藤木稟著『バチカン奇跡調査官 ウェイブスタンの怪物』角川ホラー文庫、2024.08

大阪府出身の作家・藤木稟(ふじき・りん)による、「バチカン奇跡調査官」シリーズ25弾の中短編集である。今回も前作からはやや期間をおいての刊行となった。中身は書下ろしの短編1本、『カクヨム』掲載の中編2本、2013年に朱雀シリーズとのコラボレーションで出ていた短編1本になる。カヴァのイラストはいつものようにTHORES柴本が担当している。
ある食品メーカの社長がとあるレシピの稀覯本を所有しているとのうわさを聞き付けたロベルト。社長に接触すると、どうやら12歳の娘があまりにも好き嫌いが激しく健康を損ねてさえいるという。料理には自信のあるロベルトが何とかできないものかと画策を始めるが…(「貧血の令嬢」)。
結婚式に呼ばれ英国のウェイブスタンに出かけた平賀とロベルト。同地には怪物が生息している、といううわさがあった。披露宴も終わって翌朝、人力でなしたとは思えない惨殺死体が発見される。怪物の仕業なのか、あるいは何者かによるものなのか…(「ウェイブスタンの怪物」)。他に短編を2本収録。
料理ネタには異様に強い藤木稟だけれど、それをほぼ全面に出した短編が登場。毎度のことながら、実に勉強になる。このシリーズ、ここ数年刊行ペースが落ちているのが気になるのだが、健康に留意しつつ30冊を目指していただきたいところ。といっても、質は落とさないで欲しいのだけれど。以上。(2024/09/05)

今野敏著『探花(たんか) 隠蔽捜査9』新潮文庫、2024.09(2022)

北海道生まれの作家・今野敏による「隠蔽捜査」シリーズ第11弾にして9本目の長編文庫版である。もともとは『小説新潮』に連載され、2022年に単行本化。タイトルの「探花(たんか)」とは、中国の科挙制度で、最終試験を第3位の成績で進士に及第したもののことをいうらしい。カヴァの写真は広瀬達郎が、解説は宇田川拓也がそれぞれ担当している。
横須賀の米軍基地周辺で刺殺事件が発生し、神奈川県警刑事部長の竜崎伸也は現地に向かう。竜崎は米軍犯罪捜査局のリチャード・キジマが捜査に参加することを承認。こうして日米合同での捜査が開始されるが、地位協定その他の問題により思うように進まない。
そんな中、竜崎と伊丹俊太郎のキャリア同期である八島圭介が刑務部長として神奈川県警に着任。八島にはどうやら悪いうわさがあり…、と難題だらけの状況を、竜崎とその仲間たちはどう切り抜けるのか、というお話。
節目の10本目もすでに刊行されているこのシリーズだけれど、これこそがやはり今野敏の代表作、と改めて思う。いつにもまして書きにくい話だよなー、すごいなーと思いながら読んでいたのだが、やはりこれはあくまでも小説世界の話であり、竜崎流の正論で押し切ろうとしたら日米関係その他は一瞬で壊れるかも知れない。いやー、誠に難しい。以上。(2024/09/15)

誉田哲也著『フェイクフィクション』集英社文庫、2024.08(2021)

東京都生まれの作家・誉田哲也による長編サスペンスの文庫版である。初出は『小説すばる』。2021年に単行本化されている。解説は松嶋智左が担当。
西多摩郡で首無し死体が発見される。五日市署の刑事・鵜飼道弘が捜査を開始。被害者はどうやら斬首されたらしい。被害者は、あるいはまた殺害犯は一体何者なのか?かたや、製餡所で働く河野潤平は元キックボクサーの24歳。19歳の新人・有川美祈(ありかわ・みのり)に一目ぼれした潤平だが、美祈の言動や行動にはややおかしなところが。気になった潤平がそれとなく探っていくと、どうやら彼女は「サダイの家」というカルト的宗教集団に関わっているらしい。二つの話はやがて結びついていき…、というお話。
誉田さんらしいサスペンス。警察小説半分、ヴァイオレンス小説半分、位な比率になるだろうか。読み始めて、ちょっと型どおりかな、ややテーマが古いかな、とも思ったのだが、徐々に話はとんでもない方向へと展開する。そのあたりは、さすがに稀代のストーリィ・テラーである。警察・カルト・暴力団が三つ巴になる物語の重さと、潤平が持つ天性の明るさが見事なバランスで組み合わされていて、エンターテインメント作品としての完成度はいつもながらとても高いと思う。以上。(2024/09/20)

東野圭吾著『透明な螺旋』文春文庫、2024.09(2021)

