冲方丁著『マルドゥック・アノニマス 9』ハヤカワ文庫、2024.05
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岐阜県生まれの作家・冲方丁によるマルドゥック・アノニマス・シリーズ第9弾である。いつもと同じく『SFマガジン』連載のものを単行本化等を経ずに文庫化したものになる。ついにこの作品も次巻で10冊目を迎える。カヴァのイラストは寺田克也による。
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前巻で主役のような活躍を見せ始めたハンターだが、〈シザース〉に対抗すべく福祉政策に力を入れ始めた矢先、共感(シンパシー)能力を失ってしまう。中核の喪失により迷走を始める〈クインテット〉。そんな中、〈イースターズ・オフィス〉に思わぬ依頼が届く。それはオフィスメンバの仇ともいうべきエンハンサー・シルヴィアを保護してほしい、というものだったが…、というお話。
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〈クインテット〉の面々にもいろいろ事情があり、根本的に悪というわけではなく、案外各々が目指すところはバロットらとも遠くはないのかも、という流れになってきている気がする。この後どういうオチをつけるのか、全く見当もつかないのだが、本書ではかなりインパクトのある事件が発生し、そんなことからある種ターニング・ポイント的なエピソードの巻になっているのでは、と思う。以上。(2024/06/10)
劉慈欣(りゅう・じきん/リウ・ツーシン)著 大森望他訳『三体 III 死神永生 上・下』ハヤカワ文庫、2024.06(2010→2021)
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北京生まれの作家・劉慈欣(リウ・ツーシン。以下日本語読み省く。)による大ベストセラー『三体』第3部の文庫版である。翻訳者として大森望の他に光吉さくら、ワン・チャイ、泊功の名前がクレジットされている。カヴァのイラストは富安健一郎が担当し、文庫オリジナルとして大森による訳者あとがきと藤井太洋による解説が付されている。
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三体文明の侵略艦隊が迫る中、「面壁計画」の裏では、艦隊に人類側のスパイを送り込む「階梯計画」が進められていた。程心(チェン・シン)はこの計画に不可欠な推進方式を考案。その方式の問題は、搭載できる限界質量であり、結論としてその大学時代の同級生であり、不治の病に侵されている雲天明(ユン・ティエンミン)の脳のみを送ることになるのだが…、というお話。
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想像をはるかに超える壮大なスケール、そして大団円。きちんと恋愛ロマンスになっているところも素晴らしい。第1弾から、こんな地点にまで到達することを誰が予想できただろう。そこそこ長いこと生きているが、今になってこんなに面白いものがまだ読めるとは考えてもいなかった。21世紀初頭におけるSFのまさしく金字塔だと思う。以上。(2024/07/01)
辻村深月著『闇祓(やみはら)』角川文庫、2024.06(2021)
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山梨県生まれの作家・辻村深月(つじむら・みづき)による長編ホラーの文庫版である。もともとは『小説 野性時代』に連載され、コロナ禍真っただ中の2021年10月に単行本刊。カヴァと本文中のイラストは山田章博、解説は朝宮運河がそれぞれ担当している。
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高校生である原野澪のクラスに転校生・白石要がやってくる。うまくなじめそうではない彼に話しかけると、「今日、家に行ってもいい?」と言う。なんだそれは…。澪はひそかにあこがれている先輩の神原一太に相談するのだが…、というお話。
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まあ、上はほんの冒頭で、さすがにそれでは終わらない。いつものように卓越したリーダビリティとプロット構築が見事な作品で、人々の悪意が生み出す世界の闇を活写する。今読むと時代の空気をうまいこと表現していたんだな、と思うと同時に、何も変わっていないな、とも思う。
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はやいもので、いつのまにやら今年でデビュウ20周年となる、そしてまた近年もまことに目覚ましい活躍を続けている大ベストセラー作家によるさらなる新境地、というような作品である。以上。(2024/07/05)
佐藤究著『テスカトリポカ』角川文庫、2024.06(2021)
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福岡県生まれの作家・佐藤究(さとう・きわむ)による第165回直木賞受賞作の文庫版である。質、量ともに圧倒的されるほかはない傑作。カヴァのデザインは川名潤が担当している。
