辻村深月著『闇祓(やみはら)』角川文庫、2024.06(2021)
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山梨県生まれの作家・辻村深月(つじむら・みづき)による長編ホラーの文庫版である。もともとは『小説 野性時代』に連載され、コロナ禍真っただ中の2021年10月に単行本刊。カヴァと本文中のイラストは山田章博、解説は朝宮運河がそれぞれ担当している。
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高校生である原野澪のクラスに転校生・白石要がやってくる。うまくなじめそうではない彼に話しかけると、「今日、家に行ってもいい?」と言う。なんだそれは…。澪はひそかにあこがれている先輩の神原一太に相談するのだが…、というお話。
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まあ、上はほんの冒頭で、さすがにそれでは終わらない。いつものように卓越したリーダビリティとプロット構築が見事な作品で、人々の悪意が生み出す世界の闇を活写する。今読むと時代の空気をうまいこと表現していたんだな、と思うと同時に、何も変わっていないな、とも思う。
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はやいもので、いつのまにやら今年でデビュウ20周年となる、そしてまた近年もまことに目覚ましい活躍を続けている大ベストセラー作家によるさらなる新境地、というような作品である。以上。(2024/07/05)
結城真一郎著『#真相をお話しします』新潮文庫、2024.07(2022)
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神奈川県生まれの作家・結城真一郎による大ヒット短編集の文庫版である。5編が収められており、初出は全て『小説新潮』。5本目の「#拡散希望」が第74回日本推理作家協会賞を受賞するなどといったように極めて高い評価を受け、さらには発行部数もかなり伸ばした作品、となる。カヴァのイラストは太田侑子、解説は村上貴史がそれぞれ担当している。
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長崎県にある離島でクラス4人の小学生は、一人が持っていたiPhoneをきっかけにYouTuberになろうと考え始めるが、待っていたのはとんでもない結末と、真実で…(「#拡散希望」)。大学生の片桐は家庭教師サーヴィスの営業でとある家庭を訪れる。中学受験の準備中という矢野家だが、会話がかみ合わない。いったいこの家はどうなっているのか…(「惨者面談」)。他3篇。
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マッチングアプリ、リモート飲み会、精子提供等々、割と最近のネタを巧みに使い、見事に料理する技は誠に特筆に値するものだと思う。大ヒットもうなずけた次第。今日最も注目すべき作家のひとりによる、早くも熟練の域に達しているかのような傑作である。以上。(2024/07/14)
高島雄哉著『ホロニック:ガール』創元SF文庫、2024.07
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山口県生まれの作家・高島雄哉による、新作アニメーション映画『ゼーガペインSTA』公式スピンオフ小説である。前著『エンタングル:ガール』とは異なり、今回は文庫書き下ろし。まもなく公開される『ゼーガペインSTA』の基本設定をもとに著者独自の着想で書いた、ということが巻末に記されている。カヴァのイラストは著名なアニメータ・米山浩平が担当している。
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夏が終わり、守凪了子(かみなぎ・りょうこ)ら舞浜南高校の面々は、新学期を迎える。一緒に映画制作をした1学年先輩である深谷天音(ふかや・あまね)と了子は、演劇部の立花瑞希(たちばな・みずき)から12月23日にコンペティションが行われる劇の制作を手伝って欲しい、と頼まれる。こうして、了子たちの秋が始まるのだが…、というお話。
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実のところ、というお話、では全くないのだが(笑)。そこは読んでのお楽しみ。『STA』がどういう内容なのか分からないのだが、著者自身の「カーテンコール」にはどっちが先でも大丈夫、と書かれている。まあ、本書を映像化して興業的に成功するのは相当大変なので、おそらくほとんど関係ない話なんだろう。
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内容的にはエンジニアリング系SFの粋、みたいな作品なので、21世紀のSFファンには格好の読み物。A.C.クラークなどが好きな往年のSFファンにも合うかも知れない。ただ、入口が『ゼーガペイン』なわけだが、あれもまた相当高度にエンジニアリング系SF的な話なのでぜひともこの機会にそっちにも目を向けて欲しいと思う。以上。(2024/08/05)
山田正紀著『天保からくり船』春陽文庫、2024.07(1994)
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山田正紀による1994年発表の長編時代SF小説の文庫版である。『小説CLUB』(桃園書房)に1992年から1994年にかけて連載され、1994年に光風社から単行本で出ていたもの。文庫化などはされていなかったと思われるので、30年ほどの時を経ての文庫化、となる。今時の文庫なので、1,200円(+税)もするのだが…。古本だといくらくらいなんだろう。
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天保と思しき時代、舞台は江戸。大火事があった上野の寛永寺周辺では奇妙なことが起こる。炎の中に突然鐘が出現し、ここにとある娘が火から逃れ隠れていた、というのだ。そんな事件から先、芝神明町に住む傘張り浪人の弓削重四郎のもとでも、奇妙なことが次々と起こる。江戸の町で、いったい何が起きているのか、というお話。
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とんでもない傑作が埋もれていたものだな、と思う。全然古くなっていない、というよりようやく時代が追いついた、のかも知れない。まさに至高のエンターテインメント作品になっているのだけれど、それもこれも、著者の卓越した筆さばきと、剛腕としか言いようのない構想力のなせる業だと思う。以上。(2024/08/11)