深緑野分著『空想の海』角川文庫、2025.11(2023)
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神奈川県生まれの作家・深緑野分(ふかみどり・のわき)による短編集文庫版である。初出が2013年のものから単行本刊行時の書下ろしまで11本を収録。カヴァのイラストは庄野ナホコ、解説は池澤春奈がそれぞれ担当している。
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3年ぶりに故郷に帰ったピアノ講師の真琴は、かつての教え子が住む家の近くで、懐かしい音色を耳にする。あの頃と同じところでつっかえる演奏が気になり、その旨を母に尋ねてみると…(「耳に残るは」)。膨大な蔵書を誇る御倉館の主であるたまきは、ある日のこと所蔵の本がごっそりなくなっていることに気づき、怒りを爆発させる。たまきの前に自称・神が現れ、町の運命を決めることになる対話が始まるのだが…(「本泥棒を呪う者は」)、他9編。
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「本泥棒を呪う者は」が書下ろしで、アニメーション化がなされた『この本を盗む者は』の前日譚にあたる。デビュウ作『オーブランの少女』から実に幅広い作風をものにしてきたこの作家だけれど、本書のカヴァする範囲もSFからホラー、ファンタジィ、戦争ものまでとまことに広い。端正なたたずまいを持ち、非常に深い洞察に満ちた作品群を、是非味わっていただきたいと思う。以上。(2025/12/20)
呉勝浩著『Q 上・下』小学館文庫、2025.12(2023)
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青森県生まれの作家・呉勝浩(ご・かつひろ)による長編エンターテインメント作品文庫版である。文庫化にあたって上下二分冊となり、上巻は「覚醒前夜」、下巻は「暗夜行路」というサブタイトルが各々付されている。「暗夜行路」は文豪・志賀直哉の造語だったはずだが、まあコピーライトはすでに無いか。美空ひばりもそんなタイトルの曲を歌っていたし。
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執行猶予中のハチこと町谷亜八(まちや・あや)は富津市に住む清掃員。ハチの前に数年ぶりに現れた血のつながらない姉であるロクこと睦深(むつみ)は、百瀬という広告代理業をしているらしい男が、やはり血のつながらない弟であり美貌の天才ダンサーであるキュウこと侑九(たすく)を良からぬことに使おうと動き出している、と告げる。ハチは、Qを守るために奔走し始めるのだが…、というお話。
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村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』と『愛と幻想のファシズム』を8:2位の割合で踏襲した作品、に読めてしまった。これまで数々の傑作を世に出してきた呉勝浩は尊敬してやまない作家だし、この作品もしっかりエンターテインメントとしては楽しめたのだが、どうも各所に既視感があるのを否めなかった。
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要は、引っ張ってこられているのは村上龍だけではない、ということ。更には、百瀬や某政党の市議ら登場人物たちが語る思想やヴィジョンも、意図的なものなのだろうけれども極めて薄っぺらく、話の進行を遮る位深いことが一つも書かれていないのは寂しい、と思った。悪役にはもっと底知れない感じが欲しいかな、と。以上。(2025/12/30)