篠田節子著『鏡の背面』集英社文庫、2021.06(2018)

篠田節子による大長編の文庫版である。元々は『小説すばる』に連載され、単行本は2018年刊。極めて高い評価を受け、吉川英治文学賞を受賞している。カヴァの写真はGetty Images、解説は内藤麻里子が担当している。
様々な理由で心的外傷を負った女性たちを受け入れている施設で火災が発生し、同施設の支柱的存在である小野尚子が死亡。先生と呼ばれ慕われた小野だったが、警察は発見された遺体は本人のものではない、という。では、一体誰なのか?施設の代表である中富優紀は、かつて小野の取材をしたことがあるライタの山崎知佳とともに真相を探り始めるが、やがて驚くべきことが明らかになっていき…、というお話。
尊敬してやまない著者の新たな代表作にして、空前絶後の傑作。少し距離をとっていた感のある宮部みゆきにテイスト的には近い、と思う。こんなことを良く思いついたというか、余り書かれてこなかったタイプの小説にも見える。何しろその真相たるや…。まさに空前絶後なのである。以上。(2021/07/10)

藤木稟著『バチカン奇跡調査官 天使の群れの導く処』角川ホラー文庫、2021.07

藤木稟による大ヒット作「バチカン奇跡調査官」シリーズの第22巻で、シリーズ中17作目の長編、となる。参考文献までで373頁と、圧巻のヴォリューム。カヴァのイラストは毎度おなじみのTHORES柴本が担当している。
エンジントラブルを起こしたアエロフロートの旅客機が、キルギスのマナス国際空港に不時着する。機長らは、天使達が空港に導いてくれた、と報告する。同じ頃、キルギスの首都ビシュケクにある教会では、巨大なキリスト像が動き、空港の方角を向いて止まる、という事態が発生していた。平賀・ロベルトの奇跡調査官コンビは現地に赴き、調査を開始するが、やがて驚愕の事実が…、というお話。
誠に充実した内容を持つ、雄編に仕上がっている。キルギスは旧ソ連なのでカソリックは基本的にマイナー。しかも、政治的にはかなりきな臭い地域にあたる。そんなところでの苦労話だとか、現地に伝わる伝承だとか、とんでもない展開だとか、本当に読み応えのある一冊。「マンネリ」などという言葉はこの著者の辞書には載っていないのだろう。いやはや恐るべし。以上。(2021/08/10)

有栖川有栖著『カナダ金貨の謎』講談社文庫、2021.08(2019)

本格ミステリ界を背負って立つ有栖川有栖による、「国名」シリーズの第10弾となる短中篇集である。初出は『メフィスト』などで、計5本。ノベルス版が2019年に出て、この度文庫化となった。カヴァのイラストは藤田新策、解説は越前敏弥がそれぞれ手掛けている。
中篇は、引退した元船長の死を巡る謎を描く「船長が死んだ夜」、殺人現場から消えたカナダ金貨の謎を描く倒叙ものの「カナダ金貨の謎」、トロッコ問題を敷衍した「トロッコの行方」の計3本。短編は漱石の「猫」がキーになる「エア・キャット」、若き日の火村・アリスの出会いを描く「あるトリックの蹉跌」の計2本。
巻数では、本家であるエラリー・クイーンを超えてしまったことになる。加えて、作品の質も十分に高いのは誰しもが認めるところだろう。誠に読み応えのある、脂の乗り切った作家による、充実した内容の作品集、である。以上。(2021/08/31)