冲方丁著『ムーンライズ I II III』TO文庫、2025.05
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岐阜県生まれの作家・冲方丁(うぶかた・とう)によるアニメーション原案の長編。文庫書き下ろしの形で3冊同時刊行。それぞれ『I:ボーン・デイ』、『II:シード・ブリンガー』、『III:エクリプス』という副題がつけられている。
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〈サピエンティア〉というAIがすべてを管理するようになった世界。地球と月の住民同士が資源を巡って対立し戦争に突入。そんな中、地球に住むジャックは、どうやら自分の父親であるらしい月革命組織〈ムーン・チェーンズの〉の指導者ボブ・スカイラムに会うべく月へと向かい、月で生まれたフィルはウィズBというAIと心を通わせ大きな力を得る。二人の運命はやがて交錯し、というお話。
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複雑極まりない話で、正直ちゃんと理解できていない(笑)。『マルドゥック』シリーズの著者によるものだけに、ああ、ウィズBってウフコックだよね、とか、フィルはバロットだよね、とか、そんな感じで読んでいくと良いのかも知れない。その他、ハンターっぽいキャラクタとか、そもそも話の流れ自体とか、まあ元を辿れるものは多い。
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そうやって理解する必要がある、というかそういうものを読んでいると理解しやすくなる、というのは今やってるガンダム同様あまり正しくない気はするが。作品は基本的に閉じててほしいので。アニメーション版は観ていないのだが、きっと分かりやすく作られているんだろうな、と思う。恐らくアニメーションを観てから読むのが正しいのかも知れない。どっちにしてもかなり根気がいる気はするのだけれど…。以上。(2025/06/02)
髙村薫著『我らが少女A』毎日文庫、2025.05(2019)
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大阪市生まれの作家・髙村薫による『毎日新聞』連載小説の文庫版である。基本的に警察小説あるいは捜査小説ではないのだが、一応、合田雄一郎ものに含まれるし、ミステリには違いない作品になっている。カヴァのイラストは雪下まゆによる。
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風俗店アルバイトの上田朱美が、同棲相手に殺害される。同棲相手の供述から、朱美が住んでいた多摩地区で12年前に起きた未解決事件と、当時15歳の高校生だった朱美との関わりが再浮上する。この事件には、今は警察大の教授になっている合田雄一郎も捜査に当たっており、苦い記憶があったのだが…、というお話。
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警察が捜査をしていくプロセスを描く、のではなく、基本的に朱美の友人やその関係者が当時の記憶をたどりつつ真相に近づいていく、という作りになっている。そして、そこには合田も含まれている。まさに、めくるめく、といった感じの群像劇。
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警察や捜査機関にできることなんて、所詮人間にできることにすぎないし、できないことはできない、という、ミステリとしてものすごく本質的なことが語られている。ハードボイルドや警察小説というジャンルで名を挙げたこの作家が、こんな境地に至ってしまったのか、と、時の流れを感じつつ読了した。以上。(2025/06/10)
安壇美緒著『ラブカは静かに弓を持つ』集英社文庫、2025.05(2022)
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北海道生まれの作家・安壇美緒(あだん・みお)による長編の文庫版である。初出は『小説すばる』。単行本未収録のスピンオフ短編「音色と素性」が掲載されている。カヴァのイラストはよしおか、解説は斉藤壮馬が担当している。
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13歳の時にある事件をきっかけにチェロをやめた橘樹(たちばな・いつき)は、勤務先である全日本音楽著作権連盟の上司に命じられて音楽教室への潜入調査を行うことになる。その目的は、レッスンの現場で、著作権の侵害が行われている証拠を集めること、だった。しかし橘は、担当講師・浅葉桜太郎やレッスン仲間たちに溶け込むなか、自分のやっていることの意味に疑問を抱き始め…、というお話。
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実際にあったことをもとに書かれた小説、となる。潜入調査とかコンプライアンス的にどうなの、と思うのだが…。そんなこともあってか最初のうちは教室運営団体側が優勢だったこの問題、今年の2月にJASRACと「音楽教育を守る会」の間では合意に至っていて、大人年750円、子ども年100円、で決着している。随分安い(笑)。スコア1冊も買えないじゃん。個人的には、作曲家の生活を何とかしてあげたいのだが。その実物凄く大変なので。
