深緑野分著『スタッフロール』文春文庫、2025.03(2022)
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神奈川県生まれの作家・深緑野分(ふかみどり・のわき)による長編の文庫版である。表紙に副題っぽく英語タイトルがついていて、"The Witch of Rubber and the Scientist of Polygons"となっているのだけれど、そのような話。初出は『別冊文藝春秋』で、第167回直木賞候補作に上がっていた作品となる(受賞は窪美澄『夜に星を放つ』)。カヴァの素敵なイラストは北住ユキ。解説はなく、著者によるとてもためになる文庫版あとがきが収録されている。
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物理的な特撮技術が隆盛を極めた1980年代のハリウッドで、マチルダは特殊造形師として奮闘するがCGの勃興により職を辞す。2017年のロンドンで、CGクリエーターとして確固たる地位を築きつつあるヴィヴは、マチルダが引退直前に製作したいまなお絶大な人気を誇る伝説的な造形動物XのCG化に携わることになる。やがて彼らの思いや運命は交わり…、というお話。
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物凄い寡作作家である著者の現時点での代表作ということになるのだろう。我々世代が結構リアルタイムで見てきたことの裏側を、良くもここまで調べ上げたものだと思う。そこそここういうことには詳しいと思っていた私でも全く知らないことも多々あって勉強になったし、改めて映画ってすごいものだな、と認識した次第。
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「映画は科学」という本書の中で掲げられたテーゼには大いに賛同。個人的には極めて正しいものに見える。実はもう一個、「映画はビジネス」というのもあるのだが、本書はそうは言っていない。
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それはさておき、それでも、今のところは作り手とか彼らを動かすものの大部分はまだ人間なので、本書で描かれるようなドラマ(この作品は「人間と技術の関係を巡る物語」である、と私個人は認識した。)が成立するのだろう。AIみたいな人間ではないものが大部分を担うようになったら、色々変わってしまうかも知れないし、そうはならないかも知れない。以上。(2025/03/15)
麻耶雄嵩著『化石少女と七つの冒険』徳間文庫、2025.03(2023)
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三重県生まれの作家・麻耶雄嵩(まや・ゆたか)による、ほぼ長編と考えても良い計7本からなる連作短編集の文庫版である。多分、連載ではなく最初からこのフォーマットで出たのではないかと思う。カヴァのイラストは鈴木康士が担当している。
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新学期。化石少女である神舞まりあ(3年)と桑島彰(2年)しかいない私立ペルム学園高等部の古生物部に、高萩双葉という1年生が加わる。相変わらず人が死ぬ事件が頻発する学園で、古生物部メンバその他による推理合戦やら妨害やらなにやらが巻き起こるが…、というお話。
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アリバイ・トリックを中心に、本格ミステリっぽく書かれてはいるのだが、そこばかり注意して読むにはちょっと疲れる本かも知れない。ロジカルな感じで書かれているところはむしろ読み流す、が多分正しい。
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要するに、全然そういうトリックどうこうという話ではなくて、結局のところこれは一体何なんだ、という作品なんだろうな、と。説明になっていないけれど、詳しい説明はまずかろう、と。とりあえず、こんなにぶっとんだものはこの作者にしか書けないかも知れない。まことに、さすが、といったところである。以上。(2025/03/23)
阿部曉子著『金環日食』創元推理文庫、2025.03(2022)
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岩手県出身の作家・阿部曉子による長編ミステリの文庫版である。本作は、著者が集英社ではないところから出した初めての作品となる。解説は瀧井朝世が担当している。
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舞台は札幌。大学生の森川春風(もりかわ・はるか)は、近所に住む小和田サヨ子がひったくりに遭うのを目撃し、その場に居合わせた高校生の北原錬(きたはら・れん)とともに犯人のあとを追う。犯人は逃げおおせたが、その場に見覚えのあるものを落としていった。それを切り口に、二人は期限付きの犯人捜しを始めるのだが…、というお話。
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誰しもが、タイトルの意味が分かるころにはこの作品に大いにハマっていることだろう。そこが肝なのであまり書かないが。ちょっと宮部みゆきっぽいテイストの、玉ねぎの皮をむいていく系のお話で、最後まで全く気が抜けない。大いに楽しませていただいた。
