結城真一郎著『救国ゲーム』新潮文庫、2024.12(2021)

『#真相をお話しします』で大ブレークした結城真一郎による2021年発表の長編文庫版である。作品のクオリティ的に各種ランキングでは結構上位に入ったのでは、と思ったのだが本格ミステリ・ベスト10で17位が最高な模様。もう少し高く評価されるべきでは、と個人的には思う。カヴァ装画はjyariが、解説は吉田大助がそれぞれ担当している。
復興した限界集落で首無し死体が発見される。死んだのはこの国における地方再生の救世主とも言われ、この地の再興に携わった神楽零士。捜査が進む中、神楽とは生前から地方再生を巡って議論を戦わせてきた謎の人物「パトリシア」から衝撃的な「宣戦布告」がなされる。それは、神楽を殺したのは自分であり、政府が過疎対策予算や施策を撤廃しなければ地方に住む8,000万人への無差別テロを開始する、というものだった。殺人事件の真相は、そしてこの国の未来は、というお話。
面白かったというか、面白すぎた。なかなかお目にかかれないレヴェルの作品だと思う。ドローンが非常に重要なアイテムとして扱われているが、ここまで重用した作品はまだなかったのではなかろうか?貴志祐介辺りが書きそうだけれど。というか絶対書く(笑)。
作品には全編にわたって、この人自身が東大法学部出の元官僚なのではないか、と邪推する著者が抱く現状への諦念とか慨嘆に近いものがにじみ出ているのだけれど(優秀で熱意のある人ほどほされやすくてすぐにやめていく…とか、きっと実体験なのだろう。)、個人的にはそこに絶望ではなくむしろ希望を感じてしまった。この書の登場人物たちのように、かんがえ、れんけいし、こうどうする、それしかないと思う。以上。(2024/12/05)

小田雅久仁著『残月記』双葉文庫、2024.11(2021)

宮城県生まれの作家・小田雅久仁(おだ・まさくに)による中編3本からなる作品集の文庫版である。吉川英治文学新人賞と日本SF大賞を受賞した作品となる。カヴァのイラストは釘町彰、解説は三浦崇典がそれぞれ担当している。
月が裏返るのを見た夜、高志(たかし)はもう一人の自分が生きている世界にいることに気づくが…(「そして月がふりかえる」)、29歳で没した叔母が遺した「月景石」を枕の下に入れて眠りについた澄香(すみか)は、どうやら月表面らしき過酷な世界で暮らす夢を見るのだが…(「月景石」)、月昂(げっこう)と呼ばれる感染症が蔓延する世界で、感染者の冬芽(とうが)は剣闘士として戦い続けることを強いられるが、やがて…(「残月記」)の3本。
SFであり、ファンタジィであり、そして文学性も非情に高い作品群になっている。3本のバランスもとても良いと思う。結構長いキャリアを経て、本作でいよいよ本格的にブレイク、ということになるのだろう。今後の活躍が楽しみな作家がまた一人増えた、というところ。是非新風を巻き起こしていただきたいと思う。以上。(2024/12/10)

伊坂幸太郎著『ペッパーズ・ゴースト』朝日文庫、2024.12(2021)

千葉県生まれの作家・伊坂幸太郎による長編の文庫版である。初出は『yom yom』。単行本はコロナ禍真っただ中の2021年に朝日新聞出版から刊行。文庫版のカヴァ装画は久野遥子が、解説は大矢博子がそれぞれ担当している。
中学校で国語を教えている壇千郷(だん・ちさと)は、飛沫感染によって他人の未来を観ることができる、という特殊能力を持つ。そんな檀先生は、教え子の布藤鞠子(ふとう・まりこ)が書いている猫好きの二人組を主人公とする小説を読まされている。そんな中、やはり教え子の里見大地(さとみ・だいち)が抱えているらしき家庭の事情に気づき、やがてはとんでもない厄介ごとに巻き込まれていくのだが…、というお話。
さすがに円熟し切った感のある作家による超絶エンターテインメント作品になっていると思う。テイスト的には『陽気なギャング…』や「殺し屋」シリーズ辺りに近くて、その実書きっぷりや口当たりは割と軽めなのだが、ニーチェの「永遠回帰」だのこの世界の理不尽さだのといったことが中心テーマとして掲げられていて、読み方によっては割と深刻かつ重く感じてしまうかも知れない。どうしていくのが良いのか、考えても、考え続けてもどうにも結論が出せないもどかしさみたいなところが、うまく表現されているように思われた。以上。(2024/12/15)

