伊坂幸太郎著『首折り男のための協奏曲』新潮文庫、2016.12(2014)

千葉県生まれの作家・伊坂幸太郎による、2008年から2013年にかけて発表された短編を集めた作品集。元本は新潮社から2014年に刊行。帯のキャッチコピーは、「思わず『あっ』と声が出る。この驚きこそ伊坂マジック!」。
全7編。「首折り男の周辺」で姿を現した殺し屋=「首折り男」。物語が切り替わるにつれて次第にその影は薄くなり、真ん中の「人間らしく」では「黒澤」という泥棒が話の中心に座る。そしてラストの「合コンの話」には、なるほど、という趣向が凝らされて、という本。
ちょっと一言では説明しにくい作品かも知れない。因果応報と言えば確かにそうだし、永劫回帰と言うとちょっと違うか。数々の、かなり強烈な印象の殺し屋や泥棒をキャラクタとして多々生み出してきた伊坂幸太郎による、その流れを汲んだピカレスク・ロマンにして鋭いとともに暖かな人間観察が光る好著である。以上。(2016/12/01)

麻耶雄嵩著『貴族探偵対女探偵』集英社文庫、2016.09(2013)

三重県生まれの作家・麻耶雄嵩(まや・ゆたか)による、『貴族探偵』(2010)に続くシリーズ第2弾。初出は単行本刊行時書き下ろしの「なほあまりある」を除いてすべて『小説すばる』誌で、単行本は2013年刊、となる。原書房の『本格ミステリ・ベスト10』で堂々の第1位に輝いた作品である。
収められているのは計5本。新米である女探偵・高徳愛香を主人公として、彼女が事件を担当、あるいは事件に遭遇する場所での貴族探偵との推理合戦が描かれる。「白きを見れば」では雪の山荘、「色に出にけり」は海辺の別荘、「むべ山風を」は大学キャンパス内をそれぞれ舞台とする割とオーソドックスなミステリだけれど、「幣もとりあえず」でくねり始め、「なほあまりある」ではそれが頂点に、という趣向。
一見軽そうに見えるけれど、実際のところは読み解くのにそこそこ頭を使う作品、だと思う。ある意味、じっくり読まないともったいない、ということである。自分で推理しない貴族探偵、というコンセプトで始まったこのシリーズだけれど、現時点で続きは書かれていない模様。長編、にも期待したいところだが、難しいだろうか。以上。(2016/12/03)

黒川博行著『破門』角川文庫、2016.11(2014)

愛媛県今治市生まれの作家・黒川博行による、「疫病神」シリーズの第6弾にして、第151回直木賞受賞作の文庫版である。デビュウから実に30年。『キャッツアイころがった』(1986)や『カウント・プラン』(1996)などの作品が高い評価を受け、ノワール、ハードボイルド系の作家として着実にキャリアを積み上げてきた同氏。直木賞候補にあがること実に5回目にして、遂に得た栄冠となる。
ヤクザである「疫病神」こと桑原と、ギャンブル中毒な建設コンサルタントの二宮は、小清水という映画プロデューサに、多額の出資金を持ち逃げされてしまう。当然タダでは収まらない桑原。二宮を連れて小清水を追い、周囲にまとわりついていたチンピラをのしてしまうが、自身も大けがを負う。そのチンピラ、実は桑原が所属する組の本家筋の構成員で、話は思わぬ方向にもつれ始める。桑原は出資金を取り戻せるのか、そしてまた自らの地位を保てるのか、二宮の運命は…、というお話。
大阪や愛媛を舞台とした実にスケールの大きなエンタテインメント作品で、大いに楽しめた次第。桑原や二宮もさることながら、周辺の人々の何とも絶妙な人物造形と配置具合、全編に行きわたっている実にきめ細かい金勘定をメインとする「損得勘定」というテーマ、大阪の街や人の生き生きとして見事な描写等々、さすがに隙の無い作り込みがなされた作品で、なるほど大きな賞をとるにふさわしい作品だな、と考えた次第。
ちなみにこの作品、小林聖太郎監督、佐々木蔵之介・横山裕主演で映画が製作され、2017年の初頭に封切られる模様。この小説では、それはそれは事細かな映画製作事情が頭の方で語られているのだが、小説同様の大ヒットとなるかどうか、注目したいと思う。以上。(2016/12/13)

森博嗣著『キウイγ(ガンマ)は時計仕掛け KIWI γ IN CLOCKWORK』講談社文庫、2016.11(2013)

