaitre)による、「カミーユ・ヴェルーヴェン警部」シリーズ第2長編の翻訳版である。原題はAlex。その出来栄えから、フランスでリーヴル・ド・ポッシュ読者大賞ミステリ部門(2012年)、イギリスでインターナショナル・ダガー賞(2013年)を受賞した話題作である。
何を書いてもネタバレ必至なので、あくまでも冒頭のみを記す。30歳の女性アレックスが何者かに連れされられるところから物語はスタートする。彼女を幽閉した男は、衰弱しきった彼女に、お前が死ぬのを見てやる、という。死が迫る中、アレックスは必至の脱出を図るのだが…。
とにかく読め、という感じの作品。冒頭で顔をそむけてしまう方もいるかもしれないがそれは余りにももったいない。とにかく真ん中辺りまで読んでいただければ、この作品の凄さが分かるはずだ。
重ねて書くが、それにしても物凄いものを書いてくれたものだ、と思う。訳者あとがきによると進行中な映画化作業の完了、そしてまたヴェルーヴェンもの三部作の1作目、3作目の邦訳版刊行が本当に待ち遠しい。以上。(2014/10/15)

誉田哲也著『黒い羽根』光文社文庫、2014.08

誉田哲也による、ホラー長編である。帯を見るに、どうやらかなり早い段階に書かれてお蔵入りになっていたものを、「いきなり文庫」で刊行、という運びらしい。
主人公の君島典子は、幼い頃から右肩にある瑕に苦しんできた。どんな治療も効果がなく、ついに主治医の野本から「遺伝子治療」を受けてみるように言われる。典子は野本と他の患者らとともに山奥の研究施設に向かう。施設に入ると、何体もの惨殺死体が転がっていた。正体不明の敵の存在におびえる典子たち。ついに彼らの目の前に現れたのは、おぞましい姿をした生物だった…、というお話。
最近はこういうものを書かなくなっている誉田哲也だけれど、これはまさしく原点。映像化を念頭に置きながら作っていたのは間違いのないところで、スピーディな展開、意外な結末等々、なかなかに読みどころの多い作品になっている。エンターテインメント小説界の寵児による、瑞々しさを湛えたスプラッタ・ホラーの傑作である。以上。(2014/10/17)

道尾秀介著『水の柩(ひつぎ)』講談社文庫、2014.08(2011)

直木賞作家・道尾秀介による長編の文庫版である。元々は『小説現代』に連載され、2011年という、直木賞を受賞した年に単行本として刊行された作品。解説は映画監督の河P直美が担当している。
老舗旅館の長男である逸夫は中学2年生。彼は、自分が普通で退屈なことを嘆いていた。同級生の敦子は、級友からいじめを受け、誰よりも普通でありたいと思っていた。そんな二人は、文化祭をきっかけに言葉を交わすようになる。
「タイムカプセルの手紙、いっしょに取り替えない?」敦子の頼みが、逸夫の世界を変えていく。しかし、敦子には秘めた決意があった。逸夫もまた、家族が犯した罪を背負っていた。そんな二人は、一体どこへ向かうのか…、というお話。
黄金期、と言って良いだろう時期に書かれた作品の一つ、である。この年代、要するに思春期の少年少女を書くことが、この作者のライフワークとなっている感もあるが、いつものように細やかな心理描写と、プロットの積み上げ方が何とも見事な、堂々たる作品となっている、と思う。以上。(2014/10/20)

浦賀和宏著『頭蓋骨の中の楽園 Locked Paradise 上・下』講談社文庫、2014.09(1999)

『記憶の果て』から始まる「安藤直樹」ものの、『時の鳥籠』に続く第3弾である。講談社ノベルス版の刊行から実に15年を経ての文庫化、となる。
女子大生・菅野香織の首なし死体が発見された。その死と殺害方法は、なぜかミステリ小説の中で予告されていた。そして、もう一つの首なし死体が発見される。事件の背後には、密室の中で自らの首を切断して自殺した作家の影が…。笑わぬ名探偵・安藤直樹が、事件の謎に挑む。
長い年月を経てようやく理解され始めたこの作家だけれど、それは実のところミステリというジャンルが存在意義というか、存立基盤みたいなものを失ってしまったことが背景にある、というのは言い過ぎだろうか。
ジャンル境界の崩壊を予見していた、というか、その端緒になった可能性すらあるこのシリーズ、続く作品の文庫化が待ち望まれる。以上。(2014/10/21)