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メキシコの麻薬密売人であるバルミロ・カサソラは、敵対するグループに追われ国外に逃亡。ジャカルタで日本人の心臓血管外科医・末永充嗣(すえなが・みちつぐ)と出会い、臓器売買のビジネス展開を画策する。
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川崎生まれの孤児・土方コシモは、その身体能力を買われバルミロの事業に加担していく。そんな彼らの背後には、アステカの神であるテスカトリポカの影が見え隠れし…、というお話。
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その想像力の凄まじいこと。なかなか思いつける話ではない。そして、それを支える中米神話や国際的な裏ビジネスについての膨大な情報が、極めて緻密な形で配置されている。まことに大変な力量、と言うほかはない。
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エンターテインメント作品であると同時にすぐれた文学作品。間違いなく現時点における著者の代表作であり、近年まれにみる傑作である。(2024/07/08)
米澤穂信著『黒牢城』角川文庫、2024.06(2021)
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岐阜県生まれの作家・米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)による第166回直木賞受賞作の文庫版である。本書はそれ以外にも各種ミステリランキングを席巻。内容的には歴史小説にして連作ミステリ長編になっている。カヴァの写真はWW、解説はマライ・メントラインがそれぞれ担当している。
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序章・終章の間に4つの中編が挟まれる形をとる。織田信長に叛旗を翻した荒木村重は有岡城で籠城中。城の中では様々な難事件が勃発。村重は事件を解決すべく、牢に捕らえている黒田官兵衛の知恵を借りようとする。なかなか一筋縄ではいかない官兵衛は、不承不承という感じで少しずつヒントをくれるのだが…、というお話。
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構想からディテイルまで、さすがに金字塔的作品というべき仕上がり。これで直木賞をとれなかったらどうやってとるんだ、といったところ。あくまでもある程度は、になるが、この時代の複雑極まりない人間関係を知っていた方が読み進めやすいかも知れない。中学で習うくらいで良いと思う。以上。(2024/07/10)
森博嗣著『歌の終わりは海 Song End Sea』講談社文庫、2024.07(2021)
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愛知県生まれの作家・森博嗣によるXXシリーズ第2弾の長編文庫版である。元本は2021年にノベルス版で刊行。カヴァの写真は羽田誠が、解説は塩谷験がそれぞれ担当。冒頭や作中の引用はシモーヌ・ヴェイユ『自由と社会的抑圧』からとられている。
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小川令子が所長を務める探偵事務所に依頼が入る。依頼人の大日向聖美(おおひなた・きよみ)は、夫である作詞家・大日向慎太郎の浮気調査をして欲しいという。小川は探偵仲間の鷹知祐一朗(たかち・ゆういちろう)に何か情報はないか、と聞くが、慎太郎には沙絵子(さえこ)という姉がおり、姉が恋人、と噂されている、と言う。調査が開始され、小川と所員・加部谷恵美(かべや・めぐみ)の監視下に置かれた大日向邸で、不審な死体が発見されるのだが…、というお話。
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本格ミステリの色がかなり濃い作品で、しかも非常に文学的。第1弾もそうだったのだが、このシリーズ、基本的にそのあたりを狙っているのではないかと思う。殺人にしても、自殺や自死にしても、そこで働く感情の動きやもつれというのは尋常なものではないわけで、そうしたことに重心を置くミステリは当然あってしかるべき。深い人間洞察と詩情に満ちた佳品である。以上。(2024/07/14)
結城真一郎著『#真相をお話しします』新潮文庫、2024.07(2022)
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神奈川県生まれの作家・結城真一郎による大ヒット短編集の文庫版である。5編が収められており、初出は全て『小説新潮』。5本目の「#拡散希望」が第74回日本推理作家協会賞を受賞するなどといったように極めて高い評価を受け、さらには発行部数もかなり伸ばした作品、となる。カヴァのイラストは太田侑子、解説は村上貴史がそれぞれ担当している。