佐藤究著『トライロバレット』講談社文庫、2024.12

福岡県生まれの直木賞作家・佐藤究(さとう・きわむ)による文庫オリジナル書下ろし作品である。カヴァのデザインは川名潤が担当している。
舞台はアメリカのユタ州。時は現代。ウィットロー高校に通うバーナム・クロネッカーは化石蒐集を趣味とする内気な17歳。ある日突然、上院議員の孫であるコール・アボットによるいじめが開始される中、同じような嫌がらせを以前から受けているというタキオ・グリーンが接近してくるが…、というお話。
コンパクトながらこの人の作品らしく大変密度の濃い仕上がり。アメリカが抱える深刻な問題を背景に、フランツ・カフカを大々的に引っ張り出しつつ、英語だと「トライロバイト(trilobite)」になる三葉虫をはじめとする古生物学の蘊蓄満載の、かなり文学作品よりのヴァイオレンス小説になっている。乗りに乗る著者によるエッジの効いた傑作である。以上。(2024/12/17)

黒川博行著『熔果(ようか)』新潮文庫、2024.12(2021)

愛媛県生まれの直木賞作家・黒川博行による「堀内・伊達」シリーズ4作目の長編文庫版である。もともとは『小説新潮』に連載。文庫で600頁超の大長編だが、極めてリーダビリティが高いこともあり、あっという間に読み終えられるだろう。カヴァのイラストは黒川雅子、解説は市田隆がそれぞれ担当している。
九州で起きた数億円単位の金塊強奪事件に興味を持った元刑事の堀内信也と、堀内の元相棒で現在はヒラヤマ総業の調査員・伊達誠一のコンビ。頭脳派の堀内が集める情報と、肉体派の伊達が推し進めるアグレッシヴな調査によって、二人は事件の裏にある様々な思惑や今日の裏稼業事情等々の真相に近づいていくが、その先には果たして…、というお話。
アウトロー極まりない調査の進め方が結構ひどいのだが、まあ彼らの相手も極悪なので(笑)。大阪から始まって、BMWのZ4(欲しいな〜。)を駆使して九州やら東海地方やらをぐるぐる回り、果ては東南アジアにまで足を延ばす二人の道中がなんとも楽しい。テンポの良い会話とか、結構現地取材を重ねている気がする各地の描写とか、そういうものの魅力が大きいかな、と。以上。(2024/12/22)

J.P.ホーガン著 内田昌之訳『ミネルヴァ計画』創元SF文庫、2024.12(2005)

ロンドン生まれの作家J.P.ホーガンによる「星を継ぐもの」シリーズ第5作にして完結編。まだ翻訳されていなかったのか、と割と不思議な感じを抱く。このシリーズ、いわゆる売れ筋、なのではないだろうか?さほど翻訳に時間がかかるとも思えないのだが。それはともかく、カヴァのイラストは加藤直之、解説は渡邊利道がそれぞれ担当している。
『内なる宇宙』で描かれた事件から数年後、静かに暮らす我らがヴィクター・ハント博士のもとにとんでもない通信が入る。相手は、どうやら別の宇宙にいる自分自身らしい。ハントとその盟友クリス・ダンチェッカー博士およびクリスのいとこである作家のミルドレットらは、巨人であるトゥーリアンたちとともにマルチヴァース間の時空移動の可能性を探り始めるが…、というお話。
このシリーズ、全部読んでたはずなのだが、なにしろ昔のことなので全然覚えていない(笑)。改めて読みなおすにしてもどこにあるのやら。これまでのあらすじ、みたいなことは書いてあるがさっぱり分からん(笑)。
さて、そんな話はさておき、個人的にはこの作家、ハードSFの完成者でありかつエンジニアリング系SFの創始者だと思っていたが、その認識は改めて確認できた。そうそう、このシリーズって今の視点で見ると結構クラシカルなスペース・オペラの骨格を持っていて、そこにハードSFから一歩進んだ最新知識が織り交ぜられているところがやはり画期的で、この人自身が世の中を変えたんだな、と思っていたがそれは多分正しい。
作者は2010年に亡くなっており、実はこのライフワーク的なシリーズについてはまだ続編を書く積りもあったのでは、などとも考えてしまうのだが、作者が2010年に死なない別宇宙でもない限りどうにもならないので、ひとまずは思いのほか結構古典的でありながら、なんともみずみずしい発想に満ちた傑作を味わえたことに感謝したい。いつか、頭から読み直したいな、いやいやいっそのこと別宇宙から届く続編も読みたいな、などとも思う。以上。(2024/12/29)

