オキシタケヒコ著『おそれミミズク』講談社タイガ、2017.02

徳島県出身の作家・オキシタケヒコによるホラー長編である。文庫書き下ろし、となる。カヴァのイラストは吉田ヨシツギが担当している。
新聞配達人である逸見瑞樹(へんみ・みずき)=ミミズクは、週に1度のペースで、とあるお屋敷の座敷牢に閉じ込められた下半身不随の少女に、怖い話を聞かせる、という生活を、かれこれもう10年続けていた。ある日のこと、多津音一(たず・おといち)という謎の男がこの地域を訪れ、それ以来、瑞樹たちの奇妙な共生関係は崩壊へと向かい始めるが…、というお話。以上。
ゲームライタとして活躍し、『筐底(はこぞこ)のエルピス』(ガガガ文庫)などで知られるこの寡作作家だが、その実力が大変なものであることをうかがい知ることができるはずの傑作。ネタバレになるのであまり書かないが、私の専門領域にも深く関わるお話で、極めて壮大なスケールを持つ。300頁に良く収まったものだ、と思う。
シリーズ化は難しいかも知れないが、もう1〜2冊、この何とも言えない魅力に満ちた世界のお話を読んでみたいものである。(2017/03/01)

森博嗣著『私たちは生きているのか? Are We Under the Biofeedback?』講談社タイガ、2017.02

森博嗣によるWシリーズ第5弾の長編である。英語のタイトルが全然直訳じゃなくて、日本語タイトル以上に本書で語られる事柄に直結している辺りがこの作家らしいところ。表紙イラストは引き続き引地渉が担当。冒頭および章頭の引用はE.ハミルトン『フェッセンデンの宇宙』による。帯のコピーには「天然と人工物。リアルとバーチャル、自分と他者。人は何故、区別したがるのか?」とある。
現在の南アフリカと思しき場所にあるという「富の谷」。人の出入りは制限され、警察も立ち入らない閉ざされた場所。そこに、フランスの博覧会から脱走したウォーカロンたちが潜んでいるらしいという情報を得たハギリは、ウグイ、アネバネと共に同地入りを果たす。巨大な岩石を穿って構築された地下都市では、新たな生の形が模索されていたが…、というお話。
前作に引き続き、サイバーパンクやエンジニアリング系SFへの接近が顕著な作品。このシリーズ、ようやく色々と見えてきた感じなのだが、ある技術が確立してしまった後、というよりは試行錯誤している段階、という設定がとても面白く、工学博士である森氏の知見や観測等々が方々に散りばめられていて大変楽しく読ませていただいた次第である。以上。(2017/03/04)

藤木稟著『バチカン奇跡調査官 ゾンビ殺人事件』角川ホラー文庫、2017.02

藤木稟による「バチカン奇跡調査官」シリーズの第15巻。今回は短編集。『小説屋sari-sari』に載った3本と、書き下ろし1本が収録されている。帯によると、このシリーズも、今年の夏にとうとうTVアニメ化がなされるらしい。
第1話「チャイナタウン・ラプソディ」では、FBI捜査官のビル・サスキンスが追う、その部下である台湾系アメリカ人・ミシェルのフィアンセ失踪事件の顛末を、第2話「マギー・ウォーカーは眠らない」では、ひょんなことから、両親を殺された少年の面倒を見ることになったライジング・ベル研究所のマギーの活躍を描く。
第3話の書き下ろし作「絵画の描き方」では、平賀のもとに持ち込まれた、ルネサンス期の絵画修復に関わる依頼とその対応の、第4話「ゾンビ殺人事件(独房の探偵2)」では、片田舎で起きたゾンビ発生事件の謎を巡る、独房探偵ローレン・ディルーカとその弟子フィオナ・マデルカによる捜査の過程が語られる。
書き下ろし作を除けば、主要登場人物を各エピソードの中心に据えたスピンオフ作品になっている。悪役も登場させてほしかったところだが、それはないものねだり。今後に期待したいと思う。
どのエピソードもそうなのだが、この作家の博覧強記振りはいかんなく発揮されていて、単なるエンターテインメント作品というにとどまらず、実に歯ごたえのある作品集となっている。特に、第1話と第3話が素晴らしい。大変勉強になった次第である。以上。(2017/03/05)

池澤夏樹著『アトミック・ボックス』角川文庫、2017.02(2014)

