藤木稟著『バチカン奇跡調査官 王の中の王』角川ホラー文庫、2020.08

藤木稟による大ヒット作「バチカン奇跡調査官」シリーズの第20巻で、シリーズ中16作目の長編、となる。参考資料までで357頁と、普通のヴォリュームに戻った感じ。カヴァのイラストは毎度おなじみのTHORES柴本が担当している。
舞台はオランダ。ユトレヒトのとある教会で、礼拝堂に主が降臨して黄金の足跡を残し、聖体祭の夜には光り輝く球体が現われ未来を予言する、という奇跡案件が発生。奇跡調査官の平賀とロベルトのコンビはいつものように調査を開始するが、聖体祭の参列者はその際に様々な神秘体験をしたらしいことが判明する。二つの奇跡現象の真実とは、そして、物語の鍵を握る、教会に長らく伝わってきた秘宝「王の中の王」はそれらにどう関わるのか、というお話。
20作目、という途方もない冊数に到達してしまったこのシリーズ、それ自体がある意味奇跡かも知れない。本作はある意味原点回帰的な作品で、主眼を平賀とロベルトによる奇跡調査に置いており、それ以外の要素は最小限にとどめられている。ここから読み始めても、恐らく戸惑うことはほとんどないだろう。以上。(2020/09/10)

有栖川有栖著『インド倶楽部の謎』講談社文庫、2020.09(2018)

ミステリ作家・有栖川有栖による火村英生もの大長編である。「国名」シリーズの第9弾にあたる。カヴァの絵は藤田新策、解説は野村恒彦がそれぞれ担当している。
神戸市内で行われた、人の生まれてから死ぬまですべてのことが書かれているという「アガスティアの葉」のリーディングセッション。これに参加した〈インド倶楽部〉のメンバが相次いで殺害される。火村と有栖川は捜査に協力し始めるが、同倶楽部の面々はどうやら前世でのつながりを信じているらしい。一体、この事件の背後には何があるのか、そしてまた犯人は一体誰なのか、というお話。
ちょっと懐かしい感じの「アガスティアの葉」という、いわばオカルト領域のアイテムを持ち出して、一体どうやって合理的な解決を図るのか、といったあたりがところが最大の読みどころになるだろう。毎度のことながらそのフェアプレイっぷりは徹底しており、読者の期待を裏切ることはない。ベテラン作家による、熟練の技が冴える快作である。以上。(2020/10/12)

歌野晶午著『明日なき暴走』幻冬舎文庫、2020.10(2017)

ミステリ作家・歌野晶午による長編。元々『ディレクターズ・カット』というタイトルで出ていたものを今回の文庫化に際し改題。カヴァのデザインは鈴木成一デザイン室、解説は仲俣暁生がそれぞれ担当している。
TVディレクタである長谷見潤也が仕掛ける「明日なき暴走」という、若者たちの無軌道っぷりを描きつつ実はヤラセの人気企画。この企画の出演者たちと、日々世の中への憤懣を募らせるネクラの美容師・川島輪生(もとき)が出会うとき、全てが始まった。
連続して起こる常軌を逸した殺人事件。捜査が難航する中、番組制作において「暴走」し過ぎた長谷見は職務停止を食らい、起死回生を賭けて殺人鬼とのコンタクトを図る。その先に待ち受けていたものは…、というお話。
誠に今日的な、というか、TVの時代では既に無くなっってしまった今日この頃の世相を上手いこと切り取った、そしてまたこの作家らしい外連とどんでん返しが用意された一編。高いリーダビリティを持ち、そしてまた適度に深い洞察を含んだ、実に密度の濃いエンターテインメント作品である。以上。(2020/10/23)

京極夏彦著『ヒトごろし 上・下』新潮文庫、2020.10(2018)

京極夏彦による、土方歳三伝。『週刊新潮』に連載され、単行本は2018年刊。今回の文庫化にあたっては加筆訂正がなされているとのこと。下巻には連載時の挿画を担当した池上遼一によるエッセイと、呉座勇一による解説が収められている。
時は幕末。農民の出である土方歳三は人外(にんがい)にしてヒトごろし。佐幕や攘夷といった世の流れには興味がない。兎に角、求めるのは自由に人を殺せる身分のみ。見るが良い、そんなヒトごろしの生きざまを。「俺は土方歳三だ。」。
文庫上下巻にして1,500頁を超える圧倒的ヴォリューム。設定上関心はないとは言っても時代背景として幕末のもろもろや、当然端折るわけにはいかない新選組を巡るエピソードは、透徹したと言って良いだろう見事な筆致で描かれる。
それが、あくまでも実在した人物ではなく、フィクションの登場人物である人外によって揺るぎなく語られるところに、この作品の際立った点がある。『ヒトでなし』に続く、京極夏彦の文学的到達点を示す快著である。以上。(2020/11/03)