京極夏彦著『狐花(きつねばな) 葉不見冥府路行(はもみずにあのよのみちゆき)』角川ホラー文庫、2024.12(2024)

北海道生まれの作家・京極夏彦による歌舞伎原作の文庫版である。同タイトルの歌舞伎は東銀座の歌舞伎座で2024年の『八月納涼歌舞伎』第三部として上演され、出演は松本幸四郎、中村勘九郎、中村七之助などといったそうそうたる顔ぶれ。単行本は歌舞伎興行と並行して7月に刊行されていた。カヴァのイラストは東學が描き、どう見ても神クラスのデザインは坂野公一が担当。巻末には作者と松本幸四郎による対談が収められている。
作事奉行である上月雪乃(こうづき・ゆきの)は、この世のものとは思えないほど美しい萩之介の姿を見初める。これに付随して起こる「幽霊騒ぎ」を気にする雪乃の父・上月監物(こうづき・けんもつ)は、過去の出来事とのつながりを危惧しはじめ、上月家の家用人・的場佐平次は武蔵清明神社の宮守である中禅寺洲齋(ちゅうぜんじ・じゅうさい)に”憑き物落とし”を依頼するが…、というお話。
中禅寺洲齋は、「百鬼夜行」シリーズの主役・中禅寺秋彦の曾祖父にあたる。そんな部分も非情に楽しめたのだが、全体的なトーンが幸四郎も述べているようにシェイクスピア劇風だったり、個人的にはG.ヴェルディのオペラみたいな感じを受けた。『リゴレット』とか『トロヴァトーレ』とかあの辺り。なかなか歌舞伎を観に行く機会はないのだが、ちょっとどころではない興味を覚えてしまった。以上。(2025/01/04)

有栖川有栖著『砂男』文春文庫、2025.01

大阪府生まれの作家・有栖川有栖による6本の作品からなる短編集。文庫オリジナル。初出は1997年から2023年までと幅広く、内容的にも火村英生ものや江神二郎ものなどが混在している。カヴァなどのイラストはまいまい堂が担当。
有栖の学生時代の話。3人組学生バンド・アーカムハウスの面々と作詞担当者が肝試し的なことをする。それは何か出るよ、とのうわさのある離れに泊まること。買って出た作詞担当者の顔には翌朝ひっかき傷が付いていたのだが、離れは密室状態で…(「女か猫か」)。都市伝説である”砂男”について研究していた某大教授が殺害される。死体には彼がコレクションにしていた砂時計の砂が撒かれていた。火村と有栖はこの奇妙な事件の真相解明に乗り出すが…(「砂男」)。他4編。
バラバラながら、逆に言うと有栖川有栖の全てが集められた感もある短編集になっている。雑誌などへの掲載後何にも入れられていない作品っていうのは多分どんな作家にもたくさんあるのだと思うけれど、インターネットが普及した世の中でもそれらを読むのは結構困難。
森博嗣さんのように本人がまとめてくれていれば良いけれどたいていは存在すら把握できない。こうやってまとめていただけると、非常にありがたい。いつの日か、有栖川有栖全集が出ると良いな、などと。ミステリ作家でそれを果たしたのは何人位いるのだろう?以上。(2025/01/18)

