藤木稟著『バチカン奇跡調査官 聖剣の預言』角川ホラー文庫、2023.08

大阪府出身の作家・藤木稟(りん)による、「バチカン奇跡調査官」シリーズ24弾である。長編としては18冊目で、前作からはやや期間をおいての刊行となった。いよいよ20本目の大台が近づいてきた。カヴァのイラストはいつものようにTHORES柴本が担当している。
スペインのバレンシア地方にあるサン・ビセンテ・エスパダ教会で奇跡とおぼしき事象が起きる。それまで住民を苦しめていた風土病が終息し、神の御言葉を聴いた12人の証言者たちには、聖剣からの預言が下り、それらの預言が次々に的中し、というもの。奇跡申請を受け、バチカン奇跡調査官の二人と、マギー・ブラウン神父の計3名が調査に赴くが果たして…、というお話。
まだ使ってなかったのか、という感じの、所謂「抜けない聖剣」という伝説なり伝承なりモティーフなりがベース。要するに、この村の聖剣も、抜けない。何で抜けないのか、という辺りを平賀が追い詰めていくところが本編随一の読みどころ。というか、土台削っちゃダメでしょ(笑)。
それは兎も角、このシリーズの作品がいつもそうであるように、聖剣を巡る非常に質の高い、それでいて話の腰を折らないように計算されたレヴェルの記述と、結構ケレンもあるサスペンスフルな展開、そしてまた何とも素敵なスペインの風物描写が見事にマッチした、本当に優れたエンターテインメント作品になっている。次巻以降も本当に楽しみである。以上。(2023/09/03)

中村文則著『カード師』朝日文庫、2023.09(2021)

愛知県生まれの作家・中村文則による長編の文庫版である。元々は『朝日新聞』に連載され、2021年に単行本化されたもの。カヴァの装画は目黒ケイが担当。文庫版オリジナルの解説というかあとがきが本人の手で書かれている。
占い師であり賭博ディーラでもある主人公の僕は、とある組織のエージェントである英子氏から依頼を受ける。依頼人の「佐藤」と面会した僕は、佐藤から「私の近い未来の何か」を当てるように言われる。人を殺すことを厭わない、という佐藤の依頼に、僕はどう対処すべきなのか?事態はその後混迷を極めていくことになるのだが、果たして、というお話。
大きな反響を呼んだ『教団X』の流れを継ぐ作品になっている。連載時期がちょうどコロナ拡大期に当たっていて、更にこの小説が今日を舞台にしている関係で、かなりリアルタイムな感じで状況の変転具合が書かれているところが面白かった。
デビュウ以来ずっとペシミスティックな感じ、というか肯定感の希薄な作品が多かった中村文則だが、本作は明らかに前向きだし、ある意味希望に溢れたもの、になっている。その辺りを是非味わっていただきたいと思う。まあ、基本かなりシニカルなのだが。以上。(2023/09/18)

誉田哲也著『もう、聞こえない』幻冬舎文庫、2023.10(2020)

東京都生まれの作家・誉田哲也による長編の文庫版である。オリジナルは2020年刊。カヴァのデザインはbookwall、解説は瀬木広哉がそれぞれ担当している。
週刊誌編集者の中西雪実は、自宅で男性を死に至らしめ、傷害致死容疑で逮捕される。高井戸署に呼び出された警視庁本部所属の武脇元(はじめ)が菊田梓とともに取り調べを始めると、雪実は唐突に、「声が、聞こえる…」と言い出す。一体、誰の声が聞こえるというのか?そして、事件との関係は?、というお話。
余り詳しくは書けないが、誉田哲也の集大成、といった感じの作品。警察小説には違いないのだが、色々入っている。ちなみに、これ、シリーズ化の予定はあるのだろうか。割と面白い趣向なのでは、と思う。まあ、ある意味既にシリーズ内の話なのではあるが。以上。(2023/10/17)