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すっと入ってくる感じの読みやすい文章とか、人物造形の妙とか、巧みなプロット構築とか、深い人間洞察とか、あらゆることがとても高いレヴェルでなされているな、と思った。まことに大変な力量。これから書かれる作品にも大いに期待してしまう。以上。(2025/04/10)
劉慈欣(りゅう・じきん/リウ・ツーシン)著 大森望他訳『三体 0(ゼロ) 球状閃電』ハヤカワ文庫、2025.03(2005→2022)
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北京生まれの作家・劉慈欣(リウ・ツーシン。以下日本語読み省く。)による、大ベストセラー小説『三体』シリーズの前日譚にあたるSF小説の文庫版である。訳者として大森望の他に光吉さくら、ワン・チャイの名前がクレジットされている。カヴァのイラストは富安健一郎が担当し、大森による訳者あとがきが付されている。
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14歳の誕生日に陳(チェン)少年は球電現象に遭遇し、両親を失う。球電の研究者となった陳は、雷兵器の開発に意欲を注ぐ女性軍人・林雲(リン・ユン)と運命的な出会いを果たす。世界的な物理学者・丁儀(ディン・イー)の協力により、球電の正体は明らかとなり、兵器化計画が進んでいく。新たなテクノロジは、人類をどのような方向に導くのか…、というお話。
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SF界では割と定番な話。要はマッド・サイエンティスト達(主として林雲)がやばいものを作ってしまって、世界がまずいことになる、という物語。ではあるのだが、中国のアカデミズムと軍事の関係やら、雷のような非線形物理現象周りの蘊蓄が満載で、お話よりもどちらかというとそっちを楽しんだ。
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『三体』の前日譚でなければ誰も読まない、というほどひどくはないと思うし、人によってはクエスチョン・マークであるだろうかなり抑えた感じのロマンス・パートも案外悪くないと思った次第。核心のアイディア部分はさすがに『三体』を書いた作家によるもので、これだけでも読む価値はあるかも知れない。以上。(2025/04/15)
芦沢央著『夜の道標』中公文庫、2025.04(2022)
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東京都生まれの作家・芦沢央(あしざわ・よう)による大ベストセラー文庫版である。初出は『読売新聞オンライン』で2022年に単行本刊。高い評価を受け、第76回日本推理作家協会賞を受賞している。解説は山田詠美による。
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時は1990年代。横浜市内で塾経営者が殺害され、被疑者は逃亡。それから2年経つ今も、いまだ行方は分からず。小学生のバスケット少年・橋本波留は父に命じられて悪事を繰り替えし、はたまたパートタイマとして働く長尾豊子はどうも上の被疑者らしき男を匿っており、窓際刑事の平良正太郎は同じく上の事件を執念深く追い続ける。やがて彼らの思惑と行動は交錯し…、というお話。
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なるほどそういう話だったのか、という話。いつものように予備知識はもたないで読んで良かった、と思う。割とバッサリと色々なものを切っていて、そこが素晴らしい。世にある名作というのは、大部分が最小限なことしか書いていないものだよね、と思った。本書は、群像ミステリの傑作として長く語り継がれていくことになるだろう。以上。(2025/05/10)
オキシタケヒコ著『筐底(はこぞこ)のエルピス8 ―我らの戦い―』ガガガ文庫、2025.04
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徳島県出身の作家・オキシタケヒコによる伝奇SFアクション作「エルピス」シリーズの第8巻。文庫オリジナル。前巻の刊行からは約4年が経過。おそらく他の仕事がたくさんあったので致し方ないところなのかも知れないが、読者的には話を忘れている…。イラストレーションはこれまで通りtoi8が担当している。
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月の知性体《一二〇》からの攻撃から辛くも逃れた人類。圧倒的な戦力差を前に、残された道は、いつなのかも分からない次の侵攻までに《一二〇》と対話し、和睦を果たす他はない。割けるリソースが限られる中、極めて短い期間での月への到達を目指し、ゲート組織とその周辺は動き始めるが…、というお話。
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あくまでも「予定」だが、最終巻になることが提示されている次巻へのインターミッション的な巻になっている。大きな動きはなく、三つのゲート組織とその周辺が進める準備や、時々起こる事件、あまり触れられなかった個々人の来歴、さらには日常などが描かれる。
