安生正著『生存者ゼロ』宝島社文庫、2014.02(2013)

2012年に第11回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した、京都大学出身のサラリーマン作家・安生正(あんじょう・ただし)のデビュウ作である。応募時のタイトルは『下弦の刻印』。2013年に単行本が出て、早くも文庫化。かなり売れている模様、である。
北海道根室半島沖に浮かぶ石油基地で、職員全員が無残な死体となって発見される、という事態が発生。救助に向かった陸上自衛官・廻田と、感染症学者・富樫らは、政府から原因を突き止め、被害拡大を阻止するように命じられる。
やがて、二人は今回の事象にある法則を見出すが、それもつかの間、被害は北海道本島にまで拡大してしまう。「敵」の正体は何か、そしてまた廻田らは事態を収束させられるのか…、というお話。
エンターテインメント作品としての完成度は本当に高く、読み出したらやめられない、という感じの仕上がり。仕事をする傍ら、たっぷりと時間をかけて情報収集し、多大な時間を使ってディテイルを積み上げたのだと思う。苦労が報われた、というか何というか。いずれにしても、今後の活躍が楽しみな作家である。以上。(2014/03/20)

都築道夫著『未来警察殺人課 完全版』創元SF文庫、2014.02(1979→1982、1986→1991)

黎明期日本SFの大功労者の一人、都築道夫が30-40年ほどまえに書いていた人気シリーズ「未来警察殺人課」の「完全版」である。以下、まずはその刊行経緯について簡単にまとめておきたい。
まず、1979年に、『別冊問題小説』などに掲載された7本を集めた単行本『未来警察殺人課』が徳間書店から刊行、これが1982年に文庫化される。
続いて、『SFアドベンチャー』の1983年12月号から1985年9月号にかけ、3か月おきに連載されていた8本が集められ、『未来警察殺人課2』というタイトルで徳間ノベルスから出る。更にこれが1991年に『未来警察殺人課 ロスト・エンジェル・シティ』というタイトルで文庫化される。
そして今回の完全版であるが、上の2冊を合本し、それぞれの著者後書きや解説を網羅し、更には『SFアドベンチャー』の1984年12月号・都築道夫特集に載った、「僕のSF個人史を話そう」というインタヴュウ、「都築道夫隅田巡 写真紀行」、今回書き下ろされた日下三蔵による新解説などを収録している。
前置きが長くなったが、本書の中身について。主人公の星野は、東京警察三課に所属する刑事。三課=殺人課とは、既に起きた殺人事件を捜査する部署ではない。
近未来、テクノロジーの進歩とテレパシー能力者の登場により、殺人願望を抱き、殺人を犯す可能性のある者の存在は事前に察知されるようになっている。それ故、刑事という職務は、潜在的な殺人者を、ことを起こす前に排除すること=殺すこと、にある。
星野を含め、三課の刑事たちは皆、かつて殺人願望をいだいたことがあり、一度は社会から排除された、という経歴の持ち主。各エピソードでは、そんな世界での、ある意味非常にヤバい存在である星野たちの活躍、暗躍が描かれることになる。
『PSYCHO-PASS』の原型、と言ってしまえばそれまでなのだが、テイストはもう少しライトで洒脱な感じ。要するにハードボイルド。とは言え、繰り返しになるが結構ヤバい。
最後になるが、この作品などにも端的に表れているように、常に時代を先取りしていた偉大な作家による、再度読み直されるべき大傑作の、何とも喜ばしい理想的な形での再刊である。以上。(2014/03/25)

道尾秀介著『カササギたちの四季』光文社文庫、2014.02(2011)

直木賞作家・道尾秀介による連作短編集の文庫版である。元々は、2008年から2009年にかけて『小説宝石』や『ジャーロ』などに掲載された4本が収録されている。日常の謎系ミステリ、ということもあり、解説は米澤穂信が担当している。
開店して2年となる「リサイクルショップ・カササギ」は、依然赤字経営を継続中。店長の華沙々木(かささぎ)は、謎めいた事件があると店をほったらかし。副店長の日暮(ひぐらし)は、売れないようなものばかりを引き取ってくる。中学生の菜美(まみ)は、居心地が良いらしく店に入りびたり。そんな3人の前に、四季を彩る4つの事件が起こるが…、というお話。
初出の2008-9年頃と言えば、基本的にはかなり暗澹とした雰囲気の作品を書いていた時期にあたる。全体的に明るい雰囲気に満ちた本書、今では作風も相当幅広くなっていて、コメディもものしているけれど、その端緒になった作品、ということになるだろう。この作家がその可能性を広げていた時期に生まれた、好篇である。以上。(2014/04/02)

誉田哲也著『レイジ』文春文庫、2014.03(2011)

