今野敏著『審議官 隠蔽捜査9.5』新潮文庫、2025.09(2023)

北海道生まれの作家・今野敏による「隠蔽捜査」シリーズ第12弾にして3本目の短編集文庫版である。大部分が『小説新潮』に掲載され、2023年に単行本化。解説は若林踏が担当している。
竜崎伸也が横浜県警へと移動した後の大森署。新署長の到着が遅れる中、ひったくり事案、強盗事案が相次いで発生。二つの事案に緊急配備は無理、という状況下にもかかわらず、署内でもめごとが起きる。署長不在の中、大森署の面々は、一体どのような行動をとるべきなのか…(「空席」)。他8編。
大森署の新署長が藍本小百合警視正で、この人を主役に据えたシリーズも開始されている(『署長シンドローム』と『署長サスピション』の2冊が既刊。こちらは講談社より)。節目の長編第10弾『一夜』も刊行済み。
それはともかく、毎度のことながら組織小説としての出来映えには舌を巻く。今野敏の代表作にして警察小説の金字塔も、上記派生シリーズその他も含めいよいよ巨大なプロダクションとなってきた感がある。今後の展開にも目が離せないところ。以上。(2025/09/17)

井上真偽著『アリアドネの声』幻冬舎文庫、2025.09(2023)

神奈川県出身の作家・井上真偽(いのうえ・まぎ)による長編サスペンスの文庫版である。カヴァのイラストは尾崎伊万里、解説はけんごがそれぞれ担当している。
大地震が発生し、落成したばかりのWANOKUNIという大規模地下居住施設もまた大きな被害を受ける。そんな中、見えない、聞こえない、話せない、という三重障害を持つ女性が地下深くに取り残されたことが判明。人が入ることが不可能な状況下、そしてまた有効な連絡手段もない中、ドローン操縦士の高木ハルオは遠隔操作によって女性を安全な場所まで誘導する、という任務を与えられるが、果たして、というお話。
なんといっても発想が素晴らしい。ドローンというか、無人機は、今のところ技術的にはまだまだなのかもしれないけれど、こういう形(=人命救助のようなこと)で使われていって欲しいものだな、と思う。本作に書かれている通り、通信周りが難しいだろう、ということは一応大学で通信工学をやっていたので割と良く分かる。マイクロ波は今も昔もとても重要なファクタである。
それはともかく、どちらかというと変格系のミステリで名をはせたこの作者、さすがに話の作りこみというか見せ方が見事で、最後まで全く飽きさせない。個々人の様々な思惑などもしっかり描かれていて、人間ドラマとしての出来栄えも秀逸。是非実写で映像化を、と思った次第。ハリウッドが買うかも?以上。(2025/09/24)

紺野天龍著『聖女の論理、探偵の原罪』ハヤカワ文庫、2025.09

東京都生まれの作家・紺野天龍(こんの・てんりゅう)による書き下ろし本格ミステリ長編である。今回の文庫版が初出。546頁の大著で、税込み1,500円位。しかし、これは内容の充実ぶりを考えると全く問題のない価格設定に思える。カヴァのイラストは爽々が担当している。
元高校生探偵の進道寺浩平(しんどうじ・こうへい)は、15年前に集団自殺事件を起こした教団〈科学の絆〉にとある大手出版社の編集者からの依頼で潜入調査を開始。しかし、教団の聖女である聖天祢(ひじり・あまね)は進道寺を逆スパイとして雇う、と言い出す。これを受けた進道寺だったが、教団周辺では不可解な事件が起こり始め…、というお話。
空前絶後の傑作。さりげなく出版されたものではあるのだが、これは広く読まれて欲しい、と思う。ランキング席巻はあり得る。基本的に麻耶雄嵩や帯にコメントを書いている竹本健治の流れを汲んでいる、と思うのだが、この著者が主戦場としてきたラノベの良いところとか(一応ラブコメではあるので)、理系作家ならではの論理性とか、宗教や信仰についての相当深い洞察とか、良いところを上げていったらキリがない。久方ぶりにすごいものを読ませていただいた。
しかし、ないものねだりをするのが私。第2章「氷結魔法事件」についてだけれど、これだけある科学理論が絡まない。絶対零度付近で起きる超電導、とかその辺って第1章のテーマであるトンネル効果となんか関係があったような?第2章だけ扱われているのが普通の物理学なところが気になった次第。構成的に一貫性を持たせているような気がするのだが、ここには穴がないか?かなり周到なプランニングをして書く作家だと思うので(ミステリだったら当たり前かも知れないけれど、まことに頭が下がります…)、あるいは意図的かも知れないが。続編への布石だったり(笑)。以上。(2025/09/29)

