笠井潔著『吸血鬼と精神分析 (上)(下)』光文社文庫、2015.07(2011→2013)

笠井潔による「矢吹駆」シリーズの長編第6作である。単行本刊行が2011年、その後カッパノベルスを経て今回の文庫版刊行となった。上下2分冊で、総ページ数は1,000を超える大著になっている。ちなみに、このシリーズもいよいよ後半突入、ということになるらしい。
パリ市街にあるアパルトマンで、ルーマニア人の亡命者が殺害され、パリ警視庁のルネ・モガールらによる捜査が始まる。床には「DRAC」の血文字が残されていた。ダイイング・メッセージなのか?その1週間後、被害者の女性たちが全身の血を抜かれた形で発見される、という連続殺人事件が発生し、人々を戦慄させる。
〈吸血鬼(ヴァンピール)〉事件、と呼ばれることになったこの連続猟奇殺人事件と、「DRAC」の殺人事件は何らかの関係を持つのか?そうだとすると首謀者は、その動機は一体何なのか?ルネの娘であるナディアと、名探偵・矢吹駆は一連の事件にまつわる謎を解き明かすことができるのか…、というお話。
様々な思想家を取り上げてきた本シリーズだけれど、今回の対象はジャック・ラカン(Jacques Lacan)。ジャック・シャブロルという名前で登場するラカンと、駆+ナディアによる、精神分析学やフェミニズムに絡んだ議論が展開されていく。
そこの部分も非常に面白いし、古典的な流儀に則った本格ミステリとしての出来栄えも大変見事なもの。思想系ミステリ、という特異なジャンルを作り出した笠井潔による、華々しい成果、と表現されるべき傑作である。以上。(2015/09/05)

道尾秀介著『光』光文社文庫、2015.08(2012)

直木賞作家・道尾秀介による、2012年発表の長編文庫版である。元々は『ジャーロ』などに掲載されていたもので、全7章。解説は大林宣彦が担当している。2013年にはラジオドラマ化された。キャッチコピーは「強く願え。奇跡は起こる。」。
小学四年生の利一(りいち)の毎日は、いつも冒険だった。親友である慎司、密かにあこがれている慎司の姉・悦子、裕福な家庭の宏樹、貧しくて祖母と二人暮らしの清孝。かれらは、いつも利一のそばにいて、そこには常に冒険があった。真っ赤に染まる川の謎、湖の人魚伝説、野良犬ワンダ、亀のダッシュ、アンモナイトの偽化石づくり、洞窟に潜む殺意との対決。全ての出来事の記憶は、いつしか暖かい光に包まれ、そして…、というお話。
道尾版『スタンド・バイ・ミー』なのは確かなのだけれど、小道具の使い方や、話のひねり具合がそれはそれは見事なもので、そこはさすがにこの作家の作品、といったところ。実は、この作品を書き進めていたころに道尾秀介は直木賞を受賞していて、もし取り損ねていたらこの作品も候補にあがったのだろうな、などとも思う。いかにもこの作家らしい、ノスタルジィと抒情に満ちた名編である。以上。(2015/09/07)

誉田哲也著『幸せの条件』中公文庫、2015.08(2012)

日々進化を続けている作家・誉田哲也による2012年発表の長編文庫版である。文庫で総ページ数450ほどの結構規模の大きい作品で、テーマは実に農業。帯に踊るキャッチコピーの一つは「今度のヒロインは、農業女子」。
そのヒロインは瀬野梢恵。都内にある片山製作所に勤務する彼女は、恋にも仕事にも後ろ向きの「役立たずOL」。そんな彼女に、ある日社命が下る。それは、単身で長野に赴いて、バイオエタノールを生成できる米を作れる農家を探すこと、というものだった。
現地入りした彼女を待っていたのは、冷ややかな視線。やがてあるきっかけで農業見習いを始めることになった彼女だったが、果たして当初の目的を果たすことができるのか…、というお話。
次々に新境地を開拓していっているこの天才肌の作家だけれど、このテーマでここまで楽しい小説を書けてしまうとはいやはや恐るべし。ちょっと篠田節子が書きそうなタイプの、面白くて、ためになって、更には色々と考えさせてくれる何とも素敵な作品である。以上。(2015/09/10)

宮内悠介著『ヨハネスブルグの天使たち』ハヤカワ文庫JA、2015.08(2013)

