西尾維新著『悲惨伝』講談社文庫、2023.02(2013)

西尾維新による〈伝説シリーズ〉第3弾の文庫版である。オリジナルは2013年に講談社ノベルス版として刊行。今回も750頁近い大著になっている。カヴァのイラストはMONによる。(毎回同じ文章で済みません…。)
我らがヒーローである空々空(そらから・くう)は、同盟を結ぶことになった魔法少女・杵槻鋼矢(きねつき・こうや)から、四国で展開されてるゲームのクリア条件を聞く。1週間という全面攻撃のタイムリミット解除のため、空々と杵槻は鳴門大橋に向かうが、新たに登場した黒衣の魔法少女に通せんぼされてしまう…、というお話。
四国編が継続。新キャラが数名登場し、話はもろもろ不穏な方向に進んでいくのだが、基本的には四国の観光地や名産品に詳しくなること請け合いな第3巻、になっている。しばらく旅行らしい旅行をしてないし、ホントに行きたくなってきた(笑)。次巻は5月刊行とのこと。心静かに待ちたいと思う。以上。(2023/03/06)

京極夏彦著『遠巷説百物語』角川文庫、2023.02(2021)

北海道生まれの作家・京極夏彦による「巷説百物語」シリーズの第6弾文庫版である。単行本は2021年刊で、第56回吉川英治文学賞を受賞している。ちなみに、前著『西巷説百物語』が2010年刊なので、約10年あいたことになる。どうやら次巻で完結の模様。カヴァの造形は荒井良が、解説は澤田瞳子がそれぞれ担当している。
時は江戸末期。陰謀渦巻く盛岡藩で御譚調掛(おはなししらべかかり)という役職を与えられた宇夫方(うぶかた)祥五郎は、遠野の地で民間に入り込み、政治や経済等の諸動向を観察していた。そんな宇夫方には、すっかり落ちぶれてしまった乙蔵という幼馴染がおり、どこからか噂話を聞きつけては持ち込んでくるのだが、さて、というお話。
計6本を収録。さほど有名ではない妖怪がモチーフとして取り上げられ、各勢力の思惑や、人々の金銭欲、支配欲などから起きるごたごたが、とある一味によってある解決を見る、という話の基本構造はシリーズ当初から一貫している。さすがに円熟も極まったというか、誠に凄みの文章で、襟を正しながら読ませて頂いた。このジャンルにおける金字塔とも言えるシリーズだと思う。以上。(2023/03/17)

奥泉光著『死神の棋譜』新潮文庫、2023.03(2020)

山形県生まれの作家・奥泉光による将棋ミステリ長編の文庫版である。将棋ペンクラブ大賞文芸部門優秀賞をとった作品、となる。カヴァの装画は六七質に、解説は本書にもさりげなく登場する瀬川晶司、村上貴史による。
震災直後の2011年5月。名人戦第四局の最中に、詰将棋が描かれた矢文が見つかる。この詰将棋、実は詰むことはない「不詰め」の図版だったが、これを将棋会館に持ち込んだ夏尾裕樹元奨励会員はこの日忽然と消息を絶つ。語り手である将棋ライタの北沢克弘は、先輩である天谷敬太郎から22年前の同じような事件のあらましを聞き、夏尾の行方を追い始めるのだが…、というお話。
ちょっと初期作品に戻った感じの、コメディっぽい感じのない硬質なミステリ作品になっている。将棋や囲碁とその周辺については竹本健治や宮内悠介などが高度なミステリ作品を上梓しているけれど、本作の作りはどちらかというと連城三紀彦に近いかな、とも考えた。まあ、いつものように、オカルト色はかなり濃く、隠された財宝ネタも出てくる。デビュウ以来のこの徹底ぶりは、やはり古代ユダヤ史研究からくるものなのだろうか、と邪推してしまう。以上。(2023/03/30)

辻真先著『たかが殺人じゃないか』創元推理文庫、2023.03(2020)

