高田大介著『図書館の魔女 第一〜四巻』講談社文庫、2016.04-05(2013)

早稲田大学出身の高田大介による、第45回メフィスト賞受賞作の文庫版である。400字詰め原稿用紙で3,000枚に及ぶ大作で、単行本は上下2分冊だったものを今回は4分冊化。第一巻と第二巻が4月、第三巻と第四巻が5月の刊行となった。
山里で育った少年キリヒトは、王宮の命により、一の谷にある図書館で暮らす「高い塔の魔女」マツリカに仕える身となる。キリヒトは、声を持たぬ少女マツリカの手通訳として次第にその真価を発揮していく。しかし、図書館での平穏な日々は短く、マツリカ達は海の向こうの大国ニザマとの政争に巻き込まれていく。暗躍する刺客、そしてその糸を引くニザマ宰相ミツクビ。数多の敵がうごめき、国家間の争いが風雲急を告げる中、マツリカやキリヒト、あるいはその仲間たちの運命はどうなるのか、というお話。
硬質な文体、作りに作り込まれた世界観とキャラクタたち、練り込まれたプロット等々、まさに入魂の作品で、読みごたえは十分。桜庭一樹の大ヒット作である「GOSICK」シリーズの影響、は否めないものの、近年なかなかお目にかかれない類の実に重厚な作品で、充実した時間を過ごさせていただいた次第。シリーズ化されている模様なので、いずれ続編にも目を通したいと思う。以上。(2016/06/20)

誉田哲也著『増山超能力師事務所』文春文庫、2016.05(2013)

誉田哲也による、またしても新境地な感があるサイキック・コメディの文庫版である。初出は『オール讀物』で、単行本は2013年刊。どうやら続編が同じ『オール讀物』でそろそろ連載開始の模様なのだが、そちらも楽しみである。
13年前に「日本超能力師協会」が発足し、超能力師の資格試験と事業認定が行なわれるようになった世界が舞台。日暮里駅から徒歩10分に居を構える「増山超能力師事務所」の所員は、能力を駆使ししての浮気調査や失踪人捜索に忙しい日々を送っていた。一筋縄ではいかない依頼や依頼者に、それぞれに能力や経験が異なる超能力師達はどう対処していくのか、いけるのか?そんなお話。
全7編。一話完結で、それぞれ所員1名ずつが主役となる。ありそうでなかったのではないかと思う、超能力もので探偵事務所もの、というアイディアが絶妙な味わいを出している。特に後者が味噌で、これが「探偵もの」だと多分こんなにはうまくいかない。質の高い警察小説で脚光を浴びた誉田哲也が、真の意味でのポピュラリティを獲得するきっかけになるはずの作品である。以上。(2016/06/25)

架神恭介著『戦闘破壊学園ダンゲロス』ちくま文庫、2016.05(2011)

1980年に広島県で生まれた著者による、エンターテインメント巨編である。親本は講談社から2011年に刊行され、5年の歳月を経て今回ちくま文庫に収まることになった。総ページ数735。帯によると「能力バトルエンタメはここに完成する。」とのこと。タイトルのダンゲロスとは、表紙にも書いてあるのでそのまま記すと、”DANGEROUS”のことである。
舞台は希望崎学園高等学校。名前とは裏腹に、生徒には特殊な能力を持つ「魔人」が数多く含まれる同校は、破壊と暴力が蔓延し跋扈する別称「戦闘破壊学園ダンゲロス」としてその名を世に知られていた。
時は2010年9月。学園自治を進める「生徒会」と、かねてより彼らと対立してきた「番長グループ」による学園内最終戦争=「ハルマゲドン」の火ぶたが切って落とされる。生き残るのは果たしてどちらか。そこに、『転校生』と呼ばれる謎の第三勢力も介入し、事態はいよいよ混沌としていくのだが…、というお話。
眉村卓、笠井潔、冲方丁あるいは永井豪、大友克洋、荒木飛呂彦といった人々によって脈々と書き継がれ、描き継がれてきたこのジャンルだけれど、なるほど完成形というか、よくぞここまで、という作品。何しろ長いのだが、隅々まで良く考えられているプロット構成や人物造形があるために、全く退屈することなく読了できた。見事な作品だと思う。
ちなみに、本書の中心人物の一人、「両性院男女」の名前からは当然「清涼院流水」を想起すべきなのだろう。単なるオマージュを超えたものを感じてしまった。もう一つ蛇足だけれど、カヴァを着けて読んでいた関係で、読み終えてから改めて表紙を見て思わず吹いたことを付け加えておきたい。以上。(2016/07/05)

