森博嗣著『私たちは生きているのか? Are We Under the Biofeedback?』講談社タイガ、2017.02

森博嗣によるWシリーズ第5弾の長編である。英語のタイトルが全然直訳じゃなくて、日本語タイトル以上に本書で語られる事柄に直結している辺りがこの作家らしいところ。表紙イラストは引き続き引地渉が担当。冒頭および章頭の引用はE.ハミルトン『フェッセンデンの宇宙』による。帯のコピーには「天然と人工物。リアルとバーチャル、自分と他者。人は何故、区別したがるのか?」とある。
現在の南アフリカと思しき場所にあるという「富の谷」。人の出入りは制限され、警察も立ち入らない閉ざされた場所。そこに、フランスの博覧会から脱走したウォーカロンたちが潜んでいるらしいという情報を得たハギリは、ウグイ、アネバネと共に同地入りを果たす。巨大な岩石を穿って構築された地下都市では、新たな生の形が模索されていたが…、というお話。
前作に引き続き、サイバーパンクやエンジニアリング系SFへの接近が顕著な作品。このシリーズ、ようやく色々と見えてきた感じなのだが、ある技術が確立してしまった後、というよりは試行錯誤している段階、という設定がとても面白く、工学博士である森氏の知見や観測等々が方々に散りばめられていて大変楽しく読ませていただいた次第である。以上。(2017/03/04)

藤木稟著『バチカン奇跡調査官 ゾンビ殺人事件』角川ホラー文庫、2017.02

藤木稟による「バチカン奇跡調査官」シリーズの第15巻。今回は短編集。『小説屋sari-sari』に載った3本と、書き下ろし1本が収録されている。帯によると、このシリーズも、今年の夏にとうとうTVアニメ化がなされるらしい。
第1話「チャイナタウン・ラプソディ」では、FBI捜査官のビル・サスキンスが追う、その部下である台湾系アメリカ人・ミシェルのフィアンセ失踪事件の顛末を、第2話「マギー・ウォーカーは眠らない」では、ひょんなことから、両親を殺された少年の面倒を見ることになったライジング・ベル研究所のマギーの活躍を描く。
第3話の書き下ろし作「絵画の描き方」では、平賀のもとに持ち込まれた、ルネサンス期の絵画修復に関わる依頼とその対応の、第4話「ゾンビ殺人事件(独房の探偵2)」では、片田舎で起きたゾンビ発生事件の謎を巡る、独房探偵ローレン・ディルーカとその弟子フィオナ・マデルカによる捜査の過程が語られる。
書き下ろし作を除けば、主要登場人物を各エピソードの中心に据えたスピンオフ作品になっている。悪役も登場させてほしかったところだが、それはないものねだり。今後に期待したいと思う。
どのエピソードもそうなのだが、この作家の博覧強記振りはいかんなく発揮されていて、単なるエンターテインメント作品というにとどまらず、実に歯ごたえのある作品集となっている。特に、第1話と第3話が素晴らしい。大変勉強になった次第である。以上。(2017/03/04)

誉田哲也著『歌舞伎町ダムド』中公文庫、2017.02(2014)

誉田哲也による、「ジウ」サーガ第7弾の長編文庫版である。このシリーズ、昨年とうとう「姫川玲子」ものとのコラボレーションも果たした誉田哲也の二枚看板(もっとあるかも知れないが…)の一つであることは周知の通り。物語の流れとしては、前著にあたる『歌舞伎町セブン』(2010)の直接的な続編になっている。
『ジウ』三部作で描かれた「歌舞伎町封鎖事件」から7年。伝説となった犯罪者「ジウ」の後継者を自認する怪物「ダムド」が暗躍し始めていた。その動向に注意をはらい始める「歌舞伎町セブン」の面々。
そんな折、新宿署に籍を置く東弘樹警部補が何者かにより命を狙われる、という事態が発生。歌舞伎町とその周辺を舞台に、ダムド、セブン、東による三つ巴の闘いが幕を開けるのだった、というお話。
色々仕込んできて、それが程よく熟して、という感じ。高いリーダビリティ、強烈なキャラクタ群、スピーディな展開等々、エンターテインメント作品が持つべきアイテムをきっちりと取り揃えた作品、と言っておきたい。以上。(2017/03/07)

山本弘著『僕の光輝く世界』講談社文庫、2017.03(2014)

日本が誇るSF作家・山本弘による連作ミステリ作品集。元々は『メフィスト』に連載され、単行本は2014年刊。表紙イラストはふすい、解説は辻真先が担当している。
計4本の中短編からなる。オタクの少年・光輝は高校に入ってもいじめを受け続け、橋から突き落とされて病院に運ばれる。そこでヒロインである美少女と運命的な出会いを果たした光輝だったが、診察の結果、驚くべき事実が判明する。光輝は、失明していたのだ。こうして、見えないのに見える、という不思議な能力を身に着けた失明探偵・光輝の冒険が始まるのだった、というお話。
「アントン症候群」というのだそうだ。設定の妙というか、さらにはその使い方の巧いこと巧いこと。山本弘にはいつも驚かせてもらってきたが、今回もまた、である。著者初のミステリ作品、是非ご堪能いただきたいと思う。以上。(2017/04/10)

ウンベルト・エーコ著 堤康徳訳『バウドリーノ 上・下』岩波文庫、2017.04(2000→2010)

2016年2月に惜しくも亡くなったイタリアの碩学ウンベルト・エーコ(Umbert Eco)が、2000年に発表した長編の日本語訳文庫版である。原題はBaudolino。まずは、どう見ても岩波文庫とは思えない装丁が何とも素晴らしいことを述べておきたいのだが、更には、文庫化にあたって、充実した訳者あとがきが付されている。何とも贅沢な。
時は中世、十字軍の時代。北イタリア農村出身のバウドリーノは、ビザンツ帝国の歴史家・ニケタスに自らの生涯を語り始める。神聖ローマ皇帝フリードリヒの養子となったり、司祭ヨハネの王国を目指して仲間を集め旅に出たり、はたまた聖杯を追い求めたり…。虚実ないまぜの破天荒な物語は、果たしてどこに向かい、どのような終焉を迎えるのか…。そんなお話。
メタ・フィクションな意匠を持ち、中世文学をこれでもかというくらいに引用しまくり、『薔薇の名前』(1980)同様にミステリ仕立てでもある本書。これはもうこの人にしか書けないもの、である。これぞ文学。まことに巨大な、文学史に残っていくような作品、と申し上げておきたい。以上。(2017/05/12)