羽田圭介著『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』講談社文庫、2018.11(2016)

2015年に『スクラップ・アンド・ビルド』により第153回芥川賞を受賞した作家・羽田圭介(はだ・けいすけ)による、受賞後第1作目となる大長編。もともとは文芸誌である『群像』に連載され、単行本は2016年刊。解説は武田砂鉄が担当している。
各地でゾンビ化現象が起き、全てが一変してしまった世界。生きている人間がゾンビ化するのは分かるとして、火葬されたはずの文豪たちまでもが生き返った、という噂さえ立ち始める。そんな世界で、某出版社の編集者・須賀、売れない作家K、そこそこ知名度のある美人作家・理江、ゾンビ案件の処理に追われる公務員・新垣、ゾンビにかまれてしまった女子高生・希、北海道へ向かう作家志望の青年・晶らは、果たして生き残ることができるのか、そしてまた、世界は…というお話。
エンターテインメント作品として優れていると同時に、優れた社会論、文化論になり得ていて、感銘を覚えた次第。タイトルからして、あるいはこの著者のものであることから普通のゾンビ小説(って一体何なんだか…)のはずがないと思って読み始めたのだが、その辺はお楽しみ。とりあえず、そもそも「生きている」ってどういうことだろう、と考えてしまった。以上。(2018/12/08)

中村文則著『あなたが消えた夜に』毎日文庫、2018.11(2015)

愛知県生まれの芥川賞作家である中村文則による、新聞連載小説である。単行本は2015年刊。500頁近いヴォリュームの大長編で、巻末には文庫版へのあとがきと、『ダ・ヴィンチ』掲載の番外編がおまけで付いている。
連続通り魔事件の容疑者である「コートの男」を、所轄の刑事・中島と捜査一課の小橋が追う。捜査が進む中、やがて二人の前には、驚くべき事実が浮かび上がってくる。一体何が起きているのか。二転三転する捜査、そして事件は奇妙な結末へと向かい始めるのだが…、というお話。
ほとんど要約になっていないのだが、そこはそれ。何しろプロットが複雑すぎて…。実は、この人の作品としてはかなりコメディ・タッチなつくりになっていて、そこが面白かった。しかし、そこはこの作家、やはり相当にヘヴィかつビターな内容で、その点では読者の期待を裏切らないと思う。エンターテインメント性と、文学性のバランスが見事な、秀作である。以上。(2018/12/03)

藤木稟著『バチカン奇跡調査官 天使と堕天使の交差点』角川ホラー文庫、2018.11

藤木稟による大ヒット作「バチカン奇跡調査官」シリーズの第18巻で、シリーズ中4作目の短編集、となる。前作からはやや時間が空いたが、その中身は計4本、311頁とやや小ぶりな巻になっている。実は、うち2本、つまり半分が書き下ろし。カヴァのイラストは毎度おなじみのTHORES柴本が担当している。
収録作品は、「ベアトリーチェの踊り場」、「素敵な上司のお祝いに」、「マスカレード」、「シン博士とカルマの物語」の4本。それぞれ、「平賀&ロベルト」コンビ、「ジュリア&ルッジェリ」コンビ、「ビル&エリザベート」コンビ、最後だけチャンドラ・シン単独、が主役となり、奇跡調査からは離れた物語が展開される。
平賀だけ苗字、というのはさておき(名前は庚なのだが、これだと分かりにくいので…)、この巻、長編はもう少しかかるし、でも既出の短編も足りていないし、じゃあ短編を書き下ろすか、という感じで出てきたのだろうな、と勝手に推測する。
とは言え、ドル箱シリーズをコンスタントに出していくことは出版ビジネス的には重要なこと。作品の完成度を少しも落とすことなく、こういうタイトな出版ペースを守り続けるこの作家のプロ意識はさすが、なのである。以上。(2018/12/16)

ピエール・ルメートル著 平岡敦訳『炎の色 上・下』ハヤカワ文庫、2018.11(2018)

フランスの作家ピエール・ルメートル(Pierre Lemaitre)による、2013年発表の大ベストセラー『天国でまた会おう』の続編。驚異的に短い翻訳期間を経て、単行本と文庫で同時に刊行、となった。原題はCouleurs de l'incendieなのでそのまま。翻訳は定評のある平岡敦が務めている。
1927年のパリ。大富豪であるマルセル・ペリクールの葬儀中に、孫である7歳の少年ポールが3階の窓から転落し大けがを負う。相続人であるマルセルの長女マドレーヌは、息子の看護に追われることに。さらには、追い打ちをかけるかのように彼女の周囲では様々な陰謀が張り巡らされ、やがて彼女は一切を失うことになるのだが…、というお話。
さて、確かに続編ではあるけれど、実際のところは若干共通の人物が登場する程度で、物語上のつながりはほぼないのでここから読んでも問題はない。ある意味19世紀的な、そしてまた実にフランス文学的な作品で、V.ユーゴー(V.Hugo)やH.バルザック(H. de Balzac)、あるいはスタンダール(Stendhal)といった文豪たちが築き上げた伝統はいまだ枯れていないのだな、という思いで読了した。
実はこの作品、最終的には3部作になるようで、最終巻の刊行が待たれる。また、第1作『天国でまた会おう』は映画化がなされ、セザール賞5部門制覇という快挙を成し遂げている。こちらは来春日本公開。色々と楽しみなことが増えてきている。以上。(2018/12/25)