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そんな話もあるのだが、それはさておき、小説としては、さすがに高い評価を受けただけのことはあって本当に良くできていて、色々腑に落ちた。表紙にもしっかり描かれている「ラブカ」の生態やら、『ラブカ』というスパイ映画やら、多分久石譲がモデルなんだろう作曲家が書いたその劇伴やら(タイトルの付け方が久石・宮崎っぽい。)、ラブカを中心にしたモティーフ群が実にうまいこと組み合わされている。中身を見事に体現するタイトルも素晴らしい、と思う。扱いの難しい問題を取り扱いながら、それをエンターテインメントとして昇華させた傑作である。以上。(2025/06/13)
冲方丁著『マルドゥック・アノニマス 10』ハヤカワ文庫、2025.05
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岐阜県生まれの作家・冲方丁によるマルドゥック・アノニマス・シリーズ第10弾である。いつもと同じく『SFマガジン』連載のものを単行本化等を経ずに文庫化したものになる。ついにこの作品もこの巻で10冊目を迎えた。そして、まだ完結しない。カヴァのイラストは寺田克也による。
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シルヴィアの死を受け、ハンター陣営は護衛していた〈イースターズ・オフィス〉の大失態である、と攻撃するが、これに対抗すべくついにウフコックが表に姿を出し、犯人を突き止め、事態の収拾を図ることを宣言。世論はオフィス側へと傾く。調査などが進む中、シザースがウフコックに接近し、勧誘するがウフコックはこれを拒否。これを契機に、事態は大きく動くことになり…、というお話。
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話が大きく動いた感じの巻になっている。非常に混み入った話だったものが、ようやく、3陣営が三つ巴の闘いをしている、という図式が明確になった。いいところで終わってしまう、という巻で、しょうがないなー、まあ1年待ちましょうか、になる。さすがに色々忘れてしまうのだが…。以上。(2025/06/15)
月村了衛著『香港警察東京分室』小学館文庫、2025.06(2023)
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大阪府生まれの作家・月村了衛(つきむら・りょうえ)による警察ものアクション長編の文庫版である。非常に高く評価され、第169回直木賞候補作となった。カヴァのイラストは伊藤彰剛、解説は小川善照がそれぞれ担当している。
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増加する国際犯罪に対して適切な対応を行っていくべく警視庁内に創設された日中合同の捜査チーム「特殊共助係」だが、周囲からはある種の吹き溜まりとされ、「香港警察東京分室」とも呼ばれるようになっていた。そんなチームに命令が下る。それは、日本に潜伏しているらしい香港の政治犯キャサリン・ユーの身柄確保だったが…、というお話。
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帯に、「主な登場人物」が書いてあるのだが、カヴァをして読む習慣なので気づけず。本体に記載してほしかったところ。まあ、基本10人+1名で話は進むので、さほど苦労はしないのだが。
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さて、それはともかく、本書は組織の立ち位置や登場人物の造形などに『機龍警察』っぽいテイストを織り交ぜた、香港ノワール風なアクション満載の傑作エンターテインメント作品、である。香港の内情とか、今後などもきっちり書いてある辺りもすばらしいな、と思った。
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ヴィジュアル的にも華やかな感じになるはずなので、これは是非映像化してほしい、のだがその前に『機龍警察』を(笑)。まあ、メカがない分、あれよりはやりやすいだろうとは思う。以上。(2025/06/25)
小川哲著『地図と拳 上・下』集英社文庫、2025.06(2022)
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千葉市生まれの作家・小川哲(おがわ・さとし)による第168回直木賞受賞作の文庫版である。文庫化にあたり、上下二分冊となった。初出は『小説すばる』。カヴァは川名潤、解説は深緑野分がそれぞれ担当している。
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1899年の夏、高木と細川は海を渡って満州に赴く。密偵である高木はこの地に大量の石炭が眠っていることを知る。やがて満鉄に入る細川、あるいは鉄道敷設のため測量隊にこの地に加わってやってきたロシア人神父クラスニコフ、この地にて馬賊の王となった鋼の肉体を持つ孫悟空(そん・うーこん)。紛争と陰謀が絶え間なく続く中、人々の様々な思惑により大地には新たな地図が描かれていくことになるのだが…というお話。
