相沢沙呼著『invertインヴァート 城塚翡翠倒叙集』講談社文庫、2023.11(2021)
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埼玉県生まれの作家・相沢沙呼(あいざわ・さこ)による城塚翡翠(じょうづか・ひすい)もの第2弾中編集の文庫版である。カヴァのイラストは遠田志帆、解説は大倉崇裕がそれぞれ担当している。
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ITベンチャー企業の社長・吉田直政を、エンジニアの狛木繁人が殺害する。エンジニアの手により周到に練られたアリバイ工作を、霊媒探偵・城塚翡翠は一体どのように解体するのか(「雲上の晴れ間」)。他に倒叙ミステリ中編2本(「泡沫の審判」「信用ならない目撃者」)。
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既に続編『invertインヴァート II 覗き窓(ファインダー)の死角』が刊行されている。どうやら、この作者、倒叙ミステリの新たな可能性に挑んでいる感じ。飽きられないようにやっていくのはとてつもなく大変なことだと思うのだが、我々に新しい世界を見せて欲しいと思う。以上。(2023/12/01)
皆川博子著『インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー』ハヤカワ文庫、2023.12(2021)
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旧朝鮮京城市生まれの作家・皆川博子による長編ミステリの文庫版である。『開かせていただき光栄です』、『アルモニカ・ディアボリカ』に連なる作品で三部作の完結編、ということになるらしい。初出は『ミステリマガジン』で2021年に単行本化。非常に高く評価され、第63回毎日芸術賞を受賞している。カヴァのイラストは佳嶋、解説は杉江松恋がそれぞれ担当している。
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独立戦争真っただ中のアメリカが舞台。国王派と愛国派が対立する中、本国から大陸に渡ったエド(エドワード・ターナー)はどういう事情か監獄に入っている、という舞台設定。そんなエドを、ロディ(ロデリック・フェマン)という記者が訪ねてくる。エドが犯した罪、すなわち開拓者で大地主であるグレゴリー・アーデンとモホーク女性との間に生まれたアシュリー・アーデン殺害について、その動機を知りたい、というのだ。ロディからアシュリーの手記を手渡されたエドは、懺悔ではなく推理を始めるのだったが…、というお話。
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複雑な構成を持つ作品で読み解くのには若干苦労するのだけれど、やはりそこはレジェンドである皆川博子。アメリカの、それこそ複雑極まりない、そしてまた刻一刻と変化する社会情勢を見事に活写しつつ、非常に高度なミステリ作品に仕立て上げている、と思う。これで、完結、なのだろう。やや寂しいけれど、何事にも終わりはある。逆に言えば、こうしてきちんと終わってくれたことがある意味奇跡に近いのかもしれない。こうしてこのシリーズは、ミステリ史に残る偉大な傑作、となった。以上。(2023/12/10)
宮内悠介著『黄色い夜』集英社文庫、2023.11(2020)
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東京都生まれの作家・宮内悠介によるギャンブル小説の文庫版である。初出は『すばる』2020年3月号で同じ年に単行本化。文庫化にあたって2022年発表の非常に短い短編「花であれ、玩具であれ」が追加されている。カヴァのイラストは漫画家の椎橋寛(しいばし・ひろし)、解説は吉田大助がそれぞれ担当している。
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時は現代。東アフリカのエチオピア近くにあるE国には、バベルの塔を思わせる形をしたカジノが存在し機能していた。ギャンブルに勝ち続け、最上階にいる国王に勝てばこの国が手に入る、らしい。イタリア人・ピアッサとともに潜り込んだ日本人・ルイは、ニセ神父やテロリストを懐柔し、得意の頭脳戦で最上階を目指すが、その先には…、というお話。
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すごく面白いのでもっと長くしてほしかったのだが、ホントに短い(160頁位)。ギャンブルが主、というよりは、この作家のこれまでの作品同様にこの世界のありようを描いているので、ある意味これで書ききっている、とは思う。
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しかし、背景設定や人物造形をしっかりやった上でこの長さではやはりもったいなさすぎないだろうか。2倍とか3倍位にはできる気がするのだが…。以上。(2023/12/15)
古川日出男著『女たち三百人の裏切りの書』新潮文庫、2023.12(2025)
