月村了衛著『非弁護人』徳間文庫、2024.03(2021)
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大阪府生まれの作家・月村了衛(つきむら・りょうえ)による長編サスペンスの文庫版である。もともとは『週刊アサヒ芸能』に連載。2021年に単行本化されている。480頁ほどある大長編になっている。カヴァのイラストは木村タカヒロ、解説は円堂都司昭がそれぞれ担当している。
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宗光彬(むねみつ・あきら)は元特捜検事。検察機構の腐敗を暴くべく奔走し、嵌められ、法曹界を去った経緯を持つ。弁護士資格を持たずに法律案件に携わる「非弁護人」となった宗光は、ある日のことパキスタン人の少年から行方が分からなくなっている同級生の少女を探してほしい、と頼まれる。なりゆきで引き受けた依頼だったが、少女失踪のには大犯罪の存在が見え隠れし…、というお話。
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素晴らしい作品。卓越したプロット構築力と人物造形力には毎度のことながら目を瞠(みは)らされるものがある。物語の中心にあるのはさすがに「ひどい」としか言いようのない犯罪なのだけれど、そういうものが存在して、かつまた警察の捜査が及んでいない状況を丁寧に組み立てて描写していく力量に圧倒される。
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そうした、緻密に組まれた背景設定があるから、何とも魅力的な人物である宗光の行動描写が活きてくる。主人公が元検事だけに、法律関連でかなり高度なことが描かれているのだが、全く読むのは困難ではない。この熱い小説をぜひとも多くの方にお読みいただきたいと思う。以上。(2024/04/10)
森博嗣著『何故エリーズは語らなかったのか? Why Didn't Elise Speak?』講談社タイガ、2024.04
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森博嗣によるWWシリーズ第8弾。今回も前作から約1年を経ての刊行。カヴァの写真はJeanloup Sieffによる。今回各章頭に掲げられている引用は、ザック・ジョーダン『最終人類』からのものである。
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エリーズ・ギャロワという著名な研究者が会いたがっている、という話が、グアトに、彼周辺の人工知能たちから伝えられる。ギャロワ博士はヴァーチァル環境をめぐる一連の研究で偉大な成果を上げており、それは「究極の恵み」とまで言われるものだった。いったいグアトに何の話があるのか?煮え切らないまま日々を過ごすうちに、ギャロワ博士の行方が分からなくなったことを聞かされる。いったい何が?そしてまた「究極の恵み」とは何なのか?、というお話。
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かなりロジカルなつくりで、本格ミステリとして読める一篇になっている。このシリーズ、基本的には大御所が書いていたロボット工学ものミステリの進化系なのだな、と改めて思う。意識と身体をめぐる思索の深まり方は尋常ではなく、人類やこの世界の来し方行く末について、大いに考えさせられた。以上。(2024/04/20)
東野圭吾著『白鳥とコウモリ 上・下』幻冬舎文庫、2024.04(2021)
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大阪府生まれの作家・東野圭吾による長編ミステリの文庫版である。元本は2021年に刊行。文庫化に伴い上下二分冊となった。カヴァの写真はおそらく清洲橋。解説などは付されていない。
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時は2017年の秋。竹芝桟橋の近くで弁護士・白石健介の刺殺体が発見される。警視庁の五大務とその相棒の中町が捜査を開始。通話記録から倉木達郎という男が捜査線上に浮上。倉木は1984年に愛知県で起きた金融業者殺害事件と関係がある人物であることも判明。
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捜査が進む中、倉木は二つの殺人事件について自供を始める。しかし、白石の娘・美令と倉木の息子・和真は、それぞれの父は何か重大なことを隠しているのではないか、と疑い始める、というお話。
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いつものことながら、驚異的と言って良いだろうリーダビリティの高さと魅力的な人物造形、そしてまた巧みなプロット構築に舌を巻く。読み始めたら止まらないものを書くのは大変な技術を要すると思うのだけれど、もはやこれは人間国宝級かも知れない。多くの方に、是非ともこのめくるめく展開をご堪能いただきたいと思う。以上。(2024/04/25)
米澤穂信著『冬期限定ボンボンショコラ事件』創元推理文庫、2024.04
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岐阜県生まれの作家・米澤穂信による、〈小市民〉シリーズ第4弾。文庫書き下ろしでの刊行。このシリーズ、帯には「四部作掉尾」とあるのでこれで終わりの可能性が高い。カヴァのイラストは片山若子、書下ろしなのになぜかついている解説っぽい文章は松浦正人が担当している。
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小市民を目指す高校3年生の小鳩常悟朗(こばと・じょうごろう)は、冬のある日にひき逃げに遭い、意識不明のまま病院に運ばれる。翌日、別途で目を覚ました小鳩君の枕元には、やはり小市民を目指し、小鳩君の交際相手である小山内ゆきからのメッセージが。小山内さんはどうやら犯人捜しを始めているようなのだが…、というお話。
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作者が作者なので、単純にタイトルのような甘ったるい青春ドラマには全くなっていない。他の作品群と比べれば比較的ほのぼのとしたところはあるし、基本的には前向きなのだけれど、現実を見つめる目はまことに透徹したものだ。逆に言えば、まさしくそれこそが青春。17歳の自分って何をしてたっけ(ちなみに私は3月生まれ。)、と思いつつ、読了した。以上。(2024/05/15)