「武士道」もの、「柏木夏美」ものにより青春小説の旗手となった感すらある誉田哲也による、音楽をテーマとする極め付けの青春小説の文庫版である。オリジナルは『別冊 文藝春秋』2010年1月号から11月号に連載され、2011年文藝春秋から単行本が出ていた。
中学3年生の文化祭でバンドを結成した春日航(ワタル)と三田村礼二(レイジ)。しかし妥協を許せないレイジは数か月後に脱退してしまう。高校3年となったワタルは、美少女・松下梨央をヴォーカルに迎え再び文化祭での演奏に取り組むが、そこにはレイジの姿はなかった。
要領よく自分の道を切り開いていくワタル、そして不器用ながら孤高の音楽を目指すレイジ。二人は互いを少なからず意識しながら、別々の道を歩んでいくが、やがて、というお話。
物語は1987年から約20年後まで、というかなり長い時間にわたる。まさに青春。山あり谷あり。
誉田氏自身が30歳くらいまでバンドをやっていたということもあり、自意識まみれで思い入れ過剰な小説なんじゃ?、などと心配する必要はない。そこは真のプロ作家である同氏のこと、読者へのサーヴィス精神に満ちた、極上のエンターテインメント作品となっている。以上。(2014/04/23)

山口雅也著『狩場(カリヴァ)最悪の航海記』文春文庫、2014.03(2011)

神奈川県生まれの作家・山口雅也による、タイトルからもその内容がほのかにうかがえるパロディ小説の文庫版である。元々は『別冊文藝春秋』に掲載され、2011年に単行本としてまとめられた。解説は鳥飼否宇が担当している。
時は1700年頃、日本では徳川綱吉による治世の時代。生類憐みの令が施行され、ハラキリの文化が存在する奇妙な国・日本に上陸した冒険家ガリヴァーは、病気療養中の将軍のため、側用人・狩場蟲齋から南洋の島へと赴き不老長寿の秘薬=竜仙粉を持ち帰るように依頼される。旅の途中で出会う様々な驚嘆すべき数々の出来事、そして、やがて明らかになる世界の秘密とは何か、というお話。
博覧強記にして、想像力の限界に挑むかのようなパロディ小説で、まことに絶品にして圧巻。このクオリティのものを書くのはさすがに大変な作業のはずで、その労苦のほどがしのばれる。やや異端とは言え基本的にはミステリ作家である山口雅也が、その活動領域を一気に拡張したとも言える、空前絶後の力作である。以上。(2014/04/30)

桜庭一樹著『ばらばら死体の夜』集英社文庫、2014.03(2011)

直木賞作家・桜庭一樹による長編小説の文庫版である。元々は2010年から2011年にかけて『小説すばる』に掲載され、直後に単行本として刊行されていた。解説は啓文社商品部の児玉憲宗が担当している。
時は2009年の秋。翌年6月から施行される改正貸金業法がもたらすのは、借金からの救済か、あるいは破滅か。翻訳家の吉野解(さとる)は、学生の頃に下宿していた神保町の古書店「泪(なみだ)亭」の二階で謎の美女、白井沙漠と出会う。
妻とは正反対の魅力に強く惹かれた解は、粗末な部屋で彼女と幾度も体を重ねる。二人が共通して抱えるのは、「借金」による破滅という恐怖だった。改正法施行におびえる彼らは、果たしてどこへ向かうのか…、というお話。
波に乗る桜庭一樹による、桐野夏生テイストのサスペンス。全編を覆うペシミズム、そしてまた、ほのかに漂う文学的香り。円熟、という方向ではなく、更に進んで腐乱・白骨化していこうとするかのような、このところのこの作家のあり方を、端的に示すような作品だと思う。以上。(2014/05/10)

桐野夏生著『ポリティコン 上・下』文春文庫、2014.02(2011)

直木賞作家・桐野夏生による、大長編の文庫版である。元々は2007年から2010年にかけて『週刊文春』と『別冊文藝春秋』に連載されていたもので、単行本同様に2分冊となった。解説は原武史が担当している。
ユートピアの実現を目指して山形県北部に作られた唯腕(いわん)村が主な舞台。創始者から数えて3代目にあたる青年・高浪東一(といち)は、謎の男「北田」らと一緒に村に流れてきた美少女・中島真矢(まや)をわがものにしようとし、周囲との軋轢からその運命を次第に狂わせていくことに。自らの出自に疑問を持つ真矢も、その美貌のために過酷な運命を背負うことになる。果たして二人の運命は…、という物語。
ただれ切った理想郷、というコンセプトが、何とも桐野夏生らしくて良いと思う。まさにディストピア。良い人が全然出てこない、人間の心が持つ闇を描き切ろうとするような作品で、実のところ読了後にはかなりの虚脱感に見舞われた次第。桐野が持つ鋭い人間洞察力とある種の達観から放たれた、寓意と示唆に満ち溢れた傑作である。以上。(2014/05/15)

浦賀和宏著『記憶の果て The End of Memory 上・下』講談社文庫、2014.03(1998→2001)

