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最近の文庫2025-2026年冬
中山七里著『有罪、とAIは告げた』小学館文庫、2025.12(2024)
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岐阜県出身の作家・中山七里(なかやま・しちり)によるリーガル・ミステリ長編の文庫版である。解説はチームみらい党首のAIエンジニア・安野貴博が担当している。
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東京地裁の高遠寺円(こうえんじ・まどか)は、中国からお試しで提供されたAI裁判官〈法神2〉の検証を命じられる。〈法神2〉にある裁判官の裁判記録を読み込ませると、何らかの新しい事案についてその裁判官がするであろう判決をほぼ正確に出力できる、ことが明らかになる。折しも18歳の少年が父親を刺殺する、という事件の裁判が進む中、裁判長である檜葉(ひば)は〈法神2〉を試すことを提案するが、さて…、というお話。
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色々考えさせられたし、結構面白かったし、法律や司法制度の勉強になった。ただ、AIについては、知らないことは特に書かれていなかったし、色々疑問がわいた。以下列挙。
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1.そもそも中国製AIを東京高裁とか地裁みたいなところがこんなに安易に受け入れるだろうか。2.インターネットみたいなものはこの小説世界には存在しないのだろうか。スタンドアロン運用は色々な面で考えにくいのだが。
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3.最終的に明らかになる〈法神2〉の欠陥は別に致命的なものではないのだが。直してもらうか、自分で直せばよいので。そもそも中国はそこまで懐が浅くないと思う。何せ商売だから。大損は見過ごさないでしょう。4.少年犯罪の顛末が誰の目にも無罪なのはどうなのだろう。微妙な判定だからこそ面白い話になると思うのだが。AIは物理的な捜査活動等ができないのでこの辺はアンフェアに感じる。
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〈法神2〉の提供元を国内にして、日進月歩どころではないAI技術についてもっと最新動向を取り入れて(というか本書のAIは古すぎるんだが…。ほとんど20世紀のエキスパート・システムじゃん。)、描かれている少年犯罪がホントに微妙な判断が要求されるものになるようにすれば、凄い作品になっていたのではないかな、と思う。以上。(2025/12/18)
深緑野分著『空想の海』角川文庫、2025.11(2023)
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神奈川県生まれの作家・深緑野分(ふかみどり・のわき)による短編集文庫版である。初出が2013年のものから単行本刊行時の書下ろしまで11本を収録。カヴァのイラストは庄野ナホコ、解説は池澤春奈がそれぞれ担当している。
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3年ぶりに故郷に帰ったピアノ講師の真琴は、かつての教え子が住む家の近くで、懐かしい音色を耳にする。あの頃と同じところでつっかえる演奏が気になり、その旨を母に尋ねてみると…(「耳に残るは」)。膨大な蔵書を誇る御倉館の主であるたまきは、ある日のこと所蔵の本がごっそりなくなっていることに気づき、怒りを爆発させる。たまきの前に自称・神が現れ、町の運命を決めることになる対話が始まるのだが…(「本泥棒を呪う者は」)、他9編。
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「本泥棒を呪う者は」が書下ろしで、アニメーション化がなされた『この本を盗む者は』の前日譚にあたる。デビュウ作『オーブランの少女』から実に幅広い作風をものにしてきたこの作家だけれど、本書のカヴァする範囲もSFからホラー、ファンタジィ、戦争ものまでとまことに広い。端正なたたずまいを持ち、非常に深い洞察に満ちた作品群を、是非味わっていただきたいと思う。以上。(2025/12/20)
佐藤究著『爆発物処理班の遭遇したスピン』講談社文庫、2025.12(2022)
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福岡県生まれの作家・佐藤究(さとう・きわむ)によるエンターテインメント系短編集文庫版である。奇想に満ちた8本を収録。初出は不明。すべて単行本刊行時の書下ろし、ということは多分ない。解説はマライ・メントラインと神島大輔が担当している。
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鹿児島県内の小学校に爆発物が仕掛けられたという情報が入り、県警爆発物処理班が出動する。これの処理に失敗した矢先、次の爆発物を鹿児島の歓楽街に仕掛た、というメッセージが届く。爆発物は酸素カプセル内にあり、開けたり、気圧を変えたりすると爆発する、という。やがて話は錯綜し、処理班は犯人側が仕掛けた「量子もつれ」と格闘することになるのだが…(表題作)。他7編。
