古野まほろ著『身元不明(ジェーン・ドゥ) 特殊殺人対策官 箱崎ひかり』講談社文庫、2017.12(2015)

元警察官僚のメフィスト賞作家による、猟奇的な殺人事件とその顛末を描くサスペンス小説である。オリジナルは単行本の形で2015年に刊行。文庫化にあたり大矢博子による解説が付されている。
舞台は東京オリンピック後の東京。湾岸線という環状の地下鉄路線が新設され、首都の交通事情は一変していた。8月のある日、そんな湾岸線のある駅で、異様な粉飾を凝らされた死体が見つかる。捜査にあたるのは湾岸署の無気力巡査部長・浦安圭吾と、ゴスロリ・キャリア警視・箱崎ひかり達。やがて第2、第3の死体が発見され、捜査が進む中、事件の背後にある巨大な陰謀の影が浮かび上がる。一体何が起こっているのか、浦安と箱崎は全ての謎を解明できるのか、あるいは、というお話。
うーむ、これは頂けない。正直な話、出版できるレヴェルのものではないとすら思える。全体に文章が稚拙、記述におかしいところが多すぎる、登場人物や物語の舞台設定に工夫が足りなすぎる、等々。そして、何といってもまずいのは物語の核であるトリックが偉大なる先行作品の模倣であること。西と東を入れ替えただけじゃないか、と。もしかして突っ込まれるために書かれたのではないか、と邪推してしまうほどひどい作品である。
この後に書かれた作品を知っていて、それらがとても良くできているので、この作家がこんなにひどいものを書いたとは到底信じられないのだが。となると、編集部に問題があるのかも知れない。講談社さん、大丈夫なのか?
一つだけはっきりしたことがあって、要は警察小説と本格ミステリは水と油くらい違うということ。無理に混ぜようとすると、例えば本書のようなひどいものが出来上がる可能性がある、というのは覚えておいて損はないかも知れない。確かに、ある意味反面教師にはなりうる、と述べておこう。以上。(2017/12/25)

宮部みゆき著『悲嘆の門 上・中・下』新潮文庫、2017.12(2015)

宮部みゆきによる大長編の文庫版である。もともとは『サンデー毎日』に連載。単行本は2015年に刊行されていた。文庫化にあたり、上・下2分冊から上・中・下3分冊となる。解説は武田徹が担当している。
主人公・三島孝太郎は都内にある大学の1年生。高校時代の先輩・真岐に誘われてサイバー・パトロールを事業として行なっている会社「クマー」でアルバイトを始める。やがて全国規模で発生している不可解な死体遺棄事件に関する書き込みその他の監視チームに参入し、情報収集を開始。
そんな矢先、先輩のアルバイト学生・森永が行方不明になり、事態は混迷を深めていく。一連の出来事には関連性があるのか、はたまた、その先に一体何があるというのか、というお話。
何を書いてもネタバレになりそうなので、敢えて書かない方が良いだろうと思う。私自身、全く先入観なしに読み始めて、結構のけぞった口なので。まあ、読めば分かります。とりあえず、その緻密なプロット構築には、いつものことではあるが大いに感銘を覚えた次第。
ところで、本年で宮部みゆきもついにその作家生活は30年に及ぶ、という。そんな長いキャリアを俯瞰するような、そしてまたこれから先の更なる発展を確信させるような雄編に仕上がっていると思う。以上。(2017/12/30)

佐藤友哉著『俳優探偵 僕と舞台と輝くあいつ』角川文庫、2017.12

メフィスト賞作家である佐藤友哉による、90ページほどの作品3本からなる連作短編集である。初出は『小説屋sari sari』。カヴァのイラストはサマミヤアカザが担当している。
主人公の麦倉(通称ムギ君)は2.5次元舞台での活躍を目指す高校生。事務所の同期である天才肌の俳優・水口が主演に抜擢され、麦倉はキャストから外れた舞台で、事件は起こる。水口のライバル役である役者が、衆人環視の中、忽然と姿を消したのだ。その事件の真相とは?(舞台上で消えた役者) ほか2本を収録。
なんだか凄い作品。一皮むけたどころではない変わり方に驚嘆した次第。随所に挟まれる演劇論が作品世界に広がりと奥行きを与えていて、何度もうならされたのだが、それはそれとして、何よりも本作品の青春小説としての出来栄えには目を瞠らされる。佐藤友哉が満を持して新次元に突入、といった感の傑作である。以上。(2018/02/03)

