竹本健治著『涙香迷宮』講談社、2016.03

竹本健治による、久々の本格ミステリ長編である。3分の2ほどが『メフィスト』に掲載され、終わりの3分の1ほどが書き下ろし、という形での刊行となった。
本書は牧場智久もの、ということになる。いつしか本因坊になった天才少年棋士と、その彼女である剣道少女・武藤類子が、黒岩涙香が遺した暗号や、謎多き殺人事件を巡ってドラマを繰り広げる。
以下あらすじ。対局を終えたばかりの智久は、刑事・楢津木(ならつぎ)と共に対局場所近くの旅館で起きた殺人現場へと赴くことになった。現場では、身元不明の被害者が、あたかも囲碁の対局中に殺されたかのように、碁石が散乱していた。
それとは別に、武藤類子は知人らと訪れたミステリ・ナイト企画で、「類子」という名前を「涙香」と聞き違えた涙香マニア・麻生徳司と知り合う。実は、この麻生、既に智久とは知遇を得ていた。
やがて、智久・類子、そして麻生ら涙香マニア達は、智久の助力によって発見された、黒岩涙香が遺したと思しき隠れ家らしき場所へと、探検に赴くことになる。しかし、そこでは驚くべき事態が待ち受けていて…、というお話。
この作品を『連珠殺人事件』としなかったのには色々な理由があると思うのだが(連珠の知名度やいろは歌の持つ華やかなイメージといったものが要因かと。)、本作品が牧場智久もの以外の何物でもない、ということもあるので、これは間違いなくそう呼んで良いものだと考える。少なくとも、今後私の中ではそう呼ばれることになる。
それはさておき、どこまでが竹本健治の創作で、どこまでが黒岩涙香やその研究者などによるものなのか、というところは実のところ良く分からないのだが、連珠やいろは歌にまつわる蘊蓄などをふんだんに注ぎ込んだ暗号とその解読が本書の中心に置かれていて、それはそれは凄いことになっている。
間違いなく傑作だと思うし、これは久しぶりに大変なものを読ませてもらったな、と思う反面、ちょっと偶然に頼り過ぎなところや、肝心の殺人事件についての掘り下げ方がやや浅いかな、という印象を持った次第である。
なお、最後の方で答えが明かされない謎、というのが一つ出てくるのだが、これはほぼ瞬間的に分かってしまった。常識人ならすぐに分かると思う。多分、だけど。以上。(2016/05/20)