三津田信三著『忌物堂鬼談(いぶつどうきだん)』講談社文庫、2020.10(2017)

三津田信三による、タイトルから察せられると思うがホラーもの新シリーズ第1弾の文庫版である。元々は講談社ノベルスの1冊として刊行。カヴァの絵は村田修が、巻末の解説は牧原勝志が担当している。
何かに追われている、と感じている宮里由羽希(ゆうき)は、何かの縁があるらしい遺仏寺(いぶつじ)を目指していた。やがて同寺にたどり着いた彼女は、「忌物(いぶつ)」で埋め尽くされた本堂で、住職である天山天空(てんくう・てんざん)からとある依頼を受ける。「ここにある忌物に纏わる怪異を語るので、それを文字に起こしてほしい」、と。こうして、由羽希と忌物たちが織りなす、奇妙な物語が幕を開けるのだった。
本書には五つのエピソードを収録。ミステリにしてホラー。まさにこの作家の真骨頂、といった体の作品。聞くことと書くこと、この二つの行為への注視が、新たな地平を開いていくのか、あるいはそれとはまた別の?いずれにしても、今後の展開が非常に楽しみである。以上。(2020/11/05)

鳥飼否宇著『隠蔽人類』光文社文庫、2020.10(2018)

福岡県生まれの作家・鳥飼否宇(とりかい・ひう)による、〈綾鹿市シリーズ〉の第9弾にあたる連作短編集。元々は『ジャーロ』に連載され単行本は2018年刊。素晴らしいカヴァのデザインは泉沢光雄、解説は小山正がそれぞれ担当している。
未知の民族集団を求めてアマゾンの奥地に赴いた日本の研究グループは、苦難の末に彼らの集落を発見。そして、そこに住む人々のDNA構造がホモ・サピエンスと大きく異なることを見出す。ホモ・サピエンスとは種が異なる「隠蔽人類」の発見に沸く中、調査団の一人が殺害される。一体誰が?こうして物語は、驚天動地の結末に向かって少しずつ動き始めるのだった、というお話。
何を書いてもネタバレになってしまうので、内容についてはこれ以上は書かない。なので構成について書くと、5つの短編からなっていて、それぞれにオチがついていて、という作り。そして、そのオチたるや、まさに空前絶後、誠に素晴らしい。
テイストとしては、筒井康隆や清涼院流水をちょっとだけ思い起こさせるところがあるけれど、基本的に非常に高いオリジナリティを持った傑作、と言っておきたい。以上。(2020/11/10)

皆川博子著『Uウー』文春文庫、2020.11(2017)

誠に尊敬すべき作家・皆川博子による長編の文庫版である。元々は2016年から2017年にかけて『オール讀物』に連載され、2017年に単行本刊。デザインは柳川貴代が手掛けており、巻末には綾辻行人、須賀しのぶ、恩田陸と著者との往復書簡が収録されている。
17世紀初頭の東ヨーロッパ。領土拡大を進めるオスマン帝国に拉致されキリスト教からムスリムに改宗させられた3人の少年。やがて彼らは帝国の一員として、キリスト教国との戦いに身を投じることになる。
それから時を経て20世紀の初頭。第一次世界大戦下において、ドイツ帝国は英国領海にてUボートを用いた特殊任務を秘密裏に進めていたが、その乗組員とは、実は…、というお話。
二つの大戦争という細やかに描写しつつ、どこか耽美で、はかなげな味わいを持つ幻想小説。タイトルの「U」とは、Uボートと、小説内のオスマン・パートに現れる地下=Untergrundのことである。実は、サラエヴォ出身のとある映画監督によるかの傑作を思い出しながら読んでいたのだが、なるほど。近著の中では比較的コンパクトな、それでいて誠に壮大なスケールを持つ名編である。以上。(2020/11/25)