皆川博子著『海賊女王 上・下』光文社文庫、2016.01(2013)

偉大なる小説家・皆川博子による歴史大河巨編の文庫版である。元々は『小説宝石』に連載。単行本は2013年刊。今回も上下2分冊での文庫化となった。
16世紀後半、エリザベス朝のイングランドとその支配下に置かれつつあるアイルランドが舞台。スコットランド出身のハイランダー(高地人)であるアラン・ジョスリンは、弟のロイと共にガラグロス(戦士)としてアイルランドに渡る。そこでアランは、オマリー氏族の男たちにまじって戦いに参じる10歳の少女グローニャと出会う。それが、彼らが繰り広げる波乱万丈の物語の幕開けだった、というお話。
文庫で1,200ページほど。登場人物は数百人に上る。いやはや、まさに大河ドラマ。剣豪小説的でもあり、更にはミステリ仕立てな作りなど、随所に過剰なほどのサーヴィス精神を感じる。周到な構想と考証のもと、大きなものに屈しつつある民族の崇高なる魂を高らかに謳い上げた大傑作である。以上。(2016/03/20)

藤木稟著『バチカン奇跡調査官 ソロモンの末裔』角川ホラー文庫、2016.02

藤木稟による「バチカン奇跡調査官」シリーズの第13巻。今回も文庫書き下ろしで、長編としては11弾目にあたる、総ページ400ほどの、このシリーズとしては平均的な長さを持つ作品である。
内戦が続くヨルダンのイルビド教会の難民キャンプに、瀕死の男が担ぎ込まれる。シェバと名乗ったその男の持ち物は古代文字が刻まれた羊皮紙のみ。教会の神父はバチカンに古代文字の解読を依頼、ロベルトがその任に就く。
解読が進む中、ロベルトと平賀は、エチオピアで起きた奇跡についての調査依頼を受ける。はるか昔にソロモン王とシェバの女王の子どもが持ち帰ったという、「契約の箱」の上空に、巨大な炎の剣と天使の姿が浮かび上がったというのだ。現地に赴いた彼らを待っていたのは…、というお話。
舞台はアフリカへ。趣向としては『レイダース』あるいは『マスターキートン』などを彷彿とさせるアドヴェンチャ色の濃いサスペンスになっていて、大変楽しめた次第。そんな、波乱万丈の展開自体も面白いのだが、やはりこのシリーズの肝はその博覧強記振りにあると思う。今回も、ユダヤ・キリスト教秘史、みたいな話が満載で、その辺りも大いに楽しめる。以上。(2016/03/27)

皆川博子著『アルモニカ・ディアボリカ』ハヤカワ文庫、2016.02(2013)

巨匠・皆川博子による、『開かせていただき光栄です』(2011)の続編にあたる長編の文庫版である。元々は前著と同じく『ハヤカワミステリマガジン』に連載。文庫で約600ページに達する大長編に仕上がっている。
前著で描かれた事件から5年が経ち、解剖医ダニエル・バートンは悔悟の念を抱きながらも職務に邁進。また、弟子だったアルやベンら「バートンズ」の面々は盲目の判事ジョン・フィールディングのもとで犯罪防止のための新聞を作り始めていた。
そんなある日、正体不明の屍体についての情報を求める広告依頼が舞い込む。屍体の胸には〈ベツレヘムの子よ、よみがえれ!アルモニカ・ディアボリカ〉と謎の暗号が刻まれている、という。調査に乗り出したジョン・フィールディングとバートンズは、いつしか過去に起きた忌まわしい事件への禁断の扉を開いてしまうのだったが…、というお話。
前著はダニエルの活躍ぶりが目立ったけれど、今回はジョン。これは既に、「盲目判事」ならぬ「盲目探偵もの」じゃないかというような、八面六臂の活躍を見せている。
登場人物は多いし、時間も行ったり来たりなので恐ろしく複雑な物語なのだけれど、そこはこの作家。見事な整理振りというか、終盤前にほとんどカオスと化していた話が、シューっと収束する様は何とも絶妙。
かなり陰惨で残虐な描写を多々含み、そしてまた18世紀英国における政治や精神医療がらみの「闇」、みたいなものを克明に描きつつ、そんな中でひときわ輝きを放つ「愛」、そして「友情」を高らかに謳い上げる。なんて素晴らしい作品なのだろうか。これこそが小説というものだ、とさえ思う。
そんなこんなで、定評ある前作と本作の2冊、大変なキャリアを誇る巨匠の、新たな代表作、なのではないかと思う。果たして続編はあるのか、次はアン=シャーリー・モアが主役とか?誠に興味は尽きない。以上。(2016/03/30)

今野敏著『宰領 隠蔽捜査5』新潮文庫、2016.03(2013)

