平野啓一郎著『ある男』文春文庫、2021.09(2018)

愛知県生まれの作家・平野啓一郎による、「愛と分人主義」をテーマに描く長編小説の文庫版である。初出は『文學界』。単行本は2018年刊。読売文学賞をとるなど、各方面から高い評価を受けた作品となる。
横浜に住む弁護士の城戸彰良(きど・あきら)は、かつて離婚調停を手伝ったことがある女性・谷口里枝から奇妙な依頼を受ける。どうやら、里枝が再婚後、急な事故により死別した夫の大祐が、「谷口大佑」とは別人であるらしい、のだ。死んだ夫は一体誰なのか?谷口大祐はどこにいるのか?城戸は調査を開始するが、そこにはこの世界の深い闇が横たわっているのだった、というお話。
法学部出身、ということをさほど意識しないで読んできた感の強いこの作家が(というあたりは三島由紀夫と同じ。反対に伊坂幸太郎は法学部っぽさを強く感じる。)、今回は敢えて主人公を弁護士にして書ききった作品、ということなる。
出自による差別を巡る議論が主軸にあり、そこを基点にして死刑の是非や、排外主義の問題にも言及。議論は、良く煮詰められていると思うし、話の複雑さを示し得ている点が、優れている、と考える。単純に結論が出せる話ではないので。
200年後位には、「21世紀初頭の日本文学と法」みたいな論文を書く大学院生がいて、「200年前はこんなことで悩んでたんだ…。」と感嘆してくれるような、そんな世の中になっていると良いな、と思っている。一応、一石を投じたつもり。以上。(2021/10/01)

宮内悠介著『偶然の聖地』講談社文庫、2021.09(2019)

今日における最重要作家である宮内悠介が今は亡き『IN POCKET』に連載し、2019年に単行本として刊行された長編の文庫版である。カヴァなどのイラストはQ-TAが担当している。解説などは付されていないが、本人による膨大な量の注釈が入っている。
イシュクト山は地図にも載っていない幻とも言うべき「偶然の聖地」。「旅春(りょしゅん)」と呼ばれる時空に発生したバグが世界を混乱させる中、四組の旅人はイシュクト山をそれぞれの目的をもって目指し始める。バグは修復できるのか、そしてまた、イシュクト山の正体とは、旅人たちの運命は、という物語。
元プログラマである宮内悠介による何となく自伝的な作品に読めた。まあ、私もまた元プログラマなので、大いに楽しめたのだが、そうじゃない人にとってはどうなんだろう、と。ついでに言うと、ゲーム好き、特にFF大好き、というのが良く分かった、かな。植松伸夫リスペクトは共有してる。
余談ばっかりになってるけど、私のいた学部の授業に顔を出してた、なんていう話も面白かった。そんなこんなで、この人、とても他人とは思えなくなってきた(笑)。ますます目が離せない存在である。以上。(2021/10/08)

誉田哲也著『歌舞伎町ゲノム』中公文庫、2021.10(2019)

東京都生まれの作家・誉田哲也による〈ジウ〉サーガ第9弾の文庫版である。今回は短編集になっていて、収録作は5本。このことからも分かるように、「歌舞伎町セブン」の全員にスポットライトを当てるようなものにはなっていない。解説は宇田川拓也が担当している。
各話のタイトルはそれぞれ、「兼任御法度」、「凱旋御法度」、「売逃御法度」、「改竄御法度」、「恩赦御法度」となっている。各話では、色々な形でやってくる依頼により、法制度上は裁くことが困難な「犯罪者」達を、独自のルールと論理によって処理していくさまが描かれる。
いかにも誉田さんらしい、というか、妥協なき暴力描写がこの世界の暗さを見事に活写しているように思う作品となっている。その実、殆どスプラッタ・ホラーなんだが(笑)。
悲惨かつひどい事件とその解決が描かれているけれど、全体にちょっとライトで、乾いた感じのテイストに仕上がっていて、何とも絶妙な味わい。そうそう、そんな風に、決して抒情に流れないところが、この人の素晴らしい点。シリーズの今後にも大いに期待してしまう。以上。(2021/10/27)

城平京著『虚構推理 岩永琴子の純真』講談社タイガ、2021.10(2019)

城平京(しろだいら・きょう)による「虚構推理」シリーズ第4弾の中短編集。コミック原作として書き下ろされた5本が収録されている。カヴァのイラストはいつものように片瀬茶柴が担当。
雪山での遭難時に雪女に助けられ、やがて交際することになった男・室井昌幸。殺人事件の嫌疑をかけられた室井だったが、事件時のアリバイ証明は雪女にしかできない。戸籍を持たない雪女の証言に法的効力はない。さてどうするか。雪女からの相談を受けた岩永琴子は、この難題をどう解決するのか(「雪女のジレンマ」)。
他に4本を収録。全体を通してダイイング・メッセージが基調になっていたり、5本目の中編「雪女を斬る」で雪女が再登場したりと、連作短編集的なつくりになっている。何と言っても5本目が本書の白眉で、間違いなく京極夏彦氏やそのファンを歓喜させるはず。妖怪ミステリの新次元を是非とも堪能いただきたいと思う。以上。(2021/11/06)

阿津川辰海著『星詠師の記憶』光文社文庫、2021.10(2018)

東京生まれの作家・阿津川辰海(あつかわ・たつみ)による本格ミステリ長編。カヴァのイラストは青依青が、解説は斜線堂有紀がそれぞれ担当している。
「星詠師(せいえいし)」とは、睡眠中にそばに置いておくことで、ある地方のみで産出される紫水晶に未来の出来事を記録できる能力を持つ者のこと。とある事情で故郷の村に帰った獅童刑事は、香島という少年から、同地で星詠現象を研究している〈星詠会〉で殺人事件が起き、師匠と仰ぐ人物が拘束されてしまった、という話を聞く。
その容疑の根拠は、どうやら、殺人の一部始終が収められた紫水晶が見つかった、ということにあるらしい。師匠の容疑を晴らして欲しい、と懇願され、獅童は〈星詠会〉に向かうが…、というお話。
凄い。極めてロジカル。複雑極まりない話なのに、スッと入ってくる。410頁だけちょっと悩んだが(もう一行欲しかった。)、筋はきっちり通っている。繰り返すが、凄い。とんでもない力量の作家によって書かれた、とんでもない力作、である。
さて、この作家のものは少しずつ読んできているが、兎に角冗長さとか、変な蘊蓄とかを、徹底的に排除して、ひたすら論理構成に注力しているところが素晴らしいと思う。ひょっとして理系?この気鋭の作家による本格ミステリのアップデート作業に、これからも注目していきたいと思う。以上。(2021/11/15)