結城充考著『躯体(くたい)上の翼』創元SF文庫、2016.07(2013)

ドラマ化もされた『プラ・バロック』(2009)などの作品で知られる香川県出身の作家・結城充考(ゆうき・みつたか)による、2013年発表のSF長編。帯には色々な文章が並ぶが、一つだけ引用すると「生体兵器の少女が ただ一人のために挑んだ、 凄絶な戦いのすべて」、という作品である。
時は恐らくかなり先の未来。荒廃した地上の緑化政策を行なう「共和国」所属の船団の、人狗(ひといぬ)からの護衛のために生体兵器として生み出された「対狗衞仕(たいくえいし)」である少女・員(エン)が主人公。
数百年単位という長い時間スケールの果てしなき戦いの中、互聯網(ネット)上を行きかううちに員は「cy」と名乗る者からの呼びかけを受信する。やがて員は、cyを共和国の細菌兵器による攻撃から救うべく、一人で221隻の艦船との戦いに挑むことを決意するが、というお話。
ストレートな物語ではあるのだが、いやはや、その圧倒的な世界構築力には驚かされる。硬質な文体、想像力豊かなガジェットやギミック群、秀逸極まりないキャラクタ造形等々、見どころ読みどころ満載の実に完成度の高いバトル系SF小説で、感服した次第。極めて高いクォリティを持つ、紛れもない傑作である。以上。(2016/09/05)

冲方丁著『マルドゥック・アノニマス 2』ハヤカワ文庫、2016.09

岐阜県出身の作家・冲方丁(うぶかた・とう)による、「マルドゥック」シリーズ第3期「アノニマス」の第2巻である。初出は『SFマガジン』誌。カヴァは第1巻と同じく寺田克也が手掛けている。帯の文章を引用すると、「アンダーグラウンドを制圧する〈クインテット〉を、ウフコックはただ傍観するほかなかった。」という物語。
ロックを、そして今回の案件の依頼元であった弁護士のサムまでが惨殺されるに至る中、ウフコックは〈クインテット〉への潜入捜査を開始する。〈クインテット〉は、リーダーのハンターが描いた遠大にして巧緻な作戦により、既存勢力を次々と蹴落とし、アンダーグラウンドを制圧していく。ウフコックは、はたまたイースターズ・オフィスの面々はそれを手をこまねいて見ている他はないのか…、というお話。
異能者バトル系小説として、ある意味究極とも言えるクオリティを誇る同シリーズだけれど、その中でも白眉の1冊ではないかと思う。ウフコックの高い知性から導き出される諦念と恐怖、そしてまた燃え盛る静かな闘志と憎悪。その描写の見事さに、感情移入を余儀なくされる。
そんな、本編の語り手であるウフコックの描き方もさることながら、敵役であるハンターの造形のそれはそれは素晴らしいこと。両者の対決の行方はどうなるのか。来春には出るのではないかと思われる次巻を心待ちにしたい。以上。(2016/10/25)

森博嗣著『デボラ、眠っているのか? Deborah, Are You Sleeping?』講談社タイガ、2016.10

森博嗣による、Wシリーズ第4弾の長編である。講談社タイガでの刊行で、文庫書き下ろしとなる。帯にあるコピーは「ニュークリア襲撃。だがそれは彼女の意志ではなかった。」。冒頭と各章頭の引用はJ.G.バラード『沈んだ世界』による。
研究者・ハギリは、複合施設ニュークリアの玄関前で「デボラ、眠っているの?」という声を聴き、その直後、ニュークリアは赤い目をした少女により襲撃を受ける。どうやら、デボラとは「トランスファ」と呼ばれるプログラムの一種であり、これが彼女を操っていたらしいことが判明する。
一方、フランス西海岸にある古い修道院にて、生殖可能な一族と1台のスーパ・コンピュータが発見される。どうやら、ナクチュで発見されていたものと同型らしい。科学者のヴォッシュは調査に参加し、ハギリを呼び寄せる。そんな中、ナクチュのコンピュータもまた、再稼働を果たしていたが…、というお話。
素晴らしい作品だと思う。森博嗣による数多くの作品の中でも相当上位にランクインするのではないだろうか。隅から隅まで、どこをとっても面白く、そしてまた、随所で語られるテクノロジや知性といったものについての洞察は極めて深い。
そんなわけで、本書は、シリーズ中盤にして、既にクライマックスを思わせるような傑作、である。この先、森博嗣は我々をどこに連れて行ってくれるのだろう。次巻を待ちたい。以上。(2016/10/30)

誉田哲也著『Qrosの女』講談社文庫、2016.09(2013)