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福島県生まれの作家・古川日出男による長編小説の文庫版である。初出は『新潮』。単行本は2015年刊。読売文学賞、野間文芸新人賞を受賞した傑作。カヴァのイラストは赤が担当し、巻末に『群像』2016年1月号に掲載された著者と保坂和志の対談が収録されている。
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『源氏物語』が世に出て100年ほどののち。改竄されて流布されてしまった物語をもとの形にただすべく、紫式部は怨霊となって京の町に出現。宇治十帖(うじじゅうちょう)のただしきかたちを語り始める。その物語はこの列島に住む海賊たちや武士たち、あるいはまた歴史の表舞台に登場しないものたちをも巻き込み、やがて女たちの果てしなき裏切り合いへと発展していくのだが…、というお話。
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なんとも凄まじいお話。想像力の極み、という感じ。これぞ文学。成立に関しては謎の多い宇治十帖だけれど、私は実のところこの部分が大好きで、なんでこんなにかけ離れているんだろう、というのは常日頃考えて生きてきた(大げさだな…)。
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魅力的なんだけれど、本編より多分軽く扱われてきたこの十帖に、新ためて光を当てたかな、とも思う。薫の君の話なので基本的に光はないのだが。薫の立ち位置は、どう考えてもアポロである光に対するデュオニソスなんだよな。両方入ってるから世界文学なんだよな、と。以上。(2023/12/20)
平野啓一郎著『本心』文春文庫、2023.12(2021)
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愛知県生まれの作家・平野啓一郎による新聞連載小説の文庫版である。単行本は2021年刊。来年映画が公開される模様。カヴァの装画はゲルハルト・リヒターによる。
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AIやVRによって死者をVF(ヴァーチュアル・フィギュア)としてよみがえらせるビジネスが確立した2040年代の日本。石川朔也は急逝した母を、仮想空間上にVFとしてよみがえらせる。幸せだったはずなのに〈自由死〉を選択した母の「本心」を聞くために。やがて朔也は、よみがえった〈母〉から思いもかけぬ言葉を聞くことになるのだが…、というお話。
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そういう技術が現実化しつつある今日において、命の意味を再考させてくれる作品として読んだ。人は死ななくなるのかも知れない。あくまでも〈他者〉としては、なのだが。技術は人間の関係性すら、変えていくのだろうと思う。それは実のところ極めて本質的な部分なのだが。以上。(2023/12/25)
月村了衛著『白日』角川文庫、2023.12(2020)
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大阪府生まれの作家・月村了衛(つきむら・りょうえ)による企業小説の文庫版である。WEB雑誌『カドブンノベル』に連載されたもので、2020年に単行本刊。解説は永江朗が担当している。
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千日出版の秋吉孝輔は、引きこもりや不登校児を対象とした新規の高校開設事業に携わっていた。そんな中、同社梶原局長の息子が転落死する、という事件が起きる。事故なのか、はたまた自殺なのか。秋吉は部下の前島亜寿香とともに独自の調査を開始するが、会社の上層部からは折も折なのでこの件は隠蔽せよとの命令が下る。さあ、どうする秋吉?、というお話。
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この手の話は色々な人が書いているせいもあって若干既視感があるのだが、それはさておいて。さすがに組織の悪だくみみたいなものを書かせたら本当に第一人者であるこの著者なので、最初から最後まで怒涛の読者体験を堪能できた。コンパクト(300頁位)なのも良い。世の中の大変さや厳しさを認識させてくれる好著である。以上。(2024/01/10)
深水黎一郎著『マルチエンディングミステリー』角川文庫、2023.12(2019)
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山形県生まれの作家・深水黎一郎によるタイトル通りの作品文庫版である。もともとは『犯人選挙』という題で刊行。さすがにふざけすぎなタイトルだったかも知れないが…。それはさておき、本作は代表作になるのだろう『ミステリー・アリーナ』と対をなす作品として構想されたとのこと。そんなことが、著者による文庫版あとがきに書かれている。
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東京都内の集合住宅・大秦荘(だいたいそう)には8人の住人がいた。そのうちの一人、筋骨隆々の栗林謙吾が絞殺される。部屋にはかぎが掛かっており、門限がある中、玄関も内側からチェーン錠が掛けられていた。そんな二重の密室状態で、犯人はどうやって謙吾を殺したのか。七つの結末があなたを待つ!
