オキシタケヒコ著『筐底(はこぞこ)のエルピス7 ―継続の繋ぎ手―』ガガガ文庫、2021.02

徳島県出身の作家・オキシタケヒコによる伝奇SFアクション作「エルピス」シリーズの第7巻。文庫オリジナル。前巻の刊行からは約2年が経過。さすがにペースは落ちてきているが、何しろ中身が濃いのでやむを得ないかとも思う。イラストレーションはこれまで通りtoi8が担当している。
三つのゲート組織全てが、月にいる異星知性体からの干渉を受け、完全に乗っ取られてしまう。その一つである《門部》本部では、コントロールを奪われた7代目当主・百刈燈(ももかり・あかり)のひざ元で、当主代行を長きにわたって務めてきた阿黍宗佑(あきび・そうすけ)が、その死から第二の心臓を埋め込まれて最悪の敵として目覚めつつあった。百刈圭(ももかり・けい)ら鬼を狩る者たちは、この難局をどう切り抜けるのか、というお話。
人類の存亡を賭けた戦いも、いよいよクライマックス、という感じ。物語が極度に複雑化してしまい、登場人物も異様なまでに多彩なので、執筆はとても大変な作業になっていると思う。既に記念碑的な作品だと思う本シリーズが、我々の想像を遥かに超えるような終結を迎えることを、思わず期待してしまう。最終巻を楽しみに待ちたいと思う。以上。(2021/03/03)

阿津川辰海著『蒼海(あおみ)館の殺人』講談社タイガ、2021.02

期待の新星・阿津川辰海(あつかわ・たつみ)による長編ミステリ書き下ろし作品である。同じくタイガで出ていた『紅蓮館の殺人』の続編となる。そちらも高い評価を受けたが、今回は更に高い評価を受けることになるだろう。カヴァのイラストは緒賀岳志による。
前作での事件を経て、登校拒否になっている友人にして名探偵の葛城に会うべく、僕こと田所は三谷と連れ立って葛城家=青海(あおみ)館(この字で正しい。)へと赴く。そこで待ち受けていたのは、迫りくる大型台風による洪水と、恐るべき連続殺人事件であった。この空前絶後の事態は、どこへ向かうのか、というお話。
誠に素晴らしい作品。今世紀に入ってから書かれたミステリ作品の中でもかなり上位に入るのではないかと思う。本格、に限定するのであれば、No.1かも知れない。
余り詳しいことを書くのは控えるが、本当に良く整理されていて、複雑な事件であるにもかかわらず、スッと頭に入った。また、古典へのオマージュをふんだんに盛り込みながら、かなりオーソドックスで手堅い書き方をしているにもかかわらず、その実、非常にオリジナリティに満ちた作品に仕上がっている、という印象。
今後が楽しみ、というか、これを超えてみせられるかが勝負になるだろう。これが書けたのだからできるはず。是非とも超えてみせて欲しい。以上。(2021/03/05)

辻真先著『深夜の博覧会』創元推理文庫、2021.01(2018)

ミステリ界のレジェンドである愛知県生まれの作家・辻真先による、2018年発表の長編文庫版である。「昭和12年の探偵小説」という副題が表紙に書かれている。カヴァのイラストは南波タケ、解説は大矢博子がそれぞれ担当している。
時は昭和12年。似顔絵かきの少年・那珂一兵は、帝国新報の女性記者・降旗瑠璃子とともに名古屋で開かれている汎太平洋平和博覧会の会場に赴き、瑠璃子が書く記事の挿絵を描くことになった。超特急燕で現地に着いた彼らは、博覧会場を舞台にした怪奇とも言える殺人事件に巻き込まれていくことになるのだが、果たして一兵は一連の謎を解き明かすことができるのか、というお話。
江戸川乱歩辺りを明確に意識した作品、だと思う。裏表紙の要約にもあるが、1932年生まれの著者は名古屋平和博を実際に観たらしい。まあ、私の祖父も名古屋の空襲で亡くなっているので、本書の内容はその実他人事ではないのだけれど。そんな、現実と地続きではあるけれど、おびただしいガジェット描写、あるいは怪奇趣味や大がかりなトリックの印象もかなり強烈な、入魂の作品になっている。既に続編もあるので、そちらも楽しみにしたい。以上。(2021/03/10)

辻村深月著『かがみの孤城 上・下』ポプラ文庫、2021.03(2017)

