宮崎駿監督作品 『崖の上のポニョ』 2009.07(2008)
ご存じスタジオジブリによる、2008年夏公開の長編アニメーションである。原作・脚本・監督は宮崎駿、音楽は久石譲。声の出演は奈良柚莉愛、土井洋輝、山口智子、所ジョージ、長嶋一茂、天海祐希、矢野顕子、吉行和子、奈良岡朋子などなど。そういう情報はさておき、と。
物語のベースになっているのはデンマーク生まれの作家・詩人ハンス・クリスチャン・アンデルセンが書いた『人魚姫』。ではあるのだが、この、東映動画の『魔法のマコちゃん』、ディズニーの『リトル・マーメイド』、木村太彦の『瀬戸の花嫁』等々といった翻案、派生作を生んだ名作童話を、宮崎は大胆極まりなく自らの物語にしてみせている。
即ち、宮崎はこの作品において、魔法も使いこなす人間になりたい人魚姫・ポニョとその恋愛対象の少年・宗介の両者を5歳というかなりの低年齢に設定しつつ、少年の母親はデイケアセンタの職員、父親は家を空けがちな船員、と言った具合に、何とも在りそうなリアルな世界とファンタジィの世界を絶妙にくっつけあわせつつ、オリジナルが持つ悲劇性よりもむしろひたむきさが生み出すものの大事さ、と言うような極めて前向きなメッセージを全面に掲げる。21世紀初頭という時代を念頭に置き、周到に計算され良く練り込まれた見事な翻案だと思う。
もはや古臭くさえ感じられるオール手書きの手触りというのもむしろ瑞々しいものであり、今後もこれを続けて欲しいと思ったりもする。何しろ現在これだけのクオリティのアニメーションを作れるのはこの工房だけなのだから。久石譲によるオーケストラルな音楽も非常に質の高いもので、長年の盟友との作業は相変わらず良いものを生み出すなぁ、といった印象。
ところで、ポニョの本名はどういう訳か「ブリュンヒルデ」なのだけれど(そこに含まれている意味を考えることが大事なのである。)、宗介に会いに行く場面で流れる音楽には思わず吹いてしまった。まあ、当然な流れではあるのだが。実はこの作品、かなり大味な物語であるとは言え、そういう細かいところを見ていけばかなりな深読みが可能なのであり、その一つとして、背景に北欧神話があることなどはとても重要な点なのである。また、終盤の水没する集落群やそこを徘徊する古生物群からはこの4月に物故した作家J.G.バラードへのオマージュを感じ取ることさえ出来る。一見徹底して子供向けに見える作品だけれど、実はそうではない、というところが宮崎駿の凄さであり恐ろしさなのである。以上。(2009/08/07)