北海道生まれの作家・池澤夏樹による新聞小説の文庫版である。初出は『毎日新聞』朝刊。2014年に単行本化されている。カヴァのデザインは片岡忠彦、解説は東えりかがそれぞれ担当している。
宮本美汐の父が死んだ。その日から美汐の人生は大きく転換する。核兵器製造にかかわる国家的な機密を父から託された美汐は、図らずも父の殺人容疑で指名手配され、追われることになる。美汐の運命やいかに、というお話。
うーん、リアリティ無いな、と思って読んでいったのだが、最後まで読むと割とつじつまは合う。そして、ご都合主義な感じは否めないが、エンターテインメント作品としては割と良く出来ている、と思う。
しかし、これはフィクションだし、ファンタジィに過ぎないのだから、誰がモデルなのかが分かるような人は登場させない方が良かった気もする。そうそう、故人の名誉とかそういう話。死者に鞭打つことはそんなに楽しいだろうか。
さて、本書が持つより重大な難点を書いておくと、どうも美汐はどこかの大学教員で、社会学を教えているという設定らしい。で、彼女の論文に、インフォーマントの個人名と住所が書かれているらしき記述があるのだが、普通そんなことはしない、というかあり得ない。全社会学者の名誉のために、これだけは書いておく。以上。(2017/03/06)

誉田哲也著『歌舞伎町ダムド』中公文庫、2017.02(2014)

誉田哲也による、「ジウ」サーガ第7弾の長編文庫版である。このシリーズ、昨年とうとう「姫川玲子」ものとのコラボレーションも果たした誉田哲也の二枚看板(もっとあるかも知れないが…)の一つであることは周知の通り。物語の流れとしては、前著にあたる『歌舞伎町セブン』(2010)の直接的な続編になっている。
『ジウ』三部作で描かれた「歌舞伎町封鎖事件」から7年。伝説となった犯罪者「ジウ」の後継者を自認する怪物「ダムド」が暗躍し始めていた。その動向に注意をはらい始める「歌舞伎町セブン」の面々。
そんな折、新宿署に籍を置く東弘樹警部補が何者かにより命を狙われる、という事態が発生。歌舞伎町とその周辺を舞台に、ダムド、セブン、東による三つ巴の闘いが幕を開けるのだった、というお話。
色々仕込んできて、それが程よく熟して、という感じ。高いリーダビリティ、強烈なキャラクタ群、スピーディな展開等々、エンターテインメント作品が持つべきアイテムをきっちりと取り揃えた作品、と言っておきたい。以上。(2017/03/07)

山本弘著『僕の光輝く世界』講談社文庫、2017.03(2014)

日本が誇るSF作家・山本弘による連作ミステリ作品集。元々は『メフィスト』に連載され、単行本は2014年刊。表紙イラストはふすい、解説は辻真先が担当している。
計4本の中短編からなる。オタクの少年・光輝は高校に入ってもいじめを受け続け、橋から突き落とされて病院に運ばれる。そこでヒロインである美少女と運命的な出会いを果たした光輝だったが、診察の結果、驚くべき事実が判明する。光輝は、失明していたのだ。こうして、見えないのに見える、という不思議な能力を身に着けた失明探偵・光輝の冒険が始まるのだった、というお話。
「アントン症候群」というのだそうだ。設定の妙というか、さらにはその使い方の巧いこと巧いこと。山本弘にはいつも驚かせてもらってきたが、今回もまた、である。著者初のミステリ作品、是非ご堪能いただきたいと思う。以上。(2017/04/10)

竹本健治著『かくも水深き不在』新潮文庫、2017.04(2012)

昨年刊行の『涙香迷宮』が絶賛された竹本健治が2012年に発表した連作短編集の文庫版である。元々は2011年から2012年にかけて発表された4篇に、巻末の1篇が書き下ろしで追加されて刊行された。宮内悠介による小文と、新保博久による解説が付されている。ちなみに、タイトルは1961年のフランス映画『かくも長き不在』(原題Une aussi longue absence)に付けられた邦題の変形。
内容を簡単に。森の中の洋館で次々に鬼に変化していく仲間たち(「鬼ごっこ」)、観るだけでなぜか恐怖に襲われるCM(「怖い映像」)、愛する者のストーカを激しく追求する男(「花の軛」)、芸人の娘を狙った誘拐事件(「零点透視の誘拐」)についてのお話がそれぞれ描かれる4本に、「舞台劇を成立させるのは人でなく照明である」が加わって一つの作品、になっている。
竹本作品でおなじみの天野不巳彦(あまの・ふみひこ)もの、ということになるのだが、その辺りは実際に読んでいただくとして、解説にも書かれている通り連城三紀彦の『暗色コメディ』を意識した作品であることは間違いなく、そしてまた乗り越えが図られている、と思う。何度目かの再評価を受けている鬼才による、何とも端正な佇まいを持つ佳品である。以上。(2018/04/20)

森博嗣著『ムカシ×ムカシ REMINISCENCE』講談社文庫、2017.04(2014)

森博嗣による、こちらはXシリーズの第4弾である。ノベルス版が2014年刊。3年を経ての文庫版登場となった。カヴァ装画は唐仁原多里、解説は猫目トーチカが行なっている。
百目鬼(どうめき)家は大正時代に百目一葉を輩出した屈指の旧家である。同家の当主・悦造とその妻が殺害されたのが事の始まり。遺産の整理と鑑定を依頼されたSY&リサーチの小川と真鍋は、アルバイトとして新たに雇った永田とともに同家を訪れるが、そこで新たに発生した殺人事件に出くわしてしまう。
手掛かりは、一葉が描いたらしい古い河童の絵とそこに書かれた謎めいた言葉、それはこの事件にどのような意味を持つのか、そしてまた、事件の真相は、というお話。
登場人物がそうであるせいか何となくほっこりしたシリーズだけれど、ミステリとしての作り込みはとてもしっかりしていて、毎度毎度感心させられる。森博嗣独特な会話の妙、が冴えわたる、何とも素敵な一冊である。以上。(2017/05/03)

