阿部智里著『空棺の烏』文春文庫、2017.06(2015)

阿部智里による「八咫烏(やたがらす)」シリーズの第4弾である。2015年に単行本が刊行され、2年を経ての文庫化となった。表紙の装画は苗村さとみが、巻末の解説は大森望が担当している。
垂氷(たるひ)郷出身の少年・雪哉は、山内(やまうち)のエリート武官養成学校である「勁草院」への入学を果たす。学業に、あるいは修行にと忙しい日々を送る雪哉ら学生たちであったが、折しも日嗣の御子として認定されている奈月彦派と、そんな認定の覆しをもくろむ兄宮である長束派の対立が顕在化する。雪哉とその仲間たちは、相互理解を深めながら次々に立ち現れる事件の解決に奔走するが…、というお話。
このような具合で、この巻はまさしく学園ドラマ。出身階級からくる足の引っ張り合いなどもあるけれど、基本的には友情っていいな、というお話。そんなことを描きながらも、このシリーズの根幹である、世継ぎ問題を巡る挿話が紡がれ、次巻につながっていく、ということになる。そんな次巻『玉依姫』は既刊であり、これまたとんでもない展開になっているそうだ。いずれ紹介したいと思う。以上。(2017/06/20)

グレッグ・イーガン著 山岸真訳『白熱光』ハヤカワ文庫SF、2017.06(2008→2013)

オーストラリア出身の作家グレッグ・イーガン(Greg Egan)による、2008年発表の長編文庫版である。原題はINCANDESCENCE。翻訳は山岸真が担当し、巻末には訳者あとがきが付されている。他に、著者によるあとがき、及び板倉充洋によるこの作品の科学的背景解説も所収している。
遥か先の未来。人類は銀河系全体に進出しており、通信ネットワークでつながった「融合世界」を形成している。これとは別に、銀河系中心部にはどうやら別の文明が存在するらしく、これを融合世界では「孤高世界」と呼んでいる。
以上のような前提で、本書の奇数章では融合世界のラケシュが、未知のDNA基盤生物が存在するらしいことが判明した孤高世界に向かう旅について、偶数章では<白熱光>からの熱風が吹きすさぶ<スプリンター>という世界で暮らすロイが、「重さ」という概念に関心を抱いた老人ザックと共に世界の仕組みを解き明かそうとする物語が、それぞれ語られる。
難解をもってなるイーガンだけれど、これもまた何ともすさまじい。多分、一般相対性理論が良く分かっていないと本書は完全には理解できないだろう。ただ、舞台設定はともかく、物語の流れ自体はとても明快であり、何とも感動的なものになっている。七転八倒の苦労の後にはきっと、何とも豊かな読書体験をしたものだ、という思いが心に刻まれるはずだ。以上。(2017/06/27)

森博嗣著『青白く輝く月を見たか? Did the Moon Shed a Pale Light?』講談社タイガ、2017.06

森博嗣によるWシリーズ第6弾である。第5弾までと同じく文庫書き下ろしでの刊行で、カヴァ絵は毎度おなじみの引地渉が担当。帯には「引き籠りのスーパ・コンピュータ。たったひとつ彼女が求めたもの。」とある。各章冒頭の引用はアーサー・C・クラークの『地球幼年期の終わり』からとなっている。
舞台は北極。当地に置かれた基地閉鎖後に捨て置かれたスーパ・コンピュータであるオーロラは、深度5,000メートルの深海で人知れず稼働し続けていた。ハギリは、オーロラがとあるジレンマに陥っており、暴走の危険があることからその稼働停止を依頼される。現地に赴いたハギリはオーロラとコンタクトをとることすらままならないが、果たして…、というお話。
あとは読んでのお楽しみなのだが、それはさておいて。このシリーズ、半分を過ぎたと思うのだけれど、毎度毎度本当にワクワクさせてくれる。映画『アビス』を彷彿とさせつつ、外連もそこここに盛り込まれているのだけれど、その実内容的にはかなり文学的。まことによく練りこまれた、味わい深い作品である。以上。(2017/07/02)

誉田哲也著『プラージュ』幻冬舎文庫、2017.06(2015)

誉田哲也による2015年発表のエンターテインメント長編文庫版である。星野源主演によるドラマ化を記念して特別カヴァ付きでの刊行。解説はドラマの監督をした吉田康弘が担当している。
しがないサラリーマンの貴生(たかお)は、うっかり覚せい剤に手を出して逮捕され、執行猶予中の身となる。住む場所を失った貴生が見つけたのは、家賃5万、賄い付きのシェアハウス=プラージュだった。しかし、このシェアハウス、住んでいる人々は貴生同様に何かワケありな様子。貴生の人生はこの先どうなっていくのか…、というお話。
何でも書ける誉田哲也によるややミステリの要素を含んだコメディ、ということになるだろう。コメディ、とは言っても、そもそも貴生自体がそうなのだけれど、登場人物は基本的に何らかの犯罪なりなんなりに関わっているので、全体としてはそれなりにダークな雰囲気ではある。今日最も勢いのある作家による、その充実ぶりが行間からにじみ出るような、見事なエンターテインメント作品である。以上。(2017/07/12)