綾辻行人著『Another エピソードS』角川文庫、2016.06(2013)

綾辻行人による、学園ものホラーの傑作『Another』(2009)の続編。あとがきにもあるように、この作品(『エピソードS』)の単行本版刊行後、2014年から『Another 2001』の連載が開始されているので、これはもう「Another」シリーズと言って良いのだろう。本作はその2番目の長編となる。
時は1998年の夏。見崎鳴(みさき・めい)はかつての夜見山北中学三年三組で<現象>を経験した青年であるもう一人の「サカキ」=賢木晃也に会うため、<湖畔のお屋敷>を訪れていた。鳴はそこで、3か月前に死んだという賢木の幽霊に出会う。賢木は自分の死体を探している、といい、二人は死体を始めるのだが、やがて…、というお話。
ホラーとミステリの間を行き来しながら、エンタテインメント文学の世界で独自の地位を築いてきた綾辻行人。既に20年を超えた作家生活の中で培ったものを、思う存分に注ぎ込んでいるのがこのシリーズなのだと思う。見事としか言いようのない伏線の張り方、巧みなプロット運び等々、その熟練ぶりを堪能できる、佳品である。以上。(2016/07/20)

周木律著『不死症(アンデッド)』実業之日本社文庫、2016.06

『眼球堂の殺人』(2013)でメフィスト賞を受賞してデビュウを果たした周木律(しゅうき・りつ)による、文庫書き下ろしのホラー長編である。
山の奥にある製薬会社の研究所で爆発事故が発生。事故現場で、泉夏樹は突如目を覚ます。ここはどこ、私は誰?彼女は一切の記憶を失っていた。やがて研究所の同僚らが合流し、少しずつ記憶を取り戻していく夏樹。しかし、彼らの前には理性を失い人を見境なく襲う者たちが現われる。一体何が起こったのか、そしてまた夏樹たちの運命は、というお話。
まあ、言ってしまえば「ゾンビもの」なのだが、この手あかのついたジャンルで、一体どんな新しい切り口を、とちょっと期待しつつ読んでみた次第。アイディアは悪くないし、決して退屈はしなかったのだけれど、例えばこの上にある綾辻行人やら、下にある阿部智里やらの作品と比べて、やはりその作品としての「薄っぺらさ」は否めないところ。
全体を通して色々と問題を感じてしまったのだが、一つだけ述べておくと、20年以上前の瀬名秀明や鈴木光司の傑作群には間違いなくあった科学性、即ち論理性とか合理性のようなものが、この作品には基本的に欠けている。色々な現象について、説得力のあるレヴェルでの説明がほとんど与えられておらず、疑問のみが残ってしまった。
そこが本筋ではない、という反論もあるかも知れないが、本筋なのかも知れないストーリィや人物造形も極めて薄っぺらいので、ほとんど何もないに等しい作品なのである。以上。(2016/07/22)

阿部智里著『黄金(きん)の烏』文春文庫、2016.06(2014)

阿部智里による「八咫烏(やたがらす)」シリーズ第3弾の長編、文庫版である。好評のこのシリーズ、この夏には第5弾が出る模様、で、しかも凄い展開になっているようなのだが、それはさておき。
第2巻で描かれたもろもろの出来事によって垂氷(たるひ)郷へと帰郷した雪哉(ゆきや)だったが、とある目的で同地を訪れた若君=奈月彦(なづきひこ)と再会することになる。その目的とは、山内(やまうち)で起きている「仙人蓋(せんにんがい)」という危険な薬物の出所を突き止める、というもの。
連れだって探索の旅に出た若君と雪哉は、垂氷郷北部の集落で、村人たちを食らいつくした大猿に遭遇する。一体この世界に何が起きているというのか?大猿は、はたまた薬物を蔓延させているものの正体は何か、というお話。
相変わらず話の展開が物凄すぎて、思わずにやついてしまうのだが、ここへ来て、王朝文学系ファンタジィ(なんだよそれ…)から、いわばハリウッド映画的なスタイルに接近し始めているようにも思う。この物語はこの先一体どこに向かうのか、波乱と急転の第3巻である。以上。(2016/07/25)

