山田正紀著『カオスコープ』東京創元社、2006.07

東京創元社の雑誌『ミステリーズ』に連載され、昨夏「創元クライム・クラブ」の一冊として上梓された山田正紀による長編小説である。井上夢人の小説同様に、この人の作品も場合によってはジャンルを特定することですらネタバレになってしまう恐れがあるので今回はそれを控えつつ(と言いながら連載誌その他でバレバレだとは思うのだが…)、簡単にその中身を紹介しておくと、どうやら記憶に障害を負っているらしい作家・鳴瀬君雄が想起しているとおぼしき「殺人の記憶」ともいうべきヴィジョン=プロットに、「万華鏡連続殺人事件」を担当している刑事・鈴木惇一が、捜査を進めるにつれ鳴瀬が何らかの形で同事件に関与していることに気付く、というプロットが並列する形で記述されていき、やがて二人の運命が交わる時…、というような流れを持つ。
『神曲法廷』辺りからの一連の作品を髣髴とさせる複雑なプロット構築と、「…だろうか。…だろうか。」、というような具合に疑問形の語尾を畳み掛けるような形で繰り返し多用することで謎を膨らましつつサスペンスを盛り上げていくこの人らしい叙述方法がマッチした作品で、いつものことながら見事な仕事だと思う。『大鴉』の引用という形でエドガー・アラン・ポーを召還し、タイトルに引っ掛ける形で何となくレイ・ブラッドベリ的なイメージがある万華鏡というアイテムをうまく活かしている辺りに、過去の偉大な作品や作家へのオマージュも意図されているのではないか、などと考えた。
やや難解、そして徹頭徹尾重苦しい雰囲気に満ちた小説だけれど、是非とも手にとって頂き、更には例えば冒頭部で投げ出してしまうようなことをせずに、何とか最後まで集中力を保ちながら読了してほしいと思う。そこではこの作家がどの作品にもきちんと組み込んできた小説的カタルシスとでもいうべきものを、極めて鮮明な形で体験できるはずだからである。以上。(2007/03/12)