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さすがに『テスカトリポカ』や『Ank:』を書いた作家。各編のベースとなるアイディア自体が尋常ではない。こういう、読んだことがないものを読ませてくれる作家というのは本当に貴重な存在で、現状小川哲(おがわ・さとし)と並び立っているな、というところ。生きていてよかった、日本語が読めてよかった、と心底思う。以上。(2025/12/25)
呉勝浩著『Q 上・下』小学館文庫、2025.12(2023)
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青森県生まれの作家・呉勝浩(ご・かつひろ)による長編エンターテインメント作品文庫版である。文庫化にあたって上下二分冊となり、上巻は「覚醒前夜」、下巻は「暗夜行路」というサブタイトルが各々付されている。「暗夜行路」は文豪・志賀直哉の造語だったはずだが、まあコピーライトはすでに無いか。美空ひばりもそんなタイトルの曲を歌っていたし。
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執行猶予中のハチこと町谷亜八(まちや・あや)は富津市に住む清掃員。ハチの前に数年ぶりに現れた血のつながらない姉であるロクこと睦深(むつみ)は、百瀬という広告代理業をしているらしい男が、やはり血のつながらない弟であり美貌の天才ダンサーであるキュウこと侑九(たすく)を良からぬことに使おうと動き出している、と告げる。ハチは、Qを守るために奔走し始めるのだが…、というお話。
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村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』と『愛と幻想のファシズム』を8:2位の割合で踏襲した作品、に読めてしまった。これまで数々の傑作を世に出してきた呉勝浩は尊敬してやまない作家だし、この作品もしっかりエンターテインメントとしては楽しめたのだが、どうも各所に既視感があるのを否めなかった。
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要は、引っ張ってこられているのは村上龍だけではない、ということ。更には、百瀬や某政党の市議ら登場人物たちが語る思想やヴィジョンも、意図的なものなのだろうけれども極めて薄っぺらく、話の進行を遮る位深いことが一つも書かれていないのは寂しい、と思った。悪役にはもっと底知れない感じが欲しいかな、と。以上。(2025/12/30)
饗庭淵著『対怪異アンドロイド開発研究室』角川文庫、2025.12(2023)
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福岡県在住のゲーム制作者・饗庭淵(あえば・ふち)による第8回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉特別賞受賞作の文庫版である。単行本は2023年の刊行で、第7回細谷正充賞を受賞。カヴァのイラストはクレタ、解説は細谷正充がそれぞれ担当している。
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アリサは近城大学の白川研究室が開発した超高性能対怪異アンドロイド。その目的は、呪いや祟りといったものを受けてしまう人間に変わり、怪異の調査をすることにあった。地図から消えた廃村、行く先不明の回送電車、顔を見ると不幸が降りかかる女、そんな怪異を前に、アリサと白川研究室の面々はどう立ち向かうのか…、というお話。
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というか、全然そういう話ではない気もする(笑)。でもネタバレは書きたくない。結構規模の大きな物語になってしまっていて、300頁位のヴォリュームではばら撒かれた謎や伏線はほぼ回収されず。1冊の本としてそれなりにカタルシスはあるのだが、それでは物足りない読者のために既に第2弾も刊行されている。『人工憑霊蠱猫』とか『ダンダダン』とかが好きな人は絶対ハマる。ということで私もハマった。以上。(2026/01/10)
アンディ・ウィアー著 小野田和子訳『プロジェクト・ヘイル・メアリー』ハヤカワ文庫、2026.01(2021→2021)
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アメリカ生まれの作家・アンディ・ウィアー(Andy Weir)による長編SF第3弾の邦訳文庫版である。原著は2021年に刊行。同年邦訳単行本が出て、今回の文庫化となった。映画化されており、来月全世界公開となる。カヴァのイラストは鷲尾直広、解説は山岸真が担当している。
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どこかすら分からない場所で目覚めた男は、少しずつ記憶を取り戻していく。自分は、太陽エネルギーを主食とする宇宙生命体アストロファージから地球を救うために、別の恒星系に派遣された元研究者の科学教師であることを。こうして、一見不可能とも思われるミッション=プロジェクト・ヘイル・メアリーは次の段階へと進むのだが…、というお話。