森博嗣著『風は青海を渡るのか? The Wind Across Qinghai Lake?』講談社タイガ、2016.06

森博嗣による、Wシリーズ第3弾の長編。今回も講談社タイガでの刊行で、文庫書き下ろしとなる。帯のコピーは「天才が遺した試料(スペシメン)の価値は。人間だけの特性とは何か。」。冒頭や各章頭の引用は、SFの古典にして名作A.ベスター『虎よ、虎よ!』からとられている。
チベットはナクチュ特区にある神殿の地下で、長い間眠りについていた「試料」の収められた遺跡は、まさに人類の聖地と呼ぶべきものだった。研究者・ハギリは、科学者・ヴォッシュらとともに、同地を再訪。やがて、ウォーカロン・メーカであるHIXの研究者・ヴァウェンサに招かれた帰り、トラブルで足止めされたハギリは、聖地以外の遺跡の存在を知らされるが…、というお話。
青海とはチベット自治区の東に面した青海省にある湖のこと。この小説に記述されている地理情報は、恐らく意図的にかなりおおざっぱで位置関係がやや分かり難いのだが、このサイトなどを参考にされると良いだろう。
この湖はかなり重要な意味を持っていて、それは「百年シリーズ」とこのシリーズをつなぐキーとさえ言えるものなのである。とは言え、記憶が薄れているので、2冊目までを再読しなければいけないのかな、と思案しているところである。以上。(2016/07/28)

森博嗣著『赤目姫の潮解 LADY SCARLET EYES AND HER DELIQUESCENCE』講談社文庫、2016.07(2013)

森博嗣による、『女王の百年密室』、『迷宮百年の睡魔』(どちらも新潮文庫)に続く、「百年シリーズ」の最終話である。元々は『小説現代』に連載され、講談社から単行本が出ていたものの文庫化、となる。帯によると「あまりに特異。限りなく自由。読書常識が覆る。」とのこと。ちなみに「潮解」とは、「物質が空気中の水(水蒸気)をとりこんで自発的に水溶液となる現象のこと。」(Wikipedia)である。
霧の深い早朝、医者の篠柴と小説家の鮭川は声を発することができない赤目姫とともにボートに乗っている。やがて3人は摩多井(またい)という紳士の屋敷に到着し、駱駝やオアシスについての会話を交わす。赤目姫が就寝後、篠柴と鮭川は各々が別の場所で赤目姫と過ごした時について語り始める。やがて物語は錯綜し、語り手さえも不明になっていき…、というお話。
森博嗣の作品というのは、基本的に一つの時間軸、というか世界の中のことを書いているのだと思っている。ある意味全作品がシリーズ、とも言える。既に始まっているWシリーズと、このシリーズは明らかにかなり未来、あるいは未来において達成されるであろうテクノロジのある種究極的な進化を前提にした話なのだけれど、要するにテクノロジがどこかの点を超えると、謎解きとか、カタルシスなんてものをどうこういうことができなくなる、のかも知れない。
たぶん、この作品はそのギリギリのところを描いているのだ、と勝手に解釈しておきたい。集大成的な内容を持つ、後から振り返ればこの作家の一つの到達点と見なせるようになるのではないかと思う作品である。以上。(2016/08/05)

