奥泉光著『新・地底旅行』朝日新聞社、2004.01
刊行からかなり年月を経てしまったが、本書は2002年-2003年にかけて朝日新聞朝刊に連載されていた奥泉光(おくいずみ・ひかる)による冒険小説。2005年が没後100年にあたるジュール・ヴェルヌ( Jules Verne )による1864年の作品、『地底旅行』( Voyage au centre de la Terre )の続編であると同時に、著者が得意とする、奇しくも朝日新聞での連載で名を馳せた夏目漱石のパロディ小説にもなっていて、実際とても楽しい作品である。
本家『地底旅行』の主役である「リデンブロック教授」が残した手記なんてものも登場するし、『草枕』、『吾輩は猫である』などの登場人物たちの弟子や兄弟などなどが主役となって繰り広げられる波乱万丈の物語は全く退屈するようなものではない。その物語も面白いのだが、本書で特筆されるべきなのは何といってもその文体で、漱石の模倣を行ないつつもさほど晦渋でないあたりに、この著者の研鑽振りが伺えてしまう。
ついでながら、ちょっと調べてみたところ、漱石の作品は既に著作権がなくなっているのか、ウェブ上で公開されていたりもする。例えば東北大学図書館の作成した漱石作品アーカイヴを見て欲しい。ちなみに、ここには上記の作品のうち『草枕』は全部入っているみたいだが、『猫』はまだ作業が完了していないようだ(長いし…)。横書きでルビが括弧入りと、大変読みにくいのだが、どういう文体なのかはこれで把握可能だろう。などと記していて思ったんだが、これらの作品は読んでいて〈当たり前〉なので、未読の方は今すぐ古本屋に走ろう。
話が横道にそれたが、本書を読む限りでは奥泉版『地底旅行』はどうやら続編の計画があるようで、期待したいところでもある。問題は、このままでいくと奥泉は日本文学史において、「漱石の文体模倣を得意とした作家」、という評価が固まってしまう可能性がある、というところだろうか。実はそれだけではない作家なのであり、作家の価値というのは、反論もあるかも知れないがやはり個性とかオリジナリティであると私は考えるので、『「吾輩は猫である」殺人事件』(1996。現在は新潮文庫で読めます。)一冊で良かったと思う文体模倣がその後も幾度となく繰り返されるのを見るとその辺りがやや不安なところでもある。以上。(2005/12/30)