阿津川辰海著『黄土館の殺人』講談社タイガ、2024.02
-
東京都生まれの作家・阿津川辰海(あつかわ・たつみ)による〈館四重奏〉シリーズ第3弾の長編である。「黄土館」の読みは「おうどかん」ではなく「こうどかん」。講談社タイガなので最初から文庫で刊行。カヴァのイラストは緒賀岳志が担当している。
-
中国地方の山中。201X年の大みそか。小笠原恒治は復讐を胸に、父である天才アーティスト・土塔雷蔵(どとう・らいぞう)の私邸・荒土館(こうどかん)に向かっていた。おりしもこの地域で震度5の地震が発生し、小笠原は荒土館への道が土砂崩れで途絶えてしまっている事態に直面する。そんな時、土砂の向こうから女の声が。どうやら似たような目的を持つ彼女は交換殺人を提案。小笠原はこれを受け入れるが…、というお話。
-
上は話の発端に過ぎず、タイトルの通り荒土館で連続殺人事件が起きて、名探偵・葛城輝義やその助手・田所信哉もちゃんと登場してそれぞれ活躍する。かなり複雑な構成で、そこも非常に楽しい。こういう構成力って、大変な才能だと思う。
-
〈館四重奏〉シリーズと銘打たれているので残り1本。火、水、土ときたので、次のテーマは「風」になる。となると、台風かな、と、嵐の山荘とか嵐の孤島。既にいっぱい書かれているし、このクオリティだとちょっと時間がかかるかも知れないが、気長に待ちたいと思う。
-
以下蛇足。かなり評判の良いシリーズなので、いっそのこと五重奏にして、「木」を追加もありかと。まあ、木で災害ってちょっと思いつかないのだが。花粉症とか(笑)?以上。(2024/03/01)
道尾秀介著『雷神』新潮文庫、2024.03(2021)
-
兵庫県出身の作家・道尾秀介による長編ミステリの文庫版である。初出は『週刊新潮』で単行本は2021年刊。様々なランキングで上位に入った作品となる。解説は香山二三郎が担当している。
-
小料理店を営む藤原幸人(ふじわら・ゆきひと)のもとに、脅迫電話がかかってくる。その主が知っているというのは、妻の死に関わるある秘密だった。脅迫者が店に現れた翌日に、娘の夕見(ゆみ)は新潟県のある村に行きたいと言い出す。そこは、幸人がかつての忌まわしい記憶を封じ込めた故郷だったが…、というお話。
-
『風人の手』、『龍神の雨』に続く「神」シリーズの第3弾、ということになる。話としては繋がっていないのでこれを先に読んでも問題はない。ただ、モティーフというかテーマ的には繋がっていて、世の中の理不尽さと、逆にやさしさみたいなものを体現するものとして、「神」という古来からあるイメージを立てているように思う。
-
そんな、理不尽なところも多々あるがどこかやさしい面もあるこの世界をうまい具合に表現した、いかにもこの作家らしい傑作である。以上。(2024/03/10)
劉慈欣(りゅう・じきん/リウ・ツーシン)著 大森望他訳『三体』ハヤカワ文庫、2024.02(2006→2019)
-
北京生まれの作家・劉慈欣(リウ・ツーシン。以下日本語読み省く。)による大ベストセラーの文庫版である。訳者として大森望の他に光吉さくら、ワン・チャイの、監修者として立原透耶の名前がクレジットされている。カヴァのイラストは富安健一郎が担当し、文庫オリジナルとして大森による訳者あとがきと立原による監修者解説が付されている。
-
天体物理学者である葉文潔(イエ・ウェンジエ)は文化大革命時に父を惨殺された過去を持つ。彼女が加えられた軍事基地では、やがて人類の歴史に大きなインパクトを与えることになる研究が開始される。
-
数十年ののち、科学者の連続殺人事件を追って謎の学術団体〈科学フロンティア〉にもぐり込んだナノマテリアル研究者・汪E(ワン・ミャオ)は、〈ゴースト・カウントダウン〉と呼ばれる幻覚のようなものを見る。
-
そんな中、汪Eは同じナノマテリアル研究者で〈科学フロンティア〉メンバの申玉菲(シェン・ユーフェイ)からVRゲーム『三体』の話を聞き、一連の謎を解くカギを求めて入り込むが…、というお話。
-
刊行からかれこれ20年近くを経てようやく読むことができたのだが、確かに、J.P.ホーガンの『星を継ぐもの』とか、そういったものをしのいでしまったかも知れないようなインパクトを持った作品ではないかと考えた。
-