野アまど著『バビロン II ―死―』講談社タイガ、2016.07

野アまど(環境依存文字があるので注意。これ、どうにかして欲しい。)によるサスペンス小説シリーズの第2弾である。第1弾から1年ちょっとを経て刊行。カヴァのイラストははざいんが引き続き担当している。
新域がいよいよ施政開始し、初代域長として30歳の斎開化(いつき・かいか)が選出される。しかし、斎は就任直後に新域での「自殺法」制定を宣言。直後に新域庁舎から64人が飛び降り自殺する。行方をくらました斎を追うべく、東京地検特捜部の正崎善を中心にした捜査班が作られるが…、というお話。
物語は更にヒート・アップ。超展開もさることながら、自殺や安楽死に関する議論を、分かりやすく、しかもしっかりと書いているところが素晴らしい。普通の捜査小説、政治小説としても十分成り立つところに、曲世愛(まがせ・あい)という非日常的で過剰な要素を持ってきたところには賛否あるかも知れないが、評価は完結編を読んでからにしたい。以上。(2016/08/10)

冲方丁著『はなとゆめ』角川文庫、2016.07(2013)

岐阜県出身の作家・冲方丁(うぶかた・とう)による、歴史小説である。2016年刊。カヴァのイラストは遠田志帆、解説は山本淳子が担当している。
平安時代のこと。28歳となった清少納言は、17歳の妃である中宮定子に仕えることになった。なかなか宮中の生活に慣れない清少納言は、定子の導きにより次第にその能力を発揮し始める。しかし、そんな光ある充実した日々もつかの間、少納言はやがて始まった藤原道長と定子の争いに巻き込まれてしまうが…、というお話。
格調の高い文体、優れた人間洞察、等々、非常に高度な内容を持つ文学作品。一人の人間としての清少納言をここまで活写したのは、誠に画期的なことだと思う。清少納言という女性の、文学史上の意味、そしてまた歴史上の意味を、改めて問い直してみせた見事な作品である。以上。(2016/08/10)

伊坂幸太郎著『死神の浮力』文春文庫、2016.07(2013)

伊坂幸太郎による、「死神」ものの第2弾。第1弾『死神の精度』は短編集だったが、今回は長編。冒頭のみが『別冊文藝春秋』に掲載後、2013年単行本で出ていたものの文庫化、となる。英語タイトルは”Buoyancy of Death”。
かつて娘を殺された山野辺夫妻は、無罪判決を受け釈放された本城という男への復讐を計画。そんな夫妻のもとへ、「死神」である千葉が派遣されてくる。千葉の仕事は、人の死の可否を判定し、報告すること。やがて夫妻と千葉は、逃亡した本城を追い始めるが、事態は思わぬ方向へ展開していく…、というお話。
スピーディで意表を突く展開、浅からぬ人間洞察、善と悪についてのダイアログ、カーチェイス、そして雨。まさに伊坂ワールド全開、という感じの作品で、大いに楽しめたのと同時に、色々なことを考えさせられた。
なお、この作品、映像化、を意識した造りになっているのは間違いなく、ヴィジュアル的な要素がふんだんに盛り込まれている。ちなみに、2014年には舞台化されているが、映画化については現時点で不明。『精度』は金城武主演で映画化されているが、今回はどうなるのか。注意したいと思う。以上。(2016/08/15)

月村了衛著『土漠の花』幻冬舎文庫、2016.08(2014)

『機龍警察』シリーズで著名な月村了衛による、シリーズ外長編の文庫版である。非常に高い評価を受けた作品で、第68回日本推理作家協会賞を受賞している。カヴァの写真はTONY CRADDOCK、解説は井家上隆幸がそれぞれ担当している。
物語の舞台は東アフリカ。ソマリアの国境近くで平和維持活動を行なっている陸上自衛隊第一空挺団のもとに、一人の女性が逃げ込んでくる。どうやら、氏族間の争いの中で、行き場を失っているらしい。そこへ、彼女の属する氏族と敵対する氏族の武装集団が襲い掛かる。自衛官たちは、彼女を守り抜くことができるのか、というお話。
まあ、きわどい話、ではある。この国においては、平和憲法のもと、一応戦力と考えられる自衛隊の行動には、厳しい制限が課せられている。そんな制限下で、葛藤しつつ苦闘する男たちの物語、ということになるだろう。
そんな、何を書いてもあちこちから何か言われる可能性があるなかなか難しい領域に踏み込みながら、血沸き肉躍る感じの良質なエンターテインメント作品(若干ハリウッド映画っぽいが…)に仕上げている手腕は、さすがに手練れ、という感じである。以上。(2016/08/30)