浦賀和宏著『殺人都市川崎』ハルキ文庫、2020.05

何ということだ…。これが惜しくも最後の小説になってしまった、浦賀和宏(1978-2020)によるサスペンス長編。最初から文庫で登場。カヴァのデザインは米谷テツヤ、解説は千街晶之が担当している。
舞台はタイトルの通り川崎。この、まるで地獄のような都市で暮らしてきた俺が、伝説の殺人鬼・奈良邦彦と出会ってしまったところから物語は幕を開ける。彼女も、そして両親も殺された俺は、その後も奈良に狙われ続ける。一体、奈良の目的は何なのか、そして、俺に明日はあるのか…、というお話。
色々ぼかしながら要約してみたが、何も言っていないに等しい。それは措くとして、その余りにも早過ぎる死にも衝撃を受けたが、この作品もまた非常に衝撃的。独特な地位を形成してきた著者の死は、エンターテインメント文学界における誠に大きな損失、だと思う。心からご冥福を祈る。以上。(2020/06/05)

鳥飼否宇著『パンダ探偵』講談社タイガ、2020.05

福岡県生まれの作家・鳥飼否宇(とりかい・ひう)による書き下ろしミステリ連作集である。カヴァのイラストは松本セイジが担当している。
収録されているのは「ツートーン誘拐事件」、「キマイラ盗難事件」、「アッパーランド暗殺事件」の計3本。ヒトが消滅して200年経過した、知能を持つ動物たちがそのあとを引き継いだ地球、という設定の世界で起こる事件に、白黒つけることをモットーにするへっぽこパンダのナンナンが挑む。
面白いです(笑)。これはもう今年のベストワン決定じゃないだろうか、というような傑作。これもまた傑作である漫画『BEASTARS』の影響を少し感じつつ、良くもまあこんなことを思いつくものだと感銘を受けつつ読了した。何となくシリーズ化はあるんじゃないかと思っているが、それも反響次第だろうか。応援したい。以上。(2020/06/10)

冲方丁著『マルドゥック・アノニマス5』ハヤカワ文庫、2020.05

冲方丁(うぶかた・とう)による『マルドゥック・アノニマス』第5巻である。初出は『SFマガジン』で、最初から文庫での刊行。文庫化に際して大幅に加筆修正した、と書かれている。カヴァのイラストはいつものように寺田克也による。
〈クインテット〉陣営に捕らえられてしまったウフコックを探して、バロットは〈楽園〉へと赴く。そこで知ったのは、〈クインテット〉のリーダーであるハンターと、オクトーバー一族との意外なつながりだった。ハンターとは、一体何者なのか?そんな中、バロットはナイフ使いの少女アビゲイルを、家族の一員にしようとしていたが…、というお話。
まあ、進まないです(笑)。これ、終わるんだろうか、とか思い始めてしまったのだが、きっと終わるのだろう。少なくとも、これだけのクオリティのものを書いていて、他にもたくさんやはり非常に高度な仕事をしている中で、コンスタントに1年1冊のペースを守り続けているのは、本当に凄いことなのではなかろうか。
最早作者のライフワークになった感のあるこの物語の、行き着く先を見届けたいと思う。以上。(2020/06/13)

中村文則著『R帝国』中公文庫、2020.05(2017)

愛知県生まれの作家・中村文則による長編。元々は『読売新聞夕刊』に連載され、単行本は2017年刊。カヴァのイラストは猫将軍が担当。巻末に著者による短いあとがきが付されている。
時は近未来。R帝国の人々はHP(ヒューマン・フォン)と呼ばれる携帯端末に依存して暮らしている。ある朝、そんなR帝国民である矢崎は、自分の国が隣国と戦争を始めたことを知る。しかし、このニュース、どこかが引っかかる。やがて矢崎は、体制に反旗を翻す謎の組織「L」の接触を受ける。この帝国で、一体、何が起きているのか…、というお話。
面白い作品ではある。ただ、エンタテインメント作品としてはまじめすぎるし、思想小説としては軽すぎる、といったところ。プロットなど、小説として良く練り込んでいるのは確かなのだが、特に思想面での人物造形や、肝心かなめであるはずのテクノロジ設定の洗練度が非常に微妙。
まあ、文章化できてしまうものは、たいして怖くない、ということなのかも知れないとは思った。でも、それを果たすのが文学ではないだろうか。F.カフカやG.オーウェルはやってのけている。以上。(2020/06/20)

誉田哲也著『増山超能力師大戦争』文春文庫、2020.06(2017)