アイディア、プロット構築、人物造形、科学考証、ディテイル練度などなどの面で、これ以上を臨むのは難しいほどの大変な傑作であり、間違いなく、21世紀初頭のSF界における金字塔の一つということになるだろう。この後に控える2編を心待ちにしたい。以上。(2024/03/15)
宮内悠介著『スペース金融道』河出文庫、2024.03(2016)
-
東京都生まれの作家・宮内悠介による5編からなるSF短編集の文庫版である。初出は、河出書房新社が出している『NOVA』上で2011年から2014年のものと、単行本刊行時の書下ろしで2016年もの1本となる。解説は大森望が担当している。
-
新星金融に転職した「ぼく」は、植民惑星である「二番街」で、今日も上司のユーセフと債権回収にいそしむ。その顧客はアンドロイドや異星人たち。誰にでも融資、をモットーとしている以上貸すのは良いとして、人類とはそもそも根本的に形態やらなにやらが異なるものたちから、一体どうやって取り立てるというのか。そんな苦難に満ちた業務を描く計6本。
-
もちろん『ナニワ金融道』をベースにしているのだけれど、貸す相手がそもそも人類ではないので話は拡がる拡がる、そしてねじれる(笑)。誰も目にしたことがないような作品を数々発表してきた作者による、これまた捧腹絶倒必至の絶品である。以上。(2024/04/01)
月村了衛著『非弁護人』徳間文庫、2024.03(2021)
-
大阪府生まれの作家・月村了衛(つきむら・りょうえ)による長編サスペンスの文庫版である。もともとは『週刊アサヒ芸能』に連載。2021年に単行本化されている。480頁ほどある大長編になっている。カヴァのイラストは木村タカヒロ、解説は円堂都司昭がそれぞれ担当している。
-
宗光彬(むねみつ・あきら)は元特捜検事。検察機構の腐敗を暴くべく奔走し、嵌められ、法曹界を去った経緯を持つ。弁護士資格を持たずに法律案件に携わる「非弁護人」となった宗光は、ある日のことパキスタン人の少年から行方が分からなくなっている同級生の少女を探してほしい、と頼まれる。なりゆきで引き受けた依頼だったが、少女失踪のには大犯罪の存在が見え隠れし…、というお話。
-
素晴らしい作品。卓越したプロット構築力と人物造形力には毎度のことながら目を瞠(みは)らされるものがある。物語の中心にあるのはさすがに「ひどい」としか言いようのない犯罪なのだけれど、そういうものが存在して、かつまた警察の捜査が及んでいない状況を丁寧に組み立てて描写していく力量に圧倒される。
-
そうした、緻密に組まれた背景設定があるから、何とも魅力的な人物である宗光の行動描写が活きてくる。主人公が元検事だけに、法律関連でかなり高度なことが描かれているのだが、全く読むのは困難ではない。この熱い小説をぜひとも多くの方にお読みいただきたいと思う。以上。(2024/04/10)
森博嗣著『何故エリーズは語らなかったのか? Why Didn't Elise Speak?』講談社タイガ、2024.04
-
森博嗣によるWWシリーズ第8弾。今回も前作から約1年を経ての刊行。カヴァの写真はJeanloup Sieffによる。今回各章頭に掲げられている引用は、ザック・ジョーダン『最終人類』からのものである。
-
エリーズ・ギャロワという著名な研究者が会いたがっている、という話が、グアトに、彼周辺の人工知能たちから伝えられる。ギャロワ博士はヴァーチァル環境をめぐる一連の研究で偉大な成果を上げており、それは「究極の恵み」とまで言われるものだった。いったいグアトに何の話があるのか?煮え切らないまま日々を過ごすうちに、ギャロワ博士の行方が分からなくなったことを聞かされる。いったい何が?そしてまた「究極の恵み」とは何なのか?、というお話。
-
かなりロジカルなつくりで、本格ミステリとして読める一篇になっている。このシリーズ、基本的には大御所が書いていたロボット工学ものミステリの進化系なのだな、と改めて思う。意識と身体をめぐる思索の深まり方は尋常ではなく、人類やこの世界の来し方行く末について、大いに考えさせられた。以上。(2024/04/20)
東野圭吾著『白鳥とコウモリ 上・下』幻冬舎文庫、2024.04(2021)
-
大阪府生まれの作家・東野圭吾による長編ミステリの文庫版である。元本は2021年に刊行。文庫化に伴い上下二分冊となった。カヴァの写真はおそらく清洲橋。解説などは付されていない。
-
