月村了衛著『対決』光文社文庫、2026.2(2024)
-
大阪生まれの作家・月村了衛(つきむら・りょうえ)による社会派エンターテインメント長編の文庫版である。初出は『ジャーロ』。松本若菜・鈴木保奈美主演でドラマ化され、4月から放送される。カヴァのイラストはしらこ、解説は内藤麻里子がそれぞれ担当している。
-
裏口入学で逮捕者を出した私立医大で取材をしていた新聞記者の檜葉菊乃(ひば・きくの)は、女子受験生の得点が一律で減点されているらしい、という情報を得る。しかし、医大のガードは固く、さらに資料を押収した検察も口を割らない。檜葉はターゲットを医大理事の一人である神林晴海(かんばやし・はるみ)に絞るが、神林は大学から揉み消しを命じられていた。二人の対決の行方は、というお話。
-
この作品はフィクション、と断られてはいるものの、2018年に発覚した東京医科大の事件がもとになっている。事の起こりは本書にも書かれている通り2004年発足の新研修医制度にあるのかも知れないが、さすがに憲法違反クラスというか法人とか人間としてあり得ないクラスの犯罪ないしは不祥事であったことは間違いないだろう。
-
そういうセンセーショナルな事態を小説化したりドラマ化するのは実に大変なことだと思うのだけれど、月村は極めて細心の注意をもって、そしてまた敬意を払うべきところへの敬意は怠ることなくきっちりと書いている。プロ中のプロ作家にしか実現しえない高いエンターテインメント性に加え、啓発性と問題の深刻さへの透徹した怒りが同居する傑作である。以上。(2026/03/05)
荒木あかね著『此の世の果ての殺人』講談社文庫、2026.3(2022)
-
福岡県生まれの作家・荒木あかねによる本格ミステリ長編の文庫版である。第68回江戸川乱歩賞受賞作。帯には満場一致、とある。極めて若い作家による空前の傑作、という評価は多分正しい。カヴァのイラストは風海、解説は瀧井朝世がそれぞれ担当している。
-
2022年末。小惑星が2カ月ちょっとで地球に激突し、人類が滅ぶことが概ね確定した世界。小惑星の落下地である日本からは人間はほぼいなくなった中、23歳の小春はある目的を胸に、大宰府自動車学校に向かう。そこには自分のことを覚えていてくれたイサガワ先生がまだおり、二人は路上講習を進めていくが、ある日のこと講習から戻ってみると放置されていた教習車のトランクには他殺体があり、というお話。
-
超展開、と言えばそうなのだが、むしろきめ細かく人間模様を描いていく作品、として読んだ。上記のような世界ということもあり、みんな腹に一物持つわけで、それらが少しずつ、時には一気に開示されていくのが楽しい。また新しい才能が見出されたことに、喜びを感じてしまう。まことに注目すべき作家の登場である。以上。(2026/03/25)
松澤くれは著『都市伝説解体センター 上・下』集英社文庫、2026.2-3
-
富山県生まれの作家・松澤くれはによる、コンピュータ・ゲームのノベライズである。原作は墓場文庫というゲーム制作会社、で合ってるはず。同タイトルのゲームは2025年2月に集英社ゲームズからリリースされ、2025年度の日本ゲーム大賞優秀賞を受賞。コミックや小説といった形での展開が進む中での刊行、となった。なお、上巻が2月、下巻が3月の刊行。
-
都内の犬神大学生・福来あざみ(ふくらい・あざみ)には、普通の人には見えないものが見えてしまう、ということで悩んでいた。そんな悩みを解決してくれる、という触れ込みのポスターをみたあざみは、「都市伝説解体センター」を訪れる。怪しげなセンター長・廻屋渉(めぐりや・あゆむ)から話を聞いたあざみは、やや強引な成り行きでセンターが行っている調査に加わることになるのだが…、というお話。
-
全6篇からなっていて、全体として大きな物語を形成している。SNSによる情報拡散、みたいなことがメインの話で、今日(こんにち)こういうテーマでシナリオを書いたらこうなる、ということだろう。色々な意味でとても楽しめた次第。
-
イラストは割と入っているけれど、主要登場人物たちのヴィジュアルが知りたい方は普通にゲームをやるか、公式サイトを見れば良い。ドット絵が何とも言えない雰囲気を醸し出す、楽しいサイトになっている。以上。(2026/03/30)
塩田武士著『存在のすべてを』朝日文庫、2026.4(2023)
-
兵庫県生まれの作家・塩田武士(しおた・たけし)による長編社会派ミステリの文庫版である。初出は『週刊朝日』。第9回渡辺淳一文学賞に輝くなど、非常に高い評価を受けた作品。カヴァの絵は写実の大家・野田弘志(のだ・ひろし)による作品。映画化が決まっており、解説は監督をする瀬々敬久(ぜぜ・たかひさ)が担当している。
-
1991年の年の瀬。神奈川県下で2件の男児誘拐事件がほぼ同時に発生。それは、一人は直後に、一人は3年後に無事戻る、という奇妙な事件であり、結局犯人は見つからずじまい。30年後、左記の事件対応に深くかかわった刑事の死を契機に、新聞記者の門田次郎(もんでん・じろう)は、葬儀に列席した刑事からある情報を得、事件を追い始めるが、そこにはある新進気鋭の写実画家の名が…、というお話。
-
複雑なお話で、要約しにくいが概ねそのような感じ。物凄くうまい作家なので、複雑な話であっても理解に困ることはない。写実絵画が大きなテーマになっていて、それがタイトルにもつながる。刑事たちを含めた捜査陣、そして新聞記者らが真実を追い求める姿も、そこにつながる。そんな、人の営みについての掘り下げ方がまことに素晴らしい。記念碑的な傑作だと思う。以上。(2026/04/15)
小田雅久仁著『禍(わざわい)』新潮文庫、2026.4(2023)
-
宮城県生まれの作家・小田雅久仁(おだ・まさくに)によるホラー短編集の文庫版である。初出は全て『小説新潮』で、掲載年は2011年から2022年に及ぶ。単行本は話題となり、2024年版の『このホラーがすごい!』国内編で堂々1位を獲得。カヴァのイラストはまいまい堂、解説は大森望がそれぞれ担当している。
-
小説家の私はとあるショッピングモールの多目的トイレで、本を貪り食う女に遭遇する。女は、一枚食べたら、引き返せない、と告げる。やがて私は、蔵書を手に取り、新たな世界に足を踏み入れるのだったが…(「食書」)。他6篇。
-
各編は、それぞれ口、耳、目、肉、鼻、髪、肌をモティーフとする。なので、連作短編集、という体裁。ホラーとは言え、この作者のものなので文体や描写のありよう非常に文学的だし、とにかく気品に満ちている。解説者も書いている通りの、超がつくほどの寡作作家による、貴重な一冊、になっている。以上。(2026/04/20)