乾緑郎著『機巧のイヴ 新世界覚醒篇』新潮文庫、2018.06

乾緑郎による大傑作『機巧のイヴ』の続編。元々は『yom yom』に連載された長編で、この度文庫での登場となった。解説は池澤春奈が担当している。
時は1892年。新世界大陸の東に位置するゴダム市は、翌年開催される万博の準備でごった返していた。そんな中、日下國が出展するパビリオン「十三層」の最上層で、機巧人形・伊武(イヴ)が目を覚ます。伊武はやがて、20世紀の覇権を目指す各陣営が繰り広げる血みどろの闘争に巻き込まれていくのだったが…。、というお話。
結構時代が飛んだな、というのが最初の印象だったけれど、江戸時代だとさほど書くこともない、というのも事実。ではスティーム・パンクなのか、というとそうでもなく、割と昭和初期辺りの冒険小説風な仕上がりであるところが面白かった。この素晴らしいシリーズが、次はどの時代に焦点を合わせてくるのか、非常に興味深いところである。以上。(2018/06/23)

浦賀和宏著『HELL 女王暗殺』幻冬舎文庫、2018.06(2010)

浦賀和宏による安藤直樹シリーズ・シーズン2の第2弾。元々は『女王暗殺』という題で講談社ノベルス版が刊行され、8年を経て文庫化された。文庫化にあたっては加筆修正がなされているということである。解説は千街晶之が担当している。
武田誠は美しい母と二人暮らし。誰とも分からぬ父からの送金で豊かな生活を送っている。そんなある日、突如として母が殺害される。死の直前、母は謎の4桁の数字と、自分は誠の本当の親ではないことを告げていた。失意に暮れる日々を送る誠の前に、やがて記憶喪失の女が現われ、運命の歯車は動き出す…、というお話。
『HEAVEN』とはセットなので、両方読むことで一通りのことがより深く理解できる、と思う。どちらからが正しいのか、は分からないのだが、基本的に出版順で読めば良いのだろう。なお、『HEAVEN』が本格ミステリに近いとするなら、こちらはハードボイルドなテイストが濃厚。
いずれにしても、これぞ浦賀和宏。遂にその隠されていた真の才能が解放された、という感じのシーズン2。この先があるのか、ないのか。まことに興味は尽きない。以上。(2018/06/29)

深水黎一郎著『ミステリー・アリーナ』講談社文庫、2018.06(2015)

山形県生まれの作家・深水黎一郎(ふかみ・れいいちろう)による、2015年発表の長編ミステリ文庫版である。元本は原書房刊。「本格ミステリベスト10」で1位に輝くなど、非常に高い評価を受けた作品となる。カヴァのイラストは木原未沙紀、解説は辻真先がそれぞれ担当している。
嵐の山荘での殺人、というベタな事象が発生する。これが実は大みそか恒例となった国民的娯楽番組「推理闘技場(ミステリー・アリーナ)」の出題文冒頭、だった。我先にと回答を急ぐ参加者たち。少しずつ明らかになっていく出題文。そんな番組には隠された意図があり…、というお話。
確かに空前絶後の傑作、かも知れない。やや歌野晶午の作風に似通るのだが、オリジナリティは極めて高い、と言って良いだろう。このジャンル、アイディアだけで勝負できる世界では全くなく、それを膨らませてしっかり読み応えのあるエンターテインメント作品に仕立てないことにはどうにもならない。大変な力量をもってそれを成し遂げた、快作にして怪作である。以上。(2018/07/01)

山田宗樹著『代体』角川文庫、2018.06(2016)

日本推理作家協会賞を受けた大傑作『百年法』で世に衝撃を与えた山田宗樹による、ノン・ストップ・エンターテインメント巨編の文庫版である。解説は藤田直哉が行なっている。
近未来の日本。身体から意識を取り出す技術が確立され、一時的な意識の滞在場所としての「代体」が普及し始めていた矢先のこと、とあるエリート会社員が代体を使用中に医療上の事故で本人が死亡してしまう、という事態が発生。その代体を売った代体メーカ営業マンである八田輝明は、いつしか意識と身体をめぐる混沌とした事態に巻き込まれていくのだが…、というお話。
『百年法』もそうだったけれど、ワン・アイディアで物語を紡ぎだすことにかけては、大変な能力を持った作家だと思う。隅々まで良く練り込まれた、本当に優れたエンターテインメント作品であり、意識とは何か、自己とは何か、といった哲学的な探求にまで踏み込んだ意欲作。今後の活躍が本当に楽しみな作家である。以上。(2018/07/03)