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物語化を回避し、叙情性の横溢を一歩手前で止める、という姿勢に貫かれた作品、として読んだ。『ゲームの王国』のようなエンターテインメントにしてしまうのもありだとは思うのだが、これはこれ。
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全てを裏で操るフィクサー・細川の権謀術数ぶりをメインに、超人的な能力を持っているという設定を持つ孫悟空の娘・孫丞琳(そん・ちょんりん)と、高木の係累である「万能計測器」須野明男(すの・あけお)の活躍とロマンスを描いた作品、として読めないこともないのだが、それらをメインにせず、むしろ歴史の大きな流れの方を主役にしているところが本作の特質であり、ある意味偉大なところではないか、と考えた次第である。以上。(2025/07/01)
冲方丁著『骨灰(こっぱい)』角川文庫、2025.06(2022)
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岐阜県生まれの作家・冲方丁(うぶかた・とう)による長編ホラーの文庫版である。初出は『小説 野生時代』で単行本は2022年刊。非常に高い評価を受けた作品で、第169回の直木賞候補にも挙がっていた。解説は大森望が担当している。
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株式会社シマオカのIR部門にいる松永光弘は、渋谷での高層ビル建築現場の地下へ、「火が出た」、「人骨が出た」等のネット言説の真偽を確認すべく向かっていた。異様な臭気が漂うそこには一人の男が鎖につながれており、松永はなんとかそれを解き男を解放。そこから、松永の周囲で妙な事象が起こり始め…、というお話。
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初ホラー、とのこと。そういわれてみると、そうか、という感じなのだが、さすがに名人芸的な作品で、楽しめた次第。渋谷もここ数十年で変貌してしまったが、渋谷のみならず、大都市の基礎部分には色々あるのかも知れない。というより、間違いなく何かはある。それが祟るとか災いを呼ぶとか、何らかの形で鎮める必要がある、とか、そういう風に考えるかどうかはひとそれぞれではあるのだが。以上。(2025/07/05)
米澤穂信著『栞と嘘の季節』集英社文庫、2025.06(2022)
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岐阜県生まれの作家・米澤穂信による長編ミステリの文庫版である。本作は北八王子市にある高校の図書委員である堀川・松倉シリーズ第2弾、となる。初出は『小説すばる』。解説は若林踏が担当している。
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冬のある日、堀川次郎と松倉詩門は、返却された『薔薇の名前』下巻に栞が挟まっているのに気づく。押し花をラミネート加工したものだったが、どうやらその花は猛毒で知られるトリカブトらしい。持ち主を探し始める二人だったが、栞は同級生の美少女・瀬野によって奪われ、目の前で焼かれてしまう。事態はこれで収束、かに見えたが、パワハラ気味の男性教師が薬物中毒らしき症状で搬送され…、というお話。
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謎が謎を呼ぶ展開、意外な犯人、含蓄ある台詞等々、いつものことながらまことに読み応えのある作品。米澤穂信は常に買い。恐らく書かれるであろう第3弾を心待ちにしている。以上。(2025/07/08)
貴志祐介著『梅雨物語』角川ホラー文庫、2025.06(2023)
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大阪府生まれの作家・貴志祐介によるホラー・ミステリ中編3本からなる作品集。『秋雨物語』に続く「雨」シリーズ(私が勝手に命名)第2弾、となる。初出は『小説 野生時代』で、単行本は2023年刊。解説は若林踏が担当している。
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自殺した青年が遺した句集に収められた、沖縄での出来事をつづったかに見える俳句に秘められた忌まわしき過去とは?(「皐月闇」)、遊び人が夜な夜な見る、遊郭で花魁たちと戯れる夢がはらむ本当の意味とは?(「ぼくとう奇譚」)、工業デザイナが見る、自宅の広大な庭に大量のキノコが生える幻覚が指し示す恐るべき事実とは?(「くさびら」)。
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植物、昆虫、菌類など、その膨大な知識量には毎度のことながら圧倒される。そうした蘊蓄もさることながら、話の展開とか、意外な結末とか、さすがにそこは達人の手によるもので、誠に充実した時間を過ごすことができた。続き、があるのかは不明だが、ぜひとも書き継いでいって欲しいシリーズである。以上。(2025/07/14)
