周防正行監督作品 『ダンシング・チャップリン』
何とも寡作な映画作家である周防正行による4年振りの新作は、その妻・草刈民代の職業であった(既に引退、という意味です。)「バレエ」についての映画にしてバレエ映画。毎度毎度意表を突く仕掛けを作品に取り込んできた周防だけれど、今回はそもそもその構成からしてかなり意表を突くものとなった。ちなみに、周防正行は厳密には監督・構成・エクゼクティブプロデューサとしてクレジットされている。
映画は2部(厳密には2幕。以下基本的に1部、2部と表記。)構成をとる。第1部は第2部のメイキングで第1幕「アプローチ」と題されているドキュメンタリ。第2部は振り付け師ローラン・プティ(Roland Petit)の全2幕20場からなるチャップリンの映画と人生をテーマとしたバレエCharlot Danse avec Nous(チャップリンと踊ろう)を周防自身が13場に絞って映画にした第2幕「バレエ」。
何でそうなったのか。妻がバレリーナだったこともあってバレエについては相当詳しくなってしまった周防は『周防正行のバレエ入門』(太田出版、2011)なんていう本までこの映画に合わせて出版していたりする。そんな周防さん、きっと「普通の人はバレエなんて観ない。俺もそうだったんだから。普通の人にいきなりバレエみせても分かんないだろうから取り敢えず説明から入ろう。」ってな感じで2部構成を考え、第1部には第2部となっているバレエ=『ダンシング・チャップリン』のメイキングを、ということにしたんだろう、と思う。
まず、メイキング部分が非常に面白い。Charlot Danse avec Nousでチャップリンを演じるルイジ・ボニーノ(Luigi Bonino)と草刈民代が第2部のバレエでは中心的存在になるわけだが、彼らとその他のキャスト達が、一回性の舞台ではなく永久に残る映画としてのバレエを細かく作り上げていく様がかなり克明に描かれていく。草刈の完璧主義、ボニーノのバレエ哲学、そしてまた周防自身のバレエ愛のようなものが随所に感じられる見事なドキュメンタリに仕上がっていると思う。
多分第一義的な目的としての、バレエ入門、また第2部の理解を助けるべく置かれたもの、というだけではなく、周防正行という稀代の映画作家によるドキュメンタリ、という目で見ても、カメラワークや編集など、見るべきところの非常に多い「作品」になっていて、いたく感動した次第である。
第2部を構成するのは全面的にバレエ、である。日本国内のスタジオ、あるいは屋外で撮影され、様々なポスト・プロダクションを経て完成された、ということになるのだろう。13場には、チャップリンの代表作がほぼ網羅されているが、詳しくは公式サイトをご覧頂きたい(→『ダンシング・チャップリン』13演目解説)。
この第2部、そもそも評価の高いバレエ作品だったものが、周防正行指示によるライティングやカメラワーク、あるいは編集によって更に別の領域へと突き進んだ、というような趣を持つ作品で、非常に印象的かつ感動的。ボニーノ・草刈という、二人のダンサーが紡ぎ出す空間を、これ以上はないであろう見事な形で映像化することに成功しているように思われた。
相変わらずの意表を突いた2部構成のこの作品、実は一つの映画で二つの新しいこと(ドキュメンタリと舞台の映画化)をやってのけてしまっている周防正行という映画作家の、枯れることのない卓越した能力を改めて目の当たりにした、といったところである。以上。(2011/06/20)