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エンジニアリング系にしてエンターテインメント系のある意味極北、とも言えるだろう。物語の必然からふんだんに科学知識を披瀝しながら、難しいと思うところがまったくなく、スピーディな読書を妨げない。結構エモーショナルな作品でもあり、泣き笑いできる。異文化間交流や、はたまたマネイジメントの教科書にすらなっている。これは21世紀の必読書、と言えるのではないか。以上。(2026/02/15)
冲方丁著『マイ・リトル・ヒーロー』文春文庫、2026.02(2023)
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岐阜県出身の作家・冲方丁(うぶかた・とう)によるエンターテインメント長編の文庫版である。初出は『別冊文藝春秋』で、原タイトルは『マイ・リトル・ジェダイ』だった。単行本はこれを改題して2023年刊。解説はあわいゆきが担当している。
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朝倉暢光(あさくら・のぶみつ)は度を過ぎたお人よし。人に騙されて資産を失い、妻・宮田亜夕美(みやた・あゆみ)からは離縁され、息子・凛一郎(りんいちろう)や娘・明香里(あかり)とはオンライン・ゲームでつながるのみ。そんなある日、凛一郎が自動車事故に遭い、意識不明に陥る。ところがどういうわけかオンライン・ゲーム内には明らかに凛一郎が操作していると思われるキャラが…。一筋の光を求め、暢光らは世界大会優勝を目指し始めるのだが、というお話。
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キャラクタ造形は悪くないし、ゲーム内で起こる様々な外連なども楽しいのだが、全体としてはこれは本当にあの尊敬してやまない作家である冲方丁が書いたものなのか、と疑いたくなるくらいの出来。要約を書いていて思ったのだが、そもそもメイン・プロットのロジックがおかしい。どう考えてもそういう流れには、ならないだろう。
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その他にも不自然なところは多々あったのだが、結局のところ、1.伏線とその回収みたいなことが全然ない、2.紆余曲折がない、3.そのせいでカタルシスがない、というのが率直な感想。異様にイイヤツである王者マシューがホントは悪だくみしててちゃんとラスボス化する、とか、凛一郎のゲーム内での異常な能力は実はチートなんだけどそんなことは乗り越えてしまい、とか、そういうことなんじゃないかと思っていたけれどそうじゃなかった。
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うーん。要するに、長い割には小説を読んだ気にならない、単に新聞のスポーツ欄なんかに載ってるちょっと良い話、みたいなお話だった。ちなみに、この作品の基本コンセプトについて、川原礫には了承をもらっているのだろうか?以上。(2026/02/20)
相沢沙呼著『invertインヴァート II 覗き窓(ファインダー)の死角』講談社文庫、2026.02(2022)
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埼玉県生まれの作家・相沢沙呼(あいざわ・さこ)による「城塚翡翠(じょうづか・ひすい)」もの第3作の文庫版である。第2弾と同じ倒叙ミステリ作品集になっており、ほとんど長編の長さを持つ2本が収録されている。カヴァのイラストは遠田志帆、解説は石持浅海がそれぞれ担当している。
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夏木蒼汰(なつき・そうた)は焦っていた。嵐の夜、友人・悠太の別荘に若い女性二人(翡翠と千和崎真)が雨宿りのできる場所を求めてやってきたのだ。悠太は不在。そしてその母は二階で死体となっているのだが、一体どうしたら…「生者の言伝(ことづて)」。写真家・江刺詢子(えさし・じゅんこ)は、復讐のためモデルの藤島花音を殺害し、アリバイ証人として最近知り合ったばかりの翡翠を利用することを目論む。鉄壁とも思われるアリバイに、翡翠はどう立ち向かうのか…(「覗き窓(ファインダー)の死角」)。
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素晴らしい作品。特に2本目が。これは倒叙ミステリのある意味極北ではないか、そしてまたこの作家の現時点での最高傑作ではないか、とも思った。
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さて、倒叙ミステリに別段決まった制約があるわけではなく、基本的にはある枠の中(最低限犯行の模様や動機位は頭の方に書く、とか。)でしっかり読者をだませたり、感心させたりできれば良いと考えている。
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第2編は確かに叙述トリックに近づいてしまっているきらいもあるにはあるのだけれど(要するに全部書いてない、ということ。)、それを補って余りあるロジック構成とか、主要登場人物3人の感情描写などが本当に見事で、感服した次第。ここまではやって良いのではないかと。倒叙の地平を更に拡げてくれそうなこの後の展開も非常に楽しみになってきた。以上。(2026/02/26)