東京都生まれの作家・誉田哲也による「増山超能力師事務所」シリーズ第2弾の文庫版である。『オール讀物』に連載され、単行本は2017年刊。カヴァのイラストは上田バロンが(この表紙、余りにも素晴らしいのだが…)、巻末の解説は小橋めぐみがそれぞれ担当している。
超能力関連技術の開発者が行方不明になり、その妻が増山超能力師事務所に調査を依頼。調査活動を始めると、事務所員やその家族にも嫌がらせが頻発し始める。一体、開発者は何を作っていたのか、そして、誰がそれを狙っているのか。物語は、国際問題にまで発展し、やがて…、というお話。
紛れもなく第1級のエンターテインメント作品。プロットも、コンセプトも、キャラクタ造形も、それはそれは素晴らしい。誉田さんの場合、そこにとどまっていないところが凄くて、このシリーズの持ち味は、要するに、超能力というものが存在したら、一体社会とか生活様式とかはどうなるのか、という辺りを今までなかった位までじっくりと考えた点にある、と思う。まあ、やり過ぎたら面白くなくなるので、良い具合で止めているところもある意味立派。
続編が気になるところだが、多忙のためか、今のところ連載は開始されていない模様。話をでかくし過ぎたせいでどこかから何か言われたのかも知れないが(怖い怖い…)、待ってますので(笑)。以上。(2020/06/26)

森博嗣著『幽霊を創出したのは誰か? Who Created the Ghost?』講談社タイガ、2020.06

森博嗣によるWWシリーズの第4弾である。刊行ペースは落ちない。表紙の写真はいつものようにJeanloup Sieffが担当。巻頭や章頭の引用は、C.マッカーシーの『ザ・ロード』からのものである。
グアトとロジは大家の家で、〈城跡の亡霊〉の話を聞く。お互いの姿を見ることすらできない、という亡霊は、かつてかの地で許されぬ恋を悲観して心中した二人であるらしい。
思い立って城跡を訪れたグアトとロジは、図らずも亡霊とおぼしき男女と遭遇。そんな二人のところへ、亡霊の一人であるロベルトの弟だ、という老人が訪れるが…、というお話。
神、子供と来て、今回は幽霊がテーマ。たいていの読者はここまで3冊を読んでいるはずなので、これってきっとあれなんじゃないかな、うんうん、そうだよあれだよ、とかなんとか考えながら読み進めることになると思う。さて、どうだろうか。そこは読んでのお楽しみ、である。
蛇足ながら、帯に「必要充分」という文言があるのだが、普通は「必要十分」なはず。意図的かも知れないが。以上。(2020/07/03)

N.K.ジェミシン著 小野田和子訳『第五の季節』創元SF文庫、2020.06(2015)

アメリカの作家N.K.ジェミシン(Jemisin)による、《破壊された地球》三部作の第1弾。原題はTHE FIFTH SEASON。この三部作、3年連続でヒューゴー賞をとる、というとんでもない快挙を成し遂げている。カヴァのイラストはK.Kanehiraが、解説は渡邊利道がそれぞれ担当している。
数百年ごとに〈第五の季節〉と呼ばれるカタストロフィが発生し、そのたびに文明の破壊が起きてきた大陸・スティルネス。ここにはオロジェンと呼ばれる、地球と交信し、統御さえできる人々がいたが、彼らはその能力のすさまじさゆえに恐れられ、虐げられてもきた。新たな〈第五の季節〉到来が近づく中、オロジェンの女性エッスンは、オロジェンの能力に目覚めた息子を殺して逃げた夫を探す旅に出るが、彼女を待ち受けていたのは…、というお話。
圧倒的な創造性と喚起力を持つ誠に素晴らしい作品。ハードSFであるとか、フェミニズムSFであるとか、系譜を遡れないことはないのだけれど、これはある意味SFの新しい地平を開いてしまったのではないか、とすら思わせるほどの傑作。来年以降になるという続編2冊の刊行を楽しみにしたい。以上。(2020/07/20)

阿津川辰海著『名探偵は嘘をつかない』光文社文庫、2020.06(2017)

東京生まれの作家・阿津川辰海(あつかわ・たつみ)によるデビュウ作の文庫版である。光文社の新人発掘プロジェクトに投稿された作品が原本で、加筆修正を経て2017年に単行本化。「本格ミステリ・ベスト10」で堂々3位になった作品となる。巻末には著者によるあとがきが付されており、解説は、上記プロジェクトの審査を務めた石持浅海が担当している。
阿久津透は生まれながらの名探偵。しかし、その捜査法を巡っては毀誉褒貶が激しい。証拠の捏造などその探偵らしからぬ所業は枚挙のいとまがない。そんな彼が、遂に本邦初の事例となる弾劾裁判にかけられることになる。山間に集められた証人や裁判官たち。果たしてそこでは何が明らかになるのか、というお話。
とても面白かった。超設定、目くるめく展開、そして何よりもラストシーンが素晴らしい。辛酸をなめつくした感のある様々な出来事の後で、ホッとする、というか何というか。このラストが書ける作家には、今後の更なる進化を大いに期待してしまう。
そうではあるのだけれど、若干疑問に思ったというか、注文めいたことを3点ほど記しておきたい(かなりぼかしてますがネタバレになってると思います。なお、実際のところ、もっとあります。欠点はみない、という選考基準だったようですが、市場に出す場合にはそうはいかないです。特に本格ミステリの場合は、読者の目はとても厳しくなります。私はゆるい方ですが。)。
1.冒頭で語られる事件と、話の中心になる事件の関連がやや微妙に感じられた。色々な符号めいたことはどう考えても偶然、とは思えず、このパラレルワールドのロジック(転生システムとかその辺)がそのゲームと何か関係あるんじゃないの、とか思って読み進めていたのだが結局肩透かしに終わり、後からくっつけた感が否めなかった。
2.真ん中へんで起きる殺人事件の真相がやはり微妙に感じられた。裁判で探偵生命を奪った方が恨みは晴れるんじゃない?、そもそもこの人が殺人とかするかな?、と思った。ある意味この世界より命の重みは軽いのかも知れないけど、その時点ではそのことを知らないんだし。
3.上で書いたことと矛盾するが、殺人を犯した人が割とのほほんと生きているラストって、どうなんだろう、とも思った。2.にも絡むけど、この世界とのモラルの乖離については何か説明があって良かったかな、と。どっちにしても名探偵とその助手の人物造形にはかなり不自然なところがある。
多分、作風が近い山口雅也、あるいは舞城王太郎や清涼院流水だとこの辺まで書き尽くすのではないかな、と。逆に、浦賀和宏だと、もっとほったらかすはず(というか、次の作品に持ち越すはず。ああ、打っていてちょっと悲しくなった…。だから先延ばしはダメなんだ。)。
まあ、とても面白かったし、色々なことを考えさせてくれたので、それ以上を求めるのもどうなのかな、という気もする。読者自身で補うのもありではないかな、などと。私はそんなに厳しい読者ではないし、そもそもこういうテイスト、特にこんなに素敵な余韻の作品は久々というか結構珍しいので、ある意味貴重とも言える。まずはご一読のほど。以上。(2020/07/25)

