西尾維新著『悲痛伝』講談社文庫、2022.11(2013)

西尾維新による〈伝説シリーズ〉第2弾の文庫版である。オリジナルは2013年に講談社ノベルス版として刊行。今回も750頁近い大著になっている。カヴァのイラストはMONによる。
人類の三分の一を死滅させた「大いなる悲鳴」から約1年が経ったある日、四国の住民が全て消えた、という事象が発生する。四国と言えば、感情を持たないヒーロー・空々空(そらから・くう)が所属する「地球撲滅軍」とは敵対関係にある「絶対平和リーグ」の本拠地である。一体何が起きているのか。空々は単独での調査を命じられ、現地に赴くが、そこには…、というお話。
四国編開幕。ジョジョと並んで魔法少女が大好きな著者による、魔法炸裂の何ともロジカルでラジカルなバトル小説になっている。これでまだ全体の五分の一。次巻は来年2月刊行とのこと。心静かに待ちたいと思う。以上。(2022/12/02)

奥田英朗著『罪の轍』新潮文庫、2022.12(2019)

岐阜県生まれの作家・奥田英朗による2019年発表の大長編文庫版である。初出は『小説新潮』で、2016年から2年半ほど連載され、その後単行本化。2009年の吉川英治文学賞受賞作『オリンピックの身代金』と登場人物が被る作品となっている。カヴァの写真は渡部雄吉による。
時は東京オリンピックを翌年に控えた1963年。礼文島に住む昔から手癖の悪い若者・宇野寛治は仕事仲間にハメられて命からがら東京へと逃げる。一方、荒川区で時計商が被害者の強盗殺人事件が発生し、警視庁捜査一課の刑事・落合昌夫は山谷周辺での聞き込みを開始する。やがて、浅草で男児誘拐事件が起こり、事態は混迷の度合いを深めていくが…、というお話。
重厚な筆致で、あの時代とその精神を見事に活写した力作。読者は、重要な登場人物である旅館の娘・町井ミキ子や落合を含む警察官たちと共に、少しずつ真相に近づいていくことになる。多くの傑作を世に出してきたこの作家のストーリィ・テリングは誠に鮮やかなものだ。著者畢生の傑作、である。以上。(2022/12/15)

誉田哲也著『妖の掟』文春文庫、2022.12(2020)

東京都生まれの作家・誉田哲也によるクライム・ノヴェルにして伝奇小説の文庫版である。デビュウ作にして著者の原点である『妖の華』から実に17年を経て、シリーズ第2作として『オール讀物』に連載され、翌年単行本化。第3作『妖の絆』の刊行と合わせての文庫化となった。解説は大矢博子が担当している。
時は現代。人との接触を最小限にし、社会の中でひっそりと暮らす闇神(やがみ)と呼ばれる一族の二人、紅鈴(べにすず)と欣治は、偶然遭遇した暴行現場で情報屋の辰巳圭一を助けたことからヤクザの抗争に巻き込まれる。やがてこの抗争には、捜査する警察、あるいは紅鈴たちを付け狙う別の闇神集団も加わり、混沌を極めていくが…、というお話。
さすがに、『妖の華』がどんな話だったのかをほぼ忘れていたのだが(再読した方が良いかも…)、この作品に書かれているのは、同書の前日談にあたる。というか、『妖の華』の中でも語られていたらしい事件、になる。
そうではあるのだが、今作では、『妖の華』で書かれていなかったような気がする、闇神の起源とか紅鈴の出自とかその辺の記述が行なわれ、更には誉田さんらしい波乱万丈で外連味とヴァイオレンスに満ちた娯楽作に仕立て上げられている。本シリーズのこれからの展開にも大いに注目したいと思う。以上。(2022/12/20)