森博嗣著『天空の矢はどこへ? Where is the Sky Arrow?』講談社タイガ、2018.06

森博嗣による、Wシリーズの第9作。いつものように文庫での書き下ろし作となる。表紙イラストは引地渉が引き続き担当し、冒頭と各章頭についている引用はレイ・ブラッドベリの『何かが道をやってくる』による。帯のコピーは「ウォーカロン・メーカ武力制圧と消えた旅客機の謎」となっている。
日本のウォーカロン・メーカであるイシカワの社長を含む多数の関係者が登場した旅客機が消息を絶つ。同じ頃、九州のアソにある同じくイシカワの開発拠点が武力集団により制圧される。情報局は、これらの事態を打開すべく、ウグイ、そしてハギリらをアソへと派遣するが、果たして…、というお話。
物語もいよいよ終盤。ハリウッド映画を2本合わせたような話だけれど、そこはかなり意図的にやっていることなのだと思う。そんな、全編にわたって外連味たっぷりの本書が持っているエンターテインメント性はこのシリーズ内でも随一と言って良く、最終巻で一体どれだけ大変なことが起きるのか、と今から期待させてくれる名編である。以上。(2018/07/05)

結城充考著『アルゴリズム・キル』光文社文庫、2018.06(2016)

香川県生まれの寡作作家・結城充考による、「クロハ」シリーズの第3長編文庫版である。元々は『小説宝石』に連載され、2016年に光文社から単行本として刊行、この度の文庫化となった。解説は吉田伸子が担当している。
刑事職からは距離をとる形で刑務課勤務となったクロハ。所轄署の交通安全イヴェントの真っ最中、痩せこけた少女が突如現われ、保護されたものの、間もなく死亡する。彼女は全ての歯を折られており、事件性は明らかだった。直接的には捜査に加われないクロハは、このところ県内で続発している未成年者の変死事件がこの件と関わるのではないかと疑い始めるが、というお話。
この人の書くものをもっと読みたい、と常々考えているのだけれど、概ね年に1冊くらい、というのが現状。さすがにクォリティは高く保たれていて、練りに練り込んだプロットや人物配置は実に見事。第4長編もいつか出てくると思うけれど、気長に待ちたいと思う。以上。(2018/07/07)

宮部みゆき著『過ぎ去りし王国の城』角川文庫、2018.06(2015)

東京生まれの作家・宮部みゆきによるファンタジィ小説の文庫版である。単行本は2015年刊。解説は池澤春奈が担当している。
尾垣真(おがき・しん)は中学3年生。時は2月、推薦入学を決めているために時間を持て余してる尾垣は、お使いで出かけた銀行で中世ヨーロッパ古城のデッサンを拾う。自分の分身を書き込むことで絵の世界に入り込めることを発見した尾垣は、更に探索を深めるべく、美術部のクラスメイト・城田珠美により精度の高い描画を依頼する。
再び絵の中に降り立った尾垣は、城の塔に閉じ込められた少女を発見する。彼女は誰なのか、そしてまたこの絵はいったい何のために描かれたものなのか、尾垣・城田は探索を開始するが…というお話。
シャーリー・ジャクスン(Shirley Jackson)の『ずっとお城で暮らしてる』が冒頭に引用され、大きな役割を果たす。こちらも是非お読み頂きたいが、この本、最近の作品としてはかなりコンパクトな仕上がりながら、隅々まで配慮の行き届いた、そしてまた非常にスケールの大きな物語で、堪能させて頂いた次第である。以上。(2018/07/10)

J.G.バラード著 増田まもる訳『ミレニアム・ピープル』創元SF文庫、2018.06(2003→2011)

