Tom Tykwer, Andy&Lana Wachowski監督作品『クラウド・アトラス』
『ラン・ローラ・ラン』や『パフューム』で知られる天才監督トム・ティクヴァ(Tom Tykwer)と、『マトリクス』シリーズで知られるアンディ&ラナ・ウォシャウスキ監督が共同で作り上げた、3時間弱の巨編にして空前のスケールを持つエンターテインメント作品である。原作は日本に住んでいたこともあるという英国の作家デイヴィッド・ミッチェル(David Mitchell)による2004年刊行の同名小説で、タイトルは一柳慧の曲からとられている。
映画は時間的には重ならない6つのエピソードからなる。ちなみに、各々の登場人物についても、一人の例外を除けば共通するところは基本的にない。以下、概要というかそれぞれの一端を簡単にまとめておく。
その1。19世紀半ば、奴隷貿易の契約を終えたばかりの若き弁護士ユーイングは、自分が乗る船に密航してきた黒人奴隷から助けを求められる。その2。1930年代、年老いた大作曲家の下で研鑽を積む若き作曲家フロビシャーは『クラウド・アトラス交響曲』を完成させるが、同曲を師匠に奪われそうになる。その3。1970年代、原発事故を引き起こし石油利権を守ろうとする陰謀を知った物理学者シックススミスは、ジャーナリストのレイにその証拠となる資料を渡そうとする。
その4。現代、思わぬことから出版した小説がベストセラーになり多額の印税を手にした老編集者キャヴェンデッシュだったが、兄にはめられて脱出不可能な老人ホームに監禁される羽目になる。その5。22世紀初頭のネオ・ソウル。メイド・クローンのソンミ451は、革命を目指す青年チャンによって自分たちの置かれている状況を知らされ、それを変革することを決意する。その6。文明崩壊後の世界。とある島に住む素朴な集団の男ザックリーは、かろうじて残った文明社会からやってきた女メロニムに、「悪魔の山」へのガイドを依頼される。
個々のエピソードは、オムニバス映画のように順番に語られるのではなく、あっちへ飛び、こっちへ飛びする。要するに各々のエピソードが様々な強度で結びつき、互いに影響し反響しあう、という構成。その神業とも言える編集っぷりは誠に素晴らしい。演じる役者もまた、あたかも転生し続けるかのごとく、それぞれのエピソードに縦横無尽に出没する。それぞれの物語の主人公には彗星型のあざがあり、という三島由紀夫の『豊饒の海』のような設定がなされているのだが、輪廻転生や永劫回帰もこの作品における大きなテーマとなっている
一見複雑そうに思われるかもしれないが、個々のエピソードのプロットやテーマは簡潔にして明快なものとなっている。エピソード間の関係も見て取りやすい。ないものねだりかも知れないが、そうした点が物足りない、と言えば物足りないと思うのは私だけだろうか。それはおくとして、全てのエピソードにおいて基本になっているのは様々な形をとる支配関係からの解放、というものであり、それを東洋的な宇宙観・世界観で捉え返した、ということになるだろう。言ってしまえばヘーゲル的な弁証法哲学を基本に据えつつも、ニーチェ/ハイデガー/三島的な諦観を湛えた、といった風情もある、なかなかに奥深い傑作である。(2013/03/27)