森博嗣による、Gシリーズの第9弾となる長編の文庫版である。元本は2013年に講談社ノベルスで刊行。キャッチコピーは「邂逅と犠牲。Gシリーズの絶佳!」。カヴァのデザインは前作同様に樋口真嗣、解説は雨宮まみが担当している。
建築学会が開催される、箱根辺りにあるという設定の日本科学大学に、奇妙な宅配便が届く。中には、「γ」と刻まれたキウイに缶入り飲料のプルトップが差し込まれたものが一つ入っていた。その夜、学長が何者かにより射殺される。
学会参加のために現地入りしていた犀川創平は、キウイにギリシャ文字が刻まれていた事実を重く見て、公安の沓掛に連絡。やはり学会のため現地に参集したGシリーズその他の主要メンバたちは、果たして事件の真相に迫れるか…、というお話。
加部谷恵美、山吹早月、海月及介、雨宮純、犀川創平、西之園萌絵、国枝桃子らが一堂に会する、という何とも贅沢な一冊。そしてまた、森作品らしい知的刺激に満ちた一冊でもあり、とりわけ犀川らによって語られる情報テクノロジについての考察は、耳を傾ける価値がある。
このシリーズ、前作から雰囲気が一変しているのだが、それが継続され、更に深められている感じ。進化・深化はどこまで進むのか。テクノロジの未来を模索し予見するかのようなWシリーズの刊行が順調に進む中、この夏には3年ぶりに本シリーズの第10弾も刊行された。次巻も3年後?、かも知れないが、楽しみにしたい。以上。(2016/12/17)

京極夏彦著『書楼弔堂(しょろうとむらいどう) 破暁(はぎょう)』角川文庫、2016.12(2013)

京極夏彦による、「書楼弔堂」シリーズの第1巻を文庫化したものである。元々は2012年から2013年にかけて『小説すばる』誌にコンスタントに掲載されいていたものをまとめたもので、全6章からなる。解説はなし。カヴァのデザインは坂野公一が手掛けている。
時は明治20年代の半ば。東京のはずれで無為徒食の生活を送る士族の男・高遠(たかとお)は、ある日異様な雰囲気を持った書舗(しょほ)に行き着く。「弔」と書かれた半紙が入り口の簾に貼られたその店こそは「書楼弔堂」。
「本は墓のようなものであり、本を売ることは弔うこと。そして、誰にもその人のための一冊がある」、と語る店主のもとには、自分のための一冊を求めて、様々な迷える者たちが訪れてくる。そんな、〈探書〉の物語が、ここに紡がれる。
新機軸にして、博覧強記の作家らしいシリーズで、こういうものがたぶん一番好きな私のようなものには堪らない。このシリーズ、同作家がこれまでに書いてきた江戸と昭和との間に挟まれた、明治という時間を埋めていくことになるのだろう。次巻以降も楽しみである。以上。(2016/12/29)

道尾秀介著『貘(ばく)の檻』新潮文庫、2017.01(2014)

道尾秀介による、2014年に単行本が刊行されたミステリ長編の文庫版である。元々は、新潮社の『小説新潮』『yom yom』に掲載された「貘(ばく)」シリーズに基づいて、書き下ろしとして発表されたもの、であった。
1年前に妻と離婚した大槇辰男は、息子の俊也との面会の帰りに、故郷であるO村に住んでいた曾木美禰子(そぎ・みねこ)の姿を駅で見かける。彼女は32年前、父に殺された、という話だったのだが…。そんなことを考える間もなく、美禰子はホームに入ってきた電車に撥ねられ死亡する。真実を確かめるために、辰男は俊也とともにO村へと赴く。そこで待っていたものは…、というお話。
複雑なプロットと人間関係、各章末に挟み込まれる悪夢の描写、驚愕のラスト等々、『向日葵の咲かない夏』や『シャドウ』といった初期作品群に戻ったようなテイストを持つ作品で、非常に楽しめた次第。信州に分布する動植物や昆虫も、道尾作品ならでは、という活躍を見せ、巨大な作品に花を添えている。
確かに、異様に重苦しい作品ではあるが、それこそがこの作家の原点でもある。後で振り返った時には、原点に回帰し、そこから新たな一歩を踏み出した、という位置づけになるはずの傑作である。以上。(2017/01/04)

藤木稟著『バチカン奇跡調査官 楽園の十字架』角川ホラー文庫、2016.12

藤木稟による「バチカン奇跡調査官」シリーズの第14巻。今回も文庫書き下ろしで、長編としては12弾目にあたる、前作と同じく、総ページ400ほどの、このシリーズとしては平均的な長さを持つ作品である。
今回の舞台はカリブ海。奇跡調査官としての仕事が多忙を極めている平賀とロベルトは、ハイチでの公務の後に1週間の休暇を取るようサウロから厳命される。と言って何をするのか、と悩む二人は公務完了後、現地で出会った豪華客船の持ち主ルッジェリに誘われ、カリブ海クルーズに参加することに。
思う存分休暇を楽しめるか、と思った矢先、海が割れて巨大な十字架が出現する、という事態が発生。二人は奇跡調査を開始するが、船内ではヴードゥの儀式を模したかのような惨殺死体が発見される。奇跡調査の行方は、はたまた殺人事件の真相は、というお話。
あたかも『ナイル殺人事件』のような舞台設定の本作、絶妙なプロット運びや人物配置に加え、ヴードゥ、そしてハイチの政治史、といった蘊蓄が良い練り具合でストーリィにまぶされ、ミステリ作品として非常に完成度の高いものに仕上がっていると思う。
ちなみに、場所が場所だけに、かの有名なオカルトネタも登場する。その辺りも読みどころの一つである。次はどこへいざなわれるのか、続編を待ちたい。以上。(2017/01/07)