望月諒子著『野火の家』新潮文庫、2025.10(2023)

愛媛県生まれの作家・望月諒子(もちづき・りょうこ)による木部美智子ものミステリ長編の文庫版である。解説は千街晶之が担当している。
大雨が続く中、関東地方の各地で血が付いた五千円札があちこちで発見される。五千円札の出どころらしい中古自動車業者の森本健次も死体となって発見され、事態は混迷を極めていく。
そんな中、原発取材を続けていたジャーナリスト・立石一馬の死体が増水した川で見つかる。二つの事件にはつながりが見え隠れするのだが、そこには何が?フリーライタの木部美智子は真実を突き止められるのか、というお話。
執念で書ききった、という感じの傑作。若いころ、というかかなり早い段階からこういうものを書こう、みたいなことを考えていたのかも知れない。100年にわたる壮大な話だけれど、記述が微に入り細に入りなので大雑把な感じとか大ぶろしきな感じは全然ない。見事な人間ドラマであり、叙事詩にすらなりえていると思う。間違いなく、今読まれるべき作品、である。以上。(2025/10/06)

今村昌弘著『兇人邸の殺人』創元推理文庫、2025.10(2021)

長崎県生まれの作家・今村昌弘による葉村・剣崎ものミステリシリーズの第3弾文庫版である。カヴァのイラストは遠田志帆が担当。解説はなく綾辻行人と著者による対談が収録されている。
馬越(うまごえ)ドリームシティという、廃墟テーマパークにそびえる「兇人邸(きょうじんてい)」が舞台。班目機関の研究所だったこの場所に、研究資料を求めるグループとともに潜入した葉村譲、剣崎比留子たちだったが、そこには首斬り巨人が待ち構えていた…。惨殺されていく同行者たち、そして行方不明となった比留子。この苦難に譲らはどう立ち向かうのか、そしてまた巨人の正体とは?、というお話。
このシリーズはホラーが基調となっているのだが、今回はフランケンシュタインとかジェイソンとかその辺がモティーフ。そこはそれとして、このシリーズはそれに加えて純然たる本格ミステリも目指しており、その融合ぶりが売りであり、凄いところでもある。本作もまた、前2作同様に誠に見事なロジックが構築されていて、感無量。本格ミステリの最前線、という感じで読ませていただいた。以上。(2025/10/27)

城平京著『虚構推理 忍法虚構推理』講談社タイガ、2025.10

奈良県出身の作家・城平京(しろだいら・きょう)による「虚構推理」シリーズ第7弾となる長短編集。今回もコミック原作として書き下ろされた4本(ないしは3本)が収録されている。カヴァのイラストはいつものように片瀬茶柴が担当。
WEB小説『真九郎忍法料理帖』をネット内で発見した岩永琴子は、主人公・真九郎のモデルが桜川九郎であり、作者は桜川六花なのではないか、と疑い始める。本人たちに問いただすと、意外なことに作者は…(『忍法虚構推理 前後編』)。他2本を収録。
長編である『忍法虚構推理』だけで260頁くらい、他2本も合わせて190頁くらいなので、分けても良かったんじゃ、とは思う。前著の『岩永琴子の密室』が異様に薄かったので。色々な兼ね合いがあるのだろうと邪推する。
それはともかく、とりわけ『忍法虚構推理』が面白くて、忍法に料理、そして何とか術などが跳梁跋扈するいかにもこのシリーズらしい傑作。割と節目、な雰囲気も漂う。著者の代表作が行きつく先を見守りたいと思う。以上。(2025/11/01)

奥田英朗著『リバー 上・下』集英社文庫、2025.10(2022)