北海道生まれの作家・今野敏による「隠蔽捜査」シリーズもはや第5弾。単行本刊行は2013年で、これはその文庫版。解説は池上彰が担当している。
警視庁の伊丹俊太郎刑事部長は、大物衆議院議員の牛丸真造が行方不明になっているということをさる筋から告げられる。折しも、竜崎信也が署長を務める大森署管内で牛丸の運転手の他殺体が発見され、更には牛丸を誘拐したとの電話が警察に入る。
発信地が神奈川県内であることから、警視庁・神奈川県警の合同捜査が組まれることになったが、図らずも合同捜査本部の指揮を命じられたのは竜崎。難航する捜査と折り合わない二つの組織。竜崎はどう事態を収拾するのか…、というお話。
今日最も面白い警察小説シリーズの一つだと思うのだけれど、ここへ来てもそのクオリティ、テンションは全く落ちていない。実のところ、互いに譲らない二つの警察組織の対立、みたいな作り方は間違いなく過去にも行なわれていて、ある意味手あかがついたもの、ではあるのだけれど、そこに竜崎という「変人」を置くだけでこれだけオリジリティ溢れる作品が作れてしまうとは。何とも見事な、職人の技が冴える好著である。以上。(2016/04/10)

山本弘著『UFOはもう来ない』PHP文芸文庫、2016.03(2012)

京都に生まれ、と学会の初代会長をしていたこともある山本弘による、2012年に刊行されたSFコメディ超大作の文庫版である。総ページ数765。巻末には解説として、「スターファインダーの生態と文明」が収録されている。
古くから地球を監視してきた知的生命体・スターファインダー。その監視から上がってきた情報に基づいて「最終シークエンス」を発動しようとした矢先、彼らのリーダであるペイルブルーが任務遂行中京都の山中に不時着してしまう。
好奇心旺盛な小学生3人組はペイルブルーを発見し、TV局に通報。TVディレクタの大迫懸二(おおさこ・けんじ)と大阪に住むUFO研究家の木縞千里(きじま・ちさと)は現地に向かうが、別ルートでこの話を聞いた宗教集団の教祖・龍彫蔵人(りゅうぼり・くらんど)がペイルブルーの拉致を試みようとしていた。人類と異星人とのファーストコンタクトの結末やいかに、というお話。
抱腹絶倒であると同時に、様々な「とんでも」なものへの著者特有の「愛」が詰まった、極上のエンタテインメント作品である。ファーストコンタクトもの、というジャンルはご存知の通り古くから開拓されてきた訳だけれど、その「全て」を踏まえたうえで、ローカリティとオリジナリティ溢れる作品に仕立て上げる手腕は見事としか言いようがない。心の底から楽しめる、快作である。以上。(2016/04/13)

宮部みゆき著『ペテロの葬列 上・下』文春文庫、2016.04(2013)

東京生まれの作家・宮部みゆきによる、「杉村三郎」ものの長編第3作。2010年から様々な新聞に連載され、単行本は集英社から2013年に刊行。文春での文庫化にあたり上・下分冊となった。カヴァのイラストは杉田比呂美が、解説は杉江松恋が担当している。いまさらではあるが、これってひょっとして杉尽くし?
事件を呼び寄せる男・杉村三郎は、再び大変な事件に巻き込まれる。彼の乗るバスが、一人の老人にジャックされたのだ。バスジャック事件自体は、あっという間に収束し、自害した老人が約束した通り被害者のもとには慰謝料が届けられる。
しかし、様々な疑問が残された。老人の正体は一体何なのか、そしてまた、なぜバスジャック事件などを起こしたのか。実は、この事件の背後には巨大な闇が広がっていたのだが…、というお話。
出るたびにどんどんスケールアップするこの素晴らしいシリーズだけれど、本書などはもう、著者の集大成にして到達点とすら思える傑作。疾風怒濤としか言いようのない展開、どこまでも深い人間洞察はまさしく絶品。そして、誰もが絶句するはずの驚愕のラストが…。
ちなみに、このシリーズはまだまだ続く。もう、いっそのことライフ・ワークにしてほしい、と思う。以上。(2016/05/02)

