京極夏彦著『書楼弔堂(しょろうとむらいどう) 炎昼(えんちゅう)』集英社文庫、2019.11(2016)

北海道生まれの作家・京極夏彦による「書楼弔堂」シリーズの第2弾を文庫化したものである。元々は『小説すばる』に掲載。2016年の単行本化を経て、この度文庫化。カヴァのデザインは坂野公一による。
時は明治の30年代はじめ。女学生の塔子は、道行きがてら松岡と田山という二人の男と知り合う。彼らの目的地は、どうやら書店らしい。それも、普通ではない…。果たして彼らは、目的の書に巡り合えるのか、あるいは…、というお話。
計6篇が収められているが、上記は概ね最初の「探書 漆(しち) 事件」の要約。「田山」というのは田山花袋だけれど、「松岡」はまあ読んでいけば分かると思う。第1弾の『破暁(はぎょう)』と同様に、各篇では明治の文人や政治家・思想家達が取り上げられていく。
どの人物も本当に生き生きと描かれていて、何とも愉しいのだが、それもこれも、周到な取材と、想像力の賜物、だと思う。誠に見事な文学的達成である。以上。(2019/12/15)

古川日出男著『あるいは修羅の十億年』集英社文庫、2019.11(2016)

福島県生まれの作家・古川日出男による長編。元々は『すばる』に2013年から2015年にかけて掲載されたもので、単行本は2016年刊。カヴァのイラストは黒田潔、解説は中俣暁生がそれぞれ担当している。
時は2026年。震災やオリンピックを経て、荒廃し始めた東京が舞台。主要な登場人物の一人である人工心臓を埋め込まれた少女・谷崎ウランは、ガブリエル・メンドーサというメキシコ人芸術家の求めに応じて架空の歴史を具体的なもの、即ち鯨をモティーフとするアート作品として創作し始める。
かたや、放射能に汚染された「島」と呼ばれる場所から、喜多村康雄=ヤソウという少年が、養父・堀内牧夫の指示で上京し、競馬騎手になる。また、ヤソウの従妹であるである喜多村冴子=サイコは、鷺ノ宮で「きのこのくに」という小説をつづり始める。やがて、そんな境遇を持つ十台の3人が出会う時、止まっていた時間は動き出す、そんな物語。
私見では、震災後文学の中でも特筆すべき内容を持つ作品であり、更には来年に控える五輪の後までをも見据えた、極めて壮大で、野心的な近未来SFになっている。
そう、今さら改めて言うことでもなくこの人の想像力は本当にとんでもないというか、驚嘆すべきものだと思うのだが、これを読む者は、その寓意性を湛えた鮮烈なヴィジョンに強くインスパイアされること必至だろう。村上龍の名作『コインロッカー・ベイビーズ』を彷彿とさせるような、時代の澱を振り払うようなパワーに満ち溢れた一冊、である。以上。(2019/12/21)

小川哲著『ゲームの王国』ハヤカワ文庫、2019.12(2017)

千葉市生まれ、というか実は近所に住んでるんじゃないかと思う作家・小川哲(さとし)による大長編の文庫版である。極めて高い評価を受け、第38回日本SF大賞、第31回山本周五郎賞を受賞した作品、となる。カヴァのデザインは川名潤、解説は橋本輝幸がそれぞれ担当している。
時は1970年代。場所はポル・ポト率いるクメール・ルージュによる革命が進行中のカンボジア。ポル・ポトの隠し子である少女ソリアと、ロベーブレソンという貧しい村で生まれた天才少年ムイタックは、バタンバンで運命的な出会いを果たす。内戦が激化し、事態が混沌とする中、引き裂かれた二人は全く別の道を歩き始めるのだが…、というお話。
もう、何だか凄すぎて、こんなものはこれまでに読んだことない、位な作品。どうやって書いたのか全く理解不能なカンボジア社会の克明な描写、そして下巻でのまさに「ゲームの王国」な展開。ああ凄い…。深い人間洞察、壮大なスケール、空前絶後なレヴェルの緻密さや斬新さといった諸々が体現された、とんでもない傑作、である。以上。(2020/01/15)

宮内悠介著『カブールの園』文春文庫、2020.1(2017)

最も注目すべき作家・宮内悠介による、2本からなる作品集の文庫版である。「カブールの園」及び「半地下」ともに初出は『文學界』。非常に高い評価を受けた本書は、第30回三島由紀夫賞を受賞。カヴァのデザインは城井文平、解説は鴻巣有季子がそれぞれ担当している。
アメリカ在住の日系三世プログラマーである玲(れい)は、子供の頃にいじめられた経験や、母親とのこじれた関係によるストレスなどからくる障害に苦しみ、VR技術を用いた治療を受けていた。そんな彼女は、特に望んではいない休暇取得を命じられ、祖父母がいたというマンザナー強制収容所を訪れるが…。(「カブールの園」)
ミヤコとユーヤはニューヨークで暮らす姉と弟。父の失踪後、ミヤコが働き始めたプロレス団体にレスラーとしてスカウトされたことで、彼らの日常は大きく変化し始める。薬、そして暴力に溢れた世界の中で、ユーヤはいったい何を見出し、そして見失っていくのか。(「半地下」)
作者自身、1992年まで、というので12、3歳までニューヨークにいた、ということが色濃く出た2作品。どちらも、極めて純度の高い文学作品になっている。掌編、ではありながら、世界を包含するようなスケールを内包し、そしてまた限りない優しさに満ちた名作だと思う。以上。(2020/1/25)

長沢樹著『ダークナンバー』ハヤカワ文庫、2020.1(2017)

新潟県生まれの作家・長沢樹(ながさわ・いつき)によるミステリ長編の文庫版である。元々は『ミステリマガジン』に「マイナス・ワン」というタイトルで連載され、2017年に単行本化。カヴァのデザインは早川書房デザイン室が、解説は香山二三郎が担当している。
東京で起きた連続放火殺人事件の捜査陣に加えられた分析捜査官の渡瀬敦子は、FBI仕込みのプロファイリング技術をもとに次の犯行予測を行なうが、大きく外れる。一方で、かつて敦子の同級生だった東都放送の土方玲衣は、自分の番組で敦子の活躍を扱おうと画策する。埼玉県で起きた連続路上強盗事件と、くだんの放火事件との関係性に気付いた玲衣は、敦子と共に事件の背景にあるものを追い始めるのだが、やがて…、というお話。
ディテイルとプロットのしっかりした捜査小説、である。間違いなく誉田哲也の影響を受けているのだが、警察と報道機関の何となく過去に因縁のあるらしい若い女性二人をダブル主役にする、という構成は、本当にうまく機能していると思う。なお、この作品、各方面よりかなり高く評価されたようで、続編も存在する(同じく『ミステリマガジン』掲載)。刊行を待ちたいと思う。以上。(2020/2/25)