大阪府生まれの作家・東野圭吾によるガリレオ・シリーズの長編文庫版である。この著者のライフワーク的シリーズ、多分半分くらいしか読んでないのだが、この作品がちょうど10作目になる。カヴァのイラストは吉實恵が担当している。
上辻亮太という、元映像制作会社社員の銃殺死体が房総沖で見つかる。同居人である島内園香は男の行方不明届けを出していたにもかかわらず失踪。警視庁捜査一課の草薙俊平と内海薫が捜査を開始するが、ひょんな流れで唐突に湯川学の名が現れる。本人に会ってみると、その生活パターンは著しく変化しており…、というお話。
何にもまして、タイトルが素晴らしい。徹頭徹尾やさしさにあふれた作品で、プロット構築やキャラクタ造形の見事さはいつものことながら、中心テーマの選択とその掘り下げ方、そしてまた物語として成立させる構築性があまりにも凄い。やはりこの大ベストセラー作家の力量は並大抵のものではない。恐れ入りました。以上。(2024/09/25)

酉島伝法著『宿借りの星』創元SF文庫、2024.09(2019)

大阪府生まれの作家・酉島伝法(とりしま・でんぽう)による大長編SFの文庫版である。第40回日本SF大賞受賞作、となる。カヴァや本文のイラストは著者自身による。解説は円城塔が担当している。
とある惑星が舞台。この星では人類は滅亡しているらしく、彼らが遺したと思われる異形の殺戮兵器生物たちが社会や国をつくって暮らしている。祖国を追われ流浪し始めた我らが主人公マガンダラは、人間たちが画策した恐るべきたくらみの所在に気づいてしまう。マガンダラは、旅の途中で知遇を得たマナーゾを連れて、祖国への帰還を目指すのだが…、というお話。
とにかく物語舞台やキャラクタの設定が物凄くて、それがあまり見たことがないような文体で書かれているため(澁澤龍彦あたりが近い?あるいはJ.ジョイス?)、やや読みにくさはあるものの慣れてしまえばもう病み付き、みたいな作品。再読したくなる本って実際のところ少ない、というかほとんどないのだが、これは再読したくなる。イラストも素晴らしいし、何という才能なんだろう、と思ってしまう。近年まれにみる、SFとかそういうものを超越した傑作、と言っておきたい。以上。(2024/10/15)

阿部智里著『烏の緑羽(みどりば)』文春文庫、2024.10(2022)

コミック化に続き、本年とうとうアニメーション化を果たした、阿部智里によるファンタジィ「八咫烏(やたがらす)」シリーズの第2部第3巻となる長編文庫版である。カヴァのイラストは名司生(なつき)、解説は山口奈美子がそれぞれ担当している。
本書の中身は基本的に本筋ではなく、時間は巻き戻ってスピンオフ的趣向のものになっている。即位した弟の奈月彦(なづきひこ)を支えるべく奔走する兄の長束(なつか)は、護衛役である路近(ろこん)を前面的には信頼していない、というよりはむしろ恐れていた。悩める長束は、奈月彦に促されて路近の師匠である清賢(せいけん)の元を訪れるが、彼は路近のことは放逐された元参謀の翠寛(すいかん)に聞け、と言う。何をいまさら、なのだがその真意は…、というお話。
色々書いておきたいことがあるのだろうな、確かにこの人たちは重要ではあるのだよな、と思いはするのだが、やはりスピンオフ。前巻のような巻き戻しはまだ良いとしても、どう考えても本筋ではないものを持ってこられると、やや辟易してしまう。数年を経ると、本筋を忘れてしまうわけで…。正伝は正伝でずんずん進めて貰って、スピンオフはスピンオフでたまに出すくらいが良いのでは、と思う。第2部はちょっと構成的に変な感じになってきている気がする。4巻以降に進めば意図が分かるのだろうか?
話はそれるが、ぴえろ(旧スタジオぴえろ)によるアニメーションのクオリティが異様に高くて、さすがにNHKだな、と思う。美術が大変なのは話の舞台設定から分かると思うのだが、本当に見事にこの美しくも非情な世界を映像化している。是非ご高覧のほど。以上。(2024/10/20)

島田雅彦著『パンとサーカス』講談社文庫、2024.10(2021)