『彼女は存在しない』(2001)の遅ればせながらの大ヒットにより再評価されている浦賀和宏の、第5回メフィスト賞受賞作にしてデビュウ作の再文庫化である。今回は上下2分冊となった。解説は千街晶之が担当している。
父親が死んだ。自殺だった。父の突然の死を受け入れられない安藤直樹は、父の部屋にある奇妙なデザインのパソコンを起動する。ディスプレイに現れた「裕子」と次第に心を通わせていく安藤。裕子はプログラムなのか、あるいは実在しているのか。安藤はその正体を明らかにしようと様々な手立てを考えるのだが、やがて…、というお話。
いわゆる「笑わない名探偵・安藤直樹」ものの第1弾、ということになる。人工知能ものSFにしてミステリ、そして青春小説でもあるこの作品、その全く予想不可能な展開にはやはり底知れなさというか、畏怖をすら感じてしまう。色あせることのない、傑作だと思う。
実は、ここから先の6冊はいまだ文庫化がなされてすら来なかったのだが、これを機に一気になされることを期待する。以上。(2014/05/20)

柴田南雄著『音楽史と音楽論』岩波現代文庫、2014.04(1988)

作曲家にして音楽学者であった柴田南雄(みなお)が、放送大学の教科書として執筆した書物。底本としては、2004年刊行の改訂第3刷が使用されている。
全15章。いわゆる西洋音楽を「主流」と見なすような立場とは距離を置きつつ、人類共通文化としての音楽について、その該博な知識をベースとして説きつくす、という趣向になっている。
小泉文夫と並んで、西洋音楽のみを音楽とするような音楽界、そしてまた学校教育における西洋偏重振りに異を唱えてきたこの著者。その遺した作品には実に凄まじいものが多いが、その背景にある理論の一端を、本書から伺うこともできるだろう。
音楽についての基礎的な事柄を網羅した教養本としてのみならず、柴田南雄の作品を理解する上での一助にもなる、ある意味非常にお得な書物である。以上。(2014/05/21)

服部真澄著『KATANA(カタナ)プロジェクト』角川文庫、2014.03(2010)

『龍の契り』、『鷲の驕り』などで知られる作家・服部真澄による2010年発表の大長編文庫版である。単行本出版時には『KATANA』と題されていたが、今回若干の改題となった。
時は20XX年のアメリカ。紛争地での復興事業で莫大な利益をあげている「民間軍事コングロマリット」でCEOを務める兵頭理人(ひょうどう・まさと)は、ある方面からの依頼で銃市場の動向を密かに探り始める。時を同じくして、日本の放送局の在米リサーチャーである黒崎ケイは、軍事産業の裏側に迫る番組を企画。兵藤への取材を申し込んでいた。やがて二人の前には、世界を揺るがす大陰謀がその姿を少しずつ見せ始めるのだったが…、というお話。
圧倒的なスケールの陰謀に、何となく普通人の兵頭・黒崎コンビが挑む、という図式。伏線を張りまくり、ちょっとずつ真相を見せていく技法が実に巧みで、そのあたりはさすがに稀代のストーリー・テラー、という感じである。この世界の仕組み、について深く踏み込んだ、そしてまた読者を飽きさせることのないリーダビリティを持つ、まことに優れたエンターテインメント作品である。以上。(2014/05/23)

浦賀和宏著『彼女の幸せを祈れない』幻冬舎文庫、2014.04

メフィスト賞作家・浦賀和宏による文庫書き下ろしシリーズの第3弾である。結構なヴォリュームを誇っていたこれまでの2作とは異なり、340ページほどの、手に取りやすいサイズになっている。
フリーライタをしている桑原銀次郎の同業者・青葉が殺された。青葉が何かの特ダネを追っていたことを知った銀次郎は、これに興味を抱く。手がかりとなるのは、遺品であるカメラに写っていたボンデージ姿の女性。調査が進むにつれ、衝撃的な事実が明らかになっていくのだが…、というお話。
これまで2作とはちょっと雰囲気の異なる作品、になっていると思う。楽しめないことはないのだが、ちょっとばかり、意外な展開、であるとか、意外な事実、にこだわりすぎたかも知れない。思うにハードボイルドが基調としてあるこのシリーズ、全体のトーンとしてはより禁欲的にいった方が「衝撃」は更に効果的になるのではないか、と考えた次第である。以上。(2014/05/25)

今野敏著『転迷 隠蔽捜査4』新潮文庫、2014.05(2011)

今野敏による人気シリーズ『隠蔽捜査』の4作目となる長編の文庫化、である。単行本は2011年刊。
大森署署長として多忙な日々を送る竜崎伸也に、4つの難題がまとめて降りかかる。すなわち、1.外務省職員の他殺体が隣の大井署管内で発見される、2.大森署管内でひき逃げ事件が発生する、3.娘の恋人が乗っているかも知れない航空機事故の情報が入る、4.覚せい剤の捜査について厚労省の取締官がクレームを申し立ててくる、といった具合。
それら難題に、いつものように正論を武器に真っ向から取り組む竜崎。幾重にも絡み合った問題群を、果たして解決にもっていけるのか、そしてまたその先に何があるのか、というお話。
人物造形もさることながら、プロット構成の巧みさにはますます磨きがかかったようにも思う。良く出来たエンターテインメント作品であると同時に、今日において、様々な組織というものが持つ問題点をうまい具合に掬い上げ、解決案の一つをも示そうという、そんな啓発的な面もある本書、まあ、言ってみれば組織に属している人達、つまりは割と大部分の人達に是非読んでもらいたい1冊である。以上。(2014/05/31)