貴志祐介著『悪の教典』文藝春秋、2010.07

昨夏刊行された、寡作作家・貴志祐介による上・下2巻からなる大長編である。宝島社の「このミス」1位、『週刊文春』の「2010年ミステリーベスト10」1位、第1回山田風太郎賞受賞といった具合に、大絶賛の嵐、という感じの本書、きっと映像化もなされるんだろうな、というような外連味と禍々しさに満ちあふれた作品となっている。
物語の舞台は西東京は町田市にあるという設定の私立晨光学院町田高校。イジメや淫行疑惑など多くの問題を抱える同校だったが、2年4組の担任にして英語教師の蓮実聖司はその甘いマスク、教育熱心振り、如才なさ、運動神経、カリスマ性などによって、生徒達からは絶大な人気を、あるいはまた同僚の教師陣からは圧倒的な信頼を勝ち得ていた。
しかし、その表向きとは裏腹に、彼の正体は他人に共感することが出来ないという障害を持つサイコパスにして稀代の殺人鬼であり、その経歴は血塗られたもの。赴任以来着々と自分の「王国」を築き上げてきた蓮実だったが、ある出来事を境に状況は一変。学校は凄まじい惨劇の舞台と化すのだった。
相変わらずの冴え渡る筆、読み出したら止まらないストーリィテリングとリーダビリティ、動物行動学から心理学に至る膨大な情報量、蓮実というある種究極の「悪」を具現化させようとする透徹した意志、等々、まさにこの作家の本領発揮、という小説で、犯罪小説に新たな金字塔を打ち立ててしまっているようにさえ思う。
なお、タイトルは意外なところからとられている。それは是非現物を手にとって確かめて頂きたいと思う。(いやー、結構おスキなんですね、貴志先生。)
最後に、一つだけ詰まらない突っ込みを入れておくと、というかこういうのって結構大事なことかも知れないのだが、蓮実の台詞に「パネラー」という言葉が出てくる。相当頭が良い、という設定の、しかもハーバードまで出ている英語教師が、こんな間違いをするとは思えない、のだが…。正しくは「パネリスト」である。その実、蓮実には案外甘いところもあるので、意図的なものかも知れないが、一応記しておきたい。以上。(2011/06/12)