有栖川有栖著『怪しい店』角川文庫、2016.12(2014)

本格ミステリの求道者である有栖川有栖による、火村英生ものの本格ミステリ5編を集めた作品集の文庫版である。初出は『小説屋sarisari』や『野生時代』。解説は東川篤哉が担当している。
今回のテーマは「店」。「古物の魔」では古物店主の死にまつわる謎を、「燈火堂の奇禍」では店主が趣味でやっている古本屋で起こった不思議な出来事を、「ショーウィンドウを砕く」では芸能プロダクション社長がもくろむ完全犯罪を、「潮騒理髪店」では火村がふと立ち寄ることになった理髪店で起こった奇妙な出来事を、「怪しい店」では「みみや」という風変わりな店での女主人殺しの謎を、それぞれ描く。
古典的なアリバイ崩しもの、あるいは倒叙ものから日常の謎を扱ったものまで、5作品ながら実に幅広く取りそろえられた何とも芳醇な作品集となっている。いつものように大阪が舞台になっているので、やはり飲食店ものが1本欲しかったかな、とちょっと思った次第。手あかがつきすぎているので敢えて外したのかな、などと邪推してしまった。以上。(2017/01/17)

古野まほろ著『おんみょう紅茶屋らぷさん 〜式神のいるお店で、おかわりをどうぞ〜』メディアワークス文庫、2017.01

有栖川有栖に師事、と略歴に書かれている作家生活10周年の古野まほろによる、吉祥寺を舞台とする「おんみょう紅茶屋らぷさん」シリーズの第2弾である。文庫書き下ろしで、3作品を収録。表紙などのイラストはこちもが担当している。
第1章「真実のローズヒップ」ではこのところ妙な行動をとっている弟を心配する女子高校生の姉が、第2章「こだわりのラプサン・スーチョン」では英国公使の接待に失敗した外務省官僚の女性が、そして第3章「あこがれはアールグレイ」では宿敵に呪われてしまったあぷさん店主の陰陽師・本多正朝自身が、それぞれクライアント、となる。
本当に良く出来た話を三つ取り揃えた、という感じ。そして、3作品のバランスもまた絶妙。ほとんど完全無欠なものを読ませていただいた、と思った次第。ちなみに、紅茶と陰陽道、という取り合わせは、ここまで読んでくると必然なのだな、と分かる。いやー、深いな。
割と頭の方から登場していた「宿敵」との対決の行方は、はたまた正朝と佐々木英子との恋の行方はどうなるのか、行方ばかりなのだけれど、続巻を楽しみにしたいと思う。以上。(2017/02/03)

ピーター・ワッツ著 嶋田洋一訳『エコープラクシア 反響動作 上・下』創元SF文庫、2017.01(2014)

2006年発表の長編『ブラインドサイト』が激賞されたピーター・ワッツ(Peter Watts)による、待望の続編である。原題はEchopraxia。翻訳は引き続き嶋田洋一が担当する。カヴァのイラストは加藤直之が描画、解説は渡邊利道が担当している。下巻には先行して発表された「大佐」("The Colonel")という短編が収録されているが、できればこれを先に読んだ方が良い。
『ブラインドサイト』で描かれた事件から7年。この件以来消息を絶っていた宇宙船<テーセウス>からの通信を巡って地球圏では様々な陣営が対応のために動き始める。それは、集合精神を構築せんとするカルト教団、人類亜種である吸血鬼たち、そして現生人類という3陣営。やがて三つ巴の抗争が開始されるが、そこに別の存在が姿を現わす。一体、この世界はどうなってしまうのか、というお話。
シンギュラリティ、というのが基本コンセプトとしてあるエンジニアリング系SFを基調に据え、割と古典的なスペース・オペラであるとか、ハードSF、更には思弁小説の要素までをも取り込んだ、21世紀SFがとるべき形の一つを示すかのような作品になっていると思う。「意識」の問題を恐ろしく深いところまで掘り下げているけれど、これは傑作『ブラインドサイト』の反響に応えるものなのだと思う。まことに野心的な、快作である。以上。(2017/02/23)