時は2017年の秋。竹芝桟橋の近くで弁護士・白石健介の刺殺体が発見される。警視庁の五大務とその相棒の中町が捜査を開始。通話記録から倉木達郎という男が捜査線上に浮上。倉木は1984年に愛知県で起きた金融業者殺害事件と関係がある人物であることも判明。
-
捜査が進む中、倉木は二つの殺人事件について自供を始める。しかし、白石の娘・美令と倉木の息子・和真は、それぞれの父は何か重大なことを隠しているのではないか、と疑い始める、というお話。
-
いつものことながら、驚異的と言って良いだろうリーダビリティの高さと魅力的な人物造形、そしてまた巧みなプロット構築に舌を巻く。読み始めたら止まらないものを書くのは大変な技術を要すると思うのだけれど、もはやこれは人間国宝級かも知れない。多くの方に、是非ともこのめくるめく展開をご堪能いただきたいと思う。以上。(2024/04/25)
劉慈欣(りゅう・じきん/リウ・ツーシン)著 大森望他訳『三体 II 黒暗森林 上・下』ハヤカワ文庫、2024.04(2008→2020)
-
北京生まれの作家・劉慈欣(リウ・ツーシン。以下日本語読み省く。)による大ベストセラー『三体』第2部の文庫版である。翻訳者として大森望の他に立原透耶、上原かおり、泊功の名前がクレジットされている。カヴァのイラストは富安健一郎が担当し、文庫オリジナルとして大森による訳者あとがきと陸秋槎(ル・チュウチャ)による解説が付されている。
-
葉文潔(イエ・ウェンジエ)が発信したメッセージは、太陽系から最も近い恒星系であるケンタウルス座アルファ星系に届く。そこには三重星という特殊な環境下で盛衰を繰り返しながら発達した三体文明が存在していた。安定した星系の存在を知った三体文明は、新天地を求め太陽系に向けて侵略艦隊を発進させる。艦隊到着まで400年以上。とは言え、時間は限られている。人類はこの状況を打開すべく、「面壁計画」を発動させるのだが…、というお話。
-
アイディアとしては第1弾以上、だと思うし、作劇としても上回っているかも知れない。基本的にミステリ仕立てで、チェス・ゲーム的な展開に、手に汗を握る感じ。そして、これだけ楽しませていただいた後に、まだ先がある。一体どんな展開を見せてくれるのか、楽しみにしたい。以上。(2024/05/10)
米澤穂信著『冬期限定ボンボンショコラ事件』創元推理文庫、2024.04
-
岐阜県生まれの作家・米澤穂信による、〈小市民〉シリーズ第4弾。文庫書き下ろしでの刊行。このシリーズ、帯には「四部作掉尾」とあるのでこれで終わりの可能性が高い。カヴァのイラストは片山若子、書下ろしなのになぜかついている解説っぽい文章は松浦正人が担当している。
-
小市民を目指す高校3年生の小鳩常悟朗(こばと・じょうごろう)は、冬のある日にひき逃げに遭い、意識不明のまま病院に運ばれる。翌日、別途で目を覚ました小鳩君の枕元には、やはり小市民を目指し、小鳩君の交際相手である小山内ゆきからのメッセージが。小山内さんはどうやら犯人捜しを始めているようなのだが…、というお話。
-
作者が作者なので、単純にタイトルのような甘ったるい青春ドラマには全くなっていない。他の作品群と比べれば比較的ほのぼのとしたところはあるし、基本的には前向きなのだけれど、現実を見つめる目はまことに透徹したものだ。逆に言えば、まさしくそれこそが青春。17歳の自分って何をしてたっけ(ちなみに私は3月生まれ。)、と思いつつ、読了した。以上。(2024/05/15)
西尾維新著『悲衛伝』講談社文庫、2024.05(2016)
-
西尾維新による〈伝説シリーズ〉第8弾の文庫版である。オリジナルは2016年に講談社ノベルス版として刊行。若干ページ数が減ったがそれでも600頁超の大著になっている。カヴァのイラストはMONによる。
-
ついに物語は宇宙へ。英雄・空々空(そらから・くう)ら一行は、科学と魔法を融合させる実験を宿敵『地球』から離れた場所で行うべく、人工衛星『悲衛』に乗って地球を発つ。しかし、英雄の前に想像だにしていなかった来訪者が。彼女は自らを『月』であると言い、ある提案をしてくるのだったが…、というお話。
-
『宇宙編』開始。いよいよ終わりが近づいてきた。超展開ではあるのだけれど、最初から擬人化が行われていたので、まあこうなるんだな、とも思う。会話が成立するのが凄いのだけれど(笑)。なんでもありとは言え、その実極めてドライでロジカルなところがこの作家の真骨頂。さらなる超展開を期待しつつ次巻を待ちたい。以上。(2024/05/25)