冲方丁著『マルドゥック・アノニマス 1』ハヤカワ文庫、2016.03

岐阜県生まれの作家・冲方丁(うぶかた・とう)による、「マルドゥック」シリーズの第3期「アノニマス」の第1巻である。初出は『SFマガジン』誌。カヴァのイラストは寺田克也が手掛けている。同シリーズは、帯に引用された「あとがき」によると、「これは一匹のネズミがその生をまっとうし、価値ある死を獲得する物語」、になるらしい。
『マルドゥック・スクランブル』で描かれた事件から2年が経過。あの作品のヒロインだったバロットは今では学業にいそしみ、パートナーだったネズミのウフコックは新たなパートナー・ロック他イースターズ・オフィスの面々と仕事をこなす毎日を送っている。そんな、一見平穏な毎日は、オフィスに依頼されたある企業の内部告発者の保護事案によって音を立てて崩れ始める。彼らの前に立ちはだかるのは〈クインテット〉という新興の異能者集団。ウフコックの、最後の戦いが始まる、というお話。
このところ主に歴史分野の作品を書いてきてとても高い評価を受けた冲方丁だけれど、それを経ての原点回帰、となる。どこか肩の力が抜けた、というか、話自体のテンションはとても高いのだけれど、読み手を変に緊張させない、かなりリーダビリティの高い文体・文章になっていて、変わるものだな、などと思ってしまった。物語の行く着く先を、見極めたいと思う。以上。(2016/05/10)

島田荘司著『星籠(せいろ)の海 The Clockwork Current 上・下』講談社文庫、2016.03(2013→2015)

広島県生まれの作家・島田荘司による、2013年に発表された大長編の文庫版である。今回も、単行本同様に上下2分冊となった。どうやら来月からこの作品を原作とする映画『探偵ミタライの事件簿 星籠の海』が公開される模様なのだが、ここからも分かるように本作品は「御手洗潔(みたらい・きよし)」ものの1冊、となる。
瀬戸内海は松山沖の小島・興居(ごご)島に、死体が次々に流れ着いているのだが、調べて欲しい、という奇妙な依頼を受けた御手洗潔と石岡和己。現地を訪れ、事件のカギが広島県福山市にある鞆(とも)という町にあることを突き止めた彼らだったが、同町では様々な出来事が同時進行していた。
死体遺棄事件とその背景にうごめく宗教団体、瀬戸内海に出現するという謎の怪物、、そして対黒船用兵器『星籠(せいろ)』…。複雑に入り組み、混迷を極める事態に、御手洗はどのような解決を与えるのか、与えられるのか、というお話。
空前絶後のスケールを持つ作品で、それはこの作家なので、というところもあるのだが、更に言えば物語として無理がない、というか、とても良く出来ていて、うんうん、と納得しながら読了した次第。ちょっと、普通の小説家とは次元が違う、というか、いやー、凄いな、という感じ。ストーリィや謎解きもさることながら、歴史の勉強にもなってしまう、何とも凄まじい巨編である。以上。(2016/05/12)

誉田哲也著『ドンナ ビアンカ』新潮文庫、2016.03(2013)

東京生まれの作家・誉田哲也による、『ドルチェ』(2011)に続く元捜査一課の「女刑事・魚住久江」もの長編の第2作。元本は2013年に刊行。ちなみに、「女刑事・魚住久江」というコピーは、帯に「旭日章=警察章」とともにでかでかと出ている。
大手外食企業の役員・副島孝と、系列の飲食店長の村瀬邦之が誘拐され、練馬署強行犯係の魚住久江はかつての同僚・金本健一が招集される。身代金の受け渡しは失敗、更には体の一部が切断されて送り付けられてくる。捜査線には、村瀬の妻である中国人女性の名が浮かび上がってくるが…、というお話。
物語は、やや時間をさかのぼった村瀬の視点、そして現時点の魚住の視点で描かれていく。誘拐事件に至るまでの経緯と、その進捗が同時に描かれることになる。多視点ものを得意とする著者ならではと言っても良い手法だと思うのだけれど、最後まで読者の興味をそらさない、という点で絶大な効果を発揮している。姫川もののような暗澹さはない、どちらかと言えばハート・ウォーミングな、好著である。以上。(2016/05/15)

伊坂幸太郎著『ガソリン生活』朝日文庫、2016.03(2013)

千葉県生まれの作家・伊坂幸太郎による、朝日新聞夕刊に連載していた長編の文庫版である。文庫版の初版限定で、カヴァー裏面には「書き下ろし番外編」が付き、さらにこちらは限定ではないと思うがもう一つのおまけとして、寺田克也イラストによる「ガソリン生活をもっと楽しむためのキーワード辞典」が挟み込まれている。何と贅沢な。
望月家の長男で大学生の良夫と、聡明な小学5年生の弟・亨は愛車のデミオでドライヴ中、突然車に乗り込んできた元女優の荒木翠にある場所に連れて行ったほしいと頼まれる。その翌日、翠は事故死。事故なのか、はたまた事故を装った他殺なのか?望月兄弟は、フリーの芸能記者・玉田憲吾と知り合い、事件に首を突っ込み始めるが…、というお話。
ミステリにしてファンタジィである本書は、伊坂幸太郎のサーヴィス精神がいかんなく発揮された本当に楽しい小説。喋る車たち、謎の元女優にパパラッチ、サンサン太陽君、フランク・ザッパ、そしてダイアナ妃。一体どこで培ったのかと思うような豊かな知識と、天才的なユーモアのセンスが見事に融合した傑作である。以上。(2016/05/17)