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長崎県にある離島でクラス4人の小学生は、一人が持っていたiPhoneをきっかけにYouTuberになろうと考え始めるが、待っていたのはとんでもない結末と、真実で…(「#拡散希望」)。大学生の片桐は家庭教師サーヴィスの営業でとある家庭を訪れる。中学受験の準備中という矢野家だが、会話がかみ合わない。いったいこの家はどうなっているのか…(「惨者面談」)。他3篇。
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マッチングアプリ、リモート飲み会、精子提供等々、割と最近のネタを巧みに使い、見事に料理する技は誠に特筆に値するものだと思う。大ヒットもうなずけた次第。今日最も注目すべき作家のひとりによる、早くも熟練の域に達しているかのような傑作である。以上。(2024/07/18)
呉勝浩著『爆弾』講談社文庫、2024.07(2022)
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青森県生まれの作家・呉勝浩による長編ミステリの文庫版である。「ミステリが読みたい!」、「このミステリーがすごい!」で1位になった他、直木賞候補にも挙がった傑作。カヴァのデザインは高柳雅人が、解説は若林踏がそれぞれ担当している。
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酔って酒屋店主を殴ったかどで逮捕された自称・スズキタゴサク。何を言い出すかと思えば「十時に爆発がある」と予言し、その通り秋葉原で爆発が起こる。単なる「霊感」だというタゴサク。しかし予言と爆発は続く。情報を引き出そうとする警察。のらりくらりと質問をかわすタゴサク。やがて警視庁特殊犯課の類家(るいけ)との知能戦が開始されるが…、というお話。
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ミステリ史に残る傑作だと思う。なかなかこういう作品には出会えない。まずは、タゴサクと類家の人物造形があまりにも素晴らしい。そして、息も止まらぬ目くるめく展開とアッと驚く結末。シャープな社会批評も込められていて、ほぼすべてにおいて完璧に近いエンターテインメント作品となっていると思う。続編もまもなく刊行されるが、非常に楽しみである。以上。(2024/07/24)
高島雄哉著『ホロニック:ガール』創元SF文庫、2024.07
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山口県生まれの作家・高島雄哉による、新作アニメーション映画『ゼーガペインSTA』公式スピンオフ小説である。前著『エンタングル:ガール』とは異なり、今回は文庫書き下ろし。まもなく公開される『ゼーガペインSTA』の基本設定をもとに著者独自の着想で書いた、ということが巻末に記されている。カヴァのイラストは著名なアニメータ・米山浩平が担当している。
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夏が終わり、守凪了子(かみなぎ・りょうこ)ら舞浜南高校の面々は、新学期を迎える。一緒に映画制作をした1学年先輩である深谷天音(ふかや・あまね)と了子は、演劇部の立花瑞希(たちばな・みずき)から12月23日にコンペティションが行われる劇の制作を手伝って欲しい、と頼まれる。こうして、了子たちの秋が始まるのだが…、というお話。
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実のところ、というお話、では全くないのだが(笑)。そこは読んでのお楽しみ。『STA』がどういう内容なのか分からないのだが、著者自身の「カーテンコール」にはどっちが先でも大丈夫、と書かれている。まあ、本書を映像化して興業的に成功するのは相当大変なので、おそらくほとんど関係ない話なんだろう。
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内容的にはエンジニアリング系SFの粋、みたいな作品なので、21世紀のSFファンには格好の読み物。A.C.クラークなどが好きな往年のSFファンにも合うかも知れない。ただ、入口が『ゼーガペイン』なわけだが、あれもまた相当高度にエンジニアリング系SF的な話なのでぜひともこの機会にそっちにも目を向けて欲しいと思う。以上。(2024/08/05)
山田悠介著『俺の残機を投下します』河出文庫、2024.07(2020)
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東京都出身の作家・山田悠介による長編エンターテインメント小説の文庫版である。単行本は2020年刊。カヴァのイラストは米山舞が担当している。カヴァのデザインは非常に秀逸。
