Quentin Tarantino監督作品 『イングロリアス・バスターズ』
クエンティン・タランティーノ(Quentin Tarantino)監督による長編最新作である。原題はInglourious Basterds。これ、わざとスペルミスをしている。『地獄のバスターズ』(1978。原題:Quel Maledetto Treno Blindato)という未見のイタリア映画のリメイクであり、主演はあのブラッド・ピット(Brad Pitt)。今年のカンヌ国際映画祭に出品されていた、誰もが日本公開を待っていた映画なのだが、同映画祭では、助演のクリストフ・ヴァルツ(Christoph Waltz)が最優秀男優賞を受賞している。面白くなければ入場料返します、というコピーもあったけれど、タランティーノの映画が面白くないはずはないのだから、あんまり意味はなかったんじゃないかと思う。
舞台は第2次大戦中のフランス。ナチによるユダヤ人狩りが続く中、レイン中尉(ブラッド・ピット)率いる連合国側の特殊部隊=イングロリアス・バスターズはナチ狩りをその任務として敢行していた。そんな中、パリ市内のとある映画館でドイツの国策映画上映会がナチ首脳を一同に集めて開かれることが決まる。その映画館主とは、かつて家族をランダ親衛隊大佐(クリストフ・ヴァルツ=Christoph Waltz)率いるナチス兵達に殺されたユダヤ系の女性ショシャナ(メラニー・ロラン=Mélanie Laurent)。上映会にランダ大佐を含めたナチ首脳が集まることからショシャナは復習計画を練り始めるのだが、同時にイングロリアス・バスターズの面々もこの上映会の企画を嗅ぎつけ、やがて、というお話。
基本的な作劇法は西部劇を基調としている。元々がイタリア映画のリメイクなので、マカロニ・ウェスタンを感じさせる部分が多々ある。暴力描写がハード、いい人が出てこない、などなど。ただ、それをベースとして、香港映画や日本映画にも近づけているところがタランティーノという人の持ち味、そして作家性である。
レイン中尉の人物造形などを見るにつけ、一見するところふざけた映画に見えてしまいそうなところもあるにはあるのだが、全然違う。これでもかと言うくらいに美術や撮影などに力を注いでいるし、例えばあのアルフレッド・J・ヒッチコック(Sir Alfred Joseph Hitchcock)が生きていたらきっと驚くのではないかと思うくらいのありとあらゆる映画技法の見事な踏襲振り、そしてその完成度の高さには目を瞠るものがあるのである。極上のエンターテインメントにして、映画というものに対するタランティーノの思いを全て込めた力作にして大傑作であると思う。
余談ながら、ハリウッド映画の多くが、ヨーロッパを舞台にした映画で、台詞を全て英語にしてしまうようなある意味極めて手抜きなことをし続けてきているわけだけれど、この作品にはそのことへのあからさまな揶揄であるとすら感じさせる部分が多い。この映画ではドイツ人はドイツ語を喋るし、フランス人はフランス語を喋る。それだけではなく、言語というものがいくつかの部分で極めて重要な意味を持つ。そういう部分で言語に重要な意味を持たせるべく、全てネイティヴ・スピーカを起用、というのはやって当たり前のことだと思うのだけれど案外やられてこなかったことなのである。『キル・ビル』などでもそうなのだが、見かけのふざけた感じ、くだけた印象に反して、実のところ恐ろしくきちんとした作品を作り続けている映画作家であることはもっと強調されて良いのではないかと思うのである。(2009/12/07)