乾くるみ著『ハートフル・ラブ』文春文庫、2022.12

静岡県生まれの作家・乾くるみによる、日本推理作家協会賞候補作を含んだ短編7本からなる作品集である。単行本等は経ておらず、文庫オリジナル。初出は『オール讀物』や『ランティエ』などかなりバラバラ。最後の作品は書き下ろしである。カヴァのイラストは柳すえが担当している。
各作品では、余命宣告を受け、それでも結婚を選んだカップル(「夫の余命」)、小さな同窓会的集まりで過去を想起する面々(「同級生」)、交換殺人を画策するかつての友人同士(「カフカ的」)、握手会で「推し」との出会いを堪能する者(「なんて素敵な握手会」)、レジでの不可解な請求額に悩む男達(消費税狂騒曲)、素敵な先輩が買ったものを推量する少女達(「九百十七円は高すぎる」)、理系女子を巡って争う男子達(「数学科の女」)、といった登場人物が繰り広げるおかしくもかなしくもある出来事が描かれる。
色々な仕掛けが本当に楽しいし、素晴らしい。「消費税」とか、ホントに何とかしてよ、って感じだったが、小説にしてしまうとは。個人的には、この人の持ち味である「女性嫌悪」があらわな数本を興味深く読んだ(どれとは言わない。)。多分自覚的にやっているのだと思うけれど、その辺りを色々昇華発展させているところが面白かった。
最後になるが、うーん、遂に、「妊娠ミステリ」まで書いてしまったか…。まあ、デビュウ作からモティーフとしては強く現われていたが、こうなるとは。ちなみにこの一編(どれとは言わないが。)、斎藤美奈子さんは乗り越えている気がする。以上。(2022/12/22)

道尾秀介著『サーモン・キャッチャー the Novel』光文社文庫、2022.12(2016)

東京都出身の作家・道尾秀介による長編の文庫版である。この作品、ケラリーノ・サンドロヴィッチとのコラボレーションになっており、道尾が小説版、ケラが映画版『the Movie』を作成、という流れとのこと。道尾による小説版は2016年に出ていて、文庫版刊行まで6年が経過。映画制作は現在進行中らしい。タイミング的には、そろそろ完成、ということなのかも知れない。
「カープ・キャッチャー」という名の釣り堀を中心に話が進行し、全体としては群像劇のスタイルをとる。神様と呼ばれる釣り名人・河原塚ヨネトモ、釣り堀でアルバイトをする春日明(めい)、その父であり今はほぼホームレスの大洞真実(おおぼら・まこと)、真実が鯉の世話をしている家の女主人・霧山美沙等々が繰り広げる波乱万丈の物語、である。
ロバート・アルトマンやポール・トーマス・アンダーソンの映画みたいな小説、と言ってしまえば大方お分かりになるだろう。ということは、映画もそうなるのかな、なのだが、全然違うのかも知れない。
さてさて、多分意図的なのだろうけれど、この作家の作品としては登場人物はかなり類型的になっている気がした。物語も、登場人物も、一般的な類型からちょっとずつ外れているのが持ち味だと思っているこの作家としては、結構異色作、とも言えるだろう。これで、また新たなファンを得るのかも知れない。以上。(2022/12/24)

槇祐治著『セキュア・エレメント』幻冬舎MC、2022.12

リスクマネジメントの専門家と思われる槇祐治による近未来SF。文庫の体裁だが、幻冬舎文庫になっていないのでカヴァの表記に従い幻冬舎MCとした。装丁は野口萌が行なっている。
時は2025年。既に引退したエンジニアであった浅野一郎、佐藤均、林孝史の3人は、ある国家プロジェクトに参画を依頼される。それは、農業、林業、水産業の3分野にわたるスマート基盤を、西の離島に整備する、というものだった。
実証実験が進む中、台風の襲来と共に謎の船団が離島に接近。浅野達プロジェクトのメンバは、ドローンやAIなどの先端技術で未知の脅威に立ち向かうことになるのだが…、というお話。
という話は、発端に過ぎない。この後3人の過去が、ここ40年程の世界情勢や技術革新と共に語られ、物語は2025年から更に未来へと進む。それも、かなりおぞましい姿をした未来へと。
個人的には、とても面白いと思った。知らなかったことや考えてもみなかったこと、頷けることやなるほどと思うこともたくさん書いてある。かなりリアルな話なのに、フィクションだと断っているところも良いと思った。確かに小説としては色々足りない気もするし、きっとそういう風に評価されてしまうのだろうけれど、混迷を極めるこの時代に、こういう本はあって良いはず。
ひょっとすると将来、予言の書、と呼ばれることになるかも知れない。こんな未来はありうるし、未来の戦争って多分こんなものなのになるのだろう、と思わせてもらった(ちなみに、腕力や体力が問われなくなった今日の戦争には、未来ある若者じゃなくて自分たちみたいな年寄りが参加すべき、みたいな発想はとても面白い。)。そんなリアルさや恐ろしさを持ちつつも、作者は人間やテクノロジの可能性やあるべき方向も模索していて、ラストではほのかな希望も抱かせてくれた。力作にして傑作だと思う。以上。(2022/12/30)

望月諒子著『呪い人形』集英社文庫、2022.12(2004)