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プロゲーマーである一輝(かずき)は世界一を目指すものの、加齢により成績は徐々に低下し心はすさんでいく。そんなある日、謎の3人組(ダイゴ・リュウスケ・シンヤ)が現れ、自分たちはあなたの「残機」であると告げる。残機とは一体なんなのか?彼らによる「協力」によって、一輝は少しずつ覇気を取り戻していくのだが…、というお話。
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ゲーム感覚に満ちた世界観なのだけれど、お話としてものすごくよくできている。さすがにエンターテインメント小説界でハイクオリティな作品を多々生み出してきた作家の手によるものなので、退屈することはないし、適度に感動も得られる。物理法則とか因果律とかそういうことは置いておいて楽しむのが吉だと思う。以上。(2024/08/10)
山田正紀著『天保からくり船』春陽文庫、2024.07(1994)
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山田正紀による1994年発表の長編時代SF小説の文庫版である。『小説CLUB』(桃園書房)に1992年から1994年にかけて連載され、1994年に光風社から単行本で出ていたもの。文庫化などはされていなかったと思われるので、30年ほどの時を経ての文庫化、となる。今時の文庫なので、1,200円(+税)もするのだが…。古本だといくらくらいなんだろう。
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天保と思しき時代、舞台は江戸。大火事があった上野の寛永寺周辺では奇妙なことが起こる。炎の中に突然鐘が出現し、ここにとある娘が火から逃れ隠れていた、というのだ。そんな事件から先、芝神明町に住む傘張り浪人の弓削重四郎のもとでも、奇妙なことが次々と起こる。江戸の町で、いったい何が起きているのか、というお話。
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とんでもない傑作が埋もれていたものだな、と思う。全然古くなっていない、というよりようやく時代が追いついた、のかも知れない。まさに至高のエンターテインメント作品になっているのだけれど、それもこれも、著者の卓越した筆さばきと、剛腕としか言いようのない構想力のなせる業だと思う。以上。(2024/08/11)
西尾維新著『悲球伝』講談社文庫、2024.08(2018)
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西尾維新による〈伝説シリーズ〉第9弾の文庫版である。オリジナルは2018年に講談社ノベルス版として刊行。完結編の第10弾とほぼ同時期に刊行された今巻も600頁超の大著になっている。カヴァのイラストはMONによる。
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英雄・空々空(そらから・くう)ら一行を乗せた人工衛星『悲衛』が消息を絶つ。地球に残った英雄の部下・杵槻鋼矢(きねつき・こうや)と、人造人間『悲恋』に人格移植された元先輩・花屋瀟(はなや・しょう)の二人は、救出作戦を開始するのだが…、というお話。
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次巻への予告編が付いた巻となっている。いよいよクライマックスなのだが、ここで一息入れて、という感じ。第7巻辺りから物凄いペースで拡げてきた大ぶろしきを、畳んでいくのかさらに拡げてしまうのか?次巻を待ちたいと思う。以上。(2024/08/15)
夕木春央著『方舟』講談社文庫、2024.08(2022)
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1993年生まれの作家・夕木春央(ゆうき・はるお)による長編ミステリ文庫版である。「週刊文春ミステリーベスト10」と「MRC大賞」で第1位に選ばれるなど、非常に高い評価を受けた作品、となる。カヴァの装画は影山徹、解説は有栖川有栖がそれぞれ担当している。
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柊一(しゅういち)とその友人など7人は、裕哉の父親が持つ別荘で同窓会のような集まりを持っていた。その最中、裕哉は近くに面白い地下建築があるから行ってみないか、と言い出す。繰り出した7人。しかし、突如起こった地震で出入り口はふさがれ、浸水が始まる。そんな中、殺人事件が発生。誰か一人が犠牲になれば脱出できる、ということが判明し、それは殺人犯の役割ではないか、突き止めよう、という流れになるのだが、果たして…、というお話。
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まことに良くできたお話。きわめてロジカルで、シニカル。この謎めいた作者、大変な才能だと思う。まだ書かれていないこと、書けることは案外あるものなんだな、と、感慨深く読了した。人間の可能性は無限なのかも知れない。どこまで行けるか、本当に楽しみである。以上。(2024/08/25)