京極夏彦著『虚言少年』集英社文庫、2014.09(2011)

直木賞作家・京極夏彦による連作短編集の文庫版である。初出は単行本書き下ろしの1篇を除いて『小説すばる』。解説は松尾貴史、カヴァのフィギュア製作は荒井良が担当している。
収録されているのは7本。おやじ臭くて嘘つきな内本健吾、もてたいけどもてないお坊ちゃんの矢島誉、少年時代の京極夏彦自身じゃないかとさえ思う博識な京野達彦。「馬鹿なことはオモシロい」を信条とする小学生男子3人が繰り広げる、抱腹絶倒のコメディ、である。
古い映画みたいな面白さを感じたのだが、『どすこい。』や『南極。』でも明らかにされたこの作家のギャグのセンスというのも大変なものだと思う。どこで培ったものやら、というか、元々持っている才能と、日々の鍛錬の賜物だろう。
そうそう、どこかでも書いたのだけれど、純然たる「ギャグ小説」を商業ベースで出せる作家なんて、今日においてはこの人位のものなのである。以上。(2014/10/22)

藤木稟著『バチカン奇跡調査官 月を呑む氷狼』角川ホラー文庫、2014.09

藤木稟による「バチカン奇跡調査官」シリーズの第9巻である。今回も文庫書き下ろしの長編、となった。長編としては、第8弾となる。前巻から11か月。ちょっと刊行ペースは落ちてきているのだが、コンスタントであることは間違いない。
今回のテーマは北欧神話。『ラプラスの悪魔』の事件以来閑職に追い込まれたFBIのビルは、仕事で訪れたノルウェーの田舎町オーモットで怪異を目の当たりにする。突如として獣の唸り声が聞こえたかと思うと、満月が赤く呑まれ、更には暗闇の広場に轟音が響き渡ったのだ。
それもつかの間、「ラグナロク」という言葉がささやかれ始める中、すぐ近くの屋敷で奇妙な凍死体が発見される。現場は、外気温が高いにもかかわらず数十分で氷漬けにされた書斎。それは北欧神話に登場する氷狼の仕業なのか。奇跡調査官である平賀とロベルトの調査が開始される、というお話。
前巻も素晴らしかったのだが、この巻も負けず劣らずの出来栄え。北欧神話と科学トリックが見事に融合した、オリジナリティあふれるミステリ作品になっている。加えて、シリーズの背景にある大きな物語も少しずつ輪郭を見せ始め、いよいよ佳境へ、という感じ。次巻以降、一体何を見せてくれるのか、大いに期待したい。以上。(2014/10/25)

深水黎一郎著『最後のトリック』河出文庫、2014.10(2007)

深水黎一郎による、メフィスト賞受賞作の文庫版である。初出時のタイトルは『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』だったが、今回改題。改題が効いたのかどうか分からないが、かなりの部数が出ているようだ。解説はミステリ・ゴッドである島田荘司が担当している。
スランプ中の作家のもとに、香坂誠一という人物から「読者が犯人」という究極とも言うべきトリックのアイディアを2億円で買って欲しい、という手紙が届く。そんなものがあり得るのか、と疑いを抱く作家に、このアイディアは命と引き換えにしても惜しくないのだ、と香坂は訴えてくるが…。究極のトリックとは何か、そしてまた香坂の真の意図は何か、というお話。
色々なトリックが考えられて、というよりは考え尽されて、もうなにも残っていないんじゃないかというような時代。そんな時代に、何とも難しい課題を設定して挑んだ作品、ということになるだろう。この方法、実際にはうまくいかないし、そんなことで人は死なないのは確かなのだけれど、作品に一定の説得力を与えるために払われた努力には敬意を表したいと思う。以上。(2014/11/01)