愛知県生まれの作家・辻真先による、「昭和ミステリ」シリーズ第2弾文庫版である。今回の副題は「昭和24年の推理小説」となっている。という訳で前回の「昭和12年の探偵小説」から時代がややこっちより。刊行時には物凄く高い評価を受け、各種ランキングで軒並み上位となった。カヴァのイラスト(ちょっと懐かしい名古屋の市電。)は南波タケ、解説は杉江松恋がそれぞれ担当している。
時は戦後間もない昭和24年。ミステリ作家志望の風早勝利はできて間もない新制高校の3年生。ひょんな流れで1年限りの高校生活を送る中、勝利所属の推理小説研究部+映画研究部合同チーム4名に上海帰りの美少女・咲原鏡子が加入する。夏休みを迎えた彼らは、設楽郡の温泉地での合宿に赴くが、折しもそこで密室殺人が発生。更には嵐の中、文化祭用の写真撮影で訪れた廃墟ではバラバラ殺人が…。果たして、事件の真相やいかに、というお話。
シリーズものなので、謎解き役は前作と同じく辻作品ではある意味おなじみの那珂一兵が担当。まあ、前作もそれはそれは凄い作品だったが、これはそれを更に凌ぐとんでもない傑作、である。変わりゆく名古屋の描写、そしてまた、色濃く残る戦争の影。そうしたテーマとともに、かなりほろ苦い青春ドラマの意匠を借りつつもその実端正極まりない本格ミステリとして構築された本書の完成度は途方もないものだ。既刊の三部作完結篇も誠に楽しみである。以上。(2023/04/15)

東野圭吾著『クスノキの番人』実業之日本社文庫、2023.04(2020)

大阪府生まれの作家・東野圭吾による大長編文庫版である。単行本は2020年刊。どうやらシリーズ化されるようで、第2弾は2024年春に刊行らしい。カヴァのイラストは千海博美が担当している。
直井玲人は明らかにおかしな理由で会社を首になり、腹いせで同社の工場に忍び込み窃盗や不法侵入の罪で逮捕される。接見に来た弁護士は、奇妙な提案をする。とある筋から依頼があり、それに従えば釈放になる、と。他に道がない玲人は弁護士に従い、伯母と称する依頼人に会う。その依頼とは、クスノキの番人になって欲しい、というものだったが…、というお話。
これ以上は触れないでおこう。東野さんらしい目くるめく展開、そして明かされていく衝撃の真実群。さすがに、そのリーダビリティやエンターテインメント性、そして誠に今日的なテーマ性はこの国随一のものだと思う。映像化される可能性はかなり高いはずなので、続編と同じく、そちらにも期待したいと思う。以上。(2023/04/20)

森博嗣著『君が見たのは誰の夢? Whose Dream Did You See?』講談社タイガ、2023.04

森博嗣によるWWシリーズ第7弾。前作から約1年を経ての刊行。世の中の動きも激しいが、それに呼応するような形で、このシリーズもいよいよ佳境といったところ。カヴァの写真はJeanloup Sieffによる。今回各章頭に掲げられている引用は、アーサー・C・クラーク『2001年宇宙の旅』からのものである。
ロジの身体に何かが起きている、ということが判明しグアトは彼女と共に日本に帰国する。検査の結果、どうやら、新種のウィルスに感染しているらしいとのこと。更には、診断データが漏洩した、ということも分かる。誰が、何の目的で?ウィルスの謎と共に、問題は拡大していくばかりだが、果たして、というお話。
この長い物語も、いよいよ終幕に向かっているな、ということを感じさせてくれる巻。グアトとロジの、心の交流がとても微笑ましい。ここへ来て、今まで表に出ていなかった人が割と必然的な形で登場。過去の出来事との関係も、少しずつ具体的になってきていると思う。本当に少しずつ、だが。以上。(2023/04/25)

馳星周著『少年と犬』文春文庫、2023.04(2020)

北海道生まれの作家・馳星周による第163回直木賞受賞作の文庫版である。連作短編集になっており、最後に入っている「少年と犬」の初出が『オール讀物』2017年10月号と最も早い。ここから、巻頭の「男と犬」以下6本の順で発表された。解説は北方謙三が担当している。
震災から間もない2011年の秋。仙台で物語は幕を開ける。震災で職を失い犯罪に手を染めることになった男・中垣はシェパードのような雑種犬を拾う。首輪に付けられたタグには「多聞」と書かれており、この犬の名前だと知れた。やがて多聞は、中垣の守り神のようになっていくが、多聞の視線はいつも南の方を向いていて…(「男と犬」)。以下6篇では、多聞が辿る数奇な運命を描いていく。
なるほど。さすがに優れた作品で、著者が得意とするハードボイルドのテイストを散りばめながら、より普遍的な物語が構築されている、と思った。犬好きには堪らない、という訳でもないのだが、やはり主人公は多聞。表紙のイラストは小田啓介によるのだが、いつも遠くを見つめている、という辺りが良く出ていると思う。何とも素敵な作品、と言っておきたい。以上。(2023/04/30)