今や、エンターテインメント小説界の重鎮の一人となった、誉田哲也による2013年発表の長編作品である。版元は講談社であるが、これが誉田哲也の講談社デビュー作、となる。というか、この作者の作品で、これまでのところ講談社から出ているのはこれのみ、である。
正体不明のCM美女=Qros(キュロス)の女を巡って物語が展開する。『週刊キンダイ』のしがない芸能記者・矢口慶太はその正体を暴くべく、様々なアプローチを試みていた。そんな中、先輩である有能な記者・栗山がもたらした情報により、矢口はQrosの女と遭遇するのだが…。Qrosの女とは、そしてまた矢口、栗山の運命は、というお話。
読者を楽しませる仕掛けがこれまでか、というくらいてんこ盛りになっていて、本当に素晴らしいのだが、一応シリーズ外長編とは言いながらも、芸能界もの、そしてまたクライムノベルでもあるこの作品、この作者の追求してきた二つの題材をうまい具合に融合して発展・昇華させた、ある意味同作者の真骨頂、とも言える傑作だと思う。以上。(2016/11/05)

連城三紀彦著『処刑までの十章』光文社文庫、2016.10(2014)

直木賞作家である大御所・連城三紀彦による2014年刊行の大長編。元々は『小説宝石』に掲載。連城氏は2013年10月に他界されているので、死後刊行ということになる。カヴァのイラストは黒川雅子、解説は香山二三郎が担当している。
平凡なサラリーマンの西村靖彦がある日突如として失踪する。その弟である直行は、義妹の純子と共に靖彦の行方を追い始める。やがて、どうやら靖彦は、蝶の蒐集がきっかけで知り合った土佐清水のある女性と、多摩湖畔に赴き、そこで消えたらしいことが分かる。
更に踏み込むと、どうやら土佐清水ではその女性が関係する放火殺人事件が起きていたことが判明。もしかすると、靖彦もまた、殺されたのではないのか、そして、そもそも土佐清水の女とはいったい何者なのか?調べれば調べるほど、事態は混迷を深めていくのだが…、というお話。
ひねりにひねったプロット構成といい、、随所に仕掛けられたギミックといい、もつれにもつれた複雑極まる人間関係といい、まさに連城作品の真骨頂といったところ。蝶=アサギマダラが媒介する、怪しさと耽美さの絶妙な配合が見事な傑作である。以上。(2016/11/08)

桜庭一樹著『GOSICK RED』角川文庫、2016.09(2013)

直木賞作家・桜庭一樹による、唯一と言って良いロングラン・シリーズの新章・ニューヨーク編第1弾の文庫版である。元本は2013年に刊行。帯のコピーは「超頭脳、超キュート。」。
舞台はあの戦争が終結して間もない1930年代初頭のニューヨーク。この地にわたり、探偵事務所を開いたヴィクトリカ・ド・ブロワと、新米記者として働き始めた久城一弥。一見平穏な毎日を送る彼らだったが、ある日のこと、暗黒界のボスから、このところ巷を騒がせているギャング連続殺人事件の捜査依頼を受ける。ヴィクトリカの超頭脳により、猛スピードで真相に近づく彼らだったが、実は、この事件の背後には大変な陰謀が渦巻いていて…、というお話。
旧キャラクタはもちろん、新キャラクタも続々と登場。ヨーロッパ編の、元々はライトノベルなのにかなりヘヴィだった印象とは一変して、こちらにはポップでカジュアルなテイストが全編を彩る。相変わらず人はたくさん死ぬのだけれど、白黒からカラーに、くらいの変化はある気がする。『BLUE』、そして『PINK』の文庫化を待ちたいと思う。以上。(2016/11/10)

道尾秀介著『鏡の花』集英社文庫、2016.09(2013)

兵庫県生まれの作家・道尾秀介による、2013年刊行となった連作短編集の文庫版である。初出はほぼ『すばる』誌で、最後の章「鏡の花」のみが単行本刊行時の書き下ろしとなる。帯のキャッチ・コピーは、「まだ誰もみたことがない群像劇」。
第一章「やさしい風の道」では姉の秘密を解き明かそうとする少年の、第二章「つめたい夏の針」では密かに夏のオリオン座を見に行く少年少女の、第三章「きえない花の声」では死んだ夫のある秘密を知ってしまう女性の、第四章「たゆたう海の月」では息子の死の知らせを聞いた老夫婦の、第五章「かそけき星の影」ではある秘密を抱えた姉弟と知り合った妊婦の物語が描かれる。そして、第六章「鏡の花」では、全ての物語が紡ぎなおされ…、という作品。
山本周五郎賞受賞の『光媒の花』(2010)にも登場した「蝶」がここにも現われて、物語を優しく「媒介」する。単行本とは若干章の順番を変えているのだが、確かに、結構印象が異なるのかも知れない。喪失と新たな邂逅。全ての人間の人生を、そして世界をやさしいまなざしで見つめなおすかのような、傑作である。以上。(2016/11/15)