三津田信三著『どこの家にも怖いものはいる』中公文庫、2017.06(2014)

三津田信三によるホラー連作。2014年に書き下ろしで単行本が刊行され、今回の文庫化となった。解説は大島てるが担当している。ちなみに、姉妹編の『わざと忌み家を建てて棲む』もそろそろ刊行される模様。
ホラー作家の三津田は、編集者の三間坂と意気投合。三間坂の実家にある蔵から出てきた家を題材としたテクストを読むことになる。その五つの幽霊屋敷譚は、時代も登場人物もバラバラなのにもかかわらず、どこか心に引っかかる共通点が存在していた。三津田と三間坂が辿り着いた、恐るべき結論とは…、というお話。
このところこのジャンルでの仕事が活発な著者だけれど、さすがに名人というか、名手というか、本当に見事な作品である。本書ではこれまでのメタ・フィクション的なアプローチをちょっとだけ棚において(まあそれなりに、ではあるが…)、基本的に直球勝負の恐怖譚を展開している。再び三津田・三間坂コンビが登場するらしい姉妹編も楽しみである。以上。(2017/07/20)

中村文則著『教団X』集英社文庫、2017.06(2014)

愛知県生まれの作家・中村文則による大著にして大ベストセラーの文庫版である。元々は『小説すばる』誌に2012年から2014年にかけて連載され、2014年に単行本刊。文庫化に際し、著者自身による短い解説が付されている。
突然姿を消した立花涼子を探す楢崎透は、松尾という老人が主催する宗教団体、そしてまたこの団体と対立する、沢渡というカリスマが主催する教団Xというカルトに行き着く。二人のカリスマ、二つの教団、この対立構造はやがて、この国の根幹を揺るがす事態に発展していく。世界はどうなってしまうのか、というお話。
教団Xの設定や描写が余りにも前時代的だったのでいささか辟易したのだが、松尾の主催している教団側などが掲げている教義等々にはとても興味深いものがあり、きっと色々考えて意図的にやっているのだろうな、と、何となく納得して読了した。
エンターテインメント作品としては本当に良く出来ているし、適度に知的好奇心を満たしてくれる作品であることは間違いないが、決してそれ以上の作品ではない。以上。(2017/08/01)

藤木稟著『バチカン奇跡調査官 二十七頭の象』角川ホラー文庫、2017.07

とうとうTVアニメ化がなされてしまった藤木稟による「バチカン奇跡調査官」シリーズの第16巻。今回は長編でもちろん書き下ろし。長編作品としては、13番目という意味深なナンバを持つ巻になる。393頁と結構な長さだけれど、このシリーズでも割と厚い方の部類に入るだろうか。
平賀とロベルトは、近頃噂になっている、バチカン美術館でのマリア顕現についての調査を開始する。一方、ローマの郊外で連続して変死体が見つかる事件を、カラビニエリのアメデオと、心理捜査官であるフィオナが追っていた。やがて二つの物語は一つにつながり、驚くべき事態になっていくが…、というお話。
話がローマやバチカンに戻ってきて、どうなるんだろう、と思ったのだけれど、期待をたがわぬ展開に舌を巻いた次第。相変わらずの博覧強記ぶりもさることながら、凝りに凝ったストーリィ展開が実に素晴らしい。次巻刊行まではややかかりそうだけれど(2018年4月予定らしい)、本当に楽しみである。以上。(2017/08/12)

米澤穂信著『満願』新潮文庫、2017.08(2014)

米澤穂信による第27回山本周五郎賞受賞作にして、第151回直木賞候補作の文庫版である。6本の短編からなり、それぞれ初出は2010年から2013年にかけてで、主として『小説新潮』に掲載された。本書が圧倒的な好評をおさめ、「このミステリーがすごい!」など三つのランキングで1位に輝いたことは記憶に新しい。解説は杉江松恋が担当している。
弁護士・藤井が独立して初めて手掛けたのが鵜川妙子による殺人事件だった。正当防衛を主張しようとする藤井だったが、妙子は控訴を取り下げ、刑に服し、やがて出所してくる。実は、藤井は若い頃妙子の家で下宿しており、妙子に連れられて達磨市に行った思い出があった。出所後連絡をくれた妙子との再会の前に、藤井は述懐する、あれは本当に正当防衛ではなかったのか、と。(「満願」)
という表題作を含め、人間洞察に優れた、非常に密度の高い物語が収録されている。トリッキーな設定や趣向を一切使わず、全ての作品がまさに直球勝負。いよいよ円熟期に入った著者による、間違いなくミステリ史に刻まれた、偉大なる達成である。以上。(2017/08/25)