今野敏著『去就 隠蔽捜査6』新潮文庫、2018.12(2016)

今野敏の大ヒット・シリーズ「隠蔽捜査」の第6作。5作目の長編『宰領』の単行本が2013年に出ているのでちょっと間が空いたが、シリーズはまだまだ続く。今回も解説は川上弘美という大物が起用されている。
竜崎信也が署長を務める大森署の管内で、略取誘拐・殺人事件が発生。当初この事件は、ストーカの男が女性の交際相手を殺害して女性を連れ去った、と考えられた。だが、捜査が進む中で、不自然な点が複数発見され、事態は混沌化。そんな中で、竜崎は的確な指示を出して事態の収拾に努めるが、ノンキャリアの弓削方面部長が横やりを入れてくる。竜崎は、あるいは警視庁はこの難局を乗り切れるか、というお話。
というのがメインのプロットだけれど、実は竜崎家のとある問題であるとか、ストーカ対策プロジェクトの話だとか、幾つかのサブプロットが入り込んで、厚みと深みのある物語に仕上がっている。竜崎の「正論の人」っぷりも健在で、ある意味最強。時々こういうものを読んで、自分への戒めとする、そんな読み方も悪くない、と思う。以上。(2018/12/30)

誉田哲也著『ルージュ 硝子の太陽』光文社文庫、2018.11(2016)

誉田哲也による人気シリーズ・姫川玲子ものの長編第6弾の文庫版である。原題『硝子の太陽R ルージュ』から改題。2016年に『硝子の太陽N ノワール』と同時刊行され、話題をさらったのは記憶に新しい。解説はタカザワケンジが担当。巻末に、「カクテル」という短編が収録されている。
世田谷区祖師谷で地下アイドル女性(24)を含む母子3人が殺害される。残虐な徹底した死体損壊が行なわれたこの猟奇的な事件の捜査には、警視庁捜査一課の姫川班も加わるが、犯人特定の目途はなかなか立たなかった。
そんな中、事件現場近くで姫川はある男を見かけ、これを追い始める。どうやらこの男は、歌舞伎町周辺の様々なネタを得意とするフリーライタらしいのだが、果たして事件とどういうつながりがあるのか、そして、というお話。
上記の事件捜査についたの描写と、どういう形でか分からないがきっと事件に関わるのだろうベトナムに従軍した男の独白が交互に配置される、という構成。どこかミステリ・ゴッド島田荘司を感じさせる作品で、また著者の創作領域が拡張されてしまった、といったところだろうか。
ストーリィの面白さに加え、井岡や勝俣といった、このシリーズの陰の立役者ともいうべき人物もしっかり配置され、サーヴィス精神は満点。更には、遂にあのシリーズとの融合が果たされる。それに絡んで、最後に置かれた短編が、何とも言えない余韻を醸し出している。次は、『ノワール』だ。以上。(2019/01/06)

誉田哲也著『ノワール 硝子の太陽』中公文庫、2018.12(2016)

誉田哲也による人気シリーズ・歌舞伎町セブンものの長編第3弾の文庫版である。原題『硝子の太陽N ノワール』から改題。2016年に『硝子の太陽R ルージュ』と同時刊行され、話題をさらったのは記憶に新しい。『ルージュ』の文庫版からはひと月遅れての文庫化。解説は友清哲が担当。巻末に、「歌舞伎町の女王―再会―」という短編が収録されている。
反米軍基地運動が高まりを見せる中、新宿署の東弘樹警部補は「左翼の親玉」とも言われる矢吹近江の取り調べを行なうよう命令を受ける。そうこうするうちに、代々木署の管内で覆面集団によるめった刺し殺人事件が発生。被害者は、歌舞伎町セブンとは切っても切れない関係にある男だった。一連の事件には、一体どんな裏があるのか、そして東は、はたまた歌舞伎町セブンの面々はどのような行動に出るのか…、というお話。
色々な陣営の思惑が交錯する波乱万丈の物語。圧倒的な重さ、そしてまた隅々まであまねく行き届いた厭世観。個人的にはこの作家が生み出した最高の成果だと思うジウ・サーガが、更に厚みと奥行きを加えて新たな展開に向かうことを予感させる、そんな作品になっている。ちなみに、ここでも、勝俣の存在感は圧倒的である。以上。(2019/01/11)