浦賀和宏著『緋(あか)い猫』祥伝社文庫、2016.10

神奈川県生まれの作家・浦賀和宏による文庫書き下ろし作品。200ページちょっとの、長編というべきものなのかどうか、何とも微妙な長さでの刊行となった。
時は終戦直後の昭和24年。17歳の高校生・浜野洋子は、プロレタリア喫茶で知り合った佐久間という工員青年と恋に落ちる。しかし、仲間二名が殺害される事件が発生し、佐久間は疑いをかけられ失踪する。
洋子が佐久間を追い、その故郷である青森県の寒村へと赴くと、そこには佐久間の姿はなく、かつて東京で彼が飼っていた三毛猫がいた。村人らは佐久間など知らない、と言い張り、洋子を監視下に置き始める。恋人との再会を夢見る洋子に、果たしてその機会は訪れるのだろうか、というお話。
良くも悪くも浦賀和宏の作品。三つくらいのジャンルを猫のように軽やか、というか今回はかなり無理やり横断している感じ。端的に、ある映画を下敷きにしているのだが名前は敢えて出さないことにする。ちなみにそちらには猫じゃない動物が関係する。
いつもより数段ひねりが少なくて、ちょっと物足りない気もしたのだが、多分話を広げ始めると切りがないから切っちゃった、というところなのだろう。後は読者が想像すれば良い、とも思う。気分が悪くならない程度に、だけれど。以上。(2016/11/17)

ピエール・ルメートル著 橘 明美訳『傷だらけのカミーユ』文春文庫、2016.10(2012)

『その女アレックス』(2011)の大ヒットで知られるようになったフランスの作家ピエール・ルメートル(Pierre Lemaitre)が2012年に発表した、「カミーユ・ヴェルーヴェン警部」シリーズの第3弾にして完結編。原題はSacrifices=犠牲。既に英語には訳されていて、2015年のインターナショナル・ダガー賞(英国推理作家協会賞)を受賞している。この賞、ここ数年はほとんどこの作家の独壇場と化しているのだがそれはさておき。
カミーユ警部の恋人であるアンヌ・フォレスティエがパリの街中で強盗に襲われ、瀕死の重傷を負う。かろうじて一命をとりとめた彼女に、犯人らしき人物が付きまとい始める。口封じのためなのか。一方、カミーユは愛するものを再び失うまいと、上司にアンヌとの関係を隠しながら、捜査を進める。カミーユがその果てに見たものは…、というお話。
恐らく単独で楽しめる作品ではないので、『悲しみのイレーヌ』、『その女アレックス』を先にお読みになることをお勧めする。基本的には暗澹としたハードボイルド系の作風を持つこの作品、読みどころはやはりこの作家独特なストーリィ展開、にあるだろう。舌を巻く他はない凄まじい展開を、是非とも味わってほしいと思う。
以下蛇足。素晴らしい翻訳でこの作家を日本に紹介してくれた橘明美氏だが、一か所ひどい間違いがあるので一言。本書57ページに「喧喧囂囂(けんけんごうごう)」と書きたいのだろうところに、「喧喧諤諤(けんけんがくがく)」という意味不明な文字列が入っていて、ちょっと待てよ、と思った。そんな言葉はない。修正して欲しい。以上。(2016/11/20)

山田正紀著『屍人の時代』ハルキ文庫、2016.09

『人喰いの時代』(1988)刊行から28年を経ての続編。Webランティエに掲載された「第一話神獣の時代」に3篇を加えて、最初から文庫で登場。帯によると「本来書かれるはずのなかった幻の小説、奇跡の刊行!!」、ということになる。
謎解き役は呪師霊太郎(しゅし・れいたろう)。「第一話神獣の時代」ではギャンブラーの五十嵐を追って北の吐裸羅(とらら)島へと赴き、「第二話零戦の時代」ではある零戦乗りの真実を追って時代を駆け抜け、「第三話啄木の時代」では石川啄木が遺した歌に秘められたある殺人事件の謎を追い、「第四話少年の時代」では宮沢賢治(本書の表記に倣う。)の存在が影を落とすとある事件とかかわる「少年二十文銭」の行方を追う。
こういうものを読んでしまうと、しばらく他の物を読むのが怖くなるというか…。こんなもの凄いものを書ける作家なんて、この人くらいしかいないのではないかと思う。圧倒的なスケールと緻密極まりないディテイル構築。何よりも、こういう話を構想してしまう山田正紀という存在自体がミステリなのかも知れない。さりげなく刊行された、とてつもない傑作である。以上。(2016/11/27)