東京都生まれの作家・島田雅彦による新聞小説の文庫版である。文庫で700頁に迫る大長編。カヴァの装画はこの小説のために結成されたと思われるコントラ・ムンディ(岡本瑛里、荻野夕奈、金子富之、熊澤未来子、水野里奈、山本竜基。こちらの記事「コントラ・ムンディ結成」を参照のこと。)、解説は内田樹がそれぞれ担当している。
過労死のために父が自殺を遂げた御影寵児(みかげ・ちょうじ)は、そのような世の中を糺(ただ)すためCIAエージェントになり時が熟するのを待つ。寵児の親友であり、かつまたヤクザの二代目である火箱空也(ひばこ・くうや)は、アンダーグラウンドをも含めた市場を相手にする人材派遣会社で世界に抗するためのノウハウを蓄積し始める。やがて二人は再開し、この国は少しずつ変わっていくのだが…、というお話。
物凄く政治的な話ではあるのだが、エンターテインメント作品として見事な出来になっていて、心底楽しめた。楽しんで良いのか、という気もするのだが。基本的にはファンタジィの体裁でこの世界の問題点と解決策になりそうなことを色々挙げているのだが、その実かなり鋭く本質をついている気がする。
本書が示したヴィジョンや思想について色々な意見もあるかも知れないけれど、こういう風な考え方や観方も必要。広く読まれることを、といってもこれを読んで理解できる層ってもはや人口の1%もないんじゃないだろうか。それがこの世界が抱える最大の問題かも知れない。以上。(2024/11/03)

篠田節子著『失われた岬』角川文庫、2024.10(2021)

東京都生まれの作家・篠田節子による大長編の文庫版である。オリジナルは2021年に刊行。カヴァのイラストは山口洋佑、解説は巽孝之がそれぞれ担当している。
2007年、主婦である松浦美都子(まつうら・みつこ)の旧来の知人・栂原清花(つがはら・さやか)が音信不通となる。どうやら二人は北海道に移住したらしい。その後、アメリカに留学していた清花の娘・愛子が帰国し、二人が消息を絶っていることを知る。どうやら二人の失踪には、何かのカルトらしき団体が関わっているようなのだが…、というプロットで本書は幕をあける。
時は飛んで2029年。ノーベル文学賞を受賞した作家・一ノ瀬和紀は授賞式に現れず、そのまま消息を絶つ。担当編集者の相沢礼治は、一ノ瀬が北海道のとある海岸にある岬で消えたことを突き止め、現地に向かう。作家の身辺にいったい何があったというのか?、そしてまた、それは清花の失踪とはどうかかわるのか?、というお話。
かなり複雑な構成をもった作品なので、注意深く読んでいかないといけない。それでも、さすがにこの作家、リーダビリティは本当に高いところを保っている。初期作品から通底しているのだけれど、民俗学や人類学の知見がうまい具合にエンターテインメントとして昇華されていて、見事なものだな、と思った次第。大ベストセラー作家のひとりである篠田節子の独自性や真価はそのあたりにあるのだな、と改めて認識した。以上。(2024/11/10)

貴志祐介著『秋雨物語』角川文庫、2024.10(2022)

大阪府生まれの作家・貴志祐介による、4本からなるホラー中短編集文庫版である。『小説 野生時代』他に掲載されたものを集めたものになっている。既に出ている『梅雨物語』(2023.07、角川書店)とは今のところ対になる作品集。カヴァのデザインはbookwall、解説は杉江松恋が担当している。
作家・青山黎明(あおやま・れいめい)が失踪し、編集者の松波弘は青山の秘書・高木亜貴から遺された原稿を送付してもらう。そこには、青山が悩まされていたらしい謎の転移現象が記述されていた。青山の身にいったい何が?(「フーグ」)。他に、苦悩する餓鬼、消えた歌姫、命を賭けたこっくりさん、をテーマとする3篇を収録。
ホラーはこの作家の原点。なので本作はある意味原点回帰。さすがにうまいし、いつものように情報量が多くて本当にためになる。このジャンルにおけるある意味パイオニアの一人による、長年の執筆活動を経てさらに磨き抜かれた名人芸を堪能できる傑作だと思う。以上。(2024/11/15)

有栖川有栖著『捜査線上の夕映え』文春文庫、2024.11(2022)

大阪府生まれの作家・有栖川有栖による長編ミステリの文庫版である。もともとは『別冊文藝春秋』に連載。各種ミステリランキングでは上位に入っており、高い評価を受けた作品となる。カヴァの写真は堀内洋助、解説は佐々木敦がそれぞれ担当している。
今振り返ればコロナ禍が始まったばかりの2020年初秋。東大阪市のマンションで元ホストの死体が発見される。死体はスーツケースに詰め込まれており、発見時には死後数日が経過していた。
凶器と被疑者はただちに特定され、解決は早いと思われたが、被疑者たちには各々鉄壁とも見えるアリバイが存在した。更には捜査をかく乱する”ジョーカー”が立ち現われ事態は混迷を深めていく。大阪府警の面々および我らが火村英生と有栖川有栖は、この謎にどう立ち向かうのか、というお話。
この著者の最高傑作、という人がいてもおかしくない作品。『鍵の掛かった男』の路線を継承した、「人間を描く」ことをより徹底化させた作品になっていると思う。しかも、アリバイ・トリックがメインな捜査小説ながら、旅情ミステリ、鉄道ミステリなどの要素もふんだんに盛り込むというまことにサーヴィス精神旺盛な内容。圧倒され、感服した次第。以上。(2024/11/25)