誉田哲也著『妖の絆』文春文庫、2025.07(2022)
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東京都生まれの作家・誉田哲也による「妖(あやかし)」シリーズ第4弾の長編文庫版である。初出は『オール讀物』。解説は末國善己が担当している。
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江戸時代。闇神(やがみ)である絶世の美女・紅鈴(べにすず)は、悲惨な境遇にある少年・欣治(きんじ)を助ける。妹想いの少年の健気さに打たれ、吉原に売られた欣治の母・おかつを取り戻してやる、と約束してしまった紅鈴。涼風、という名で吉原での仕事を開始するが、闇神を追う一族のものたちが周囲に現れ…、というお話。
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スピーディな展開、ほとばしるエロティシズム、外連等々、このシリーズの第1作『妖の華』でデビュウした誉田哲也の原点回帰にして、真骨頂とも言えるエンターテインメント作品になっている。
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難しいことは一切書いてない。色々なものを書いてきて、そんな中で色々なことを知ってしまって、書きたいことは山ほどあるはずなのに、それらを一切排して書き上げたところが本当に素晴らしいと思う。読者を楽しませることだけを目指した、エンターテインメントとはこうあるべきなのかも知れない、と思わせてくれるような、快作である。以上。(2025/07/16)
宝樹(バオシュー)著 大森望他訳『三体X 観相之宙(かんそうのそら)』ハヤカワ文庫、2025.06(2011→2022)
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四川省広元生まれの作家・宝樹(バオシュー)が書いた、劉慈欣(リウ・ツーシン)による大ベストセラー『三体』の著者公認スピンオフ文庫版である。翻訳者として大森望の他に光吉さくら、ワン・チャイの名前がクレジットされている。カヴァのイラストは富安健一郎が担当し、文庫オリジナルとして大森による訳者あとがきが付されている。
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「階梯計画」によってスパイとして三体世界に派遣された雲天明(ユン・ティエンミン)は、最愛の女性・程心(チェン・シン)の親友である艾AA(アイ・エイエイ)に自分の身に起きたことを語り始める(「時の内側の過去」)。とある存在から重大な使命を与えられた雲天明のもとに和服を着た智子(ともこ/ヂーズー)が現れこの世界の成り立ちを語り始める(「茶の湯会談」)。太陽系を滅ぼした「歌い手」文明と、その真の敵・潜伏者との闘いの果てにあるものは(「天萼(てんがく)」)。他数編。
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翻訳がまことに素晴らしいのだがそれはさておき。確かに、賛否両論は当然あってしかるべき、ではある。二次創作で、ここまで上り詰めた作品は少ないと思うのだが、ちゃんと本編を消化したうえできちんと補完していて、妄想っぽいところも結構面白くて、読まなくても良いんだけれど別に読んでも損するところはない、位な作品だと思った。
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とても印象的だったのは、本編(キリスト教でいうところのいわゆる正典=カノンというやつ)にはあまり感じられなかったユダヤ・キリスト教的な世界観とか倫理観とかがかなり入っていて、英語圏で受け入れられやすかったのはその辺のこともあるのかな、などと考えた次第。以上。(2025/07/20)
アレステア・レナルズ著 中原尚哉訳『反転領域』創元SF文庫、2025.07(2022)
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ウェールズ生まれの作家であるアレステア・レナルズ(Alastair Reynolds)による2022年発表のSF長編。原題はEversion。カヴァのイラストは加藤直之、解説は渡邊利道がそれぞれ担当している。
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19世紀の大西洋北部。外科医サイラスなど9名を乗せた小型の帆船デメテル号は、ノルウェー沿岸を、フィヨルドの先にあるとされる古代の大建築物を目指し北上していた。大建築物を目にした矢先、一行は先行したエウロパ号の残骸を見出し、彼ら自体も座礁の憂き目にあう。そして主人公サイラスは死に…、というお話。
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確かに超絶展開。メタフィクションぽい感じが面白くて、さらにはエイダとかデュパンという登場人物がいて、結構ニヤリ。山田先生や春樹先生や竹本先生や笠井先生を読んでいるとは思えないのだが、これはシンクロニシティ、ということになるのだろうか。