ウンベルト・エーコ著 堤康徳訳『バウドリーノ 上・下』岩波文庫、2017.04(2000→2010)

2016年2月に惜しくも亡くなったイタリアの碩学ウンベルト・エーコ(Umbert Eco)が、2000年に発表した長編の日本語訳文庫版である。原題はBaudolino。まずは、どう見ても岩波文庫とは思えない装丁が何とも素晴らしいことを述べておきたいのだが、更には、文庫化にあたって、充実した訳者あとがきが付されている。何とも贅沢な。
時は中世、十字軍の時代。北イタリア農村出身のバウドリーノは、ビザンツ帝国の歴史家・ニケタスに自らの生涯を語り始める。神聖ローマ皇帝フリードリヒの養子となったり、司祭ヨハネの王国を目指して仲間を集め旅に出たり、はたまた聖杯を追い求めたり…。虚実ないまぜの破天荒な物語は、果たしてどこに向かい、どのような終焉を迎えるのか…。そんなお話。
メタ・フィクションな意匠を持ち、中世文学をこれでもかというくらいに引用しまくり、『薔薇の名前』(1980)同様にミステリ仕立てでもある本書。これはもうこの人にしか書けないもの、である。これぞ文学。まことに巨大な、文学史に残っていくような作品、と申し上げておきたい。以上。(2017/05/12)

浦賀和宏著『ifの悲劇』角川文庫、2017.04

安藤直樹シリーズなどで知られる作家・浦賀和宏による書き下ろし長編である。最初から文庫で登場。解説は特になし。230頁ほどなので、長めの中編とも言える。
小説家である加納は、妹が自殺した原因が、その婚約者である興津という男の浮気であることを知る。加納は興津を殺害し、偽装工作をするが、その帰り道で自分の運転する車の前に男が飛び出してくる。ここで物語は分岐する。男を轢き殺した場合と、ぎりぎりブレーキが間に合った場合の二通りに。二つの世界線はやがて一つに収束していくのだが、そこでは…、というお話。
概ねそういう趣向。こういうものは受け付けない、という人も多いと思うけれど、まあ、小説なので。浦賀作品にはメタ・フィクションの構成をとるものがいくつかあるが、これもその中の一つに加えられる、はず。事件のあらましを含め、いかにもこの作家、といった作品である。以上。(2017/05/20)

誉田哲也著『ケモノの城』双葉文庫、2017.04(2014)

誉田哲也による、一応シリーズ外作品といっていい長編の文庫版である。単行本は文藝春秋より2014年刊。何らかの理由で双葉文庫からの刊行となった。関口苑生が解説を担当している。
17歳の少女が警察に保護を求めてくる。全身に暴行を受けたと思われる外傷を負った少女の供述により、監禁されていた場所へ踏み込むと、そこにはもう一人同じように暴行を受けた女性がいた。どうやらこの部屋では、常人の想像を逸したおぞましいことが行なわれていたことが明らかになるのだが、それは…、というお話。
誉田哲也史上最も恐るべき作品かも知れない。実際の事件をモデルにしているのだけれど、ほぼ大手で出版可能なラインのギリギリまで描写している、気がする。何もここまでやらなくても、と言う人は多いかも知れないのだが、誉田哲也にはここまで書く必然性があったはずなのだ。職業作家としての強い意志と信念を感じさせてくれる、個人的には非常に優れた作品だと思う。以上。(2017/05/25)

高田大介著『図書館の魔女 烏の伝言 上・下』講談社文庫、2017.05(2015)

メフィスト賞作家である高田大介による、受賞作『図書館の魔女』の続編・文庫版である。「伝言」は「つてこと」と読む。単行本は1冊だったが、文庫版は上下に分冊された。解説は豊崎由美が担当している。第3作も間もなく刊行される模様。
剛力および近衛兵と共に逃避行を続けるニザマ高級官僚の姫君ユシャッパは、その末に港町クヴァングヮンにたどり着く。しかし、かの地は既に売国奴の巣窟と化しており、ユシャッパは捕らえられ、近衛兵たちも次々に倒されていく。生き残った剛力と近衛兵は、街の孤児たちと共に救出作戦を練るが果たして…、というお話。
タイトル通り、カラスが非常に重要な役目を果たすことになる。では、「図書館の魔女」は?そこは読んでのお楽しみである。個人的には、デビュウ作よりも、面白かった。物語はこの位コンパクトな方が良い気がする。時間的にも、空間的にも。とは言え、結構なヴォリュームだが…。以上。(2017/05/30)