道尾秀介著『カエルの小指』講談社文庫、2022.02(2019)

直木賞作家・道尾秀介による『カラスの親指』の続編となる長編ミステリ作品の文庫版である。初出は『メフィスト』。2019年に単行本化され、今回の文庫化となった。解説はヨビノリたくみが担当している。
詐欺稼業から足を洗った武沢竹夫は実演販売士として生計を立てていた。そんなある日、実演販売を見ていた中学生・キョウからとある相談を受ける。キョウの母が詐欺に会い、一家は大変な毎日を送ることを余儀なくされている。詐欺を働いた男を探すため、探偵を雇う金を手に入れるべくとある番組に出演したい、ついてはそれを手伝ってくれないか、というのだが、果たして…、というお話。
人物造形といい、プロットといい、本当に素晴らしい。これまでに続編というものを殆ど書いていない作家が、珍しく書いた続編ということになるが、いっそのこと全部の指を網羅して欲しい。脂の乗り切った作家による、充実の1冊である。以上。(2022/03/04)

月村了衛著『欺(だま)す衆生』新潮文庫、2022.03(2019)

大阪府生まれの作家・月村了衛による、超巨編クライムノヴェル文庫版である。700頁超。圧倒的なヴォリュームと全く隙の無いプロット構成が見事な作品で、第10回山田風太郎賞を受賞している。カヴァの写真はGetty Imagesが、解説は酒井貞道がそれぞれ担当している。
時は1980年代。投資詐欺が発覚した横田商事が崩壊し、社員だった隠岐隆は転職し更生をを余儀なくされる。しかし、ある日から、同じ元横田の因幡充に誘われ、少しずつ悪の世界へと足を踏み入れていくことに。やがて詐欺の才能に目覚め、富を手にし始める隠岐だったが、周囲にはそれを付け狙う輩が集まり始めるのだった。隠岐の運命はいかに、というお話。
エンターテインメント小説が持つべき要素(ってなんだよ、という話もあるが…)を全て体現している感のある素晴らしい作品。『機龍警察』シリーズを除けば、現時点ではこの作家の代表作ということになるだろう。
読みだしたら止まらない面白さはいつものことながら、今作について言えば、隠岐の人物造形が個人的には非常に好き。これだけ色々な意味で魅力的な人物を生み出してくれたことに、心から感謝の意を表したい。以上。(2022/03/20)

冲方丁著『マルドゥック・アノニマス 7』ハヤカワ文庫、2022.03

岐阜県生まれの作家・冲方丁による巨編『マルドゥック・アノニマス』の第7巻。連載誌は『SFマガジン』で、これまで同様単行本化は経ず、最初から文庫での刊行。カヴァの装画もいつも通り寺田克也による。
ようやく長い間幽閉されていたウフコックを救出したバロットたち。だが、ウフコックは行き着く間もなく、ブルー奪還のための潜入捜査を開始する。そんなころ、ナタリア・ボイルドの精神世界に入り込んだハンターは、デムズデイル・ボイルドの邂逅を果たす。やがて始まる薬害訴訟。物語の舞台は法廷へと移る。
遂に法廷劇か、という感じ。まあ、バロットは法学部生なので当然そういう流れにもなる。それは兎も角、この作家、本当に色んなジャンルに取り組んで、どんどん新しい力を身に付けていっている印象。誠に、凄い作家になってしまった。
さて、この作品、毎度言っているが、まだ終わらない。話としては、7割くらい進んでいる気がするので(テキトーだけど…)、あと3冊くらいかな、などと。私が生きている間に完結して欲しい。まだまだ生き続けると思うけど。以上。(2022/04/10)

深緑野分著『ベルリンは晴れているか』ちくま文庫、2022.03(2018)