愛媛県生まれの作家・望月諒子による〈木部美智子〉シリーズ第3作となる長編の文庫再刊版である。2018年の『蟻の棲み家』でブレークを遂げたことにより、シリーズ初期の作品にも日があたるようになった。今回の版には、恐らくかなりの改訂が入っていると思われる。カヴァのデザインはBalcony、解説は大森望が担当している 。
藤原病院の勤務医・工藤孝明は死にとり憑かれているかのようだ。前職の大学病院では、ある宗教家の死に関わりがあると疑われて転職を余儀なくされ、ここでもまた同じような事件が…。どうやらこれらの死は、ある老婆がかけている「呪い」によるものなのではないかという噂が囁かれる中、フリーライター・木部美智子は真相を明らかにすべく取材を開始するが…、というお話。
2004年頃の話なので、ちょっと懐かしかったり、逆に分かり難くなってしまっていたりもする。それは兎も角、扱っているテーマも良いし、使っているモティーフや小道具類も面白いし、とりわけ伏線が回収されていくラストの下りなどは本当に良く書けていると思うのだが、いかんせん登場人物が多すぎて相互の関係性が見えなくなったり、しょっちゅう横道に入り込んだりして、異様に読みにくいのが本書の難点。
バロック的文章技法、みたいなのは文学作品ならありなのだが、これは純然たるエンターテインメントなのでさすがに意味がない。単に読みにくいだけ。再発見された、という感じなのだけれど、要するに書いてきた作品のリーダビリティさえ普通だったら(別に高い必要はない。)、この作家、もっと早く世の中に認知されていたのではないか、と考えた次第。以上。(2023/01/05)

筒井康隆著『モナドの領域』新潮文庫、2023.01(2015)

大阪市生まれの作家・筒井康隆による長編文庫版である。初出は『新潮』2015年10月号で、何と一挙掲載。同年単行本化され、7年以上を経て文庫となった。評価は高く、毎日芸術賞を受賞している。カヴァの猫っぽいオブジェの制作は筒井伸輔が担当。解説は池澤夏樹が執筆している。
河川敷で女性の右腕が発見され、上代真一警部は捜査を開始する。同じ頃、近くのベイカリィにて、アルバイトの美大生・栗本健人は精巧な人の腕を模したパンを焼き上げ、同ベイカリィの常連である美大教授・結野楯夫は新聞のコラムでこれを取り上げ、評判を呼ぶ。
やがて教授は、近くの公園で人を集め、自分が何でも知っていること、何でもできること、即ち全知全能であることを述べ始める。一体、教授はどうしてしまったのか、バラバラ殺人事件との関係は?、というお話。
あー、面白かった。やっぱり、筒井康隆氏はこの時代において誠に抜きんでた作家、というか存在だな、と改めて思った。誰も、この領域には到達できてない、と思うし、この作品、この世界のすべてを書き尽くそう、というような姿勢といい、ややユルい感じのオチといい、ホントに素晴らしい。
以下は雑感とか余談。モナドなので、当然ライプニッツ。このあたり、実は勉強してみたいジャンルの一つだったりする。また、この作品では、「結野」が「唯野」と同音化できることとか、色んな仕掛けがあるので探してみよう。
いやー、実際のところあまりにも面白すぎて、筒井さんの本を全部読みなおしたくなってしまったよ。マジで。全集あるんだっけ?、と思って調べたら全24巻で出てるな。買っちゃうか?以上。(2023/01/15)

野アまど著『タイタン』講談社タイガ、2023.01(2020)

東京都生まれの作家・野アまど(サキの字は環境依存)による近未来SF長編文庫版である。物凄く良く出来た小説なので、何かの賞とってないのか、と思ったのだがとっていない。不思議。カヴァのイラストは宇木敦哉によるもので、解説は品田遊がAIを使って書いているらしい。
世界に12体ある人工知能タイタン(微妙な書き方だが概ねそんな感じ。)によって政治経済その他の全てがまんべんなくコントロールされ、人類が労働から解放された未来。あくまで趣味で心理学を学んできた内匠(ないしょう)成果は、そのうちの1体であるコイオスの「不調」に伴い、そのカウンセリングを「仕事」として行なうことを余儀なくされる。それは、やがてくる世界を揺るがす大騒動への発端に過ぎなかった…、というお話。
面白かった。本当に面白かった。同じタイガで出ていた『バビロン』で「正義」とは何か、ということを深く問い詰め問いかけたこの作家は、今作では「仕事」とは何か、についてのこれまた相当に深い思考を巡らしている。一応普通に仕事をしている私は、今回も色々と考えさせられた。
そんな、かなり思索的な物語ではあるけれど、話としては全然重苦しいものではなく、内匠やコイオスの人物造形(後者はヒトではないが。)もやや軽めで、遊び心や冒険もふんだんに盛り込まれていて、SFとして、エンターテインメント作品として本当に優れていると思った次第。こういう深い洞察とエンターテインメント性を見事に併せ持つ卓越したバランス感を体現した作品は、もっと評価されるべきではないだろうか、と考えた。以上。(2023/02/01)