山本弘著『BISビブリオバトル部1 翼を持つ少女 上・下』創元SF文庫、2016.04(2014)

京都生まれのベテラン作家・山本弘による、2014年発表の青春もの長編文庫版である。「BISビブリオバトル部」シリーズと銘打たれたものの第1弾で、まずはお手並み拝見、という感じ。後述の通り、全くそんなものではないのだが。ちなみにこのシリーズ、既に第3弾までが出ている。
ビブリオバトルとは、要するに書評対決。冒頭にルールが書いてあるが、基本的には4か条からなる。要約すれば、「発表者は5分で面白いと思った本の紹介をする。2-3分の質疑応答ののち、発表者を含め参加者全員で投票して『チャンプ本』を決定する。」、という感じ。
そんなことをしているビブリオバトル部の一つがあるBIS(美心国際学園)が物語の舞台。SF好きの少女である同学園高等部の伏木空(ふしき・そら)は、ノン・フィクション好きの同級生・埋火武人(うずみび・たけと)の誘いで同部に入部。空の、波乱万丈で知的興奮に満ち溢れた高校生活が始まるのだった、というお話。
これ、山本弘の最高傑作じゃないかと思うのだが、いかがだろうか。何しろ、こんな小説は今までに読んだことがない。それだけでも凄いのだが、物語の中で行なわれる書評のレヴェルの高いこと高いこと。そしてまた、空と武人、あるいはバトル部その他の面々のキャラクタ造形の濃いこと濃いこと。
更には、ストーリィと書評の絶妙な絡み具合も実に素晴らしい。読後の充足感は、ちょっと経験がないほどのものだ。一冊で(厳密には二冊)、10冊位読んだ気分になれる、恐ろしく内容の濃い傑作小説である。以上。(2016/05/20)

藤田宜永著『ボディ・ピアスの少女 探偵・竹花 新装版』光文社文庫、2016.04(1992)

藤田宜永による、2012年ごろからシリーズが再開された「探偵・竹花」ものの、記念すべき第1弾の新装版である。1996年に1度光文社文庫に入ったが、古書市場でしか手に入らない、という状態が続いていた。エヴァー・グリーンな作品だと思うので、新装版刊行を喜びたいと思う。
探偵・竹花は、事務所近くで男に襲われているボディ・ピアスをした少女・夏子を助け、一晩匿うが、彼女は翌朝にはどこかへと消えていた。密かに夏子の所持品に含まれていた写真を見ていた竹花は、新聞に写真が載った殺人事件の被害者がそこに写っていたことに思い至る。
被害者宅に赴いた竹花は、被害者が夏子の父であり、大手企業会長の息子であることを知る。会長から夏子とその兄の捜索依頼を受けた竹花は、次第に事件の驚くべき真相に近づいていくのだが…、というお話。
日本製ハードボイルドの傑作、なのだと思う。1990年代初頭という、バブル崩壊が進む日本社会を活写しつつ、それのみならず第2次世界大戦まで遡る大胆な構成を持つ本書だが、決して大風呂敷になっていないところが驚異的で、そのあたりが後に直木賞をとることになるこの作家の力量ということになるのだろう。決して古びることのない不朽の名著である、と述べておきたい。以上。(2016/05/20)

古野まほろ著『おんみょう紅茶屋らぷさん 〜陰陽師のいるお店で、あなただけの一杯を〜』メディアワークス文庫、2016.04

吉祥寺在住の作家・古野まほろによる、文庫書き下ろしの中篇集。メディアワークス文庫は株式会社KADOKAWA アスキー・メディアワークスがプロデュースし、株式会社KADOKAWAが発行する文庫シリーズである。ちなみに「らぷさん」は”L'ABSENT”と綴る。
舞台は吉祥寺。紅茶屋「らぷさん」の店主・本多正朝の本業(?)は陰陽師。第1章「生き残ったダージリン」では就活で疲弊した女子大生の、第2章「吹き抜けるウヴァ」では悩める高校生たちの、第3章「祝福のキームン」では結婚を前にして疑問を抱き始めたOLの、それぞれが抱えている問題を引き受けることになるが…。というお話。
さりげなく刊行されたように思う本書だけれど、凄く面白かった。大変なキャリアを持つ、間もなくデビュウから10年になる同著者、こういうものも書けてしまうのか、とある意味驚嘆。紅茶やら陰陽道やらに関する膨大な蘊蓄(うんちく)を織り交ぜつつ、時代を活写した何ともハートフルな物語が展開する。続編が書かれるかどうか不明だが、是非シリーズ化を、と述べておきたい。以上。(2016/05/25)