月村了衛著『暗鬼夜行』毎日文庫、2023.05(2020)

大学の先輩である月村了衛による、『サンデー毎日』連載小説の文庫版である。単行本は2020年刊行。カヴァ写真はSatoshi Maeda、解説は内藤麻里子がそれぞれ担当している。
舞台は野駒市立駒鳥中学校。薮内三枝子という生徒が書いた読書感想文が盗作だ、という内容の投稿がSNS上で行われたことから物語はスタートする。文芸部顧問で薮内の作文指導をした国語教師・汐野悠紀夫が校長の指示で問題の収拾に乗り出すが、やがてネットニュース記者に情報が流れて事態は混乱を極めていく。投稿の主は一体誰なのか、そしてその意図は何か、はたまた、盗作は事実なのか否か…、というお話。
『欺す衆生』も何とも凄かったが、これもまた相当な快作。薮内にしても、汐野にしてもかなり一筋縄ではいかない人物として造形されていて、その辺りが良く出来たサスペンスに更なる深みを与えている。良い人が出てこない系小説の最高峰に挙げられるのではないか、という位の出来栄え。何とも芳醇な読書経験を味わえる圧倒的傑作、である。以上。(2023/05/15)

西尾維新著『悲報伝』講談社文庫、2023.05(2013)

西尾維新による〈伝説シリーズ〉第4弾の文庫版である。オリジナルは2013年に講談社ノベルス版として刊行。今回も700頁近い大著になっている(やや薄目)。カヴァのイラストはMONによる。(毎回同じ文章で済みません…。)
地球撲滅軍の新兵器である「悲恋」が遂に投入される。我らがヒーローである空々空(そらから・くう)は、とある理由により、高知県を拠点とする絶対平和リーグ・チーム『スプリング』の面々と共闘関係を結び、彼らと対立する香川県を拠点とするチーム『オータム』の元へと参じることになるが…。
魔法少女戦争を描く四国編はまだまだ続く。もう半分近いのだが、まあそんなペース。さりとて全くマンネリ感はなく、この作家のこと、登場キャラクタの濃さと使用する魔法、そして物語展開のアクロバットぶりはますます尋常ではなくなってきている感がある。次巻は8月刊行とのこと。ワクワクしつつ待ちたいと思う。以上。(2023/05/23)

阿部智里著『烏百花 白百合の章』文春文庫、2023.05(2021)

学部は異なるが大学の後輩である作家・阿部智里による〈八咫烏〉シリーズのスピンオフ短編集文庫版第2弾、である。単行本は2021年刊。カヴァのイラストは名司生が担当しており、巻末に著者によるあとがきが付されている。
8篇収録。詳細は省くが、各篇では基本的に、メインではない登場人物たちの、若い頃とか幼い頃とか、そういう時期に何かを目指して進もうとしている姿が描かれている。本編のような毒っ気はやや薄く、全体として前向きな感じのお話が満載になっている。
第2部が既に第3作まで進んでおり、いよいよ佳境といったところらしい。予想のつかない展開を旨としている感じの作家による、驚天動地なシリーズ、本編の続きも実に楽しみである。以上。(2023/05/25)

恩田陸著『薔薇のなかの蛇』講談社文庫、2023.05(2021)

学部は異なるが大学の先輩である恩田陸による〈水野理瀬〉ものの実に17年振りの第5弾文庫版である。オリジナルは2021年刊。余りにも素晴らしいカヴァその他の装画は北見隆による。解説は三宅香帆が担当している。
場所は英国のどこかにある「ブラックローズハウス」。英国留学中のリセは、この大邸宅で行われるパーティに出席。当主の誕生日に合わせ、「聖杯」のお披露目がある、という。折しも近隣では奇妙な形で切断された遺体が発見されていたが、邸宅内でも同様の事件が勃発し、当主宛ての脅迫状が届く。一体誰が、そしてまたその目的は、というお話。
見事なまでのゴシック・ホラー。同様なテイストを持つものには桜庭一樹の〈GOSICK〉シリーズや、藤木稟の〈奇跡調査官〉シリーズなどがあるけれど、これもまたエンターテインメント文芸界において非常に重要なポジションを占めていると思う。
17年の間に物凄い飛躍を遂げてしまった恩田陸だが、このシリーズの続きを心待ちにしていたファンも多いはず。誠に、書き継がれ、読み継がれていくべきシリーズであると思う。以上。(2023/05/30)