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分厚さで圧倒されたかの作品群とはちょっと違うテイストの、それでもなおエンジニアリング系SFの面白さ楽しさを再認識させてくれる、あるいはまた、左記作品群に比べてかなりコンパクトな分、手に取りやすいのもうれしい佳品である。以上。(2025/08/01)
凪良ゆう著『汝、星のごとく』講談社文庫、2025.07(2022)
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滋賀県出身の作家・凪良ゆう(なぎら・ゆう)による長編の文庫版である。2022年刊。絶賛され、第168回直木賞候補に上がり、第20回本屋大賞を受賞。同賞受賞は『流浪の月』に続いて2作目、となる。カヴァの写真はauroreによる。
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瀬戸内海の島育ちの井上暁海(いのうえ・あきみ)と、京都から転校してきた青埜櫂(あおの・かい)。暁海の父は不倫で家を空け続け、櫂の母は次から次へと恋愛対象を変える。そんな、一筋縄ではいかない家庭環境の二人が恋に落ち、愛をはぐくむ。しかし、幸せな日々は長くは続かない。現実の酷薄さは、どうしようもなくのしかかるのだったが…、というお話。
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こういう、自由度の高い人間関係も良いな、とは思う。でも、さすがに世の中は甘くはなく、という世知辛さを描いている。他人のことはほっといてよ、なんだけれど、そうはいかないんだな、これが。それなりにヘヴィな話ではあるのだけれど(ちなみに、メインのプロットは非常に古典的。要するに『ラ・ボエーム』。)、こういうのも案外悪い人生ではないよね、と、ある種の爽快感を覚えて読了した。以上。(2025/08/05)
東川篤哉著『仕掛島』創元推理文庫、2025.07(2022)
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広島県尾道市生まれの作家・東川篤哉(ひがしがわ・とくや)による長編ミステリの文庫版である。2005年に刊行され高い評価を得た『館島』の続編にあたる。初出は『ミステリーズ!』で、単行本は2022年刊。カヴァのイラストは影山徹、解説は大山誠一郎がそれぞれ担当している。
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瀬戸内海に浮かぶ「斜島」という名の孤島。ここには岡山県を本拠地とする大手出版社を経営する・西大寺家の別荘があった。西大寺家の当主にして社主・吾郎の死に伴い、遺言書の読み上げがこの地で行われることになり、遺族や弁護士、なぜか探偵らが集まる中、惨劇が起こる。相続人の一人が、失踪し、惨殺されたかのような死体となって発見されたのだ。
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台風が接近し、警察の到着が遅れる中、事態はさらに混迷を深めていく。私立探偵・小早川隆生と、弁護士・矢野沙耶香のコンビは、この事件を、そしてまた島にある数々の謎をどう解き明かすのか、というお話。
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作者とほぼ同郷のミステリ・ゴッドである島田荘司へのオマージュ、という感じで読めた。で、誰もが思う気がするのだが、タイトルは『斜島』で良かったかも?『仕掛島』だとあまりにもネタバレ感強いし、縦⇒斜め、は趣向として面白いのでもったいないな、と。ついでに言うと、いずれは横も書いて欲しい、かな、などと。
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それはさておき、本書は本格、というよりはユーモア・ミステリに近いので(あくまでも近いだけなのだが。大変申し訳ないが全然笑えないし。)、本格マニアには受けないだろう。この作品には、奇妙な出来事がロジカルに解明されるプロセスを楽しむ、みたいな流れは存在しない。さらには、嵐の孤島なので、結構緊迫するはずなのだが、そういう雰囲気もない。古臭い感じのギャグ連発もムードを壊し、むしろ興趣を削いでいる。そんな具合で、もろもろ、物足りなさを感じた次第。以上。(2025/08/08)
夕木春央著『十戒』講談社文庫、2025.08(2023)
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1993年生まれの推理作家・夕木春央(ゆうき・はるお)による長編ミステリの文庫版である。単行本は2023年刊。『方舟』に続いて、各種ランキングでかなり上位に入った作品。カヴァの装画は影山徹、ネタバレありの解説は青柳碧人(あおやぎ・あいと)がそれぞれ担当している。
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語り手である大室里英(おおむろ・りえ)の伯父が三週間前に交通事故で他界し、彼が所有していた枝内島のリゾート開発計画が進み出す。視察のため、里英やその父および関係者ら9名で島に渡ったが、翌朝、その一人が死体となって見つかる。