岐阜県生まれの作家・奥田英朗(おくだ・ひでお)による長編群像劇の文庫版である。文庫化にあたり上下二分冊となった。解説は無し。カヴァの写真は渡良瀬川のどこか。
群馬県桐生市と栃木県足利市の渡良瀬川河川敷で、若い女性の全裸死体が相次いで見つかる。同地域では10年前に同様の事件が発生し未解決となっており、同一犯によるものの可能性が取りざたされる。
この事態に対し、10年前の事件で娘を失ったカメラ屋店主、検挙に持っていけなかった元刑事、この地に赴任したばかりの意欲ある若い新聞記者、犯罪心理学者、そしてまた群馬県警、栃木県警を中心とした警察関係者たちは、どう行動したのか、そしてまた浮かび上がった容疑者の中に真犯人はいるのか?、というお話。
奥田英朗にハズレはないので、安心して最後までワクワクしながら読めた。エンターテインメント作品としての出来栄えはいつものことながら素晴らしい。とは言え、結構一筋縄ではいかない作品でもある。
つまり、公判で明らかになっていくのだろう部分とか、黙秘してしまっていたりするのだろうから誰も知りようがない情報とか、そういうところを一切書いていない辺りが面白くて、要するに神の視点みたいなものを敢えて放棄した作品になっている。最後まで読むと、なるほどそういう仕組みなんだな、ということに気づく。凄い作家だな、と改めて思う。現実の犯罪とその処理って、多分そういうものなのだろう、と。以上。(2025/11/10)

高野和明著『踏切の幽霊』文春文庫、2025.11(2022)

東京都生まれの作家・高野和明による長編ホラーの文庫版である。初出は『別冊文藝春秋』。本作は極めて高い評価を受け、第169回直木賞候補にも挙がった。解説は朝宮運河が担当している。
時は1990年代中盤。新聞記者から女性誌の契約ライタへと転身を余儀なくされた松田法夫(まつだ・のりお)は、かなり不本意な幽霊談の取材に駆り出される。そんな中で下北沢三号踏切に現れるという怪現象がどうやら「本物」らしい、と色めきだった松田らは、さらなる取材を進めていくのだが、そこには…、というお話。
小田急線は地下にもぐってしまったので踏切自体なくなっているのだが、それはともかく。大傑作『ジェノサイド』から11年ぶりの長編で大いに期待していたのだが、なるほど素晴らしい作品。『ジェノサイド』前の作風に戻っているかも、と思ったのだが解説を読んで納得した。
私が研究にいそしんでいたシャマニズムと関わる事柄も良い感じで書かれているし(私自身「本物」に何人か会っている。)、版元である文春らしい「正義感」も悪くなくて(この辺、変わってないな、と。)、90年代ってそんな時代だったよな、と考えながら読了した。以上。(2025/11/25)

井上真偽著『ぎんなみ商店街の事件簿 SISTER編/BROTHER編』小学館文庫、2025.11(2023)

神奈川県出身の作家・井上真偽(いのうえ・まぎ)による大ヒット作の文庫版である。フォーマットとしては、各編で分冊。基本的にどちらから読んでも良いのだが、タイトルの通り、ぎんなみ商店街とその周辺で発生した事件を扱ったミステリ作品になっている。カヴァのイラストは風海、解説はSISTER編をたくみ、BROTHER編を齋藤明里がそれぞれ担当している。
ぎんなみ商店街にある焼き鳥店「串真佐」の三姉妹である内山佐々美、都久音、桃。飲んだくれた長女・佐々美を次女・三女が介抱した矢先、同家に警官が訪れ、近くの袴田商店で交通事故があり、運転手は即死。どうやら運転中に食べていた焼き鳥の串がのどに刺さった、とのことで事情を聞かせて欲しい、という。さて、事件の真相は…(SISTER編第一話「だから都久音は嘘をつかない」)。
ぎんなみ商店街近くに住む木暮元太、福太、学太、良太の四兄弟。母は若くして亡くなっており、父は海外赴任中。そんなある日、銀波坂にある袴田商店で交通事故があったようで、ほどなく警察から連絡が来る。どうやら良太が現場に居合わせ事故を目撃したらしいのだが…。果たして事件の真相は…(BROTHER編第一話「桜幽霊とシェパーズ・パイ」)。
SISTER編/BROTHER編とも3話を収録。同じ事件を、それぞれ内山三姉妹、木暮四兄弟の立場から描く、という趣向。ロジックの組み立て方が余りにも精緻でそこはさすがにこの作家。まだ明らかになっていないことも結構あって、続編もまもなくでるようで、と興味は尽きない。いつも想像の遥かに上を行く作家による、渾身の傑作である。以上。(2025/11/30)