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ここまでで既にSF史に残ることになった気がするこの作品、何しろ人々の期待が大きいだけに、最終巻を書き上げるのはまことに骨の折れる作業になると思われるのだが、体や心を健全に保って、金字塔を打ち立てて欲しいと思う。小学館のみなさま、ぜひともそういう環境を整えてあげてください。心よりお願いします。以上。(2025/05/14)
藤木稟著『バチカン奇跡調査官 精霊に捧げられた大地』角川ホラー文庫、2025.04
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大阪府出身の作家・藤木稟(ふじき・りん)による、「バチカン奇跡調査官」シリーズ26弾の長編である。長編としては19本目。前回の中短編集からはかなり早めのペースで刊行。カヴァのイラストはいつものようにTHORES柴本が担当している。
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オーストラリアのノースチャーチという小さな町で、クリスマスミサのあとに二つの「奇跡」が起こる。教会の庭にある噴水の水が葡萄酒に変わり、空には金色のイエス様が現れた、という。平賀庚(ひらが・こう)、ロベルト・ニコラス、アルバーノ・サッシの三神父は早速奇跡調査のためオーストラリアに飛ぶ。調査を進める中、アボリジナルとクリスチャン達との間になにかわだかまりがあることが見えてきて…、というお話。
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毎度のことながら、披瀝される科学技術と人類学的な知見には目を瞠らされる。実際のところかなり高度なことが書かれているのだが、そういったことが適度なバランスで配置されていて、全体としては普通にエンターテインメントとして読めてしまうのは本当にすごいことだと思う。
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本書の中心はやはり白人入植者と先住民(アボリジナル)の対立構造であり、どちらの立場に寄るでもなく、難しい問題だということをキチンと書きつつ、一応の結論としてなんとも絶妙なところに着陸させているのはまことに素晴らしい。
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アボリジナル的な世界観も改めて傾聴に値するものだし、聖書には本当に良いことが書かれているのだな、と改めて思った。クリスチャン達を含め、人々がもっとちゃんと聖書を読んでくれればこの世界の難題はかなりの量が解決するのだが…、などと言ってもしょうがないか。以上。(2025/05/16)
小川哲著『君のクイズ』朝日文庫、2025.04(2022)
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千葉県生まれ、というか多分ご近所な作家・小川哲(おがわ・さとし)による中編小説の文庫版である。初出は『小説トリッパー』。極めて高い評価を受けた、第76回日本推理作家協会賞受賞作となる。なので、一応ジャンルとしてはミステリ、になるのだろう。確かに謎解きメインだし。文庫化にあたって、スピンオフの書下ろし短編「僕のクイズ」を併録している。
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クイズ番組『Q-1グランプリ』の決勝。6-6のイーヴンで迎えた最終局面で、主人公である三島玲央(みしま・れお)の対戦相手・本庄絆(ほんじょう・きずな)は出題者が何も発語していないタイミングで早押しし、正答してしまう。驚愕の「ゼロ文字正答」はヤラセなのか、あるいは魔法か何かなのか。三島は答えを求めて聞き取り調査と思考その他もろもろを開始するが…、というお話。
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本当に素晴らしい作品。こういう本に出会えることが人生の喜び、と思ってしまう。私はそもそもTVを持っていないし、放送されているものは全てダンドリあり、生中継じゃなきゃ全部編集、くらいに思っている人なのだが、いやー、クイズ面白いな、深いな、と。そう思わせてくれただけでも凄いことである。まあ、かなり脚色は入っていると思うが。
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さて、実は大学院生時代に日本の東北地方をフィールドとしていたため、ゼロ文字正答の名称は記憶のどこかに存在していた。この辺を読んでいての気分は、一般の人が抱くであろう「なんだそれ、知らんよ。」ではなく、「おお、懐かしいなー」だったのである。
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ノスタルジを感じつつ、三島(というか、この人のネーミングも凄い!)とともに我が人生を振り返りつつ読んでいったのだが、実はこの小説、そういう話だった。うんうん、結構泣ける。身体現象的には泣かないけど(笑)。あえてここには書かないけれど、三島がたどり着く最終的な答えとそこに至る道のりこそが、人が生きる意味なのだろうな、と思った。エンターテインメント作品を偽装しているけれど、これこそが純文学!以上。(2025/05/20)