城平京著『虚構推理短編集 岩永琴子の出現』講談社タイガ、2018.12

城平京による大ヒット作「虚構推理」シリーズの短編小説集である。計5本を収録し、うち2本は『メフィスト』に先行掲載、他は書き下ろしとなる。表紙のイラストはコミック版の絵を手掛けている片瀬茶柴による。
大蛇、うなぎ、ピノッキオ、ギロチン、自販機、をそれぞれ主要なモティーフとする短編5本からなる。各々では、「知恵の神」である、妖怪たちと交流ができる大学生・岩永琴子が、その恋人であり不死身の大学院生・桜川九郎の助けを時には得ながら、様々な事件を「解決」に導くプロセスが描かれていく。
このシリーズ、やはり面白い。麻耶雄嵩がミステリの枠組みを次々に変えていっているけれど、これなどもその一つ。でも、良く考えてみると、これまでに作られてきたミステリにおける名探偵たちの推理と、岩永琴子による推理に、どのように本質的な違いがあるのか、というのは一度考えてみるべき問題。そこに過剰なまでに自覚的で、徹頭徹尾そこを問題化しているところが、この画期的なシリーズの凄さ、なのである。以上。(2019/01/26)

山本弘著『BISビブリオバトル部3 世界が終わる前に』創元SF文庫、2019.01(2016)

山本弘による「BISビブリオバトル部」シリーズ第3弾の文庫版である。元本は2016年刊。カヴァのイラストはpomodorosaが、解説は本書でも取り上げられている芦辺拓が担当しており、巻末には参照資料や著者によるあとがきも付されている。
本書は2パートに分かれる。120頁以上ある中編にして番外編「空の夏休み」が頭に、そして本編にして長編の「世界が終わる前に」が続く。この2作品、読む順番としては、絶対に配置順でなければならない。
概略を示すと、「空の夏休み」では夏コミ(夏のコミックマーケット)に出かけたBIS(ビーアイエス)ビブリオバトル部の面々が遭遇する様々な出来事が、「世界が終わる前に」では同部のライバルである真鶴高校ミステリ研究会との「ミステリ」をテーマとするビブリオバトルとその周辺の出来事が、それぞれ描かれる。
ミステリはSFの十分の一も読んでいない、とあとがきに書いている山本弘だが、そもそも読んできたSFの分量が並外れているのでそこはそれ。私がまだ読んでいない古典的名作や、面白そうなラノベがふんだんに紹介されていてとても参考になった。
ただ、そういう本の紹介的な部分は相変わらず凄いのだが、本書で描かれる物語のそれはそれは素晴らしいこと。それについては何も語れない。言えるのは、とにかく読んで頂きたい、の一言のみである。以上。(2019/02/07)

長沢樹著『イン・ザ・ダスト』ハヤカワ文庫、2019.01

新潟県生まれの作家・長沢樹(いつき)による〈渡瀬×土方〉ものサスペンス巨編である。初出は『ミステリマガジン』で、最初から文庫での登場。カヴァのデザインはk2が担当している。
ある男性が生きたままの状態で線路に横たえられ轢死する、という事件が発生し、警視庁分析捜査係の渡瀬敦子らが捜査を開始する。東都放送報道局の土方玲衣は十数年前に起きた地下鉄爆破テロ事件の映像を新たな資料として入手するが、そこには明らかに改ざんされた痕跡があった。
更に連続して起こる劇場的な殺人事件。テロ映像を巡って現われてくる様々な符丁。二人の進路が交差するとき、そこには驚愕すべき事実が浮かび上がり…、というお話。
前作『ダークナンバー』も良く出来た作品だったが、この続編で長沢樹は各段の進歩を遂げてしまっているように思う。誉田哲也の影響は相変わらず強いけれど、これから先、どうオリジナリティを出していくか、という辺りが興味深いところ。次巻を待ちたい。以上。(2019/02/15)

皆川博子著『クロコダイル路地』講談社文庫、2019.01(2016)

偉大なる作家・皆川博子による大長編の文庫版である。元々は2分冊だったものを、文庫化に際して合冊。そのため、1,000頁を超えてしまった…。カヴァ及び本文内の誠に素晴らしい装画・挿絵(『小説現代』連載時のものを踏襲)は伊豫田晃一が、解説は朝宮運河がそれぞれ担当している。
物語の舞台は18世紀末のフランス。革命後の混沌と騒擾は、地方都市ナントにも及ぶ。貴族のピエール、商人のローラン、そして平民の少女コレットの運命は、そんな混沌の渦に巻き込まれていく。やがて、革命が3人に遺した「傷」への、復讐の物語が幕を開ける。
著者における作家業の集大成にして、代表作の一つ、ということになるだろう。19世紀文学の最高峰とも言える『レ・ミゼラブル』と『二都物語』あたりを皆川博子流に大胆にアレンジした、とも見なせる作品で、こんなことができるのはこの人しかいない、と断言したい。
ファンタジィ色の濃い歴史ミステリにして、文学史にも刻まれ得るような、空前絶後の大傑作である。以上。(2019/02/20)