山梨県出身の作家・辻村深月による空前のヒット作、である。単行本は2017年刊。2018年の本屋大賞をとるなど、非常に高い評価を受けた作品。カヴァほかのイラストは禅之助が担当。解説は、付されていない。
引きこもりの中学生である安西こころは、ある日のこと、突然光り出した鏡に吸い込まれ、城のような場所に転送される。そこで待っていたのはどうやら仕切り役らしいオオカミ面の少女と、やはり登校拒否をしているらしい6人の少年少女だった。オオカミ面の少女は、城に隠された鍵を見つければ、どんな願いもかなえる、という。7人の運命は、そしてまた、城を作り出した者の目的は何なのか、というお話。
キャラクタ造形や、プロット構築の見事さはいつもの通り。より以上に低年齢層の読者を意識しているのか、とても読み易く書かれている。大ベストセラーとなったのも、とても良く分かる。
ファンタジーやらミステリやらを沢山読んできた者が、随所で既視感を抱いてしまう可能性があるのは否めないところ、だとは思う。ただ、本書はかなり「入口」を意識して書かれたものなのではないだろうか。こういう作品はあって良いはずだし、もしかすると、読む者の人生を変えるような作品の一つに加わった、とすら思う。以上。(2021/03/15)

今村昌弘著『ネメシス I』講談社タイガ、2021.03

長崎県出身の作家・今村昌弘による、2本からなるミステリ作品。文庫オリジナル。日本テレビ系でこの4月から放送される櫻井翔・広瀬すず主演のドラマ『ネメシス』の「脚本協力」として書き下ろしたもの、らしい。基本的には、今村氏が書いたものを、脚本家の片岡翔・入江悠が脚本にするのだと思う。こういうミステリを書くのはそれはそれは大変なので。
ネメシスとは、横浜市に拠点を置く探偵事務所。第1話では、磯子のドンファンとも呼ばれる澁澤火鬼壱(ほきいち)の遺産を巡る暗号と密室殺人の謎が、第2話では、連続爆弾魔が起こした遊園地での脅迫事件の顛末が描かれる。
さすがに、あの傑作『屍人荘の殺人』を書いた作家だけに、読者へのサーヴィス精神のみならず、論理構成とかフェアプレイ精神とかそういうところは実にしっかりしている。これがデビュウから数えて3作目だと思うのだが、要はかなりの寡作作家なので、実に貴重な作品、だとすら思う。多くの人が、買って損した、とか、読んで損した…、とはきっと思わないだろう。
さて、詰まらないことを述べておくと、スマートフォンが出てくるので今日の話なはずである。で、第1話の方で、21頁に「数十億」の資産ってあるのだが、その程度で澁澤は大富豪と言えるのだろうか?個人的には一桁か二桁少ない気がするのだが…。もっと書いて書いて書きまくって稼ぐんだ(笑)。以上。(2021/03/19)

冲方丁著『マルドゥック・アノニマス 6』ハヤカワ文庫JA、2021.03

岐阜県生まれの作家・冲方丁(うぶかた・とう)による、マルドゥック・シリーズ最新刊。『SFマガジン』連載を経て、最初から文庫での刊行。カヴァのイラストは毎度おなじみの寺田克也が担当している。
声を取り戻したバロットは、宿敵となったハンターとの直接接触を果たす。どうやらハンターは、自分をシザースの一員だと疑っており、それを指摘したバロットにその根拠を聞きたいらしい。会談の舞台として選ばれたのは因縁深きフラワー法律事務所。〈イースターズ・オフィス〉と〈クインテット〉、そしてまた他陣営の思惑が複雑に絡まりあうマルドゥック市の暗闘は、一体どこに向かうのか、というお話。
物語の「転換点」とも言い得る巻になっていると思う。交互に描かれてきた過去の回想パートが現在のバトル・パートに追いつき、そして新しい展開に入っていく。各陣営の思惑がかなりの部分明らかになり、いよいよクライマックスへ突入、という感じ。いよいよ目が離せなくなってきたこのシリーズ、第7巻の刊行を心待ちにしている。以上。(2021/03/25)

月村了衛著『東京輪舞』小学館文庫、2021.04(2018)