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良く思いつくなー、と感心。ミステリ界には暗黙のルールみたいなものが確かにあって、そうでないと楽しめないところもあるのだが、そこをちょっとずつ破っていくような作品が時々出てきてパラダイムを変えていくのだけれど、まさにその可能性を一つ一つ試してるんだな、と思った。
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ちょっとずつ破る、というのが結構肝で、一気に壊すと誰も読んでくれない(笑)。あくまでもその時点での常識的なミステリの体裁を保ちつつで、ちょっとずらす、というのがポイントだと思っている。この作者は割と一気に崩してくるが(笑)。これは実のところかなり高度な技術なはずで、やってのけている深水黎一郎はある種の天才だと思う。以上。(2024/01/15)
月村了衛著『奈落で踊れ』朝日文庫、2024.01(2020)
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早稲田大学出身の作家・月村了衛(つきむら・りょうえ)による官僚悪漢小説の文庫版である。初出は『週刊朝日』。今更ながら、この週刊誌がすでに休刊していることに気づく。カヴァの写真はiStock、解説は池上冬樹がそれぞれ担当している。
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1998年。大蔵省は降ってわいた「ノーパンすき焼き」スキャンダルで混乱を極めていた。事態を収拾させようと動くもの、あるいはこれを利用して反対勢力を消し去ろうとするもの、様々な思惑が交差する中、大蔵省きっての変人で知られる大臣官房文書課課長補佐の香良洲圭一が動き出す。香良洲は、あるいは大蔵省は、この局面をどう乗り越えるのか、はたまた…、というお話。
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実際にあった事件なのだが、そのこと自体がもう忘れられているのかも知れないし、忘れ去られるように促されてきたのかも知れない。まことに恐ろしい。香良洲は終盤とんでもないとされる行動に出るのだが、これも最近同じようなことがなかったっけ、なのだが…。まことに恐ろしい。権力というもののとる形は、20年位では全然変わらないのかも知れない、と思う。エンターテインメントといういわば仮の姿で、物事の本質をみごとについた傑作である。以上。(2024/02/10)
阿部智里著『追憶の烏』文春文庫、2024.02(2021)
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群馬県生まれの作家・阿部智里による〈八咫烏〉シリーズ第2部第2巻の長編文庫版である。とうとうアニメーション化が行われたこの作品も、刊行始まってから10年以上が経つ。カヴァのイラストはいつものように名司生(なつき)、解説は吉田大助が担当している。
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時間は前巻からかなり巻き戻る。正式に即位した金烏(きんう)である奈月彦(なづきひこ)は、浜木綿(はまゆう)との間にできた娘の紫苑(しおん)の宮を後継ぎとすべく画策していた。しかし、これには黙っていない勢力が山内には存在。留学として外界に出ていた奈月彦の側近である雪哉は、ある日信じられない知らせを聞き、驚愕するのだったが…、というお話。
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第2部の始まりが第1部の20年後だったので、間の話は確かに必要になるだろう。ただ、このペースで刊行されると、前の巻で何が語られていたのか、とかを忘れているわけで…。一度に読める大長編なら時系列を進めたり戻したりはレトリックとして有効だけれど、こういうのはどうなんだろう。
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誠に面白いシリーズだったのだが、ここへ来てちょっと醒めてきた次第。ストーリィは前に進め続けて欲しい、と思う。結論が見えてるものを興味をもって読める人ってどれだけいるんだろう。この先、第1部のような、あるいはそれ以上の盛り上がりを、期待しても良いのだろうか?以上。(2024/02/20)
西尾維新著『悲亡伝』講談社文庫、2024.02(2015)
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西尾維新による〈伝説シリーズ〉第7弾の文庫版である。オリジナルは2015年に講談社ノベルス版として刊行。今回も700頁超の大著になっている。カヴァのイラストはMONによる。(一文字しか変えてません…。)
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四国から帰還した英雄・空々空(そらから・くう)は、新たに設置された「空挺部隊」のリーダーとなる。上からのお達しで、世界各地につくられた対地球組織の中に潜む裏切りものを探すことになった空挺部隊。二人一組で各組織へと乗り込むが果たして…、というお話。
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超ローカルな四国編から一気に世界編に。このギャップが凄まじい。次巻はさらにスケールアップすることが見えているのだが、それはさておき、情報量がものすごく多い巻で、そんなところを楽しんだ次第。物語自体はテンポ・アップしていて、終盤に向かう疾走感が心地よい。次巻を待ちたい。以上。(2024/02/25)