今野敏著『棲月 隠蔽捜査7』新潮文庫、2020.08(2018)

今野敏による「隠蔽捜査」シリーズの第7弾である。とは言え、3.5とか5.5もあるので9冊目。とうとうこのシリーズも15周年になるらしいのだが、時の経つのは早いものだ。カヴァ写真は広瀬達郎、解説は増田俊也がそれぞれ担当している。
首都圏の鉄道がシステムダウンにより運休。続いて都市銀行もやはりシステムダウンを起こす。大森署署長の竜崎伸也は不穏な動きを感じ取り、署員を動員して捜査に当たらせる。折しも、非行少年が暴行されて死亡する、という事案が発生。二つの事案にはどこかつながりがありそうなのだが…。竜崎以下捜査陣は果たして真相にたどり着けるのか、というお話。
2年に1本位のペースで刊行されていることもあり、質・量ともに実に安定感のあるこの画期的な警察小説シリーズだけれど、今回は珍しくコンピュータ犯罪を大々的に扱ったものになっている。竜崎自身はそれほどITに強くない、という設定だと思うのだが、このシリーズは「組織」を中心的なテーマに据えている。なので、竜崎がいかに組織を動かしてそうした犯罪に対処するか、というあたりが「見もの」となる。今野敏の筆運びは、本作においても誠に見事なものである。以上。(2020/08/20)

冲方丁著『戦(いくさ)の国』講談社文庫、2020.08(2017)

岐阜県生まれの作家・冲方丁(うぶかた・とう)による歴史短編小説の文庫版である。元々は講談社のアンソロジ『決戦!』シリーズのために書かれた短編6本をまとめたもので、単行本は2017年刊。カヴァのデザインは高柳雅人、解説は大矢博子がそれぞれ担当している。
桶狭間の合戦前夜、清州城内で織田信長は敦盛を舞う。そんな信長の胸中には、ある作戦を決行する、という固い意志があった。その作戦とは?(「覇舞謡(はぶよう)」)。この他に、上杉謙信、明智光秀、大谷吉継、小早川秀秋、豊臣秀頼らを主人公とする短編5本が収録されている。
歴史物は余り読まないのだが、これは本当に面白かったし読みごたえがあった。兎に角、別段「扇子」とかけてるわけではないが各篇の持つ語り口や独特な視点といったあたりのセンスが誠に素晴らしい。広く色々な人に読んで欲しい1冊である。以上。(2020/08/25)

道尾秀介著『満月の泥枕』光文社文庫、2020.08(2017)

直木賞作家である道尾秀介による、『毎日新聞』連載小説の文庫版である。単行本は2017年刊。カヴァのイラストは影山徹、解説はタカザワケンジがそれぞれ手掛けている。
物語の舞台は東京の下町とおぼしき場所。元ペンキ職人の凸貝二美男(とっかい・ふみお)は、わけあって引き取って育てている姪の小学生・汐子(しおこ)と二人暮らし。ある日のこと、二美男は泥酔して公園で奇妙な出来事に遭遇する。どうやら、人が殺されて池に投げ込まれるところを目撃したようなのだが、警察は取り合わない。
不可解さが残る中、どこかで見たような少年が現われ、文美男が見たのは「僕の伯父が祖父を殺した」現場なのだ、と告げる。二美男の周辺で一体何が起こっているのか…、というお話。
目くるめく波乱万丈の展開。まさに極上のエンターテインメントだと思う。浅草辺りを彷彿とさせる下町で繰り広げられる濃い口の人間ドラマであり、そしてまたある種の諦念と、更にはほのかな希望に満ちた、いかにも近年におけるこの作者らしい作品に仕上がっている。以上。(2020/08/28)