道尾秀介著『透明カメレオン』角川文庫、2018.01(2015)

直木賞作家である道尾秀介による、2015年発表の長編文庫版である。解説は鈴木おさむが担当している。
桐畑恭太郎は容姿にコンプレックスを持つラジオ・パーソナリティ。浅草にあるバー「if」の常連たちの話を適当にアレンジして送り届ける、という深夜放送にはそれなりに熱心なファンがついていた。
ある晩、いつものようにifを訪れると、びしょ濡れのいわくありげな若い女性が飛び込んできた。やがて、ifの常連たちは彼女のとある計画を手伝うことになるのだが、さて、というお話。
小説技巧の限りを尽くした、感動的でもあり、飛び切り感傷的でもある傑作。一体その語りはどこまで上手くなるんだろう、と思ってしまうのだが、そろそろこれはもう「道尾秀介」というジャンルなのではないかとさえ思えてくる。円熟期に差し掛かったと思われる著者による、渾身のエンターテインメント作品である。以上。(2018/02/10)

篠田節子著『インドクリスタル 上・下』角川文庫、2018.01(2014)

道尾秀介と同じく直木賞作家である篠田節子による大長編の文庫版である。もともとは『小説 野生時代』に連載され、単行本化は2014年。第10回中央公論社文芸賞に輝いている。文庫化にあたって上下2分冊となった。解説は温水ゆかりが担当している。
序盤の大まかな要約を。主人公の藤岡は山梨県の水晶デバイスメーカ社長。事業推進に必要不可欠な高純度の水晶を探してインド東部のとある地域を訪れた藤岡は、彼のもとに娼婦としてあてがわれてきた少女ロサが、とてつもない頭脳の持ち主であることに驚き、彼女がまっとうな道に進めるよう尽力し始める。
一方、当地では極めて高純度な水晶が埋蔵されていることが明らかとなり、藤岡はその採掘と輸入を独占的に行なえるよう様々な方面での画策を開始する。インド特有の商慣習、あるいは政治などが複雑に絡み合う当地において、藤岡は果たして事業を軌道に乗せられるのか、はたまたロサの運命はどうなるのか、というお話。
いやはや、まことに圧倒的な密度で書かれたとんでもない傑作で、現時点でのこの作者の代表作、と言ってしまって良いと思う。複雑な話なのだけれど頭にすっと入ってくるリーダビリティの高さには敬意を表する他はないし、今日の旧植民地事情をここまで緻密かつ徹底的な形で書いた作品というのもそんなにはないのではないかと思う。
本書で扱われているのと同じテーマ(開発・シャマニズム・フェミニズム等々)は初期の作品群から何度となく現われていたけれど、ホラー系から次第に直球勝負な方向にシフトしてきて、遂にここまで来たか、という感じ。集大成にして最高傑作。そんな語られ方をするに違いない作品である。以上。(2018/02/16)

円城塔著『プロローグ』文春文庫、2018.02(2015)

芥川賞作家である円城塔による長編作品である。2014年から2015年にかけて文芸誌『文學界』に連載され、2015年に単行本刊。装画はシライシユウコ、解説は佐々木敦がそれぞれ担当している。
まだ名前を持たない「わたし」は、日本語の表記に用いる文字範囲を定め、登場人物である13氏族を設定し、小説を書き始める。プログラムによって物語は紡がれていくが、やがてバグと思われる事態が発生し、わたしは設定を見直すことになる。物語生成の根源へと向かう旅が、ここに始まる…、というお話。
『エピローグ』(ハヤカワ文庫JA)と対をなす作品である。プロ→エピなのはギリシャ語を知らなくても分かることなのでこの順で読めば良いと思うのだが、それによって理解が深まるか、というとそれは読み手に大きく左右されてしまうだろう。即ち、情報理論の基礎を知っているといないでは内容の理解に大きな差が出るはずの、ちょっと敷居の高い本であるように思われた。以上。(2018/02/16)