大阪府生まれの作家・月村了衛による大長編の文庫版である。岡田成生の手になる表紙には、小泉純一郎、麻原彰晃、田中角栄、ウラジミール・プーチン、ミハイル・ゴルバチョフとおぼしき人物たちが描かれている。解説は杉江松恋が担当している。
田中角栄邸の警備担当をしていた警察官である砂田修作は、公安に異動後、時代を揺るがす数々の事件に遭遇する。その田中角栄が関わったロッキード事件、東芝COCOM事件、ソビエト連邦崩壊、オウムテロ、長官狙撃、金正男来日、等々。
各国の政治経済事情が複雑に絡み合う中で起きる様々な事件、あるいは警察組織内のゴタゴタに翻弄されながらも、公安の一員として着実に職務を遂行してく砂田。それぞれの事件には、謎の女スパイの影が見え隠れするのだが、その正体は…、というお話。
とても楽しく読めた。ホントに何でも書ける作家だな、と思う。1963年生まれなので、ほぼ見てきたこと、を書いていることになる。所謂陰謀史観を意図的にやや諧謔な形でフル活用しているのだけれど、まあ信じないように(笑)。フィクション、と断っているのはとても正しい。登場人物やら組織などは全て実在するものと同じ名前なんだけど、全部フィクションですよ(笑)。以上。(2021/04/25)

森博嗣著『君たちは絶滅危惧種なのか? Are You Endangered Species?』講談社タイガ、2021.04

森博嗣によるWWシリーズの第5弾である。刊行ペースはやや落ちたように思う。表紙の写真はいつものようにJeanloup Sieffが担当。巻頭や章頭の引用は、A.コナン・ドイルの『失われた世界』からのものである。
国定自然公園にある湖で釣りをしていた男性が何ものかに襲われて大けがを負う、という事件が発生する。そのひと月ほど前、公園内にある動物園ではスタッフ1名が殺害され、動物1体と飼育係が行方不明になっていた。更にその前から、湖岸では謎の動物が目撃されており、映像も残されていた。グアトらは、情報局からの依頼で調査に赴くことになるが…、というお話。
コナン・ドイル、が適切なのだろう。P.K.ディックはもう使ってしまったし、といったところ。生命操作の技術的可能性と倫理的限界、といったあたりが基本テーマとして存在するシリーズなので、人類以外に話が及ぶのは当然の流れとも言えるだろう。
WWシリーズは着々と進んでいるけれど、巻を追うごとにどんどん洞察が深まっていくのを感じる。これで折り返し地点、だと思うが、後半も本当に楽しみである。以上。(2021/04/30)

宮内悠介著『超動く家にて』創元SF文庫、2021.04(2018)

学部は違うが大学の後輩である宮内悠介による16篇からなる短編集の文庫版である。初出誌や初出時期は誠にバラバラ。一応創元SF文庫に入っていることからおぼろげに分かる通り、収められているのはほぼSFにカテゴライズされるとおぼしき作品群、である。カヴァのイラストは芦野公平、解説は酉島伝法がそれぞれ担当している。
分厚過ぎる雑誌『トランジスタ技術』を圧縮しアーカイヴする、という競技があったら、という途方もない奇想を持つ「トランジスタ技術の圧縮」が巻頭を飾る。以後、ラストの宇宙での野球盤対決を描く「星間野球」まで、諧謔と驚異に満ち溢れた作品集、となっている。
いやー、面白かった。この人の現段階での最高傑作かも(笑)。日々、ホントに変なことを考えて生きているんだな、などと。まあ、そこがプロの作家なので。こういうユーモア精神って、とても大事なもので、この人にはその実凄くシリアスな作品が多いのだけれど、それでもどこかにほのかな笑いが含まれていて、その辺がとても良いな、と思っている。以上。(2021/05/05)

宮部みゆき著『昨日がなければ明日もない』文春文庫、2021.05(2018)

宮部みゆきによる、杉村三郎シリーズの第5弾にして2冊目の短編集。『オール讀物』に掲載された3本を収録しており、2018年に単行本刊。カヴァのイラストは杉田比呂美、解説は杉江松恋がそれぞれ担当している。
自殺未遂を起こした主婦が音信不通となり、友人が心配して私立探偵となった杉浦三郎のところにやってくる。背景を探るうちに、杉浦はある事実に気付き始める(「絶対零度」)。代理出席をした結婚披露宴で、杉浦は驚くべき事態に遭遇し、巻き込まれてしまうが…(「華燭」)。杉浦の元を訪れたちょっとルーズな感じの女性は「子供が殺される」と言うのだが、そこにはある秘密が隠されていた(昨日がなければ明日もない)。
やや軽い筆致でありながら、その実結構重い話が基調になっている、個人的には宮部みゆきの代表作だと思っているこのシリーズだけれど、これはどん底というか何というか。ピエール・ルメートルや誉田哲也を読んでいるような錯覚にとらわれる場面も多々あり、キャリア30年ほどにして、いよいよこういう境地に入ったのか、と思った次第。この感じで、是非とも長いのを一本お願いしたいと思う。以上。(2021/05/25)