結城真一郎著『プロジェクト・インソムニア』新潮文庫、2023.02(2020)

神奈川県生まれの作家・結城真一郎による2020年発表の長編文庫版である。平成生まれ。デビュウは2018年の新鋭。カヴァの装画は太田侑子、解説は千街晶之がそれぞれ担当している。
「プロジェクト・インソムニア」。それは、脳内に電子チップを埋め込み、見る夢を被験者間で90日間共有する、という極秘の人体実験プロジェクトだった。ナレコレプシー(睡眠障害)に悩まされる蝶野恭平は、失業をきっかけにこのプロジェクトに参加することになる。
しかし、『ユメトピア』と呼ばれる夢の中は想像していたようなユートピアではなかった。殺人鬼の手にかかり消えていく被験者たち、そしてそれは現実にも及び…、というお話。
練りに練った構成で、心の底から楽しませてくれる快作。次から次へと繰り出される意外性しかない展開に、読む者はページをめくる手を止められなくなること必至。既刊のものはもとより、これから出てくる作品にも大いに期待したいと思う。以上。(2023/02/20)

櫻田智也著『蝉かえる』創元推理文庫、2023.02(2020)

北海道生まれの作家・櫻田智也による、〈魞沢泉(えりさわ・せん)〉もの短編集の第2弾文庫版である。(ちなみに「エリ=魚辺に入」の字はユニコードで入れている。)第74回日本推理作家協会賞と、第21回本格ミステリ大賞受賞作、となる。カヴァのイラストは河合真維、解説は法月綸太郎がそれぞれ担当している。
16年前の震災時にヴォランティアの青年が目撃した幽霊を巡る謎、とある交差点での交通事故と近くの団地での負傷事件の関係を巡る謎、不可解な死を遂げたペンションのイスラム青年客を巡る謎、失踪したライタが進めていた「ホタル計画」と彼女が調べていたものを巡る謎、久しぶりに日本に帰国した旧友が持ち帰ったものを巡る謎など、昆虫好きの青年・魞沢泉が各地で遭遇する5つの事件が扱われる。
『サーチライトと誘蛾灯』から3年くらいを経ての上梓。とてつもない寡作作家で、そもそも今のところ長編が存在しない。ではあるのだが、各エピソードの作り込みや、そこに込められた感情や、含まれた秀逸極まりないアイディアには誠に目を瞠るものがあった。じっくりと時間をかけ、煮詰めに煮詰めて世に出した、珠玉の作品集、である。以上。(2023/02/25)

N.K.ジェミシン著 小野田和子訳『輝石の空』創元SF文庫、2023.02(2017)

アメリカの作家・N.K.ジェミシン(Jemisin)による、スティルネス三部作の完結篇である。オリジナルは2017年にThe Stone Skyのタイトルで刊行され、ヒューゴー賞その他を受賞。これにより、この三部作は全てヒューゴー賞を受けたことになる。まさに前代未聞。カヴァのイラストはK,Kanehira、解説は池澤春奈がそれぞれ担当している。
この物語の主人公であるエッスンは、〈第五の季節〉を二度と起こさないために自らの力を使おうとする。かたやその娘であるナッスンは、命の恩人である守護者シャファを救うべく、世界そのものを終わらせようとする。神話や伝承、そして超テクノロジが跳梁跋扈する驚天動地の物語は、いよいよクライマックスへと向かうが…、というお話。
さすがにずっしりな読み応え。とは言え、母と娘、という物凄く基礎的な関係を巡る話と、更にはそれを余りにも壮大過ぎる背景の構成とをうまくかみ合わせていて、読後に何とも言えない余韻を残す効果を生んでいる。今のところ、今世紀最大にして最高のSF作品、ということになるのだろう。途轍もない構想力で形づくられたスティルネスに、いつまでも浸っていたいな、という感慨を覚えた次第。スピンオフは出るのだろうか。以上。(2023/02/28)