『盤上の夜』で衝撃的なデビュウを飾った宮内悠介による、これまた大反響を巻き起こした第2短編集である。初出は1本の書き下ろしを除いて『SFマガジン』で、2013年に単行本刊。またもや直木賞候補となり、日本SF大賞特別賞を受賞した傑作。カヴァのイラストはTakumi Yozaが、解説は大森望が担当している。
表題作「ヨハネスブルグの天使たち」:近未来らしき時代、スティーブとシェリルは、今は見捨てられた耐久試験場である、元々は地上54階の高層マンション=マディバ・タワーの屋上から毎日落下し続ける人体型の「楽器」=DX9を捕獲しようとしていた。やがて二人は、2,700体のうちの1体との交信に成功するが…、というお話。
他に、基本的に紛争地帯であるアフガニスタンやイエメン、あるいはソマリアなどを舞台とする、DX9の落下を物語のどこかに組み込んだ短編が収録されている。
伊藤計劃や、J.G.バラードを意識しているのは明らかで、二人が既にこの世の人でないことも、この作品の成立には深くかかわってくることなのではないかと邪推する。そう、全ての作品は、先人が築いた礎の上に建つものなのだから。そして、一度めばえた崇高なる意志は、受け継がれ続けなければならないのだから。
SFへの愛、そしてまた人間存在そのものへの愛に満ちた、読んだものの胸に深く、そして末永く記憶に刻まれるであろう傑作である。以上。(2015/09/25)

三津田信三著『ついてくるもの』講談社文庫、2015.09(2012)

ここ10数年でホラーやミステリ界において確固たる地位を築き上げた三津田信三による、ホラー小説7本を集めた短編集の文庫版である。カヴァの絵は毎度おなじみの村田修、デザインは坂野公一がそれぞれ担当している。
初出は『小説新潮』、『小説現代』など多岐にわたる。ちなみに、2012年のノベルス版に入っていた〈刀城言耶シリーズ〉の短編「椅人の如き座るもの」が、「百物語憑け」に置き換えられている。
収録作は基本的に著者が誰かから聞いた実話、という体裁をとる。「夢の家」ではすし屋で出会った気味の悪い男が語る夜ごとの恐怖を、「ついてくるもの」では廃屋から一体の雛人形を持ち帰った少女に降りかかる恐るべき出来事を、「ルームシェアの怪」では3人で同居を始めた女性が経験する怪異を描く。
「祝儀絵」では叔母が買ってきた結婚式の模様を描いた絵が引き起こす恐怖を、「八幡藪知らず」では絶対に入ってはいけない、という森を巡る怪異を、「裏の家の子供」ではある女性翻訳家が引っ越した先で経験する奇妙な出来事を、ラストの「百物語憑け」では日本ホラー小説大賞への応募作「百物語という名の物語」成立にまつわるちょっと怖い話、を描いている。
解説にも書かれているように怪談には近年においても様々な取り組みがあって、これなどもその一つ、ということになる。編集者として、そしてまた作家としてのキャリアを踏んできた三津田信三だからこそ書きうるのだろう、虚実の境界線が崩壊する感覚を堪能できる、見事な作品群だと思う。以上。(2015/10/03)

森博嗣著『ジグβ(ベータ)は神ですか JIG β KNOWS HEAVEN』講談社文庫、2015.10(2012)

森博嗣によるGシリーズの第8弾を文庫化したもの。元本は2012年に講談社ノベルスにて刊行されていた。キャッチコピーは、「Gシリーズ最高にして最大の衝撃!」。表紙デザインは樋口真嗣(ホントです。)、解説は黒岩勉が行なっている。
三重県にある、β(ベータ)を名乗る教祖を進行する芸術家たちが自給自足の生活を営む宗教施設・美之里(びのさと)。三重県職員となった加部谷恵美とかつての仲間たちは、調査のため足を運んでいた探偵・水野涼子と再会を果たす。
そんな中、芸術家の一人が全裸で棺に入れられ、フィルムでラッピングされた状態で発見される。あちこちで見つかる文字「β」、そして真賀田四季博士の影。加部谷たちは真実にどこまで近づけるのか、というお話。
本作品、前作から実に4年を経ての刊行だったのだが、それに伴い物語内の時間もそれなりに経過し、色々なことが変わっている中でストーリィが展開される。遂に、このシリーズも動き始めた、というか、これまでの7冊は前置き?、と思ってしまうような内容になっている。
ルクレーティウスによるテクストを各所に配し、哲学的考察を随所に織り交ぜた作品に仕上がっていて、まさに森節炸裂といったところ。講談社タイガで開始されたWシリーズも気になるが、いよいよ終盤に入ったこのシリーズの次巻刊行が、実に待ち遠しい。以上。(2015/11/03)

