Alfred Bester著 渡辺佐智江訳『ゴーレム100』国書刊行会、2007.06(1980)

1953年刊行の『分解された男』(邦訳は創元SF文庫)、1956年刊行の『虎よ、虎よ!』(同じくハヤカワ文庫。この超傑作、例えば木城ゆきとの『銃夢』にも多大な影響が…。)で知られる20世紀中盤を代表するSF作家の一人、というよりSF作家というカテゴリは最初から超え出てしまっていたアルフレッド・ベスター(Alfred Bester)が、1960年代以降の殆どSFというか小説自体を書いていない時期を経て1974年に突如復活して『コンピュータ・コネクション』(サンリオSF文庫で出ていたが当然絶版)を書き、そのまた6年後に発表した通算4冊目の長編作品である。その寡作振りがいやはや何ともなのだが、それはさておき、と。
以下中身についてごくかいつまんで記す。物語の時代は22世紀。北米の元々はニュー・ヨークだったところらしい都市のようなところ=<ガフ>が舞台。あたかも『フォー・ルームズ』というQ.タランティーノが制作総指揮をした映画の第1部「お客様は魔女」編で描かれていたような儀式によって召還された怪物=「ゴーレム100」(「100」の部分は上付文字である。)が引き起こされたと思われる連続怪死事件を巡り、日本人の血を引くブレイズ・シマという科学者(男)、アフリカ系の美形な精神工学者グレッチェン・ナン(女)、インド系の警官アディーダ・インドゥニ(男)の3人が繰り広げる捜索活動、あるいはまたゴーレム100との死闘等々を描く。
とこんな風に書いてしまえば普通のSFのように思われてしまうかも知れないのだけれど、その実古今東西のSFを含めた各種文学作品からの引用、翻訳でもその一端を伺い知ることが出来る多分原文ではとんでもないことになっているはずの実験的文体、例えば20世紀後半以降でのアメリカ文学における最重要作家トマス・ピンチョンの影響すら伺える多視点的で一種神話的な物語構造、そして本書をして特異な位置付けをすることを余儀なくさせるグラフィック・アートの過剰なまでの氾濫振り等々、古典的でありまた実験的であり、そして何より面白く、同時にまた深い、という大変な作品なのである。
どんなに物凄い作品なのかをうまく説明するのがとても難しく、それがもどかしくて仕方ないのだが、取り敢えずは手にとっていただく他はない。翻訳困難と言われ続けてきたこの作品だけれど、取り敢えずはこの度渡辺佐智江という素晴らしい翻訳者に恵まれ、主要登場人物の一人とも縁の深い日本語という言語で読めるようになったということを素直に喜ばねばなるまい。以上。(2008/07/02)