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同時に見つかった紙片には、残った者たちが順守すべき「十戒」が記されており、要約すれば「犯人を見つけてはならない。守らなければ島ごと爆破する。」とのことなのだが、一同、さあ、どうする?、というお話。
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余りにも素晴らしい作品なため、色々書きたいことはあるのだが、何を書いてもネタバレ、な感じなので書けない。とりあえず、「なんとかトリック」を数種うまい具合に組み合わせ、緻密に組み上げた作品、とだけ述べておきたい。ロジカルにしてまことに革新的。そんな感じの傑作である。以上。(2025/08/12)
歌野晶午著『首切り島の一夜』講談社文庫、2025.08(2022)
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千葉県出身の作家・歌野晶午による「長編ミステリ」の文庫版である。単行本は2022年に刊行。解説は円堂都司昭が担当している。
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永宮東高校の同窓生が、40年ぶりに集まる。場所は修学旅行で訪れたことがある弥陀華島という離島。滞在三日目。宿の風呂場で久我陽一郎の死体が発見される。折悪く、天候が悪化し島は孤立。犯人は誰なのか、そしてまた集まった面々が抱える問題はこの事件にどうかかわるのか、というお話。
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と、書いてはみたが全然そういうものではない気もする。長編というよりは連作短編集に近い体裁といい、「嵐の孤島」ものと思いきや、というはぐらかしに近い展開と言い、やはり一筋縄ではいかない作家、である。もう少し分かりやすくしてほしかったが(笑)。以上。(2025/08/20)
伊坂幸太郎著『マイクロ・スパイアンサンブル』幻冬舎文庫、2025.08(2022)
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千葉県生まれの作家・伊坂幸太郎による長編の文庫版である。2022年に単行本で出て、今回は追加短編ありの特別版となった。カヴァのイラストはTOMOVSKY、巻末に聞き手・吉田大助による著者インタヴュウが掲載されている。
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失恋したばかりの男といじめられっ子。時を経て、彼らは就職したり、スパイになったり、恋をしたりする。やがて彼らの人生は交錯し、奇跡を生む。そんなお話。
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猪苗代湖畔で2015年から始まった『オハラ☆ブレイク』というイヴェントのために書かれた短編が、翌年以降も書き続けられて長編になったのが本書。文庫版は後日談を含むのでこれはお買い得。
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かれこれ10年かかった作品で、その間にあった世相の動きを反映している感じは、…あまりない(笑)。複雑に張り巡らされた伏線とその華麗な回収、というこの作家の得意技にして必殺技は、これだけ長い執筆期間であってもしっかりと保持されている。なかなか、できることではないと思う。以上。(2025/08/25)
首藤瓜於著『アガタ』講談社文庫、2025.08(2023)
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栃木県生まれの作家・首藤瓜於(しゅどう・うりお)による長編警察小説の文庫版である。『脳男』シリーズからのスピンオフ作品、となる。カヴァのイラストはフジモトゴールドが担当している。
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美大生が自宅の玄関で刺殺される、という事件が発生。捜査本部が置かれ、警視庁捜査一課の青木一らが捜査を開始するが、交番勤務の警官からの情報で黒石浩也という高校生に近づいたことを上司にとがめられる。一方、鵜飼縣(うかい・あがた)警視の部下・桜端道(さくらばた・とおる)は、巧妙に隠された犯罪サイトに上記の現場写真が置かれていることを発見する。いったい何が起きているというのか、というお話。
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テンポ良く進む語り口は見事なもの。鵜飼縣の人物造形にややファンタジィっぽいところもあるが(こんな人は警視庁とか警察庁には100%いないだろう、と。)、そこはエンターテインメントなので。全体の構成が本書のミソで、二つの事件が交わらないと、どっちも迷宮入りだったかもね、というお話。それが偶然なのか否かを考えるのが結構楽しい。以上。(2025/08/28)