神奈川県生まれの作家・深緑野分(ふかみどり・のわき)による第2長編の文庫版である。第9回Twitter文学賞国内編で第1位、第160回直木賞候補、など、非常に高い評価を受けた作品となる。カヴァのイラストは小山義人、解説は酒寄進一がそれぞれ担当している。
時は1945年7月。ドイツの降伏によって米ソ英仏の分割統治下に入ったベルリンで物語は進行する。17歳のドイツ人少女アウグステ・ニッケルの恩人クリストフ・ローレンツが歯磨き粉に混ぜられた毒によって死に、関係者にあたる彼女も事情聴取を受ける。いったん解放された彼女だったが、ユーリイ・ドブリギンというソビエト軍人の指示で、クリストフの係累にあたるエーリヒ・フォルストという青年を探す旅に出ることになり…、というお話。
基本的には、ロード・ムーヴィ風の探索物語になっている。まあ、戦争の傷は深く、ポスト・アポカリプス的な雰囲気が全編を覆う。大変な労力を費やした傑作だと思うのだが、直木賞に届かなかった理由は、どのあたりによるのだろう。個人的には、肝心要の絵的にとても映えそうな部分をバッサリ捨て去って物凄くあっさりした記述にしているところが、やや残念、とは思った。ただ、ハリウッド映画じゃないんだし、それはそれで正しいのかも知れない。以上。(2022/04/23)

森博嗣著『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』講談社タイガ、2022.04

森博嗣によるWWシリーズ第6弾。ややペースは落ちたとはいえ、それでもかなりコンスタントに刊行が続いているシリーズもいよいよ折り返し、ということになるのだろう。カヴァの写真はJeanloup Sieffによる。今回各章頭に掲げられている引用は、ダン・ブラウン『ロスト・シンボル』からのものである。
アメリカ大陸で政変が起こる。ヴァーチャル国家・センタアメリカが独立した、というのだ。国境のない世界を模索するかのような新たな国家の誕生は、世界に大きなインパクトを与えた。そんな中、グアトは人工知能であるアミラから会って欲しい女性の存在を聞かされ、ヴァーチャル内で会うことになる。クラーラと名乗るその女性からグアトは、リアルな肉体が行方不明になったので探して欲しい、と依頼されるのだが…、というお話。
ドメスティックでアットホームな感じの話、と思っていると、足元をすくわれる。話のスケールが途方もない。人工知能、とか、ヴァーチャル空間、とか、ウォーカロン技術みたいなものモティーフにした話をずっと書いてくる中で、そういうことについて思考を続けてきて、きっとこのシリーズ、あるいはもっと大きな「森作品世界」とでも言うべきもの構想はとんでもないところまで到達してしまっているのだろう。その一端が垣間見える作品。以上。(2022/05/10)

羽田圭介著『成功者K』河出文庫、2022.04(2017)

東京都生まれの作家・羽田圭介による、『スクラップ・アンド・ビルド』による芥川賞受賞から数年を経て書かれた長編の文庫版である。カヴァの写真は著者本人。解説は映画監督の行定勲が執筆している。
芥川賞を受賞したことで、Kの人生は一変した。突如として有名になり、収入も仕事も増加。そして、急激に増えた女性ファンたちとは簡単に関係を持てる状況に。しかし、そんな日はやがて…、というお話。
F.カフカやP.K.ディックを踏まえた迷宮譚。さすがに、実話ではないのだろうけれど、まあ、あり得ない話ではない。こればかりは本人つかまえて聴くしかないのだが。フィクションととるか、実話ととるかは読者の自由。基本的には、そういう仕掛けの作品だと思っている。これも、文学の一つのありようだろう。以上。(2022/05/15)

貴志祐介著『我々は、みな孤独である』ハルキ文庫、2022.05(2020)

大阪府生まれの作家・貴志祐介による長編の文庫版である。2020年に角川春樹事務所から単行本刊。表紙の絵は日田慶治が担当し、巻末には単行本刊行時に『ランティエ』に掲載された池上冬樹によるインタヴュウが収録されている。
私立探偵である茶畑徹朗は、正木栄之助という老人から奇妙な依頼を受ける。それは、前世で自分を殺した犯人を捜して欲しい、というものだった。正木は、前世において自分が殺された場面を思い出したのだ、という。
前世などない、と考える茶畑と助手の桑田毬子は、適当なストーリィを組み立てて報酬を得ようとするが、彼ら自身もまた、前世の記憶としか言いようのない鮮明な夢をみるようになる。一体、何が起きているのか…、というお話。
途方もないお話。ジャンルを書くこと自体がネタバレになるので、そこは伏せる。まあ、タイトルである程度は察しが、付くとは思えないが…。作品が出るたびに毎度毎度驚かされ続けてきた作家による、まさに驚天動地の物語である。以上。(2022/05/30)