2009年に亡くなった英国の作家J.G.バラード(Ballard)が、2003年に発表した長編小説。2011年に『千年紀の民』のタイトルで出ていたものを改題し、文庫化したものである。翻訳は増田まもるが、解説は渡邊利道が担当している。
精神科医デーヴィッドの妻サリーが、ヒースロー空港で起きた爆破テロ事件に巻き込まれ、死亡する。デーヴィッドは犯行声明も何もない意味不明なテロの首謀者を突き止めるために奔走するが、やがて医師グールドが先導役となっている高級住宅地チェルシー・マリーナの一般住民による革命計画に巻き込まれていく。この世界で、一体何が起きているのか…、というお話。
2001年の911テロが本書執筆に直接的な影響を与えたことになる。1990年代に起きた一連のオウム事件について知識があったかどうかは不明であるが、貧困→不満→テロという図式が最早終わっていることを、バラードは極めて冷徹な目で見極め、活写している、と思う。晩年近くの、予言的であり、かつまた黙示録的な快作である。以上。(2018/07/15)

今野敏著『臥龍 横浜みなとみらい署暴対係』徳間文庫、2018.07(2016)

本年作家生活40年を迎えたという今野敏による、「横浜みなとみらい署」シリーズの第4弾・文庫版である。オリジナルは2016年に単行本という形態で刊行。解説は西上心太が担当している。
みなとみらい署の暴対係係長である諸橋と、その相棒・城島は、横浜の居酒屋で暴れていた半グレ集団を検挙。取り調べを開始する。そんな中、関西系の暴力団組長が管内で射殺される、という事件が勃発。抗争の危機が高まる中、諸橋たちが良く知る人物が、容疑者として浮上するが…、というお話。
このシリーズ、実はここまでの3冊を読んでいないのだが、十分に面白かった。正直なところ、この作家の作品は数が多すぎて全てを追いかけるのは不可能に近い。Wikipediaなどを見ていただければお分かりのように、継続中のシリーズの数だけでもとんでもないことになっている。
それだけ多作なのにも関わらず、人物造形といい、プロット運びといい、時代を見据えたテーマの置き方といい、本当にスキのない見事なエンターテインメント作品に仕上げているのは、さすがにプロ中のプロ、といったところだろうか。以上。(2018/07/30)

月村了衛著『機龍警察 火宅』ハヤカワ文庫、2018.08(2014)

昨年長編第5弾まで刊行が進んだ人気シリーズの、第4弾と第5弾の間に発表された短編集文庫版である。計8本を収録。初出は『ハヤカワミステリマガジン』、『小説新潮』、『SFマガジン』等々とバラバラ。ミステリでもあり、警察小説でもあり、SFでもあるという事情がそこにはある。解説は円城塔が行なっている。
警視庁特捜部の由起谷志郎警部補は、すい臓がんで余命いくばくもない元上司・高木政勝の家を訪ねる。室内を見回した由起谷は、デスクの上にあるハンカチに目を留める。そこにはある秘密が隠されていたのだが…(「火宅」)。
といった、基本的に本編のスピンオフ的な作品が並ぶ。色々な背景や思惑を持つ面々が繰り広げる、時に悲しく、時に切ないドラマを、ご堪能いただきたいと思う。以上。(2018/08/20)

宮内悠介著『アメリカ最後の実験』新潮文庫、2018.08(2016)

今日最も注目すべき作家のひとり・宮内悠介による、音楽をテーマとしたミステリ長編の文庫版である。『yom yom』に連載され、2016年に単行本刊。素晴らしい解説は吉田隆一が担当している。
消息を絶ったミュージシャンの父を探すための手掛かりを求めて、アメリカの音楽学校受験に挑戦する脩(しゅう)。受験会場では殺人事件が発生し、「アメリカ最初の事件」というメッセージが残される。連続殺人事件へと発展するこの一連の出来事が、父とその仲間たち、あるいは父が残した楽器パンドラと深いかかわりを持つことが次第に明らかになっていくのだが…、というお話。
素晴らしい作品。確かにジャンル・ミックス、なのだけれど、基本的にはエンターテインメント作品なのだと思う。テイスト的には奥泉光と山田正紀を合わせたような感じ、と説明したくなるのだが、これはやはり宮内もの、という新しいジャンルなのだろう。阿部和重、古川日出男に続く世代による、新時代の到来を告げる傑作である。以上。(2018/08/23)