有栖川有栖著『濱地健三郎の呪(まじな)える事件簿』角川文庫、2025.01(2022)

大阪府生まれの作家・有栖川有栖による心霊探偵・濱地健三郎もの第3弾の短編集。初出は全て『怪と幽』。カヴァなどのイラストは志摩ユリエ(=濱地の助手。この辺の仕掛けはまことに楽しい。)、解説は織守きょうや(おりがみ・きょうや)がそれぞれ担当。
濱地の探偵事務所で働く志摩ユリエは、前に勤めていた興信所の先輩とのリモート飲み会で、先輩がこれまたリモート飲み会で経験したおかしな話を聞くのだが…(「リモート怪異」)。都心から離れた村にある空き家に、何者かが住み着いているようだと連絡を受けた岩辻老人。現地に行ってみると戸口には両手首の幽霊がおいでおいでをしており…(「戸口で招くもの」)。他4編。
全ての作品がコロナ禍の時期に書かれたもので、見事なまでにその刻印が押されている。今となっては懐かしささえあるが。それはともかく、第3の軸になっているこのシリーズもまた、霊能を前提としつつも基本的にロジカルなところはさすがにこの作家のもの。シリーズが大きく育っていくのを楽しみにしたい。以上。(2025/02/05)

冲方丁著『アクティベイター』集英社文庫、2025.01(2021)

岐阜県生まれの作家・冲方丁による長編サスペンスの文庫版である。初出は『小説すばる』。本当はアクティヴェイタだけどどうしてこうなってしまったのだろう、というのはさておき。カヴァのデザインは川名潤、解説は大森望がそれぞれ担当している。
羽田空港に中国の新型爆撃機が着陸する。降りてきたのは楊芋蔚(ヤン・チェンウェイ)と名乗る女性パイロット。亡命を希望する、という彼女からの聴取を警察庁の鶴来誉士郎(つるぎ・よしろう)が始めると、爆撃機には核弾頭が積まれている、と言う。
一方、とある事情で警備会社で働く鶴来の義兄・真丈太一は、クライアント楊立峰(ヤン・リーフォン)の依頼で自宅に赴くと、立峰氏は何者かに襲われており瀕死の状態で「三日月計画」という言葉を口にする。二つの事象はやがて一つに収束していくのだが…、というお話。
600ページを超える大長編。登場人物も多数。日本国内の様々な官公庁や警察組織、はたまた東アジア諸外国から米ロまで巻き込んだ、きわめて壮大なスケールを持つ国際サスペンスになっている。同著者としては、新機軸になるのではないか、と思う。
実在する国家とか組織を悪者にしてしまうと各方面から苦情が来るので、スケープゴート的な真犯人が設定されているのは致し方ないところだろう。あっさり落ちすぎるのがやや残念だったが(笑)。以上。(2025/02/09)

松下龍之介著『一次元の挿し木』宝島社文庫、2025.02

東京都江戸川区生まれの作家・松下龍之介による、第23回『このミステリーがすごい!』大賞の文庫グランプリ受賞作となる。なので文庫オリジナル、である。カヴァのイラストはQ-TA、解説は瀧井朝世がそれぞれ担当している。
大学院生の七瀬悠(ななせ・はるか)のもとに、ヒマラヤ山中で発掘されたという200年前の人骨が送られてくる。DNA鑑定を行うと、4年前に失踪した義理の妹・紫陽(しはる)のものと一致。このことを主査の教授・石見崎に話そうとしたが、教授は何者かにより殺害されていた。悠は事件の背後にあるものを探り始めるのだが…、というお話。
良くできたエンターテインメント作品であることは確かなのだが、全体的にディテイルがやや物足りない気もした。そもそも、DNAが一致した段階でもう、「要はクローンなんでしょ。」、と思ってしまうのだが、いかがだろう。
そういうところも含めて、意外なところとか意表を突くところがあんまりなくて、過去と現在を行ったり来たりする叙述も付き合うのにちょっとばかしめんどくささを感じた次第。デビュウ作としてはフレッシュな感じがほとんどないな、というのが一番大きな問題。以上。(2025/02/24)