森博嗣著『彼女は一人で歩くのか? Does She Walk Alone?』講談社タイガ、2015.10

錚々たる執筆陣による文庫書き下ろしでの作品刊行が予定されている、講談社タイガという新しい文庫の第1回配本にラインナップされた、森博嗣によるWシリーズの開幕編、である。帯のコピーは「人工生命体と人間。両者の違いとは何か?Wシリーズ、始動!」。
ウォーカロン=walk-alone。それは、「単独歩行者」と呼ばれる、人工細胞で作られた生命体のこと。人間との差異は殆どなく、見分けることは難しい。その識別手段について研究を続けている研究者・ハギリは、ある日何者かに襲撃され、危うく命を落としそうになる。
彼の保護のために派遣された局員・ウグイによると、ハギリはその画期的な研究成果のために命を狙われることになったのではないか、というのだが、一体誰が…、というお話。
いつの時代の話なのかは不明なのだが、数百年後、位な感じには見える。いわゆる「百年シリーズ」にウォーカロンが登場し、重要な働きをしているが、本シリーズとの関係はまだ明らかではない。
あくまでも「さわり」、という感じで、色々と謎な部分が多いのだが、シリーズが進むにつれ、小出しにされていくのだろうと思う。テクノロジの未来を予見しようとする、森博嗣の新たなる挑戦に期待したいと思う。以上。(2015/11/15)

ピエール・ルメートル著 平岡敦訳『天国でまた会おう 上・下』ハヤカワ文庫、2015.10(2013)

『その女アレックス』(2011→2014)などのカミーユ・ヴェル―ベン警部シリーズで一躍日本でも知られることになったフランスの作家ピエール・ルメートル(Pierre Lemaitre)による、普遍文学長編の邦訳版である。原題はAu revoir là-haut。単行本も同時刊行。本国フランスでは実に90万部を突破、そしてゴンクール賞を受賞、ということらしい。
1918年末の西部戦線。第1次世界大戦もその終結が近づく中、アルベールは上官であるブラデルの悪事に気付いたため生き埋めにされてしまう。それを救ったのはエドゥアール。しかし、エドゥアールは、救助に際して顔面に大けがを負ってしまう。
そして終戦。パリに戻ったアルベールとエドゥアールは、戦死者を称揚し、生き延びたものには冷たい世間にあきれつつ、国家を揺るがすような詐欺計画を立て始める。その結末はいかに、という物語。
ヴェルーヴェン警部ものなど犯罪小説でも見せているスピーディで意表を突く展開はそのまま。主人公の一人エドゥアールが、その体の一部が欠損している、あるいは画才がある、という設定などにヴェルーヴェンものとの共通点を垣間見ることも可能だろう。
そういう共通事項とは裏腹に、やはりこの作品は普遍文学作品なのであり、19世紀のV.ユゴ―(Victor Hugo)やH.バルザック(Honoré de Balzac)といった巨匠達からの文学的伝統をきちんと引き継いでいる、と言って良いだろう。極めてフランス文学的な、寓意性とアイロニィに満ちた、恐らくは著者の代表作となるであろう一大傑作である。以上。(2015/11/17)

藤木稟著『バチカン奇跡調査官 悪魔達の宴』角川ホラー文庫、2015.10

藤木稟による「バチカン奇跡調査官」シリーズの第12巻。書き下ろしで、長編だと第10弾にあたる。遂に大台に突入。総ページ350とコンパクトな作品ながら、大変充実した内容を持った1冊である。
舞台はドイツ・ニュルンベルク。娘のヘンリエッタに悪魔が憑いた、という市長の告白を聞いたベックマン司祭は、トビアス神父とともにヘンリエッタを見舞う。変貌したヘンリエッタを見た二人は、手に負えないと判断しバチカンに協力を求める。
奇跡調査官のロベルトはイタリア人のエクソシスト・ジャンマルコの補佐としてドイツへと赴き、悪魔祓いの準備を開始。折しも、ニュルンベルク駅では連日同時刻に人が死ぬ、という不可解な事態が発生、街中でも「悪魔」の目撃情報が増加していた。やがて平賀も同地に到着し、悪魔の正体を探り始めるのだが…、というお話。
しばらく各地を転々としていたこのシリーズだけれど、話の舞台はヨーロッパに戻る。ドイツなので、あの物凄くオカルトにかかわりの深かったナチスも当然のように顔を出す。この辺り、結構手あかのついたジャンルなのではないかと思うのだけれど、いやはやこの作者はそこにとんでもないものを持ち込んで、独自性を打ち出しているように思う。
10本目という節目に放たれた、何ともおぞましく、そしてまた作者の博覧強記振りを堪能させてくれる作品である。以上。(2015/11/20)